アンチもウンチもオンチも変わらん
「1400万円のお支払いになります〜」
「意外と高いですね」
「特殊効果の付いた道具……所謂魔道具は効果に関わらず好事家が高値で買い取りますから」
え、バンテージ? 売っ払ったけど?
ギルドには物の価値を計る魔道具的なのもあるため、速攻で査定してくれる。お陰で1400万円の臨時収入ゲットってわけだ。
探索者になると金銭感覚がバグるとはよく言うけど、ほいほいこんな大金手にしてたらそらバグるわ。8100万の剣を「至極……ッ! 俺好みッ!」とか言って即決で買うのも仕方ないんですね。
ちなみに魔道具じゃない俺の剣がバンテージより高い理由は、剣の原料である魔鉱石を加工する費用が鬼のように高いのと、実用性に非常に長けてる点が挙げられる。
信じられるか? バンテージの特殊効果これだぜ?
────
【名称】 血染めのバンテージ
・拳を幾度の血で染めし者に贈られる武具。ひと度装着すれば絶大な力を得ることができるが、装着者は正気を失い最も殴りたい部位を追い求めて迷宮を彷徨うことになるだろう。
【効果】
・使用者の攻撃を810倍に上げる。
・装備着用時、攻撃が相手に当たる度に攻撃力を1.1倍上昇させる。
・使用者に常時【凶暴化】【興奮】【執着】のスキルを付与する。
・一度装備を着用すると外すことができない。
────
「腹じゃねーか! 別に殴りたかねーけど、明らかに俺が装備したら腹を追い求めることになるじゃねぇかよ!!」
鑑定結果が出た時に叫んだ言葉がコレだ。
明らかに嫌な予感したから宝箱から出てすぐ装備とかしなくて良かったわマジで。
魔道具は割とデメリット効果のある装備とかアイテムを排出することがあるから、魔道具が出た場合は一回持ち帰って鑑定にかけろと言われている。
俺はコメントで着けろって叫ばれたけどな。ふざけんな。
そんなことを考えていると、【血染めのバンテージ】を手にした受付嬢が、小首を傾げて問いかけてきた。
「ちなみに夢咲様は……これ着けないんですか?」
「誰が着けるかオラァ!!」
☆☆☆
「過激なアンチ?」
『ええ、はい。夢咲様の周りとかで何か変化とかありませんか?』
「いや、特にはねーけど」
『……どうやら奴らも直接手を出すことはないようですね』
交換した覚えがないのにいつの間に連絡先にユキヤが追加されていた件。おまけにメッセージアプリの一番上にピン留めしてやがった。お前俺が気絶してる間になんかやったろ。
誰ともメッセージを交わす予定が無かったから気付くのアホほど遅れたわ。
そんでもって消すのも何となく忍びないから適当にあしらっていたら、急に電話を掛けてきた。
どうやら俺に過激なアンチがいるらしいとのこと。
正直俺が男性配信者を初手で非難している以上はアンチが出ることなんて予想済みだし、んなことで心痛めてるくらいなら俺は腹パンを引退してる。
「アンチもウンチもオンチも何も変わんねーだろ、別に。俺に直接手を出してきたら俺も出るもんが出るしな。《《勝手に》》」
『ええ、そうなったらきっと奴らは夢咲様の素晴らしい腹パンの理念に気づくことでしょう……ボクみたいに!!!』
「それは一生気づかんでクレメンス」
ただでさえお前の扱いに手を焼いてるのに、ユキヤが増殖するとかゾッとする話だろ。別に俺は腹パンしたいわけじゃねーのよ、特に人相手にはなァ!
『とはいえ……ボクのような愚か者が出る可能性があります。ダンジョン内ではなく、《《ダンジョン外》》で夢咲様が襲われる可能性もあるでしょう……くっ、卑劣な奴らめ!!』
「おまいう?」
『ダンジョン外では身体能力はそのままですがスキルが使えません。もしも高レベルの奴が来たら……夢咲様とて危ないでしょう』
「アンチに高レベル探索者雇う金あんの?」
『今回はただのアンチではありません! 恐らく……男性配信者の差し金でしょう。……となると、探索者を雇うのは酷く簡単。金ではなく、体を差し出せばいいのですから』
男性配信者……? なんで今更?
あー、でも最近は何だか男性配信者の活動の在り方に疑問を持ってる視聴者がいる、的なのは聞いたことある。
なにせ今やトップの男性配信者が俺なわけで……そんなトップが従来の男性配信者のやり方に異を唱えたら、俺を支持する層が複数出てくるだろう。
だから、活躍の機会──もしくは金儲けを邪魔された男性配信者が怒り狂うのも想像に容易い。
「もうお前でお腹いっぱいなんだけど……」
『ボクだけで十分ですよね♡』
「お前もいらんねん」
『つれないこと言わないでくださいよぉ』
猫撫声のショタボイスにゾワッとする俺。
……なんで男のASMRを聴かなきゃならねーんだよマジで。
「んで、結局何を言うために電話したんだよ」
『まずは注意喚起ですね!! 薄暗いところだったり、一人になる場所は避けて移動すること!! あとは──ボクが何とかします♡』
「ちょ、おい何とかするって」
「では♡」
……アイツ一々語尾にハート付けなきゃダメなん?
てか、最後だけ異常に声の通りが良かった気がするんだけど……まあ、気のせいか。
とりあえず今しばらくはアイツの忠言に従って危ない場所には近づかないようにしよう。
アンチか……まあ、そう派手なことはせんだろ。
高レベル探索者だって、早々ほいほい転がってるわけじゃあるまいし。
☆☆☆
「俺です」
コメント
・夢咲、俺だよ
・俺、夢咲だよ
・同一人物定期
やってまいりました二十三層。
2連続火山地帯とかいうクズ運を発揮した俺だけど、ようやく火山以外の景色をリスナーに見せることができそうだ。
「はっはっは。見てくれよこの──広大な海を」
コメント
・あっ……
・うわー、綺麗だなー(棒)
・お前やっぱりなんか持ってるだろ
・見えないだけで【配信者】とかいうスキル持ってそう
ざぶーん、ざぶーんと波打つエメラルドグリーンの海。
綺麗ダナ〜〜。
「はっはっは!! ──ハァ、死ねよ」
何なら火山より外れの階層。
それが海の階層である。いや本当に表示されないだけでマジで何かしらのゴミパッシブスキルを持ってる気がしてきた。
火山はまだ良いんだよ。熱耐性でギリギリ耐えられるし、一応歩くための道はそこら中にある。魔物がいきなり出てくる欠点はあるが、俺の【回避】と【即撃】があれば十分に対処可能。
「なんでっっ!! よりにもよって海の階層なんだよッ!!」
コメント
・リセマラすりゃええやん
・別に階層の難易度によって報酬変わらんしな
・普通は白目剥いて一瞬でリセマラやぞ、海は
・しかも岩の上からスタートとかw
・右見ても左見ても青いわねw
「リセマラはさァ!! おもんないんだってェ!! 人生にリセマラなんて無いのと同じように、人間は楽したら次も楽する生き物なんだよ。んで、腐っていったヤツを俺は知ってんだ」
なんで中層以降、一層ごとに環境が変わるのか。
俺はそれをダンジョンが課した試練だと思っている。主に《《環境に適応する》》。
こう言っちゃ理想論だけど、要はどんな環境でも同じように戦えたら最強なのは当たり前だろ? もしかしたら逃げられない極限環境に突然置かれる可能性だってあるんだ。罠とか罠とか罠とか。
逃げ続けたら、いつか大事な時に逃げられない。
「とりあえず、レベルで身体能力と同様に肺機能とかも上がってんのよね。だから、水中でもしばらくは息を保たせることはできると思う。つまりは、限界を見極めつつ次の階層の入り口を探す。オーケー?」
コメント
・つまり無策ってことね
・死ぬゾ〜コレ
・完全に脳筋攻略じゃんwww
・海階層の攻略とか見たことないんだけど
わざわざ危険を冒すことを選ばない探索者を探索者とは言わない(強火発言)。俺の師匠だって剣一本で海階層攻略してたゾ。
生憎と水の中で呼吸できるアイテムなんて都合いい存在は微塵もない。俺は息が続く限り泳いだり戦ったりするしかないわけだ。
「まあまあ、お前ら見とけよ? 俺はかつて湘南の沈没船と呼ばれた水泳の腕前でな……」
コメント
・沈んでんじゃねーか!!!w
・湘南で溺れてんならもう無理だろwww
・耐水装備でも無いし重さで沈むんじゃない?
まあ、そんな異名で呼ばれたことねぇけど。
別に泳げないわけでもないので、普通に攻略自体はしていけると思う。問題は水中戦をどれだけできるかが課題だな。
腹パンに関しては水中でも威力が変わらないからメインウェポンとして……くっ、使っていくしかねーけど……剣は明らかに剣速が落ちる。
よって、腹パンで仕留められない敵が来たら俺は割と危ないっつーわけ。
コメント
・湘南の腹パン戦士ならいけるいける
・湘南には近づかないようにします
・明らかに湘南に風評被害が出てるw
「勝手にあだ名を変えるんじゃねぇ!! あと俺は別に湘南に住んでたことはない!! 安心して行ってきてください!!」
コメント
・草
・案件でももらった?
・案件だとしたら明らかに人選ミスでしょ
・最近腹パンでボタン押すタイプのスロットとか出たし、アレとか夢咲金貰ってんかな
なにそのスロット怖い。
例のごとく無許可なんですけど、俺を使ってメディアミックス(無許可)するのやめてもらってもいいですかね。激アツ演出が腹パンになるとか世も末だろ。誰がやるんだよ。
「ほんじゃとっとと攻略していくぞ。海の中だと絵面が地味なんだよな……」
綺麗な景色が広がってる……とかは別にダンジョンの中じゃなくていいんだよな。しかも魚の代わりに出てくるの魔物だし。
水中戦は基本的に海の奥深くまで引っ張ろうとしてくる魔物とのせめぎ合いだから、何だかんだ絵面が地味になるのだ。
そんなことを考えながら、俺は上半身の服に手をかける。
流石に装備が重いし、上半身だけ脱いでおこうというアレだ。
コメント
・え、ちょま
・嘘でしょ……?
・夢咲……お前……脱ぐのか……?
・やばいやばいやばい夢咲止まれ。もしくはモザイク掛けろ
・夢咲……!! 私らは!! お前で!! 興奮したくない!
・求めてない! あんたにエロは求めてないんだ!!
・コイツ単に気づいてないだけだゾ
俺はコメント欄が高速で流れていることも知らずに、ぬぎっと上半身を顕にする。レベルアップで身体能力が上昇してようと、別に筋肉がムキムキになるわけではない。
だがしかし、ちょっとだけ鍛えている俺の肉体美はそんなに悪いものじゃないんじゃねぇか、という自負はある。
脱ぎ終わった俺はにこやかにコメントを見ると────、
【チャンネルがBANされました】
「ハヒッ…………???」
──絶望の文字列が並んでいた。
あ、ここ貞操逆転世界なの忘れてたわァ!!!!!!
本作のコミカライズが決定いたしました。