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訪れぬ尊大な婚約者……

星降る国物語 第二話 星の宮


この日からミズキの優雅な生活が始まった。今まで何でもこなしていたがここではミズキがしようとする前に女官達が先にやってしまう。自分でできることは歩行と舞だけだった。

舞を見たいと言っていたアンテは一向に現れなかった。

 手持無沙汰になったミズキはただ庭を散策する事にした。見たこともない花や樹木が不思議な配置で構成されていた。何度見ても飽きない。この時だけはミズキ付きのシュリンだけがそばにいた。

「シュリン。あなたは何歳なの?」

いつものツンデレを追いやって素直に聞いてみた。アンテが相手ならこんな調子では聞かないだろう。

「十七になります」

シュリンが微笑みながら答える。

「じゃ少しだけ私がお姉さんになるのね。私は十九なの」

ミズキもにっこり笑っていう。

「仲良くしてね。だって一人なんだもの。友達の一人ぐらい許してもらってもいいわよね」

ほんの少し怒ったように言う。アンテにはこんなしゃべり方はしないがシュリンには素直になれた。

ふっとミズキは言う。

「ほかの部屋の庭はどうなっているの? 全部違うの?」

はい、とシュリンがうなずく。

「見てもいいかしら?」

恐る恐る聞いてみる。

「もちろん。今星の宮はミズキ様のものだけです。正妃候補のミズキ様はこの宮の主なのですから」

「そうなの? じゃ行きましょう。今日はどこからまわろうかしら」

ミズキはそれからあらゆる部屋に行って部屋の装飾や庭を堪能した。十二ある部屋はどれも違った。それぞれの星座に沿っているといわれていたがその辺はさっぱりわからなかったが。ただどの部屋も美しく優雅な雰囲気だった。でもミズキは自分の部屋の庭が大好きだった。故郷に咲いていた花と似た花が咲いていたからだろうか。ミズキは星の宮に徐々になじんでいった。


そんなある日のこと。庭のどこからか笛の音が聞こえてきた。さみしげで切ない旋律。

ミズキはいつしかその音にひかれて舞扇を持って舞っていた。ふいに音が止んだ。ミズキはもうちょっと聞きたかったがその終わり方に何か孤独を感じた。一人きりの世界。誰もいない。身内が存在しないミズキと同じ孤独。誰が吹いていたのかと庭に降りてみたがもう誰もいなかった。

それから時々笛の音が星の宮の中に響いてきた。その度にミズキはさみしさを覚えながらに舞うのが日課になっていた。どうにかしたいとミズキは思うが笛の音の持ち主は

姿を現さなかった。


一か月も過ぎた頃だろうかミズキもこの優雅な暮らしになじんできたときにアンテがやってきた。

「お転婆姫は在宅か?」

「お転婆ならとっととここから出てるわよ」

久方ぶりにつんけんとミズキは答えた。

「おや? ここの生活はお気に召さないか?」

面白げにアンテは言う。

「満足してるけどもう少し自由がほしいわ。なんでもかんでも女官がやってしまうんだもの。筋肉がなまるわ」

「そうか。丁度良かった。私の前で舞を踊ってもらおうか。多少は運動になるだろう」

「誰があなたのために踊るもんですか」

「最初に行ったはずだ。指一本触れない代わりに舞を所望すると」

「わかったわよ」

ミズキは舞扇を出してくる。

「そうだ。今日は楽団を連れてきている。指折りの楽団だ。それに合わせてくれ」

はぁ? いっぱしの商売になるではないか。一人のために踊るのに楽団ひとつつれてくるとは皇太子ともなればそんなことになるのか。

ミズキは呆れながらも楽団が来るのを待った。

民俗衣装を着飾った楽団が広い部屋にうまり音を奏で始めた。アンテは面白そうに見ているだけだ。

ミズキはすっと扇を前に突き出した。

鋭角に動かす。それが次第に柔らかな動きに変わっていく。アンテが指折りというだけあって楽は最高級だった。自分の舞がそれにそぐっているか不安になるほど。

じわりと汗をかくほど舞を舞って音楽は終わった。ミズキも久しぶりに最高級の踊りを披露しただけあって肩で息をしていた。

いつしかシュリンが冷茶を持ってきてミズキに差し出していた。

「素晴らしかったですわ。ミズキ様。アンテ様も幸せ者ですわ。あとで湯を用意します。それまではアンテ様とご歓談くださいませ」

冷茶をアンテにも差し出して去っていく。

「ちょっとシュリン。この中でおいていくの?」

焦って声をかけてもすでにシュリンは女官室へ戻った後だった。

「相変わらず美しい舞だった。しかし以前に見た舞と少し違ったな。この国の舞も踊れるのか?」

意外そうにアンテが問う。偉そうに話すのがしゃくだがシュリンにこの国の舞を教えてもらって少し変えてみたは事実だった。以前のように自分の世界の舞に固執しなくなっていた。星の宮の生活にも得るものがあったという事だろう。最初は窮屈に覚えた生活もたびたびの抗議で自分でできることを増やしたため楽になっていた。ただ外出だけは禁じられていたが。

「アンテ。私は星の宮から一生出られないの?」

冷茶を飲みながらアンテに問う。

「どこか行きたいのか?」

「特別に行きたいわけじゃないけど部屋だけじゃ窮屈よ。籠の中の鳥だわ」

「そうだったな。もともとはそんなものだったからな。ミズキさえよければ私の馬で遠出はできる」

「なんであんたがついてくるの!!」

「正妃候補だからな。誘拐でもされたら困る」

「政務はどうなったのよ。そのために入ったんだから」

「仕事はしてる。山のように積み重なった仕事をな。父上も年だかからそうそう無理はできない。代わりに私が政務を執り行っている」

「病気なの?」

「いや。ただ体が弱い。無理はできない。その点私は若いからな」

「いくつなのよ。あなたは?」

偉そうにしてる故、年下だったら殴っていただろう。だが至極普通の年齢だった。

「今年で二十五になる。残念だったな。殴れなくて」

ミズキの気持ちは読まれていたらしい。

もうっと言いかけて甘えた自分の言動にミズキはびっくりした。

「どうした? 舞いすぎて力尽きたか?」

「そんなわけないでしょ!!」

「お前はいつも元気だな。ほっとする」

優しげな表情にミズキはどきりとする。その端から心配になる。表情は優しげだがその中に疲労がかさなっているように見えた。

「疲れてるの?」

「当たり前だろう。政務が山のようにあるのだから。だが、久しぶりにいい息抜きになった。これでまた政務に戻れる。お前の顔を見れてよかった」

「アンテ?」

なんだかこれから戦争にでも行きそうな言葉にミズキはひっかかった。

だがそのミズキの呼びかけにアンテは相好を崩した。

「やっと名前で呼んでくれたな。一応これでも控えていたのだぞ。これからは姫よりミズキと呼ぼう。お互い平等だ。ではな」

「ちょっとアンテ!」

言うだけ言って連れてくるだけ連れてきてアンテは去ってしまった。

急に部屋ががらんとした。むなしい気持ちを覚えたが決してアンテのせいではないと自分に言い聞かせる。

「ミズキ様?」

シュリンの心配する声に反射的に顔を上げたミズキはにっこりと笑う。

「湯船はあるの?」

「はい。いつでも入れます」

「じゃ一汗流すわ」

「また御用があればお呼びください」

そう行ってシュリンは控室に向かっていった。

「さみしいなんて私らしくないわよね」

湯船につかりながらぶつぶつとミズキは言う。

「でも遠出ってどこまで行くのかしら」

不思議に思いながらミズキは体を湯船にぶくぶくとつからせた。


その後一週間ほど切ない旋律は現れなかったがまた不意に流れてきた。

ミズキは今度は舞うことをやめそっと庭園の中を探り始めた。迷路のようなこの庭園も何度も入っているうちに自分のテリトリーに入ってきた。他の庭はそれほど把握していないが。

そっと歩いているうちに音色が近づいてくる。誰なのか。期待を膨らませながら近づいていく。手入れされた庭木を回り込むと意外な人物がいた。相手はころんと龍笛落とした。

「アンテ。あなただったのね」

ミズキは転がっている龍笛を手渡すと腰に手をあてる。

「自分の宮ぐらい正門から入りなさいよ。こんなこそこそして」

「おい。発見したとたんにその上から目線か?」

「当然。この庭は私のテリトリーなんだから」

アンテは偉そうに言いながらも焦っていた。まさか、星の宮の所有者にあってしまうとは。

己の母親と一緒に住んでいたアンテはこの庭を熟知していた。ミズキに会いたいと思いながらこの隠れた場所で笛を吹いていた。どこかでミズキが舞っていると思いながら。

「舞が見たいならその龍笛持ってきて吹けばいいじゃない。楽団つれてこなくても」

「いいのか? 私の暇つぶしに突き合わせても」

「不本意だけどアンテがそこまでいうなら舞ってもいいわよ」

ツンとまたそっぽを向く。その表情がかわいくてアンテはつい見つめてしまう。

「そのほうがミズキらしいな。私の前ではつんけんしてくれて問題ない」

「あなた変態?」

「いや」

自分のつんけんした態度を受け入れているアンテにミズキはびっくりしていた。

アンテはこちらのほうがお好みらしい。珍しい人だわとミズキは思いながら問うていた。

「で。遠出はいつ連れて行ってくれるのかしら?」

「なんだ。行きたかったのか」

「だから窮屈だって前にいったでしょ。忘れたの? 鳥頭は」

「いや。覚えている。確かに窮屈だ。私も母と住んでいたが母にとって安全圏であった星の宮は鳥かごのようだった」

遠い目をしてアンテがいう。

「お母様は?」

そうなのだ。現皇帝の正妃であるアンテの母はここにいない。いないのはおかしいのだ。

「母は私の子供のころに亡くなった。以来この宮には住む者はいなかった。ミズキが初めてだ」

「そう」

ミズキも遠い家族を想い遠い目をする。しばしの沈黙の後ミズキは静まり返った空気を破るように言葉を落とした。

「疲れて一人になりたいときぐらいは来なさいよ。寝台ぐらい貸してあげるから。昼寝の時間にね」

その言葉にアンテが目を見開く。

「どういう風の吹き回しだ? 指一本触れないというのを忘れたのか?」

「ちょっと。いつだれが一緒に寝るといったのよ。昼寝は一人でしたらいいでしょ。添い寝なんて気持ち悪くてできないわよ」

相変わらずのミズキにアンテは微笑う。

「残念だな。添い寝ぐらいしてもらってもいいのだがな」

「あくまでも仕事の休憩にきたらという事よ」

ミズキは言いだしたのになぜかほほが赤くなるようなおもはゆさを感じた。

「もう戻るわ。遠出は約束よ」

「ああ。近いうちに迎えに行く」

そう言ってアンテは茂みの中に体を突っ込んだ。

「あらまぁ。こんなところに抜け道があるなんて」

呆れたといいつつ遠出が楽しみなったミズキであった。



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