腹パンチ
「あのさ、謝罪は受け取っておくけどさ。それとこれとは別に君の腹パン界隈がボクの配信に『腹パンしたい』とか『腹パンで分からせたい顔してる』とか結構しつこくて普通に苛ついてるんだよね。あと普通にボクより人気なのがムカつくから死んでくれない? 真面目に謝ったからって許してもらえると思った? 死ねゴミカスボケ腹パン」
「腹パンは俺専用の罵倒だからやめてもろて」
謝って損した気分なんですがこちとら。
いや、謝ったからって許してくれるとは限らねぇけどよ、言ったことの百倍で罵倒してくるの怖すぎるだろ普通に。
あと、うちの界隈がすみませんでした。でも、俺は腹パン界隈なんてもの作ったつもりは無いんだ、生憎と。
──シャキンッとナイフを取り出すユキヤ。
あ、マズイっす、これはマジで。
「お、お、お、落ち着け! 俺に攻撃したらどうなるか分かってるだろ!? お前の内臓がバーンだぞ、バーン!!」
「ふんっ、君の自動カウンタースキルのことだろ。対策もせずにノコノコと現れたと思っちゃ困るよ」
するとユキヤは、後ろに一歩二歩……三歩四歩……と下がっていき、俺と数メートル距離を取った。
一体対策ってどんな……?
「その手のカウンタースキルは、基本的に自分の間合いにしか作用しない。だからこそ必要なのは遠距離スキル。冥土の土産に教えてあげるけど、ボクの固有スキルは投擲した物が必ず当たる《必中》。投擲武器は魔物には大して効き目が無い……でも対人なら違う。人に向かって放たれるスキルは威力が大幅に軽減するけど、ボクのスキルはあくまで必中。投擲した武器の威力はそのままなんだ」
マズイ……非常にマズイ。
この説明を聞いて更にマズイ状況に陥ったと言える──ユキヤが。
確かに! 確かに一般的なカウンタースキルの効果範囲は自身の間合いの中でしか作用しない場合が多い。
だがしかし、俺の《即撃》は固有スキルかつスキルレベルが六。
スキルレベルが上昇すると、スキルの威力が上がることはご存知だと思うが、実のところそれ以外にも強化される部分がある。
例えばそれは──スキルの効果範囲の強化。
度重なる使用と、俺の前世の戦闘スタイルのせいで上がりに上がった《即撃》の効果範囲は──10m。
当然、投擲姿勢に入ったユキヤのいる場所も効果範囲内であり、このままではあのショタを腹パンしてしまうことになる。
ヤバい。何とか止められないか。
そう体を動かそうとした瞬間、俺の足がピクリとも動かなくなった。
「まさか……ッ!」
《反撃の心得》……ッ!! まさか対人でも作用するとは!
これだから俺はパッシブスキルが嫌いなんだ!!
……この世界のスキルはマジでデメリットが多すぎる!
「死ねィ! 夢咲氷織ィ!! 享年じゅうきゅぅぅぅ!!!」
──どんな掛け声だッ!!
なんかゾワッと来るタイプの言い方だなァ!
ナイフが飛来してくる。
俺が避ける意思を見せずとも、99%の確率で《回避Ⅹ》が発動してしまう。最早俺にナイフを止める術はない。
ユキヤは《必中》と言っていたが、恐らくスキルによる回避は《必中》の状態を《《上書き》》してしまう。
回避の判定に成功した時点で、必中は意味をなさない。
くそっ! なんで俺が襲われてる側なのに相手の心配をしないといけないんだ!! まあ、俺が人に腹パンしたくないからだけどな!!
くっ……この受け止められない……!!
回避の意思は見せない──しかし、俺の体は導かれるように飛来したナイフを避けてしまった。そう、避けてしまった。
──シュンッ、とワープするようにユキヤの眼前に移動してしまう。
「はえっ……?」
ユキヤが目の前に現れた俺に呆然とした瞬間、俺の拳が彼の細っこいお腹に吸い込まれるようにして撃ち込まれた。
「──ゴフッッ!!!!!」
血反吐を吐くユキヤ。見た目的には間違いなく重傷である。
「や、やっちまった……!!!」
ピクピクと小刻みに動く血塗れの見た目ショタ。
完全に事案である。俺は悪くないがスキルが悪い。
「大丈夫……なわけねぇよな! うん!」
駆け寄って状態を確認する……アレ? 意外と軽傷?
いや、嘘。重傷ではある。重傷ではあるけど、死ぬような傷でもない……内臓が傷ついてる可能性があるから一概には言えねーわ。
──正直、薄情な話をしてしまうと、俺に助ける義理はない。
事情があったとはいえ、結局のところは逆恨みで、俺は襲われた側である。しかも、それなりに対策を練ってきているなど、かなり殺意が高いことはうかがい知れる。
……あぁ、んなことはどうでもいいわな。
俺の腹パンはァ! 人を傷つけるためのもんじゃねぇんだわ!!
魔物の血で濡れど、人の血で濡らすようなことはしたくねぇ。
何よりも、腹パンが好きで見てくれているリスナーを裏切るような真似もしたくねぇ。……腹パンより俺個人の方を好きになってもらいたいという本音は置いておくとして。
「ここで取り出しますは十階層のフロアボスが落とすポーション……! めちゃくちゃ貴重ですが、人の命には代えられないので使いたいと思います。というわけでハイ、ジョボー」
無理やりテンションを上げて、十階層のフロアボスが確率で落とすポーションをマジックバッグから取り出した。
これを手に入れられて良かった……というか不慮の腹パン事故対策で十階層のフロアボス周回しようかな……今度そうしよ。
そんなことを考えながら、ユキヤの体にポーションを振り撒いていく。
キラキラと輝く粒子が、怪我の源に吸い込まれていったかと思うと……パチリとユキヤの閉じていた瞳が開く。
眼球だけが動き、俺の姿が視界に映ると──、
「あなたが……神……」
──と、良く分からないことを口走って気絶した。
あの、神ってどういうことですかね。
なんか酷く嫌な予感がするんですけども。