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腹パン、それは地獄

「はい、どうも夢咲です。俺が剣で魔物を倒すまで、という切り抜きを自分で作ってる最中の俺です。なんでお前ら腹パンしか切り抜かんの？」

・一番面白いポイントがそこだからなw

・むしろどこを切り取れば良いんだ！！

・剣で倒した瞬間は普通にカッコいいと思うけど、別に夢咲にカッコいいは求めてないよ

・イケメンなら普通の男性配信者見るし

　それはそうか（白目）。

　別にイケメンで売ってるわけじゃねーからな。そこを目当てにされても確かに困る部分はある。

　いやでもそうじゃねーだろ。

「俺の！！　数時間の！！　努力！！」

・お疲れ様ですwww

・ドンマイw

・腹パンから来ました！

「せめて切り抜きから来いやボケぇ！」

　全力で叫ぶ。

　どこで体力使ってんだよ……。

　俺は、腰に巻きつけていたポーチから、そのポーチに入るとは思えないサイズのペットボトルの水を取り出す。

・マジックバッグ買ったんや

・それ高くなかったっけ？

「俺の貯金の99%吹き飛んだぜ……。でもまあ、これから長期に渡ってダンジョンに潜るなら必要不可欠だし」

　マジックバッグとは、バッグの中に亜空間が広がっているダンジョン産の魔道具のことで、俺が買った一番安いモノでも6畳の部屋くらいのサイズが中に広がっている。

　長期のダンジョン探索に必要なのは、休息のできる空間と食糧と水。

　休息のできる空間用に、魔除けのテントという一定期間魔物が近寄らなくなる超絶高価アイテムがあるのだが、俺は買ってない──がとある考えがある。

　マジックバッグ一つで500万くらい払ったけども、お陰でこの世界の俺が貯めていた貯金が全て消し飛んだ。

　ま、配信の収益で余裕で稼げるからな……まさしく先行投資だ。

・中層以降はマジックバッグ無いと詰むからな

・ということはテントも買ったんか。かなり使ったねぇ

・久しぶりにマジックバッグとかいう単語聞いたわw

・男性配信者でマジックバッグ使うやついねーからなw

　そら２階層でゴブリン相手に怯えてるヤツがマジックバッグ使うわけねーわな。むしろ使ってたら俺がキレるわ。

　前世だったらどの探索者でも必須級だったんだけどなぁ……向上心高い配信者がほとんどだったし。　

　だから前世のマジックバッグは百万くらいで買えてたんだが、この世界だと五百万もしたからビックリだわ。

「さて、今日はね。八階層から十階層までは巻きで行ってね、中層に足を踏み入れて行こうと思います」

・二日目で中層ってマ！？

・早すぎて草

・さすがに無謀としか……

・幾ら腹パンマンでもキツイだろ

　宣言すると、コメント欄が一気に加速する。そのほとんどが批判と心配、主に中層は早すぎるというものだった。

　……おさらいしておくけど、一階層〜十階層までは浅層(せんそう)と呼ばれ、主に初心者がレベルを上げる場所とされている。

　それもあって、誰もが通り抜けるただの通過点……と前世ではされていた。

　この世界じゃ浅層に蔓延る男たちがいるせいでちょっと難易度が上がってるみたいだけど。

　んでもって、十一階層〜三十階層は中層と呼ばれ、浅層とは魔物の強さもダンジョンとしての形式も全てが変わる。

　それもあって、探索者として限界を感じた者たちは、主に中層を稼ぎ場として周回したりする。

　前世でも通常は二週間は浅層でレベル上げを行う。

　それを二日で超えようと言ってる奴がいたら、それはもうアホとか命知らずの領域だ。

　勇気超えて蛮勇。だけども、俺に前世のノウハウと引き継いだスキルがある。

　正直、《即撃》の威力を考えれば、中層に行くことも可能だ。

　……とはいえ、前世のことは言えないので、俺は敢えて自信満々に口を開く。

「腹パンマン言うな。勿論考えが無いわけじゃない」

・腹パンマンに腹パンする以外の考えがあるだと……！？

・知能あったんだ

・今のところ音MADの人という認識しかない

「ボロクソすぎない！？！？　俺を腹パンで認識するな！」

　なんだよ人のことを全自動腹パンチマシーンのように言いやがって。……あながち否定できないのが現状の辛いところだけどさァ！

「中層に行ける確信がある理由として、まずはレベル。こちとら出会う敵全員腹パンしてるせいで、中層推奨レベルのレベル20に到達してんのよ。あとは、腹パンの威力的に中層の敵はかなり余裕を持てると思う」

　俺はそこで一息区切って、カッ！　と目を見開くと叫ぶように声を発する。

「そんな建前は置いておいて──俺は！　腹パンに頼りたくないので！　腹パンが通用しねぇ敵が出てくる階層にはよ行きたいんだァァァァ！！」

・ガチ本音で笑うw

・お前それが主な理由だろw

・ダンジョンで叫ぶなw

・腹パンの威力的にってなんや……

　そんなことをひたすら叫んでいると、コメント欄は徐々に肯定の雰囲気に変わっていった。良かった……腹パンが嫌すぎることがちゃんと伝わったようだ。

・中層でも腹パン期待してまーす

・新たな音MAD素材の提供よろ　

・チーン（夢咲の遺影パン）

　お前らさァ……ッ！！！

☆☆☆

　パンパンパンパンパンパンパンパン！！！

　※決してイヤらしい音声ではなく、夢咲が腹パンしまくっている音です。

☆☆☆

　十階層に辿り着いた。

「ここまで来るのに長かったな……！」

・おかしいな……一瞬だったような……

・何だか心地よい破裂音を聴きながら眠っていたような……

・ああ、そうそう……これは腹パンの音だ……

「お前ら俺の腹パンを睡眠ASMRだと思ってんな。起きろ」

　十階層に来るまで、やけに同接は良いのにコメントが少ないと思ったら、どいつもこいつも寝てやがる……！

「俺の腹パンにリラクゼーション効果はねぇぞ……！！」

・いやでも八階層から二時間しかかかってないやん

・虚言吐かれた後に私ら否定されても……ねぇ？

・お前がゴキブリみたいな動きで回避しながら腹パンするから……

　なんで俺が悪いみたいになってるんや。

　……いや、ね？　階層攻略は前世の知識があるから早いのは当たり前なんだよ。地図は全部頭に入ってるし。

　その上、走りながら回避→すれ違いざまに腹パンとかいうよく分かんない高速謎ムーブかましてたせいで、戦闘時間が鬼のように少なかったのが問題なんすよ。

「俺は悪くない。腹パンがすべて悪い」

・可哀想に……腹パンが好きすぎて擬人化してらぁ……

・音MAD行き、決定です

・失言した瞬間に素材にされる系男子

・政治家みたいな切り取られ方してて草

「クソ……何言っても素材にされる恐怖に怯えなきゃいけねぇのかよ……！」

　今更感ありますけどねぇ！！　もうすでに素材にされすぎてフリー素材まである（？）

　……くっそ、見とけよリスナーども。

　腹パンが通用しない敵が現れ始めてから、俺のダンジョン配信は始まるのだ。え、その頃には終わってるって？　ふざけんな。

「ハァ……これが《《ボス戦》》前のテンションかよ」

　今俺がいるのは、十階層ごとに存在するフロアボスがいる部屋の前の扉だ。

　フロアボスとは、通常の魔物とは一線を画す所謂ボス魔物であり、コイツを討伐しないと次の階層に行くことができない。

　リスナーたちはフロアボスがいることも加味して中層はまだ早いと心配していたのだ。

　そもそもフロアボスはソロで攻略するものじゃない。

　大体はパーティー単位で討伐するものなのだが、俺は絶対に一人で討伐すると前世も決めていた。

　かつて憧れていたSランク探索者。

　前世では日本に八人いたSランク探索者は、誰もが十階層のフロアボスをソロで討伐した。

　つまりは、十階層のフロアボスとは、謂わばSランク探索者になるための試金石。……絶対に通過しなければならない。

　それに、俺はこの戦いを非常に楽しみにしていた。

「くくく……フロアボスなら俺の腹パンを耐えてくれる……剣の出番だな……」

・今にも武器に舌舐めずりしそうなテンション

・討伐理由→腹パンを耐えるから

・完全に戦闘理由が強くなりすぎた末路なんだよなぁ……

・未だかつてこんなしょーもない理由で倒されたフロアボスがいるだろうか……w

　……不思議とコメントで、フロアボスを倒せないと信じている者はいなかった。

　誰もが俺のことを信じている。

　俺の実力を──、

・信じてるぞ、腹パン

・お前ならフロアボスも倒せる。腹パン

・頑張れ腹パン！

「俺を応援しろ俺をォ！！！」

　再三のため息。

　俺は出鼻をくじかれた思いをしながら、フロアボスの部屋の扉を開けた。

　重厚な両開きドアにしては簡単にズズズ……と開いていく。

　土埃が舞い──晴れると、そこには斧を持った牛型の巨大な魔物……ミノタウロスがいた。

「ぶもおおおおおたおッッ！！！！」

　その大きさと威圧感に、一瞬だけ気圧される。

　中層の推奨レベルは20。しかし、それはあくまでミノタウロスを倒せる最低レベルの話で、俺の耐久力を考えれば一撃貰うとかなり甚大なダメージを負う。

　それに、きっとコイツは腹パンを複数回耐える。

　だからこそ、腹パンの後隙を狩られると非常に危ないのだ。

　なのに……そんな状況なのに、俺は笑みが抑えられなかった。

　久方ぶりの強敵。心が踊る。

「……来たッ！」

　ミノタウロスが巨体に似合わない俊敏な動きで襲いかかってくる。

　斧を振る──と見せかけた突進攻撃だ。これは前世でも見た。

　さて、まずは回避と《即撃》で様子見だな。

　俺は胸が踊るのを感じながら、横に転がることでミノタウロスの突進を避ける。

　さて……ようやく実力で勝負ができ──

「《即撃》ッ！」

　──グシャッ！！！！

　ミノタウロスは、お腹に大きな穴を空けて倒れた。

　粒子になって消えるフロアボス。

　その跡には、ポーションらしき緑色の液体が入った瓶が転がっていた。

・ファーーwwwwww

・一　撃　w

・すげぇ物寂しそうな顔してて草

・圧　倒　的　腹　パ　ン

「今日の配信見てくれてみんなありがとう！　それじゃあまた……会おうネ……終わります……」

・草

　どうしてだよおおおおお！！！！！！