急に落ち着いたり騒ぐ人
「いってぇ!!」
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・あ、クズ運引いて起きた
・なんで二十階層の魔物の攻撃を痛い程度で済ませてるんですかね……
・久しぶりの被弾
・87回目の襲撃で起床か……
・おっはー
──突如衝撃と痛みが走り目が覚める。
目を開けると、目の前に良く分からない狐型の魔物がいたので、寝ぼけ眼のまま裏拳で殴り殺す。
「ていやっ」
「ギギャァ!」
「あ……剣で倒すチャンスが……」
くっそ、寝ぼけて拳で倒しちまった。
これじゃ腹パンと大差無いじゃねーか。
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・起き抜けで拳を血で汚す男
・やっぱりパンチが染み付いてるんよな
・鮮やかな裏拳で草
・もう剣捨てればええんとちゃいますか
嫌です。これが無きゃ俺の精神衛生上悪い。
俺のモチベの八割が拳ではなく剣を振るうことだからな。
「あ~、何時間寝た? 割とスッキリしたわ」
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・ダンジョンでガチ寝してるヤツ初めて見たわw
・普通仮眠程度だもんな……
・八時間寝てるゾ
そんなに寝てたか。
一箇所に留まってることもあって魔物との遭遇率は比較的低いような気はするが、運悪く《回避Ⅹ》が発動せずに攻撃を食らって起きてしまった。
「……ん? 良く見たら俺の周りドロップアイテムだらけじゃねーか。……え、これもしかしたらダンジョン内睡眠って効率良かったりする??」
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・お前だけだよ
・一緒にするな
・黙れ化け物
・腹パンしすぎて頭おかしくなったん?
「言い過ぎだろうがよォ!!」
冗談に決まってるだろ……!! ホントダヨ?
寝てるだけでドロップアイテムザクザクとかめっちゃ効率ええやんとか思ってないぞ? 十階層のフロアボスの部屋で寝たら知らぬ間にポーションだらけになってそう! とか考えてないからな?
……配信外でやろうかな。十階層のフロアボスなら多分攻撃食らっても無傷で済むだろうし──いや、他の探索者来たら生き恥晒すだけか。やめておこう。
存在が生き恥だろって? ははっ、死ねよ。
「ハァ……改めてみんなおはよう。夢咲氷織だ──ちょっと待って小便してくる」
ブルっと来た。朝は催すんだよなぁ……。
俺は配信のカメラを切って、適当な木におしっこをし始めた。
野ションは犯罪だとか、環境に悪いだとか──ダンジョンではこの手の常識は一切通じないのが良いところだ。
ダンジョンに放置したゴミや排せつ物は、一定時間内に消えるという法則が存在する。
専門家曰く、ダンジョンに元から備わっていない異物は自動的にダンジョンに吸収されてエネルギーとなる……という説があるらしい。どうしてそんなこと分かったんだろうか。
まあどうでも良いけど、重要なのはダンジョンで野ションをしても誰にも怒られずに放出できるというわけだ。素晴らしいね。
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・男性配信者のトイレシーンって結構音声とか切り抜かれたり、女性の興奮材料で使われたりするけどさ……コイツで興奮しねーんだよな……w
・コチラが抜いたら無作法というもの……
・ネタ配信者としてしか認識してないんやろうな
・まあ、一部腹パンされたい変態は興奮するかもしれないけどね
・《ユキヤ》この時のために高性能集音器買っておいて良かった
・やべぇ変態がおるぞ
・カエレ!!
「ふぅ、スッキリ」
スキル《水魔法》で手を洗い流すと、あら爽快! ダンジョン内なのに非常に清潔ではありませんかぁ!
俺の水魔法はスキルレベル3だが、手を洗うことに使っていたらいつの間にか上がっていた。戦闘に使ったこと一度もないのに。
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・世界一無駄な水魔法の使い方してる……
・お前魔法スキル持ってたのかよw
・いつかウォーター腹パンチとかするのかな
「ウォーター腹パンチってなんやねん」
変な造語を編み出さないでもらってもいいですかね?
俺、コイツらのせいで異常に二つ名が多いんだよな。
腹パンマンから始まり、海外ネキたちにはBPMと呼ばれ……はたまた、遺影パン製造機とか──最近だと危険な夢咲とか言われてたな……なんやそれ。
「お前らなぁ、切り抜きは許可してるけど音MAD作る許可はしてねーからな?」
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・人力音MAD芸人が何を言いますか
・この前ノリノリだったじゃんwww
・音MADに許可っているんか……!?
「いるだろッ! 許可ッ! ──クソ! でもやけに完成度高いせいであんまり文句言えねぇんだよなァ……!!」
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・しっかり見てて草
・本人が一番楽しんでどうするんだよw
・嫌とかじゃなくて完成度気にしてる時点でもう無理だよ
別にエゴサとか積極的にするわけじゃないんだけど、何らかの情報源に触れると必ず俺の音MADが出てくるのだ。
見なきゃいいじゃん? って話。ああいう文化って本人に気づかれずに内輪で盛り上がったりすることもあるし。
でも──サムネもタイトルも完璧すぎて俺が導線に引っ掛かってんだよな……ズルいだろ普通に考えて。
悔しいことに動画作る時の参考になります。ハイ。
「気を取り直してサクッと二十階層のフロアボスを倒すぞ。はい、目の前にある扉を開けるとフロアボスが現れます」
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・そうだったコイツフロアボスの扉の前で寝てたんだよな
・ボス戦前に休憩できるのはゲームだけじゃなくてリアルもだったんだ……
・休憩(死と隣り合わせ)
・汝、隣人(死)を愛せ
二十階層のフロアボスは石でできたゴーレム──ストーンゴーレムが出現する。
見た目通り非常に硬いことで有名なゴーレムには、デフォルトで物理攻撃を大幅に軽減するスキルを有していて、俺の《即撃》が通らない可能性がある。
……そんな期待をして十階層で裏切られたからな……あんまり期待をしすぎるのも良くないかもしれない。
今や俺のレベルは38。攻撃力の上がった腹パンによって、ゴーレムの硬いお腹でさえもパンパンに打ち砕いてしまう可能性が高い。
「俺の腹パンを耐久できる魔物はいるのかしら……」
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・寂しそうな顔してるw
・強くなれる理由を知りすぎてしまった人
・ユキヤきゅんは耐えれたじゃん
「魔物みたいなヤツだけどユキヤはギリギリ人だろ。人はノーカンやねん」
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・魔物みたいは草
・確かに魔族みたいなもんか
・生まれ変わったユキヤの方が同接高いのなんでだろw
最近はダンジョン探索が盛り上がっていると聞いた。
受付嬢の言う通り、もしも俺のお陰でダンジョン界隈が盛り上がっているなら嬉しい限りだが、俺もまともなヒヤヒヤするダンジョン攻略がしたいよぉ……!
「ではレッツゴー」
叶わないであろう希望を心の中で叫んで、俺はいざフロアボスに通じる両開きのドアを開けた。
ギギギ……と鈍い音がして開いた扉の先には、石でできた巨大な体を持つ魔法生物──ストーンゴーレムが鎮座していた。
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・まともな攻撃手段が無いと詰むんだよな、ゴーレム系の魔物って
・夢咲には腹パンがあるからな……!
・生半可な攻撃じゃ傷一つ付かないものの、腹パンは生半可じゃない模様
・素手でゴーレムに挑むって結構ヤバいけどな
そんなことないゾ。
前世のSランク探索者には、体術スキルと特殊な固有スキルを持つ、素手で戦う探索者がいたもんだ。
《興選手》の二つ名で恐れられていたが、実際のところ人当たりも良くて、俺の前世のスタイルを定着させてくれた師匠的存在でもある。
……でも師匠は男だし、この世界にはきっといないんだろうなぁ……。少し寂しいが、俺も一人前になって独り立ちをした身。ゴタゴタ言ってると、それこそ師匠に腹パンされちまうからな。
「ヨシ! 行くぞ! 俺の攻撃を耐えてみせろおおおお!!」
部屋の中央に座しているストーンゴーレムの元に勢い良く突っ込んで行った俺は、少し近づいたところでピタッと慣性の効いてない急停止をした。
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・うわぁ!いきなり落ち着くな!
・先手攻撃の禁止、ってこういう感じなんやなw
・あんな啖呵切って急停止するのすこ
・表情も心なしか無表情に……
なんだろう。出鼻をくじかれるとはこのことか。
俺の勇気を返せェ! 反撃ありきの攻撃手段とは……なんて欠陥ッ……! まあ、今更ですけども。
──ドンッ!
ストーンゴーレムが動き出す。
鈍重な動きではあるが、当たれば確実に怪我は免れない上に、俺は一撃を食らうか躱すまでは動けないデバフがある。
そのため、ストーンゴーレムが拳を振りかざしているその瞬間まで、俺は動くことができない。
「──3……2……1……今ッ!」
拳が迫る刹那、俺は体が動くようになったタイミングで横っ飛びになって拳を躱す。
──ドゴォンッ!
地面が割れて破砕音が耳朶を打つ。
しかし、躱したとなればこっちのもの……悪いがここからは俺のターンだぜ!!
「──《即撃》ッ!」
──ドゴォォォォンッッ!!!!
(多分)腹の部分を狙って俺の拳が唸る。
心なしか火花が散りそうな勢いで放たれた拳は──ストーンゴーレムの体をあっという間にバラバラにした。
それを見て俺は、落胆を胸に抱えながら天を見上げた。
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・強すぎて草
・一撃かよw
・ジャパニーズ腹パンストーンイチゲキハカイニンジャ!Foooooo!!!
・ニンジャ要素無いなったぞ
・おもちゃが一瞬で壊れた5歳児の表情
・よ く で き ま し た
・《ユキヤ》壊れない玩具でしたらボクが!!
・カエレ!!
──ふぅ〜、まあ気落ちしていても仕方ない。
深層に行けばいずれは腹パンが効かない敵にも出会うことができるに違いない。……その道のりに辿り着くまでにストレスが爆発しなきゃ良いね、って感じなんだけどな!!
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・なしてそんなにちゃんと戦いたいん?
・命の危険が無いに越したことはないやん?
「そうじゃないんすよ。──俺の影響もあってか、探索者の数は増えた。それだけ俺の語るロマンを追い求めてくれている人がいるってことだ」
一呼吸して、俺は前を見定める。
「その先駆者がさ、何よりもロマンを追い求めてなきゃダメだろ。今の俺がやってることは、ただ単なヌルゲーor作業ゲー。腹パンが一つの攻撃手段なら、俺は戦闘のために使っていたかもしれないけど……ワンパターンはダメだろッ!? お前らもいつか飽きるし俺も飽きる!」
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・まあ、確かに
・長続きするコンテンツって少ないからな
・腹パンとは別のコンテンツが欲しいよな
・現に前より登録者は増えても同接減ってるしな
・強欲ですねぇ
リスナーも納得自体はしているようだ。
まあ、これも結局のところ俺のエゴではあるが、腹パンを受け入れた上で、もう一つ別のコンテンツが欲しい。俺の望む部分のものを。
誰もが憧れる──ロマンを魅せることのできる。
俺には元から剣しか無かった。
剣で魅せることが俺の理想だ。
「無いもの強請りしてもしゃーないからな。とりあえずは中層を抜けて──」
──ドンッ……!
後ろ手に、音が聞こえた。
ガシャガシャと何かを組み立てるような。パーツを拾い集めて、合体してるかのような。
「……ッ」
《危機感知》が沸き立つ。脳内で警鐘を鳴らしている。
──久方ぶりの全力の危機感知が発動した。
それが指すことは──、
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・なんかゴーレム動いてね!?
・ボス倒したんちゃうの!?
・危ねぇ!
・逃げろ夢咲!
「ははっ……!」
《条件を満たしました。よって、エクストラボス『混沌のゴーレム』が出現しました》
「ダンジョンの声……!」
特殊な条件をこなした際に、ダンジョンが《《声を発する》》ことがある。
俺はこの声を《剣術》のスキルレベルが七に到達した際に一度だけ聴いたことがある。
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・エクストラボス!?
・響きがヤバそう
・名前が割とダサいな
・エクストラボスってなんや……?
・《アイリス》条件を満たした時に一度だけ出現する特殊ボス……必ず魔道具がドロップする旨味しかないボスだけど……鬼強い
・アイリスって……名前しか公開してないSランク探索者か……?
コメントを見る余裕は無い。
なにせ、一度でも視線を外せば──その瞬間に俺の命は手のひらからこぼれ落ちることは間違いない。
「こういうのをさァ……! 待ってたんだよなァァ!!!」
俺は口角が緩むことを抑えることができなかった。
コメント
・過去一嬉しそうで草
・あんなこと言った後だもんなw
・ストレス発散してこーい
・何でか分かんないけどコイツが負けるイメージが無い
──組み立てが完了したようで、俺の目の前には一回り体も存在感も大きくなった紫色のゴーレムがいた。
「──壊れてくれるなよ?」