トラップルーム
『落とし穴』とは。
字面通り人を落とすための罠であるが、ことダンジョンの『落とし穴』は普通とは仕様が違う。
恐らく想像する『落とし穴』という罠は、上から落とすことで人を死に至らしめるものだと思われているが、実はダンジョンの『落とし穴』に殺傷能力は一切ない。
加速して落ちるは落ちるのだが、仕様で防御魔法が落下中に自動で掛けられて、派手に地面とキスすることになれどダメージは一切負わない。
そう、派手に地面とキスはするんだけども。
「──ああぁぁぁぁぁあああッッ!!!!」
──ズドンッ!!!
と酷く鈍い音とともに地面に《《着陸》》した俺は、一瞬にして視界が暗闇に覆われた。
しかも、心なしか頭に血がのぼっている感覚のような……。
「──逆チンアナゴやんけェ!!」
ズボッと地面から頭を引き抜き、誰に言うでもないツッコミを披露する。……まさか頭から直下で落ちるとは思わねぇし、そのまま地面にキスどころかディープキスするとは思ってなかったわボケ。
「これ以上俺に素材案件を提供するな」
コメント
・さすがに笑ったwww
・ギャグだろwww
・なんでそんな落ち方すんねんw
・SNSのミームになること確定ですね
「夢咲落下ミームとか誰得なんだよ……」
しっかし、エグい勢いで落下したなぁおい。
中層では割と名物的な罠かつ、決まった位置に出現しない移動型トラップのため、結構運ゲーと呼ばれている。
そして、落下ダメージを受けないことも有名であるため、リスナーの心配する声が少ないのは当たり前である。
ただ──『落とし穴』は中層トップクラスに死亡率が高い。
俺の逆チンアナゴで盛り上がっているコメント欄だが、チラホラ落とし穴に落ちた俺を不安がるコメントも現れ始めた。
だが俺は待っていた。この罠を。
地面が消えた瞬間、思わずほくそ笑んでしまったくらいに、俺はこの罠をずっと待ち望んでいた。
ドM? ちゃうねん。死にたがり? ちゃうねん。
この《《罠》》を突破できる自信があったから、俺は喜んだ。
コメント
・爆笑しちゃったけど落とし穴ってマズくね?
・たまーに上位探索者の配信でこの罠見るけど……
・トラップルームは夢咲のビルド構成的にヤバいんじゃ……
前世では、落とし穴のことを《《扉》》と呼んでいた。
どこに繋がる扉かって?
それは《《トラップルーム》》である。
「説明しよう!! トラップルームとは、《《一部を除いて、スキルを一切使用できない》》空間で、素のステータスと技術のまま連続で現れる魔物を倒さなければ脱出できない罠である!!」
コメント
・なんで嬉しそうなんだよw
・普通にヤバい自覚あるか?コイツ。無いな
・え、腹パン禁止……ってコト!?
・腹パン無いの!?マジで!?
「その通り!! つまり俺は、少しだけ腹パンから解放されるということである!!」
俺が落とし穴にハマりたかった(語弊ある言い方)理由は、トラップルームで剣術を披露したいという浅はかな考えからである。うるせー、浅はかな自覚はあんだよ。
この一部のスキルを除いて、というのは《剣術》とか自然に体に身に付いたものは禁止の対象ではない。
そのため、俺は純粋な剣技で魔物を倒すことができるというわけだ。
ハッハッハ! と高笑いする俺を迎えたコメントは、酷く冷めたものだった。
コメント
・腹パン無いの?じゃあトイレ行ってくるわ
・飯落ちー
・風呂落ちー
・萎え落ちー
「おいこらてめぇらァ!!」
みるみるうちに同接が減っていく……え、うせやろ……やっぱりコイツら俺じゃなくて腹パン見に来とるやんけ。そんなことある??
とはいえ、全員が全員ゴミカスではないので八割ほどは同接を保っている現状である。逆に二割も消えたのかよ。
くそ、まあ良い。
……今に見とけよ。一瞬とはいえ最初の配信で剣術で魅了したんだ。同じことをするなんて造作もない。
イライラしながら落ちた先の通路に進むと、とある小部屋に辿り着いた。
身長の1.5倍ほどの天井に、横幅は剣を振り切れるか振り切れないかのギリギリのラインしかない。
奥行きは少し広いが……。
つまりはべらぼうに狭かった。
俺は頬を引き攣らせる。
恐らくこの小部屋に魔物が順に湧いてくるのだろう。
……明らかに剣振らせる気ねーじゃねーか……!!
コメント
・狭くね?
・剣、振れるか?
・やっぱりやるしかないんちゃう?
・勿論夢咲は抵抗するよな?拳で
ゴブリンが二体現れた。またお前か。
だがしかし、この小部屋には非常に適した魔物であると言えるだろう。
俺の0.5倍のサイズくらいしかないゴブリンにとっても狭い部屋であることに変わりないが、俺よりは小回りが利くし、その手に持った短い棍棒くらいなら好きに振り回せるに違いない。俺と違って。
剣を抜く。天井と壁に当たりそうである。
コメントは腹パン一色。多分拳で対抗したほうが簡単なのは火を見るよりも明らかだ。
でもそれで良いのか、夢咲氷織。
ここで剣を捨てれば、俺には呪いのように腹パンという単語が付いて回るだろう。
俺はすでに腹パンを支持する民衆に囲まれている。
俺は腹パンをしているようで、腹パンをさせられている。腹パンに腹パンされている現状に近いと言える。
……何言ってんだ俺。
まあ、ここで剣を捨てちゃあ男が廃るって話ですわァ!!
「俺に腹パンさせてみろやクソゴブリンどもがぁぁぁぁぁあ!!!!」
──先手必勝。
《反撃の心得》も使用禁止に該当するようで、俺の体は自由に動いた。
まずは左のお前だ。
般若の様相で襲いかかる俺に恐れをいなしたのか、及び腰のゴブリンの首を最小限の動きで斬り落とす。剣は振り切らずに止める。
「グギャっ!?」
仲間を一瞬で亡くしたもう一体のゴブリンは、怒りに震えながらも棍棒を横薙ぎに振るってきた。
「んな遅い攻撃当たるかボケ!」
身を屈めて回避し、俺は隙の出来たゴブリンの首を剣で突き刺すことに成功した。
その間僅か1秒未満。
コメント
・腹パンさせてみろは草
・動きが変態すぎる
・何であんな狭い場所で剣振れるんですかね……
・ジャパニーズ腹パンニンジャァ!!fooooooo!!!!!
・腹パンしてないのに腹パンニンジャ扱いは笑う
・普通に凄いけどなんか地味だよね
「ハァ!? 地味!? 俺の剣が!?」
とんでもねぇコメントに思わず目を疑う。
俺の華麗な剣術が地味技扱いされてるなんて……。
確かに見栄えは大事だとは思う。
派手な魔法やスキルの類を見りゃカッコいいと思うのが人間の性で、腹パンが見栄え……は置いておいてインパクトがあるのは間違いない。
だとしても剣術って《《男》》の憧れ……!
あ……ここそういえば貞操逆転世界じゃん。
俺はふと気づいた。