アンガーマネジメント
「はいどうも、夢咲です。前回はミミックとかいう不慮の事故があったわけだけど、気を取り直して中層を攻略していこうと思う」
切り替えるしかない。
配信に私情を持ち込むのは、配信者として二流もいいところだ──ということで、俺は十六階層に辿り着くと配信を開始した。
この階層は十一階層のような草原スタイルの階層だが、出現する魔物は双頭の蛇型魔物や、スコーピオンなど変わったものが多く出現する。
ゴブリンを見飽きた俺にとっては割と嬉しい階層である。
コメント
・ユキヤについては触れずかw
・いやー、死ぬほどバズってたね〜
・人に向けて腹パンを撃ち込んだ心境をどうぞ
「思ったより威力軽減されてて良かったです」
コメント
・草
・それだけかよw
・ユキヤきゅん、腹パンに目覚めちゃったけどね
・腹パン教にまた一人入信してしまったか……
「あーあー、聴こえないー」
腹パンで殺人しなくて良かったね、以外に何を言うことがあるだろうか……。スキルによる威力軽減も作用したとは思うけど、思ったよりユキヤが高レベルだったのが功を奏したな。
多分レベル一に腹パン撃ったら余裕で穴が空くと思う。
俺の腹パンは人を殺せる(ガチ)なのを皆さんには理解してほしいところですね。
「ハイ! そういうわけで! 攻略! します!」
コメント
・話の逸らし方下手すぎる定期
・まあ、お互い和解してるらしいしツッコむのも野暮か
・今日も腹パン楽しみだ
俺はスタスタと草原を歩き始める。
この階層の厄介なところは、草葉に隠れて魔物が襲いかかってきたりする点がある。
特に蛇型魔物は背丈が小さく速度が速い。それに、毒を持ってることもあって、知らぬ間に攻撃を食らってそのまま……というパターンが往々にしてある。
だがしかし、お忘れかもしれないが、俺には《危機感知Ⅹ》と《回避Ⅹ》のスキルがある。
剣を使いたい《《今の》》俺にとっては非常に邪魔なスキルと言う他ないが、こういった視界が利かない状況下においては有用なスキルと言えるだろう。
なにせ、足元からの攻撃を自動で回避してくれるのだから。
「おっ」
──こういう感じでな……!!
俺の体が自動でジャンプをする。下を見れば、舌をシューシューと出し入れする双頭の蛇がいた。
ツインポイズンスネーク。めちゃくちゃ見た目そのまんまの名前である。
さて──。
Q.小さい魔物をどうやって腹パンするでしょうか。
「ていやっ! 《即撃》!」
A.首根っこを掴まえて無理やり腹パン(どこ?)します。
「──キシャァッ!」
ツインポイズンスネークは、胴体が一瞬で消し飛ばされたことにより断末魔を上げて消え去った。哀れなり。
俺のスキルって強制的にターン制バトルっぽくするから、そこだけは強いんだよな……先手攻撃が取れない時点で明らかに欠陥なんですけども。
コメント
・脳筋すぎるwww
・この階層は自動回避スキルが強すぎるなw
・ヘビくん、意気揚々と噛もうと思ったら変態に首根っこ掴まれて腹パンされるの可哀想すぎる
・はーい、こんにちは!(腹パン)
「俺じゃなくてスキルの仕様でーす」
自らの意思で腹パンしてると思うなよ。
なお、トラップルームでの出来事は除きます。
……まあ、コメントの言う通り、この階層は俺にとって優位に働くのは間違いない。
奇襲の類は99%(実数値)俺に通用しないからな。
「そんじゃとっとと攻略していこうか」
コメント
・この階層って死亡率高いはずなんですけどね
・毒の対抗策があんまり無いからなぁ……
・解毒薬もドロップアイテムだし
☆☆☆
パンパンパンパンパンパンパンドゴッパンパンドゴッ!!
※勿論イヤらしい音ではなく、夢咲がひたすら魔物に腹パンしてる音となっております。時折響く重低音は地団駄の音です。
☆☆☆
コメント
・最近の趣味は夢咲の腹パンに合わせて手拍子をすること
・まさか夢咲の腹パンが危険な◯◯シリーズにも採用されるとはな……
・Tik◯ok開いたらすぐに腹パン音聞こえるの異常なバズり方なんよな
・この前大学の授業中に間違えて音量上げて夢咲の腹パンが流れたんだけど、教授が「誰だー、腹パンしてるヤツー」って言ったの面白すぎてハゲたw
「俺の知らないところで俺で盛り上がるな」
最早夢咲氷織はコンテンツと化したらしい。
間違いなくカッコいいとか伝説的な探索者! とかじゃなくて伝説のギャグ配信者扱いされてるのは遺憾としか言いようがないものの、再三言ってる通り人気が出るのは良いことだ、よ、ね(歯ぎしり)。
コメント
・生けるミームになった感想をどうぞ
・生けるミーム……? やじy……やめておこう
なんのことだか一切分からないな。
最近はSNSに《《俺が》》出現することがあまりに多すぎて見るのやめたんだよな。まさかそんな弊害があるとは。
……そういえば前世で人気の配信者は案件配信とかやってたけど、俺も連絡先を公開したらそういう依頼が来るんかな……?
今度配信サイトにメールアドレスでも書いておくか。
「二十階層に辿り着いたね。思ったより時間かかったか」
やっぱり中層は攻略に時間がかかるな。
まさしく迷宮。地図が意味を成さないのは厄介でしかない。
コメント
・いや速すぎるんよw
・中層からは一階層に一日掛けてる探索者も珍しくねーのに
・なんで一階層一時間なんだよ、浅層じゃねーんだぞ
ま、地図が無いって言ったってある程度のセオリーはあるからな。
何となく魔物が集合してる地帯に行けば大抵次の階層の階段がある。
とはいえ、中層という環境に慣れていない探索者は、一階層ごとに変わる構造……奇襲してくる魔物……凶悪な罠の類。
などなど、ストレスで思ったよりも前に進めないことが多い。
その分、中層に慣れている俺にとってはお茶の子さいさいだ。
「そろそろ腹パンが通じない魔物が現れてもいいんだけども」
浅層と違って、腹に大穴が空いたり爆散したりするほど耐久力の無い魔物は減ってきた。依然として一撃死はするけども、このまま進んでいけばアツい戦いを繰り広げることも可能になるかもしれない。
……問題はそれをリスナーが望んでいなさそうってことなんだけども……。
くそ、一刻も早く腹パンコンテンツから解放されなければ。
飽きなくても良いけど、別のことにも興味を持ってもらいたいってことっすね!!
「残すはフロアボス……なんだけど、流石に体力的な問題もあるので──初めてのダンジョンお泊り会を開催します!!」
コメント
・お泊り会は草
・遊び気分でダンジョンに来てやがる……
・一緒にお泊りしてくれる人はいるんか?
「人はいねーけど魔物がいる」
コメント
・アッ……なんかごめん
・悲しいなぁ、夢咲氷織
・そっか……友達いないもんね、君
・信者はいるのにな!!
「おっと、それ以上はプッツンするぞ、プッツン。一回お前らはライン超えって言葉を学んできた方が良いな」
コメント
・事実じゃん
・腹パンが友達なんだろ?
・ソロ乙w
俺はふぅ、と息を吐くとこめかみを押さえる。
「アンガーマネジメント……アンガーマネジメントの六秒ルール……1、2、3、4──死ねィィイイイ!!!」
──ドゴッ!!
俺は思い切り壁にパンチを撃った。
今だけは壁を腹と思い込んで。
コメント
・全然できてなくて草
・4で怒り思い出しちゃったか〜w
・コイツいつも何かしらでキレてんな
・お前に!六秒間も!我慢できるわけ!ねぇだろうがよォ!
・感情コントロールの信頼が無さすぎておもろい
・壁は腹じゃないですよ