拭いきれないギャグ臭
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夢咲氷織 Lv.19
HP 121/121
MP 40/40
【固有スキル】
《即撃Ⅵ》《神速Ⅰ》
【エクストラスキル】
《反撃の心得》
【通常スキル】
《剣術Ⅶ》《水魔法Ⅲ》《身体強化Ⅷ》
《状態異常耐性Ⅰ》《思考加速Ⅲ》《危機感知Ⅹ》《回避Ⅹ》
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「かなりレベルが上がったな」
探索者の平均レベルが30後半くらいと言われているのを考えると、1日でその半分程度まで上げることができたのはデカい。
んでもって──
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「いや増えすぎだろ」
前世じゃ味わえなかったバズというヤツに遭遇しているものの、俺の心境としては複雑である。
初配信を振り返って、俺は死ぬほど腹パンした。具体的に言えば八時間くらいひたすら腹パンしていた。正気の沙汰じゃねぇよ。
しかし、現れる《回避Ⅹ》という強敵。何度も何度も何度も立ち向かって、心が折れそうになった時も諦めずに腹パンし続けて──俺は視聴者のみんなに華麗な剣術を見せつけることができた。
なんと素晴らしいサクセスストーリーか。苦難はあったが、探索者としての"アツい"部分を見せられたんじゃないかなと思う。
だが蓋を開けて見ればどうだ?
《激録! 男性ソロ配信者の厳選腹パン集!》
《【速報】男性ソロ配信者、ネタに走る》
《腹パン音MAD集》
「どいつもこいつも腹パンしか切り抜いてねーじゃねーかよ!!! ふざけんな!! なんだ厳選腹パン集ってェ!」
腹パンに厳選もクソもあるかボケェ!
そう──作られた切り抜きは、どれもこれも腹パンにしか言及しておらず、華麗な剣術の部分は完璧にカットされていた。
エゴサしても腹パンばっか。
しまいには腹パンが日本のトレンド一位になるくらいだ。クソがよ。
「違うんだよ……俺がやりたかったことはコレじゃないんだよ……間違っても腹パンギャグ配信者として名を挙げることじゃねーんだ」
当初の俺の目論見としては、世間の男性配信者の現状を否定し、切った啖呵に見合う実力があることを証明することで興味を持ってもらおうという作戦だったのだ。
フェーズワンの現状を否定するところまでは完璧だった。
しかし、いざ実力を見せつける時に《即撃》と《回避》のダブルコンボを食らい、結果的にモンスターに手当たり次第変な動きをしながら腹パンしまくるやべーやつになってしまったのだ。
「エゴサ……エゴサ……え? 回避する前に自分から攻撃仕掛ければ良いじゃん、って?」
その通りじゃねーか。アホか俺は。
……完全に転移前……めんどいから前世と評するが、前世の戦闘スタイルが俺の根底にあるようだ。
《回避》のスキルレベルが十まであるように、俺は《即撃》を主軸に回避しながら攻撃を仕掛ける遊撃スタイルで探索者としての道を駆け上ってきた。
だからこそ、後の先を取ることが非常に多かった。
「うーん、後の先を取るのはあくまで階層進んだ後で良いか」
それはそうと──新しく手に入れた【エクストラスキル】の確認をしていなかった。
【エクストラスキル】とは、通常スキルともユニークスキルとも違う別枠のスキルで、まずもってスキルレベルの概念が無い。
あとは特殊な条件をクリアしなければ手に入れることができないらしく、俺もどうして今手に入ったのか分からん。
俺はステータスを操作し、スキル名をタップすることで説明を表示させた。
───
《反撃の心得》……後の先を極めた者に贈られるスキル。
【効果】
・魔物とエンカウント時、このスキルの所持者は先手行動が取れない。
・回避率3%UP。
・カウンタースキルに強力な補正が掛かる。
・反撃時、全能力15%UP。
・このスキルは自動で発動する。
───
「ふざけんなァァァァァァ!!!!!!!!」
俺は!! 縛りプレイが!! したいわけじゃ! ねーの!!
☆☆☆
【???Side】
「……なに、お姉ちゃん」
『ちょ、あんた今どこぉ!? とんでもない配信者が現れたって今ネットでヤバいことになってるのよ!?!?』
「……そう」
『そう、って!! あんたもダンジョン配信者なんだから興味くらい持ちなさいよね〜!』
「私はダンジョンにしか興味がない。配信はどうでもいい」
突然姉から電話が掛かってきたと思ったら、すごい勢いで捲し立ててくる。
何でもすごいダンジョン配信者が現れただとか。
……今の現状でまともに配信しよう、って人がまだいたんだ。私にとってはそのことが驚きだった。
今やダンジョン配信は男性配信者が席巻し、完全に女性向けコンテンツと化している。確実に倒せるはずのゴブリンに怯え、女性探索者が姫騎士ムーブをすることでコメントが盛り上がる。
……20年前の探索者に憧れてこの業界に入った私にとっては、まったく面白さが分からない。
好きにすれば良いとは思う。けど、男性配信者が原因でかつて見たワクワクする冒険を望む人たちが少なくなったことには……一抹の寂しさを抱えている。
『いや、配信がすごいともあるけどね、何よりも男性配信者なの! ソロの!』
「……お姉ちゃん、男性配信者嫌いって言ってなかったっけ」
『嫌いよ! 具体的に言えば民度が終わってるから嫌いよ! でもね、現れたその配信者は──うーん、手段はともかく真面目にダンジョンを攻略してるのよ。今……八階層にいるわね』
「八階層……っ」
少し、驚いた。
初心者の鬼門と言われている七階層。
攻撃力はともかく、圧倒的速度で翻弄してくるタイプの魔物が犇めく七階層は、必ず一度は躓くと言われている。
そこを突破して八階層まで辿り着く男性配信者がいるなんてにわかには信じがたい。
「……男装とか」
『最初はそう思ったんだけどね。どうやら違うみたい。私の知り合いの受付嬢が、実際に男性専用のカードでダンジョンに入ったのを目撃してるの』
「……なんて名前」
『あら、あんたも興味持ったの〜〜?』
ウザい……姉はすぐからかってくる。
でも、本当にソロで七階層を突破し、真面目に攻略をしている配信者がいるならば、見なければいけない。この目で。
──Sランク探索者の私が。
『夢咲氷織って言うんだけどね』
☆☆☆
『《即撃》ィ!! もう嫌だァァァ!!!』
──なんか泣きながら魔物に腹パンしてる変態がいる。
「ど、どういう状況なの……」
にしても──恐ろしく速い……! Sランク探索者としての動体視力じゃなきゃ見逃してしまうほどだ。
なぜ腰に刺している剣ではなく腹パンなのかは分からないけれど、その手際は非常に洗練されていて、速さもさることながら威力が明らかにおかしい。
八階層の魔物に出現するのはオークという豚の魔物だが、外皮が厚くて、生半可な攻撃は簡単に防いでしまう。
なのに、彼の腹パンは外皮を突破するどころか突き破っている。おかしい。明らかにおかしい。
──黒髪短髪。男性配信者に多いナヨナヨした優男系ではなく、どちらかというとワイルド寄りの男性だ。
特段変わったことは無いけれど、状況が変わりすぎている。
「い、いったいどうしてこんなことに」
なぜ彼が泣きながらひたすら腹パンをしているのか気になった私は、SNSの検索欄に彼の名前を入力して調べることにした。
──なるほど、
「華麗な剣術を見せたいけど、《回避》というパッシブスキルのせいでそれができない。だから、回避の失敗を祈りながら腹パンをしている、と……」
おかしいって……!!
なら自分から攻撃すればいいんじゃないかな、とも思うし、実際にそういったことを書き込んでいる人たちもいた。
けど、その後に付随しているのは『そんな当たり前のことは夢咲も分かってるし、いちいちツッコむのは野暮だよな!』というコメント。
なるほど……? エンターテイメントならそうなのかな……?
「確かに従来の男性配信者とは明らかにかけ離れてる……」
勿論別ベクトルの意味でぶっ飛んでるけれど。
面白い……それに高確率で発動する回避スキルや、おかしすぎる威力のカウンタースキルの詳細も気になる。
初めて私は男性に興味を抱いた。
そこに甘酸っぱい想いなんて、あるわけないけれど。
とりあえず彼の第一印象は珍獣だった。
『ソクゲキ! ソクゲキ! ソクゲキ!』
「壊れてる……」
その後も彼の配信を見ていると、頭のぶっ飛び具合はさておいて、回避行動の正確さや戦闘以外でのダンジョンの立ち回りなど、私たちプロ探索者と遜色ないほど仕上げられていることに気がついた。
「彼は何者……?」
どうやら今日がデビューの新米探索者らしいが、そんなはずはない。
普通の新米は、ダンジョンの魔力に当てられて気分が悪くなったり、薄暗い空間や、魔物がいることのストレスで1時間も持たずに帰っていく。
なのに彼は八時間ぶっ続けでダンジョンに潜るという離れ業を披露している。これが新米? どこが……?
少し時間が経過する。
彼の額からは玉のような汗が噴出していて、体力面はともかく気力が尽きそうなのは目に見えて分かった。これ以上は危険だ。
現にコメントでも彼を諭すような意見が多かった。
しかし、依然として彼の目はギラギラ輝いていた。
『──俺、ギャグ配信者じゃねーし!!』
「ふふっ……」
思わず笑ってしまった。
気にするところがそこか、と。でも、真面目に、真摯的にダンジョン攻略に取り組んでいることが分かる。
だからこそ、私は好感を抱かざるを得ない。
がんばれ。
心の中で応援する。
『ふぅー……』
オークと相対する彼。今までとは雰囲気が違う。
まるで抜き身の刃のような鋭い殺気が画面越しにも伝わってきた。
『グァオオ!!』
彼を見つけたオークが一直線に襲いかかる。
動きは遅いが一撃は重い。それに、その大きさから衝撃波を食らう恐れがある。
──彼が剣を抜く。滑らかに。
そして、オークの一撃を──受け止めた。
しかし、まだ終わらない。
「──っ、《神眼》ッ!」
スキルを発動する。ありとあらゆる万物を見ることのできる私のユニークスキル。
発動しなければ……間違いなく見ることができなかった。
あの美しい剣技を。踊るように全てを切り刻む、至高の刃を。
「すごい……」
傍目にはゆっくりと剣を振ってるようにしか見えなかったに違いない。それ程までに恐ろしく滑らかで《《神速》》の一撃だった。
あんな動き、他のSランク探索者でもできるかどうか。
剣術スキルのレベルがどれほどあったらできるだろうか。
普通、スキルレベルはⅣが限界だと言われている。そこを突破できるかどうかが探索者としての才能だと。
現に、Sランクに到達したのは、この《神眼》がスキルレベルⅦに到達した時だった。スキルレベルⅦからは、明らかに見える世界が変わる。
「夢咲、氷織……」
私は、見事な剣術を見せてもらったことのお礼と、純粋な祝福をもって、初めて他者の配信のコメントに書き込んだ。
コメント
《アイリス》おめでとう
──気づき始めるはずだ。
私以外のSランク探索者たちも、彼の実力に。
とはいえ、
「しばらく腹パンのせいでギャグ臭が取れないと思うけど」