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4.昼休み

弁当箱からは、クマやウサギがこちらにウィンクしている。

今日は保育園に通う妹の遠足の日で、忙しい両親に代わり俺が弁当を作った。なんていうのは、建前だ。

大きな声では言えないが、料理もお菓子作りも俺は大好きだ。今日の弁当だって、かわいいのを作ってやろうと一週間前から考えていた。今頃、妹はクマのハンバーグとウサギのおにぎりに歓喜の声を上げていることだろう。

「お兄ちゃんが協力してくれて助かるわ」と家で言われるけど、そうじゃない。

きれいなものも、かわいいものも、そういうのを自分で作るのも好きだ。けど家では秘密にしているから、こういう機会に楽しんでいる。キャラ弁も、できたら定期的に作りたいけど、なんとなくイベント事以外では普通の弁当を作るようにしている。

大ちゃんは前から俺がこういうの好きだと知ってて、器用だとかすごいなって褒めてくれる。純粋にそう言ってくれてるってわかるから、大ちゃんがいると堂々と食べれる。でもひとり弁当で、この弁当を教室で開く勇気は俺にない。

「……いただきます」

手を合わせて、ミニトマトを箸でつまんだ。

「いた」

その声に顔を向けると、ビニール袋を手にした緋村(ひむら)君が階段を登ってきていた。

「緋村君……」

驚いた俺のそばから、落としてしまったミニトマトが緋村君の方へと転がっていった。

こつんと上履きにぶつかったミニトマトを拾い上げた緋村君は、それをビニール袋に入れて、俺の隣に座った。

「一緒に食べる」

了承を得ようとするでもなく、もう決まったことのように言った緋村君は、俺がポカンとしている間にビニール袋からサンドイッチを取り出し、きれいにセロファンを剥がした。

もしゃもしゃと食べる緋村君のサンドイッチを持つ手はゴツゴツとしていて、手についたマヨネーズを舐める仕草に、思わず俺はドキッとしてしまった。

「……食う?」

「えっ!?ううん、大丈夫!」

「そう」

あまりにも魅入られていた、緋村君にサンドイッチを欲しがっていると思われるほど。それを誤魔化そうとして大きな声を出してしまった。

おかしいなぁと顔に手を当てつつ、俺は自分が火照っているのに、心臓がドキドキしているのに困惑した。

俺は優しくて大人っぽくて紳士的な人が好きなはずなのに、それなのに緋村君があまりにきれいで、でも男っぽいところが垣間見えて、そのギャップにたまたまやられてしまったんだろう。

落ち着こう、俺なんかに好かれてしまったら緋村君の迷惑だと、自分に言い聞かせた。

”他のやつに触られるの、いやだ”

それなのに、さっきの緋村君を思い出してしまって余計に、耳の中まで脈打つ音が聞こえてきた。

ダメだと思いながらも、俺は盗み見るように緋村君を横目で見た。

すると緋村君は床に手をついて、ジーっと興味深そうに俺の手元を見ていた。

視線の先には、俺のかわいいキャラ弁があった。

「いや、あの、これは妹の遠足で、それで今日はこんな弁当で」

「へぇ、かわいい」

しどろもどろに話すと、緋村君はフラットに返してきた。

「作るの大変そう」

「そうでもないよ、丸く作れたらだいだいうまくいくし。型抜きとか使うし」

「……森宮が作ったの?」

しまった、図らずも自白してしまった。

どうして緋村君の前ではこういうことが何度も起きるんだろう。

「……そう、です」

今更隠しても仕方がない。こんな趣味ですみませんと心の中で謝罪していると

「すげー」

その声に顔を上げると、緋村君は柔和な笑みを浮かべていた。

「料理、好き?」

「……うん」

あまりにも自然に話してくれるから、俺はびっくりしたっていうか、気が抜けてしまった。

偏見があったわけじゃない。けどいつも緋村君の前では余計なことは言わないように、変に思われないように緊張していた。俺自身、自覚してなかったけど。

でも目の前の緋村君は、いつもみたいな無表情じゃなくて、冷たい感じもなくて、ただ俺の話を聞こうとしている。

「趣味?」

「そう、かな。あ、でも毎日作ってるとかじゃなくて、たまに、機会があったらって感じで」

「いーなー」

急な肩の重みに、俺はロボットになったみたくカクカクと首を動かして、原因を確かめた。

なぜだろう。なぜ、緋村君は俺にもたれかかっているんだろう。

「食べねーの?」

いつもと反対に俺を見上げてくるゆるふわな緋村君に、さっきまでとは違う緊張感でいっぱいになりつつも「食べるよ」と俺はクマのハンバーグをつかんだ。

「あ」

「え?」

持ち上げたタイミングで声を上げた緋村君は

「あー」

「…………っ!?」

その衝撃は、もう言葉にできない。

多分こうだろうと、俺は緋村君の口にハンバーグを入れた。

「……うまい」

満足そうな緋村君は、俺の肩に頭を乗せたまま、ついでに俺の腰に腕を回してるような感じもしているがとてもじゃないけど直視する勇気も出ず、俺はそれから味もわからないまま弁当を食べ続けた。

そうして俺が弁当を食べ終わると(心なしかいつもより早食いになっていた気がする)、待っていたかのように緋村君は俺の膝枕で寝始めた。そうして10分以上が経過し、俺の足のしびれはピークを過ぎているがもうその感覚もなく、膝の上の大きな爆弾への対処方法を思いつけるわけもなく、こうして時間だけが過ぎていっていた。

するとジャジャーンと突然、大きな音が鳴り響いた。

「……ン」

目を覚ました緋村君は自分のズボンのポケットをごそごそと探り、スマホを取り出した。

「……なに?──────わかった」

それだけ言って、緋村君はスマホを切った。

ようやく解放されるのか電話くれた人ありがとう、とこっそり感謝していると

「もうちょっとだけ……」

「ひゃっ!?」

さっきよりも緋村君が俺に抱きついてきた。

緋村君の額が、鼻が、俺のぽよんぽよんの腹に食い込んでいるし、さっきより強く俺の腰に手を回している。

「あ、あの、緋村君。間違えてるよ」

きっと寝ぼけて、家の抱き枕か彼女と間違えているに違いない。

俺なんかですみませんと思いつつ、緋村君を起こそうと腕をつついた。

うっすらと目を開けた緋村君は、流し目で俺を見た。

「……間違えてないから」

「え──わっ」

なんて言ったのか聞こうとした。でもできなかった。俺の肩に両手を回した緋村君が俺を引き寄せて、俺の胸に顔をうずめたまま思いっきり息を吸ったから。

「はぁ……起きる」

「……はい」

顔を離した緋村君に、俺はきっと見られてはいけないくらい真っ赤な顔を見せていることだろう。

立ち上がった緋村君は大きく伸びをして、「戻ろ」と言った。

「あの、先に行っててください」

いろいろな衝撃がありすぎて、俺はひとりの時間が欲しかった。

「なんで?」

「……その、足がしびれて立てなくて……」

嘘はついてない。そして理由として言えるのは、これしかない。

俺は床に手をついて、なんとか横座りになり、足をさすった。しびれを治しているから、足しか見れないふりをした。

「ごめん」

伸ばした足と反対側にしゃがんだ緋村君は、眉が垂れ下がりすまなさそうだ。

「ううん、大丈夫だから先行ってて。電話もかかって来てたし、ね?」

あなたがいるのが俺にとって一番酷なんですなんて言えないまま、俺は愛想笑いを浮かべた。

「じゃあ、連れ帰る」

またしてもパーソナルスペースを割って近づいてきた緋村君にぎゅっと目をつぶっていると、体が浮いた。

「平気?」

「────お、下ろしてっ」

緋村君にお姫様抱っこされた俺は、じたばたと動くも足のしびれが痛すぎてすぐに動けなくなった。

「うぅ~っ」

「……かわいい」

足のしびれにもだえていると、耳元でささやかれた。

「かわいい、森宮」

からかわれているのかなんなのか。とにかく今の俺には、緋村君から離れることが急務だった。

「おろしてください」

「うん」

痛みで涙目になりながらお願いすると、緋村君はあっさり了承してくれた。それなのに全然下ろしてくれる気配がない。

ただただ黙って、多少ムッとしつつ緋村君から目を逸らさずにいると、緋村君はくすくすと笑いはじめた。

「下ろすから、お願いきいて?」

「内容による」

俺は半ばやけくそで返した。

「名前で呼ばせてくれるか、一回でいいから俺にもお弁当作ってきて」

「……それだけ?」

緋村君はこくりと頷いた。

からかっている感じも、俺で遊ぼうとしてる感じもない。

「いいよ」

「どっちが?」

「どっちも」

だって、俺を抱く手が少しだけ強張ったから。

真っ直ぐ見つめてくる緋村君に、俺も真剣に返した。

「うれしい」

思わず、声が出そうになった。

俺が言ったことで、緋村君は満面の笑みになったから。

「じゃ、戻ろ」

俺を下ろした緋村君は、ビニール袋を拾うと先に階段を下りていった。

「ね、俺も一個聞いていい?」

なにも言わずに、ただ振り返る緋村君。もうそれだけで、聞いてもいいんだってわかってしまう。

今の勢いに任せないと、もう聞けない。

「どうして俺に、こんなことするの?」

そう聞くと、少しだけ目を伏せた緋村君は俺に体を向けて、言った。

「だって、椎凪(しいな)の恋愛対象になりたいから」

その言葉に、その視線に、燃え上がるかと思うくらい、体が熱くなった。

「俺、椎凪の恋愛対象になれた?」

「……もう、ドキドキさせられっぱなしだよ……」

「そっか」

そうして子どもっぽく笑った緋村君は、スキップでもしてるような軽い足取りで、階段を下りて行った。

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