第2話 魔王について行けば、三日間で九回食事を抜いた
「リリィ。」
エリカは泣き終わったばかりで、声が少し泡のようだった。しかし、魔王陛下からの呼び声に、リリィという名前の小柄な魔族は体がビクッと震え、片膝をついて震えるような、苦々しい声で答えた。「…臣、ここに。」
ああ、まずい、見てはいけないものを見てしまった。陛下は私を始末しようとしているのだろうか?リリィは自分の目玉を引っこ抜きたい気分だったが、後悔しても遅すぎる、見てしまったものは見てしまった。
「王が死ねと言うなら、臣は死ななければならない。」
陛下の実力は自分とは比べ物にならないほど強い。もし陛下が手を出したら、自分は三分の一の確率で勝てるかどうかも怪しい。
「お腹が空いた。何か食べ物を用意して。」
「はっ、陛下!」リリィは胸をなでおろし、すぐに大殿を離れて御厨へと向かった。
しかし、数歩進むうちに、リリィの足取りは次第に重くなり、心の中で不安が広がった。王宮にはもう、余った食料はないのではないか?もしかして、自分は料理の材料にされるのか?今なら逃げられるだろうか?
その頃、リリィの話を聞きながら、大殿内をぶらぶらしていた小林朔也が柱に刻まれた精緻な浮彫を見上げていた。
「エリカ、どうして魔王になったんだ?」小林朔也は不思議そうに尋ねた。
「ここに来てから、もうずっと経つんだ。」エリカは少し考えてから答えた。「体が急に大きくなって、すごく不安定で、雪の中で餓死しそうになったんだ。でも、その後リリィたちの村に助けられた。」
「それで、老魔王が死んで、新しい魔王を選ばなきゃいけなくなったんだ。各村が推薦できて、勝った者が魔王になるってことさ。」
「毎日戦って、ほぼ一年間戦い続けて、もう誰も敵がいなかったんだ。みんな、私がこれから魔王になるって言ってた。」
小林は驚きの声を上げた。自分の犬が異世界でこんなに強くなるなんて…。あんなに良い犬用の食事を与えていたおかげだろうか?
「それで、部下はどうなったんだ?こんなに広い王宮に、リリィと君しかいないんだが。」
「王宮には、私とリリィ以外、ただ一人、総管のおばあさんだけです。」エリカは小林を見つめ、苦笑いしながら首を振った。
「どうして?」
「だって…お金がないから、みんなの給料を払えなくて、行ける人はみんな去っちゃったんだ。おばあさんは年老いていて、仕方なく残ったんだ。」
「お金はどうした?」
小林は驚きながら尋ねた。魔王が給料すら払えないなんて、そんな話初めて聞いた。
「わ、私も分からないよ。」エリカは顔を赤らめて答えた。
「まあいい、じゃあ一つ質問。8×8は?」
「62!」
「違う!74!」
「バカ犬。」小林はため息をつきながら言った。エリカは魔王になったのに、知恵は全然進化していないみたいだ。
「噛んでやる!」
「バカ犬。」
「噛む噛む噛む噛む!」
「王宮には資料室はあるか?」
「資料室?」
「何か、出来事とかを記録している本とか巻物とかだよ。」小林は頭を抱えながらため息をついた。
魔王が王宮の護衛すらいなくしてしまったのはおかしい。前の魔王は一体何も遺さなかったのか?でも、エリカに聞いても、こういう計算もできないバカ犬には意味がない。自分で資料を探すしかない。
「多分、あると思うよ。」エリカは首をかしげながら必死に思い出そうとした。「でも、そういうものは王宮の総管、レクサニばあさんが管理しているんだ。」
「今は遅いから、ばあさんはもう寝ているだろう。」
その時、リリィが食事を運んできた。「陛下、お食事をお持ちしました。夜食の準備が整いました。」
小林はようやく、リリィが深灰色のフードをかぶり、銀色の耳が目立つ少女であることに気づいた。後ろを見ると、リリィの尾の一部が見えた。
リリィは小林朔也の視線を感じて、鋭い目で睨み返し、歯をむき出しにした。
「おお、こんなに威圧的。」
前は凸も凹もなく、後ろもぺったんこ、小さなAカップ、しかも気性が激しい、ほんとに笑える。小林は少し笑って、顔をそむけてリリィを無視した。
「早く食べよう、死ぬほど腹が減った。」エリカは食事が準備されたのを聞き、王座の後ろに走って行った。
小林はその後を追って、王座の後ろに置かれたテーブルに目を向けると、そこには食事の器が並んでおり、生活感が漂っていた。
おそらく、エリカは普段ここで過ごしているのだろう。こんな大きな王宮の建物が維持されているとは思えない。ほとんど誰もいない王宮で、ここを整えるだけでも大変だろう。
エリカが食事を持ってきた後、リリィはエリカの横で腕を組み、じっと立っている。まるで、エリカの親密さを示すような感じだ。
だが、小林は毛のある生き物には耐性があり、リリィの目線を無視して、食事を見てお腹を鳴らした。
食事を開けてみると、そこには透明なスープと薄い大根の切り身が数枚しか入っていない。添え物は何だか乾燥肉のような黒い棒状の物体が一つ。
それを軽く叩くと、金属のような音が鳴った。
「普段これを食べてるのか?俺が農奴だったときよりひどいぞ。」小林朔也は驚きと同情を込めて言った。
同情しながら、ふと顔を上げると、エリカがその自分の分を椅子に置いて、幸せそうに食べていた。
「エリカ?何してるんだ?」小林朔也が驚いて言った。
「犬はテーブルに乗っちゃダメでしょ。」エリカはにやっと笑って答えた。
「まさか、まだそれ覚えてたのか?」小林朔也は感動しつつ、ちょっと笑ってしまった。エリカはどうやって魔王になったんだろう、王庭を崩壊させるのも納得だ。
そして、また考えた。転生前でエリカ心配をしていたけれど、今でもエリカの心配をしないといけないのか。
「もう犬じゃないんだから、座ってこい。」
「私、いらないの?」エリカは目を大きく見開き、涙が瞳の中でぐるぐる回っていた。
「なにを いってるんだ、ずっと一緒だよ。」
エリカを安心させた後、小林は顔を引きつらせているリリィに尋ねた。「あの、リリィ、普段はこれしか食べてないの?」
「王宮にはもう食べ物がないんだ!」リリィはため息をつきながら答えた。
「そんなに状況がひどいのか?」小林は息を飲んだ。魔族の王宮が食糧を断たれているとなると、事態はすでに元には戻せないレベルにまで来ているのだろう。