こうなった経緯は複雑です
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・意識失ったぞ……!?
・フロアボスって確か一定期間でリポップするよな……?
・もう一回混沌のゴーレムくん出たらヤバくね?
・《アイリス》エクストラボスは……一回倒したらその階層では出ないから大丈夫
・でもストーンゴーレムも攻撃力ヤバイよな
・《ユキヤ》今向かってます
・もっと心配になるんよ
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・フロアボスリポップした!!
・逃げて!!
・ああ……一瞬で距離詰めて……
・一瞬で死んだ……!ゴーレムが
・リスキルするな
・大怪我してても腹パンは健在か
・無 慈 悲 な 腹 パ ン
・あ、アイテムドロップした
・コイツまた睡眠が一番効率良いとか言い出すぞ
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・リスポーンする度に腹パンされるストーンゴーレムくんの哀れさといったらもう……
・もう私ゴーレム族に愛着しか抱けないんだけど……
・殺意剥き出しの魔物が多い中、夢咲のギャグに巻き込まれてノリが良くなる魔物たちの可愛さは半端ない
・あ、複窓で動画サイト見てたらもうゴーレム戦の音MADあがってる
・切り抜きよりも先に音MADが作られる男
・もう音MADへの冒涜だろ
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夢咲が混沌のゴーレムと熱い死闘を繰り広げている最中、ユキヤは現在19階層で仲間の女冒険者とともにダンジョンを攻略していた。
「ハァ……ハァ……夢咲様カッコいい……」
「あの……スマホ見ながらダンジョン攻略するのやめてもらって良いですかね……」
ユキヤは夢咲の配信を見ながら攻略をしていた。
しかし、仲間にすべて任せているわけでもなく、ノールックで魔物を斬り伏せていた。
「……そんな強いならあんな茶番する必要無かったじゃん……」
思わず、と言った様子で仲間の一人がそんなことを呟くと、グリンと首を回したユキヤが睨みつけるように女性を見た。
「ボクはね。実際前まではクソザコだったんだ。レベルは中層に挑む最低限度しかない。固有スキルを活かすには非常にお金がかかる。──でもね、ボクは夢咲様と出会ったことで天啓を得たんだ……被虐心は世界を救う。現にボクは夢咲様と出会ってダンジョンに潜り直してから《《一度もダンジョンを出ていない》》」
仲間である二人の女性探索者は、顔を見合わせると鼻をつまんだ。
「失敬な!! ちゃんとリフレッシュ掛けてるから清潔感はあるよ!! 臭くないでしょ? ……え、臭くないよね? 夢咲様と会うのに臭いとか最悪なんだけど」
「いや臭いとか清潔とかじゃなくて……なんか、感覚的に不潔かなって……」
生活魔法。
これを持っている者は割と重宝される、長期でダンジョンに潜るなら必須と言えるスキルである。
《リフレッシュ》は衣服と体の殺菌、脱臭……そしてありとあらゆる汚れを消し去ることができ、ダンジョン外で使いたいスキルランキングNo.1を飾っている。
だが、普通の感性をしているユキヤの仲間たちは、一度もちゃんとお風呂に入らずにダンジョンに潜り続けているユキヤを見て顔を顰めた。
ちなみに彼女たちは結構高レベルであるため、魔除けのテントでユキヤが寝ている間に秒速で帰って風呂に入ったり色々して戻ってきている。
仲間に袖にされたユキヤは「ハァ……」とため息を吐くと、ニヤリと笑って言った。
「そんなこと言っちゃって良いんだ。──腹パンさせるよ?」
その瞬間、仲間の二人は顔を青ざめて首を横に全力で振った。
「もう勘弁してくださいッッ!! 私は純愛が好きなんです、純愛がッッ!! リョナは……範囲外ッッ……!!!」
「あの動画以降、私のSNSのDMに同志ですね、とかユキヤきゅん分からせたすかる、とか意味分からないメッセージが飛んできて嫌なんです……ッッ!!」
ぶるぷる震える仲間たちに、ユキヤはやれやれと呆れた表情で首を振った。どうして腹パンの良さが分からないんだろう、と言いたげな顔だ。
恐らく夢咲も腹パンの良さは分かっていないし、良さが分かるのはユキヤとリョナ好きのリスナーだけだろう。
「ま、君たちの嫌なことはしないよ。あんな茶番をやらせてしまった負い目もあるし……こんなバカなボクに付き合ってくれてるんだからさ」
「「ユキヤ……」」
全力のスマイルショタ顔で言ったユキヤに、仲間の二人はポッと頬を染めて彼を見つめる。割とホの字である。
一瞬にして蟠りが解けたことを確認したユキヤは、顔を逸らすと──、
「──計画通り」
と、この世の悪意を詰め込んだゲス顔を披露した。
「さてさて、急ぐよ。きっとエクストラボスだろうと何だろうと夢咲様は倒すと思うけど、傷が無く終わるとは思えない。貴重なポーションはボクに使ってくれたしね。恩を返す良い機会だ」
ユキヤはマジックバッグから──3本のポーションを取り出して笑ってみせた。ちなみにあと47本ある模様。
「私が固有スキル《強運》の持ち主で良かったよね、ホントに。じゃなきゃあんな確率でポーション落ちないよ」
「そこは本当に助かったよ。ボク一人じゃ十階層のフロアボスを周回するのは心許なかったし」
ユキヤは事前にポーションのお礼を返そうと、十階層のフロアボスを約200回ほど周回していた。
──と言うのは建前で、ポーションがあれば夢咲にもっと腹パンをして貰えるんじゃないか、という余りにも浅すぎる希望を内に秘めているからである。
勿論そんなことを仲間に言うはずもなく、彼女たちはユキヤの「どうしてもお礼をしたいんだ……」というアンニュイなショタ顔にころっと騙されて付き合わされていた。可哀想。
まあ、何だかんだユキヤも仲間のことは嫌いではないし、色々と騙してる部分はあれど信頼しているのだ。
これからも裏切られない限り裏切らないと決めていることもあって、この関係性が健全か不健全かはともかくとして、割と綺麗に成り立っている。
「待っててね、夢咲様♡」
☆☆☆
アイリスは駆け出していた。
先程まで116階層を攻略していた彼女は、紆余曲折の死闘を繰り広げ、地上に帰還を果たしていた。
家に帰ってぐっすりと眠り、一夜明けてから最近ハマっている探索者──夢咲氷織の配信を見ていたところだ。
「フロアボスを一撃……やっぱり彼は強い……」
傍から見ればスキルに頼った一撃にしか見えないだろう、とアイリスは感じていた。
しかし、彼女には夢咲が長年の研鑽を積んだ探索者のように見えていた。……足捌き、ダンジョン攻略のスムーズさ、そして明らかに人智を超えた技術の《剣術》。
恐らくレベルがもっと上がれば、彼はいずれ自分の元まで光速で追いついてくるだろうとアイリスを思っていた。
嫌いだった男性配信者とは違う。まるで昔に戻ったかのような探索ライフを見せてくれる夢咲には、一ファンとして応援していたアイリスである。
そんな彼女は──エクストラボスが出現したことが分かるとすぐに──0.8秒で着替えを終わらせて家を飛び出した。
※ダンジョン外でスキルは扱えませんが、レベルアップで向上した身体能力はそのままです。
「エクストラボスはマズイ……彼が危ない」
折角初めて好きになった配信者なのだ。
そんな存在が予期せぬ事故で命を散らすのは勿体なすぎると、アイリスは夢咲を救うため一心に駆け出した。
「どうして……こんなに彼に夢中になってるんだろう」
何か心の中で沸き立つような執着心がアイリスにはあった。けれども、その正体は一向に分からなかった。
……何か途轍もない衝撃を食らえば、もしかしたらアイリスのナニカに響くかもしれないが。
「行こう……」
警察もびっくりの法定外速度で車をも追い越して渋谷ダンジョンに辿り着いたアイリスは、鬼の形相で受付に行った。
「エッ、アイリス様……!? どうかされたんですか……?」
鬼の形相のままだったからか、受付嬢は心底ビビり散らかしていた。
なにせ相手は人外のSランク探索者。配信をしていないため、周りの者はその正体を把握していないが、受付嬢は当然のごとく把握している。
そんな存在が怒りと焦燥を剥き出しにして自分と対面しているのだ。怖いなんてものじゃない。チビる寸前である。
「……エクストラボスが出現した」
「……っ! 了解しました。すぐに要請を」
「いや……私が行く。多分あれは深層の魔物だから並みの探索者じゃ勝てない」
「あ、アイリス様が……? 分かりました。確認や申請はこちらで通しておくので、すぐにお願いいたします」
「ん、分かった。ありがとう」
ダンジョン協会やSランク探索者が認識している《エクストラボス》とは、《《何らかの》》条件を満たした際に現れる特殊なフロアボスであり、倒せば必ず魔道具の類をドロップするボスのことである。
その強さは通常の魔物とは一線を画し、並みの探索者では太刀打ちできない。
基本的に中層に出現するエクストラボスは深層並みの力を……深層に出現するエクストラボスは最深層並みの力を持っているとされ、Sランク探索者であれば深層の魔物は余裕を持って倒せるが、深層に出現したエクストラボスはSランクでもギリギリだ。
そして、今回出現した混沌のゴーレムは深層辺りの力を有していることが分かるため、アイリスにとっては危険ではない……が、推しの配信者こと夢咲にとっては危険すぎる魔物だ。
推しを信じたいアイリスだが、それでも想像を超えてくるのがエクストラボスという特殊な魔物だ。
「今から二十階層……三十階層から逆走したほうが速いね」
転移ゲートは十階層、三十階層、五十階層……と二十階層ずつにしか存在しない不便な代物であるため、即座に二十階層に行く手段がアイリスには無かった。
そのためアイリスは三十階層からひたすら逆走をすることで夢咲の元に辿り着こうとしていた。
「──《抜剣》」
彼女が剣を振ると、直線上にいたすべての魔物が斬り伏せられた。
速度は寧ろ緩やかだが、圧倒的に無駄のない剣術。
それでも──夢咲の《剣術》には程遠い。
「剣を持ってるから《剣術》を上げてる……けど、彼には敵わない」
そもそもアイリスは魔法を使う探索者であるため、剣は趣味と言う他ないが……趣味でスキルレベル5まで上げている辺りは流石Sランク探索者だろう。
「急がないと」
三十階層は魔物が多い。
だがアイリスには関係のないことだ。
──パチン、と指を鳴らす。
すると、見える範囲の魔物すべてが炎に包まれて消滅する。
「うん、こっちのほうが効率良い」
満足げに頷いたアイリスは、精一杯出せる速度で駆けながら二十階層を目指し始めた。
☆☆☆
「「あっ」」
──そして、倒れ伏す夢咲の前で、二人は出会いを果たした。
「……殺人未遂の変態ショタ」
「ふふんっ」
何で誇ってるんだろう、この変態……とアイリスは思った。