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それは必然なのか偶然なのか……舞姫は皇太子に娶られる

星降る国物語 プロローグ


幸せな恋人の間には星が降るという。その幸せな伝説を持つ国を星降る国という。

そんな物語の一編である。


それは突然に起きた。


ドン。


「ちょっと何するのよ!!」

「生意気な。この私を誰だと思う!?」


青年と少女は出合がしらでぶつかった。お互い突然のことで目の前に星がちらついた。

本当に痛い目に合うと星が降るのかとアンテは思った。

星も消えふっと少女を見れば違和感があった。見慣れない服装。見たこともない漆黒の髪。後頭部で結わえたその髪は腰のあたりまで流れていた。

瞳も黒い。

この国にはいない人間だ。だが不思議とアンテは受け入れていた。

異国人のような気がしたがそれでも美しい少女だった。警戒心はなかった。少し生意気だが・・・。

「おい。貴様。このお方をどなたと心得る・・・」

「よい。私も不注意だった。このままでよい」

アンテは部下に言い聞かせて少女の名を聞いた。

「ミズキよ」

つんとそっぽ向いていう少女がアンテには面白かった。

アンテを知らないらしいミズキが新鮮だった。

「私はアンテだ。いずれまた会えればいいな」

そういってアンテは踵を返した。部下がちょこまかとついていく。

「なにがアンテよ。いけない。そろそろ宴の準備が・・・」

ぶつぶつといってミズキもあっという間に姿を消した。


ミズキは帰路をたどりながら思い出していた。この世界に来て三か月余り。不思議なことにもうなじんでいる。前の世界の森の中で一心不乱に舞っているといつしか男たちに囲まれていた。命の危険を感じてもどうしようもなかった。なにしろ舞扇一つの身だったからだ。そこへ旅芸人たちの一団が通りかかりミズキは自動的に助かった。男たちはちっと舌打ちをして散って行った。だが旅芸人一団にもミズキの言葉は通じなかった。身振り手振りで伝えて名前ぐらいしか通じなかった。公用語を使っても伝わらない。ミズキはわからないままもここが以前いた世界と感じた。

ミズキは困惑しながらも旅芸人たちと一緒に旅を続けることとなった。そして三か月あまり。こちらの世界になれ言葉もかなり上達した。客相手の商売故言葉を早く得なければならなかった。いつしかミズキは一団のトップに立っていた。しかし舞が異国風でうけたからであって舞姫と知られない間は飯炊き女としてこき使われていた。今いるこの国はアンテナーメンというたった一人の神をあがめていた。国の名は肥沃の土地という名前。雨季に河が栄養たっぷりの土を運び、麦を栽培して生きていた。または星降る国と呼ばれていた。意味は分からないが。

ミズキの世界ではどこの国でも一神教はなかった。不思議な感覚にとらわれながらこの国の様子をみていた。

突然、そこでミズキの物思いは絶たれた。いつしか一団の居場所まで戻っていた。女将がきりきりとヒステリックな声でミズキを迎える。

「ごめんなさい」

殊勝な言葉を返しつつも心の中ではそれがなにか?といっていた。ツンデレなミズキとしては辛辣な言葉を言いたいが逆らっても意味がないので殊勝な言葉で濁していた。確かに宴の時間が迫っている。

ミズキは天幕に入ると化粧と衣装の準備に取り掛かった。



星降る国物語第一話 舞姫と皇太子

綺麗な満月の夜になった。今日は何でもこの国の皇太子の誕生日の宴らしい。雑伎が終わりいよいよミズキの出番になった。舞楽の静かな旋律に導かれてミズキは舞台に出て行く。ミズキは一瞬凍りそうになった。先ほどぶつかったアンテが面白くなさそうに高座からミズキを見下ろしていた。アンテも意外だったようだ。

目と目があったが音楽が続いている。なぜか胸の鼓動を感じていながらミズキは踊りを舞い始めた。

剣舞の様に舞扇といわれる独特な扇をもってミズキは舞う。

少しゆったりと舞ったり時として剣を交えるような鋭い舞を踊る。柔らかな春のような舞、するどい冬のような舞。ミズキの故郷のように四季折々の様子を舞で表していく。

終章の音楽の停止と同時にミズキの舞は終わった。拍手が鳴りやまない。アンテはさして面白そうな顔をしていた。

なんとなく寂寥感がミズキを襲ったがなぜなのかはわからなかった。

宴はたけなわではあるがミズキは外の空気を吸いたくて庭園に出た。

広大な庭園は迷うそうだったが少しだけ垣根を進んで花の香りを胸いっぱいに嗅いだ。

澄んだ空気が胸を満たす。そこへ邪魔者が入った。酩酊した役人だ。

「みーっつけた。舞姫ちゃん。俺と楽しいことしない?」

やたらからんでくる。うっとうしい。かといってぶんなぐるわけにはいかない。

「あの。私は一介の踊り子。その辺に捨て置いてください」

そういって腕を振りはなす。

「またまた。つれない事言っちゃって~」

なお絡んでくる役人にどうしようか考え込んでいると不意に腕の負荷が軽くなった。

「しつこい。役に立たない役人は解雇されるぞ」

そういって役人を突き飛ばした。役人は千鳥足で体勢を立て直そうにもしりもちをつく。

「貴様―。何をする!!」

「まさか私の顔を知らないとは言わせない」

「あん?」

酩酊役人が睨みつけていたが次第に後ずさり始めた。

「あの。アンテ様。今のはこの娘が」

「ちょっと私がなにしたっていうの?」

怒りが頂点に達したミズキがつっこむ。

「お前は黙っていろ」

アンテが強く言う。

「あなたに助けてもらう義理はないわ」

そういって役人の大事なところを一発蹴りお見舞いする。

舞楽で鍛えた足は命中してひぇ~といいながら役人はこけつまろびつ去って行った。

「なかなかやるな。舞は美しかった。性格が出ずによかったな」

「性格についてはあなたに言われたくないわよ」

「お互い様だ。で話があるのだが・・・」

「何よ」

「後宮に入らないか?」

はぁ?

ミズキは顎が外れそうに口を開けた。

「あなたのハーレムに入れというの? 冗談じゃないわよ」

「誤解を解くのを忘れていたな。私の後宮には誰もいない。正妃含めて」

「じゃ何のために?」

ミズキは問う。

「政務をしたいだけだ。正妃を娶れとうるさい。一人置いておけば当分言われない。それも正妃となれば・・・」

疲れたような声に視線を向けると眉間にしわが寄っている。相当疲れているように思えた。仏心というのかミズキは気づかぬうちに承諾の返事をしていた。

「いいわよ。ただし指一本触らないでよね」

「わかっている。時々訪れた時に舞を舞ってくれればよい。お前の舞は本当に美しい」

「褒めてもないもでないわよ。商談成立ね。一座から抜けられるしちょうどいいわ」

「すこし話をつけてくる。今宵より星の宮に居場所を移せばいい」

「星の宮?」

「後宮の建造物の名前だ。十二部屋がある。それぞれに我が国の星座があしらわれている。私は人馬座ゆえ正妃の部屋は人馬宮になる。そこに今夜から住まうといい。これから女官をよこすから少し待っていろ」

「偉そうにしないで。私を落とすなら指一本触れないで落としてみるのね。その瞳だけで。できるかはわからないけどね!」

「賭けてみるか?」

「いいわよ」

「勝った時の褒美でも考えてろ。すぐに女官が来る」

「えらそうに」

ツンとそっぽを見る。アンテは少し声を上げて笑うと去って行った。笑うこともあるのね。と妙なことを考えていると女官がすぐにやってきた。

「ミズキ様ですね。こちらに」

一座から勝手に抜けることにちくりと胸の痛みを覚えながらミズキは女官についていった。


どこをどう歩いたかわからない。いつのまにか立ちそびえる建物に入っていた。

足元を照らす明かりと女官のたいまつが頼りだ。

「こちらです」

言われて入るとそこだけ異空間だった。

ほのかに明かりが花々を照らして不思議な雰囲気をかもしだしていた。美しい。純粋にミズキは思った。

「今宵からここがミズキ様のお住まいです。女官が控えておりますのでそこの呼び鈴を鳴らせばやってきます。ミズキ様が何もする必要はありません。全部私たちの手でさせていただきます。式がお済になるまでミズキ様と呼ばせていただきます。湯を沸かせております。まずは汗をお流しください」

式? 不思議な言葉に戸惑ったが女官達はてきぱきと動いて考える暇はなかった。

部屋に明かりがともった。中に湯船と女官がいる。かぐわしい香りが湯船から立ち上っていた。人の前で裸になるのは抵抗がある。一応一座で体験していても。立ち尽くしていると女官たちは察したのかすっと部屋から出て行った。

恐る恐るミズキは湯船に近寄った。湯船は何もしない。ただそこにあった。

意を決してミズキは衣類を落とした。そのままそっと入る。かぐわしい香りでリラックスした。そっと瞼を閉じる。先ほど舞っていた舞のテンションが静まっていく。どれだけそうしていただろうか名を呼ばれてミズキは我に返った。

「お背中をお流しします」

その言葉にミズキは驚いて身を腕で抱きしめた。

「いい。自分でするから。下がっていて」

「私たちの役目なのですが・・・」

女官が困った顔をする。その顔にミズキは一瞬とまどう。

「衣を置いてくれたら自分でするから。拭き布と衣類を一緒に置いといて」

断固と触らせないミズキに女官は困り顔を崩さなかったがしばらくしてうなずくと寝台の上に寝間着と拭き布を置いてさがった。

「困ったことがあればお呼びください」

そういって女官たちはすっと部屋から引いていった。

ミズキはやっと腕をほどいて洗い布で体を洗い始めた。手触りが心地よい。それを肌に滑らせて洗っていく。しばらくして湯船から出たミズキは拭き布をとって肌に浮いている湯をふき取り始めた。一通り拭いて寝間着を羽織ろうとしてミズキは立ち止った。知らない。自分の知っている服ではなかった。困り果ててとりあえず羽織ると呼び鈴をならした。

「なんでしょう」

同じ年頃なのか若い女官が一人入ってきた。

「あの。着る方法がわからなくて」

「そうですか」

うら若き乙女の柔和な笑みを浮かべて女官はミズキの寝間着を手際よく着させ始めた。

「シュリンといいます。ミズキ様」

は?、とミズキは口を開きかけてあわてて閉じた。

「今宵よりミズキ様付きとなりました。なんなりとお呼びください。さぁ寝間着の用意は整いました。お休みになりますか?」

親しみやすい声にミズキも安堵のため息をつく。

「そうね。今日はいろいろあったからもう休むわ」

「ではお休みなさいませ」

ミズキが寝台に入って目を閉じるとシュリンはすっと姿を消した。

得体のしれない部屋で眠れないかと思ったが案外簡単にミズキは眠りに落ちて行った。


翌朝見慣れない天井に違和感を覚えたミズキは昨日のことを思い出してがばり、と起き上った

「アンテの奴・・・正妃って言ってたわね。それってまずいんじゃ・・・」

改めて事の重大さに気づいてミズキはうなった。

「どうしたんだ?」

入り口にアンテがにやにやとしていた。

「はめたわね」

「いや。事情に合わせてもらっただけだ。ご覧のとおり指一本触れてない」

このやろうと言いかけて口を閉じる。シュリンが朝餉を持ってきたからだ。

「まずは香茶をお飲みくださいませ。皇太子様も飲まれますか?」

もうらおうと言って二客のうちの一客の香茶の器を持つ。

「もうすぐ太政大臣が来る。急で悪いが異国の姫という設定になっている。適当に合わせてくれ。身分がとうるさくてな」

そういって優雅に香茶を飲む。悠々とした態度にミズキは怒りが込み上げてくる。がどうにもならない。承諾したのは自分だからだ。ツンとそっぽを向くとアンテが小さく笑う。

「その小気味悪い笑いやめてよね。それで演じた後私はここを出る日が来るの?」

「まぁ。ないな。正妃ともあれば子をなさないといけないからな。指一本触れずお前を落とす」

その言葉に頭に血が上る。

「あなたにできるわけないじゃない。私はあなたなんて大っ嫌いなんだから」

その言葉にまたアンテが笑う。

「落としたら子をなすか?」

「賭けてもいいわよ。あなたなんかに私は落とせない」

「言ったな。ではこうしよう。落ちなければこの星の宮を出て好きなところへ行くがいい。住まいぐらいは建ててやる」

さすがに身内のいないミズキの処遇は知っていたらしい。

「大っ嫌い」

ツンとそっぽを思いっきり向く。

その頃何やらどたどたと音が聞こえてきた。

「大臣様。皇太子様のお許しが出るまでこちらに参られては困ります」

「来たようだな。私に合わせてもらおう」

ミズキは込み上げてくる不安を飲み込んで大臣を待った。

「正妃様はおられるか?」

恰幅の良い中年男性がどかどかと入り込んできた。

「まだ星は降りていない。正妃とはなっていない」

アンテが答える。

星? ミズキは不思議に思った。

「ではどこぞの姫様ですか?」

ミズキが口を開く前にアンテが遮る。

「黄金の国ジパングの姫だ。身を隠して各地を回っていたのだ。それを私が見つけて正妃にした。いや正妃候補にした」

「候補?」

ミズキが小さく問う。

「ああ。姫はご存じなかったか。この国では星が降りてきた女性のみ正妃になれるのだ。なかなか現れず大臣たちががやがやとうるさくてな。気の合うそなたを候補にして宮に迎え入れた。姫は異存ないだろう?」

自信たっぷりに説明するアンテには怒りを覚えたが合わせるために小さくうなずく。

「ほら。正妃もわかっているじゃないか」

コホンと大臣が咳払いする。

「候補を星の宮に迎え入れるのは法に触れますぞ」

「星が降りなくてもミズキは正妃だ。子をなせばいいのだろう? お前たちは」

だんだんことが大きくなっていく。ミズキは頭痛を覚えこめかみを押さえた。

「姫は起きたところだ。朝餉もまだだ。この宮には私しか入ってはならないはず。姫の身分を教えるため特別入るのを許した。もう下がれ」

「ですが」

「下がれと聞かなかったか?」

強いアンテの口調に大臣はうなるとまたどすどすと部屋を出て行った。

ミズキの口から息がこぼれ肩の力が抜ける。

「星だとか子を成すとか訳が分からないわ。演じればいいの?」

「ご名答。お前には少々刺激の強い話だったな。すまない」

アンテの謝罪にいささか驚いてミズキはアンテを見る。

そこには優しげなほほえみが浮かんでいた。

ミズキはどきりとする。突然頭の中に鳥の羽が生えたような浮遊感を覚える。

何なの? この感情は。

自問自答しているとアンテが立ち上がった。

「今日は庭を散策して休養を取るといい。私はまた宮殿へ戻る」

「あなたの顔を見なくて清々するわ」

「相変わらず口の減らない姫だ」

「姫じゃないわよ」

「舞姫なのだから姫といっても差し支えないだろう」

ああ言えばこう言う。お互い様だろうがこれでいいのだろうか。

「さて姫の癇癪玉が破裂する前に私は消えるよ」

「好きなところに行ったらいいわよ!!」

「わかってる」

けらけら笑いながらアンテは星の宮を後にした。

残されたミズキは冷たくなった香茶をのどに流し込んで朝餉を食べ始めた。


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