1.告白
今から一世一代の告白をする。
夕陽に照らされた二人きりの教室で、俺は口火を切った。
「あの、あのさ、実は……」
「うん」
机の中をガサゴソしていた大ちゃんが、口ごもっている俺の方を向いた。
「うん?」
覚悟を決めたつもりだったけど、なかなか言い出せない。
「大ちゃんには言っておきたいことがあって」
「うん」
ゴクリと唾を飲んで、口を開いた。
「俺、男が好きなんだ」
「あ、そう」
それだけ言い終わると、大ちゃんはまた机をガサゴソしながらねぇなぁとかなんとか呟いた。
「……え?」
「ん?」
声を上げた俺が話し出すのを待つように、大ちゃんはこっちを見た。
「それだけ?」
大ちゃんなら大丈夫と信じて言ってみたが、もっと驚かれたり、もしかしたら気持ち悪がられたり引かれたりするかもとシュミレーションしてた俺の予想をはるかに上回った大ちゃんの反応に、俺は拍子抜けした。
「なに?なんか俺に協力してほしいってこと?それか俺が好きってこと?」
「いや、全然そうじゃないっ!」
慌てて俺は全力で否定した。
「じゃあなに?別になんもしてほしいわけじゃないのに何で言ったの?友達でいるのに、俺がお前の好み知ってる必要ある?いらなくない?」
「え?……いらない、かな?」
「うん、いらないよなあ」
普段と変わらない大ちゃんの様子に、俺は重い荷物を下ろしたような、ストンと気持ちが落ち着いた。
そうであるって言ってないことが、ずっと大ちゃんに嘘ついてるみたいで、心を重くさせてたから。
「あー、やっぱねぇわ。なぁ、数学のプリントコピーさせてくんね?明日提出だったよな」
諦めて立ち上がった大ちゃんは、机に乗せたリュックにノートとかを入れた。
そんな大ちゃんに、俺はうるっと来てしまった。
こんなにも何のためらいもなく、受け入れてもらえるとは思ってなかった。
「お待たせ、帰るべ帰るべ」
「俺、大ちゃんのこと好きだよ」
「え?やっぱ告白だったの?」
「ちがいますー。ともだちとしてですー。大ちゃんみたいな日本男児系はタイプじゃありませんー」
ふざけた口調の俺に、「なんだよ紛らわしいんだよ」と大ちゃんが軽く肩パンしてきた。
「あ、日誌出してくるから先靴履いてて」
「わかったー」
教室から出て行く大ちゃんを見送っていると、入れ替わりに誰か入って来た。
「緋村バイバーイ」
「ん」
さすが大ちゃん。俺なんか絶対に自分から用があったとしても緋村君に話しかけられない。挨拶だって絶対無理だ。
俺の存在なんて気づいてないような緋村君は、俺の前を通り過ぎて、ゆったりと窓側の自分の席の椅子を引いた。
大ちゃんも言ってたしバイバイくらい言った方がいいのかなと緋村君をちらりと見つつ、そんな勇気が出なかった俺は静かにリュックを背負って教室を出ようとした。
「ねぇ」
柔らかに耳に入って来たその声に、俺はぎこちなく後ろを向いた。
「俺も、入る?」
後ろから入る夕暮れの光を受けた緋村君は、とても美しくて、一瞬俺は停止してしまった。
無造作な黒髪に、切れ長の目。薄い唇。
女子が騒ぐのもわかるなぁ、とぼんやりしてからハッと我に返った。
明らかにこっちを見ているけど、緋村君は俺に話しかけているんだろうか。それくらい、話しかけられていることが信じられない。
きょろきょろと緋村君と俺しかいない教室を見渡していると、いつの間にか近づいてきていた緋村君に袖を掴まれた。
「ひぇ……」
ギリギリ160cmの俺は、180cmを超えてるであろう緋村君に見下ろされて小さく悲鳴を上げてしまった。
「俺も、入る?」
緋村君は、そんな俺に気づいているのかいないのか、小首を傾げた。
「な、なににでしょう……?」
大型肉食動物に捕食されそうなうさぎの気持ちで、俺は恐々と緋村君を見上げた。
「俺も、森宮の恋愛対象に、入る?」
サーっと冷たいものが背中から全身にかけていくのを感じた。
聞かれていた、誰もいないと思っていたのに、よりにもよって緋村君に。
「いや、その、あの……」
どうしよう、全部聞かれていたなら今更否定しても嘘っぽい。けど俺は大ちゃんにだけ知ってほしかっただけで、他の人にも知られたいなんて思ってない。なんとかこの状況を回避するには、どうしたらいいんだ。
焦りが焦りを生んで「あの」とか「その」しか言えなくなった俺は、冷や汗をかきながら頭をぐるぐるさせ、自分の足元を見つめていた。
「うん、わかった」
それだけ言った緋村君は、つまんでいた俺の袖を離した。
視界から緋村君の上履きがなくなって、ようやく俺は顔を上げた。
緋村君はもう自席にはいなくて、後ろを向くと教室から出て行こうとしているところだった。
「森宮、ばいばい」
「……」
扉に手を置いて首だけで振り返った緋村君は、そのままふわりと教室から出て行った。
教室に残された俺は、叫びにならない叫びを上げつつ、その場にしゃがみこんだ。
終わった。よりにもよって一軍男子のメンバーに知られるだなんて、明日から俺はどうなるのか。
絶望の淵で動けなくなっていると、「なにうずくまってんだよ」と大ちゃんの声が振って来た。
「大ちゃんーーー!」
「おー、どうした」
目の前の大ちゃんの足にしがみつくも、なんの安心感も得られない。
大ちゃん以外の人にも知られてしまったんです。どうすればいいでしょうか。
きっとそんなことを聞いても、大ちゃんは質問の意味を理解できないだろう。
「ほれ、帰るぞ」
立ち上がらされた俺は、とぼとぼと大ちゃんの後ろに続いた。
大ちゃんに伝えられてほっとしたもの束の間。天国と地獄が1日でやって来たような、どんぞこの気持ちで家に帰った。