魔王の娘、スピネル=クロム
誰かが、泣いている。
それは、栗色の髪を持つ女だった。
俺の手には、べったりと赤い液体が付いている。
それは、俺の腹から流れ出している血だった。
身につけている鎧はぼろぼろに壊れ、もはや見る影もない。
女が何かを叫んでいるが、もう何も聞こえない。
ただ死という言葉を何度も、脳内で反芻するしかなかった。
一人の少女が目を覚ました。
艶やかな黒髪、真紅の瞳。
人間の女の子だと言われても違和感のない見た目だが、ツノが生えていることと、異常な美しさを誇るその容姿から、人ならざるものであることは明らかだ。
その名はスピネル=クロム。
紛うことなき、魔王の娘である。
「失礼致します」
真紅の髪に漆黒の目。
美しいメイドが、部屋の扉をノックした。
スピネルと似た色合いの容姿だが、ふわふわと腰まで伸びた柔らかいくせ毛をポニーテールにして結んでいるおかげか、活発で優しい印象を受ける。
「わ、もう起きていらしたんですね」
そのメイドはスピネルに優しく声を掛けた後、カーテンを開け、明るい光を部屋に差し込ませた。
「マルベリー、今日も、悪い夢を見た」
そのメイド……マルベリーは、私を宥めるように優しい顔をした。
「そうですか」
マルベリーは、ただ微笑む
「なあ、マルベリー。私は、いつまでこんな生活を送らなくてはならないのだろうか。5歳頃から、ずっとこうではないか」
マルベリーは、私の言葉を聞いて少し暗い表情を見せたが、すぐに優しい笑顔に戻った。
「きっともうすぐ、悪い夢なんて見なくなりますよ」
そんな確証なんてない。
だが、マルベリーはいつも、スピネルを落ち着かせるためにそう言うのだ。
「そういえば、今日はご家族でお食事ですよね」
スピネルをベッドから降ろし、スピネルの髪を梳かし始めたマルベリーがそう語りかける。
「夢のこと、お父様にお言いになってはいかがですか?……ずっと恐ろしい夢を見続けるなんて、お辛いでしょう」
「ああ、そうだな。言ってみようか」
スピネルは艶々に輝き出した自分の髪を見ながら、そう答えた。