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皇太子と舞姫のつかの間の平安……

星降る国物語 第三話 暗雲


ある日の早朝。

星の宮に今にも駆け出しそうなアンテの足があった。そのままミズキの部屋に突入する。

「ミズキ!! 早く起きろ。遠出に行くぞ」

「なによ。まだ寝ているのに」

とげとげしい声でミズキがいう。

「遠出したいのだろう? 今から行く」

「今から? まだ朝の何時よ」

「とにかくこれに着替えろ」

ぽんと服が寝台に投げ出された。

「何よ。これ」

「早くシュリンを呼んで着替えろ。時間がない」

「時間~??」

「シュリン! シュリンはいるか?」

あわただしくアンテが叫ぶ。

「控えております」

「急ぎこの服をミズキに着せろ。時間がない」

「かしこまりました。ではアンテ様は外でお待ちください」

納得してアンテが部屋をでる。

「さ。着替えましょう。何か事情がおありなのでしょう」

手際よくシュリンがミズキに服を着せていく。

「なに? この服」

「おそらく乗馬用のものでしょう。遠出なさると聞きましたが」

「そう。そういえばそんなことを言ってたわね。いつも唐突なんだから」

寝起きを起こされていささか苛立ったが外に出られるという好奇心には勝てなかった。

「着替えたわよ」

外で待っているアンテのもとへ向かう。

「私馬乗れないんだけど」

きつい口調でミズキは告げる。

「心配ない。背中に括り付けた紐を握って座っていればいい。指一本触れないといったはずだ」

紐で落ちないのかと心配だが律儀に守っているアンテがおかしくてミズキは不機嫌だったのが直った。

「急ぐぞ。時間がない」

「時間がないってそればかりなんだけど?」

足早に歩くアンテに必死に食いつきながらミズキは言う。

「見ればわかる」

星の宮の入り口にすでに馬が一頭いた。きれいねとミズキはその鬣を見て思う。

「自力で乗れるか?」

「やってみるわよ」

アンテは苦笑いして馬にまたがった。ミズキはその後ろにひょいっと乗った。乗ったことはないとは言ったが本格的にはとういう意味だった。一座で回っている折に何回か乗ったことがあった。

「さすがは舞姫だな。運動神経は衰えていないな」

「うるさいわよ」

「今から紐を回す。それを持って振り落とされないようにしろ」

いうやいなやアンテはとんでもない速度で馬を走らせ始めた。

濃霧につつまれて周りはわからない。ただ陽がもうすぐ上る気配はしていた。

どれぐらい必死で紐にしがみついていたか。

ある場所で馬は急停止した。霧が晴れていく。

「見てみろ。雲海だ。そこから上る陽は最高だ。これをお前に見せたかった」

崖の下には雲の海が広がっていた。その雲を突き抜けるように陽が昇ってくる。

幻想的なその景色にミズキはため息をついた。そのため息を逆にとったアンテが心配気に聞いてくる。

苦笑いでミズキは否定する。

「あまりにもきれいだからため息が出ただけ」

それから言いにくそうに口を開く。

「ありがとう。こんなに素敵な景色を見せてくれて」

「どうした。ミズキ。礼を言うとは。熱でもあるのか?」

とっさにミズキの額に触りそうになってアンテは手を引っ込めた。

「私だって礼ぐらいは言うわよ。私をなんだと思ってるの? 別にあなたに喜んでもらおうと思って言ったんじゃないからね」

またツンとそっぽを向く。

それを見たアンテに笑みが浮かぶ。

「そちらのほうがミズキらしい。つんつんしてるのがミズキだ」

ちょっとと言いかけたミズキを遮ってアンテがいう。

「もう帰らなければ。時間をさいてやれずすまない」

どれだけ仕事をかかえてるのよ、と突っ込みそうになったが今日は黙っておいた。せっかくの遠出が台無しになるようで。

よほど忙しいのだろう。宮に戻るとアンテはすぐに姿を消した。

少しぐらいはいてもいいのにという言葉はアンテには届かなかった。

それから何日もたってアンテは星の宮を訪れた。

「すまない。昼寝させてくれ。書類の山につぶされそうなのだ」

そういうや否やアンテはミズキの寝台に横になるとぐーぐー眠り始めた。

「まさか本当に昼寝だけに来るだなんてね」

ミズキは一緒にいたシュリンと小さく笑いあった。そのあとシュリンが表情を曇らせたのをミズキは見過ごしていた。

来たとたん眠り込んだアンテは起きるとまたさっさと星の宮を出て行った。

「また来る」

と言って。

「アンテって偉そうだけど裏表ない人間ね」

私とは大違い。ほんの少し悲しく思いながらもミズキは思った。

徐々にアンテの来る回数が多くなってきた。

ミズキも剣呑に扱わなかったからだろうか。

だがいつも疲労の影を背負ってアンテは来ていた。

私だけここに何もしないでいるのはいいのだろうかとミズキは思い始めていた。

ただ守られているだけの存在。相手の力になれればいいのに。

そんなことをつらつら考えるようになっていた矢先朝餉の時間にアンテは来た。

「昼寝には早いんじゃないの?」

つんと言う。

「いや。朝餉をともにと思ってな」

「珍しい。雨でも降るわよ」

「構わん。思った時に来ただけだ」

「シュリン。アンテも朝ごはん食べるんだって」

ぶっきらぼうに告げたのは自分の気恥ずかしさを隠すつもりだったのだろうか。意外に冷たい声になってしまった。嫌な子と自分でも思う。

「は・・・。はい。今」

珍しくシュリンがあわてながら用意しに行った。

「おいしい朝ごはんが冷めるわねー」

ミズキはぶつぶつそんなことを言いながらシュリンを待った。

すぐにシュリンが戻ってきた。だが顔色が青い。表情が曇っている。

どうしたのだろうかと思いながら香茶を飲もうとした矢先シュリンの手から茶器が奪われた。

「いけません。ミズキ様。この香茶には毒が・・・!」

からんと音を立てて茶器が床に転がった。

「シュリン?・・・」

何が起こったのかわからずミズキは名を呼ぶ。その瞬間ミズキは凍りついた。シュリンが自刃しようと首元に刃物を突き付けていた。ミズキはとっさにその刃物に飛びついた。

「だめ!!」

ミズキの声が星の宮に響き渡る。

「死んじゃだめ。私のたった一人の友達じゃないの。誰かにそそのかされたんでしょ?」

シュリンの瞳から涙がこぼれていた。ぽとり。シュリンの服に赤いものが落ちた。ミズキは刃物の刃先を握って止めていた。

「ミズキ様!」

シュリンが顔色を変える。

「アンテ様早く解毒を。この刃には毒が・・・」

あわただしくシュリンが粉の入った包みを渡す。

「こちらの香茶には毒はないな?」

とっさにアンテは確認すると包みの中の粉を入れてミズキの口元に運ぶ。

ミズキは出血と毒のショックで気がもうろうとしていた。

意を決するとアンテは香茶を口に含むとミズキののどに流し込んだ。

「許せ。ミズキ。今はけんかしてる暇はない」

そういって次に止血をする。

「誰か!! 医者をよこせ!!」

アンテの怒鳴り声に女官達があわただしくなった。

シュリンとアンテは合間に当事者の名を呼ぶ。

「今は何も言うな。事件は穏便に済ませる。太政大臣の指図だな?」

シュリンは嗚咽をこらえながら頷く。

「太政大臣は私の遠縁にあたります。私は・・・」

「もういい。沙汰が降りるかもしれん。覚悟してくれ」

はい、と小さな声でシュリンは答えた。

ミズキは命を取り留めたが意識がなかなか戻らなかった。

アンテはそのミズキのそばに座り手を握っていた。三日もする頃ほほには生気が現れ解毒が効いていることが分かった。そのままアンテはミズキのそばにいた。ミズキの手を握りながら眠り込んだアンテの髪を優しくなでる感触でアンテははっと起き上った。

「ミズキ! 意識が戻ったか。ずっと心配していた。もうこのまま死んでしまうのかと」

「だれが死ぬもんですか。シュリンを残して死ねないわ」

「この場合夫の私ではないのか?」

拍子抜けしながらアンテがいう。

「まだ式は挙げてないはずよ。シュリンはどこ?」

「今は謹慎処分だ。沙汰はまだ下りていない」

そう、とミズキは満足げに微笑む。

「指一本触れないはずじゃなかったの?」

からかうように話すミズキにアンテは黙りこくった。

「すまない。あれはとっさに」

「違う。ずっと手を握っていたでしょう?」

「それは・・・」

「いいわ。許してあげる。シュリンの命と引き換えに」

「ミズキ・・・」

「だめ?」

「いや。責任は大臣たちにある。シュリンはすぐにでもここに呼ぼう。お前の友達だからな」

優しげなアンテの声にミズキはうれしそうに微笑む。

「しばらくゆっくりとすればよい。すぐにでもシュリンを呼ぶゆえ」

「ありがとう」

「勘違いするな。これで平等だ」

そういってアンテはミズキを置いてシュリンを呼びよせる行動に移ったのだった。

半刻もしないうちにシュリンが駆け付けた。

「よかった。ミズキ様」

涙を流して許しを請うシュリンを寝台から体を半分起こして抱きしめる。

「いいわよ。私たち友達じゃない。シュリンがいない星の宮なんて面白くないわ」

「ミズキ様。女官にそのようなことをいわないでください。星の宮はアンテ様とミズキ様の居ですわ」

「それでも友達は多いにこしたことはないわ」

「ミズキ様」

またシュリンのほほに涙が伝う。それをそっとミズキはぬぐう。

「友情もまた美しきことかな」

ぼそりとつぶやいたアンテにミズキが微笑う。

「焼きもち焼いても何も出ないわよ」

「お前から何かもらおうなんて万年思わない」

「言うわね」

「あ・・・あ。あの。夫婦喧嘩は女官の前でしないほうが・・・」

「誰が夫婦だって?!」

アンテとミズキの声が重なる。

シュリンが笑う。

「似たもの夫婦ですわね。と失礼したしました」

和やかな空気がこの人馬宮をつつんだのであった。

第一の殺人は阻止された。だが完全に芽を摘んだわけではないとアンテは踏んでいた。

ミズキの身分をいぶかってるものはまだいる。

この日を境にアンテは居を星の宮に移したのだった。

とはいえ政務がある。宮殿で仕事を終わらせてアンテは人馬宮の長いすで眠りにつくことにしていた。指一本触れないで落とすという条件はまた始まったのだ。ミズキはよほど寝台をアンテにも貸そうと思ったが何かが起こる気がして怖くてできなかった。

そんな日が一か月もしただろうか。

こっそりと星の宮へ入る人影があった。人知れない脅威はアンテとミズキの前に現れるのだった。


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