第五話
フィンリー伯爵の城下町――。
資産家エドガー・ウォーロックは、リビングのソファに腰かけワイングラスを揺らして中の赤い液体を見つめていた。ここは彼の邸宅の中で、貴族邸と見まごう豪奢な造りをしている。ウォーロックは金融業を営んでおり、貴族たちにも多くの金を貸している。尤も、ウォーロックの正体は単なる資産家ではない。
そこへ侍従が入室してくる。
「エドガー様」
「どうだ、何かつかめたか」
「はい、件の四人の冒険者たちは昨晩城下町の宿に宿泊したようです」
「よし。監視を続けろ。魔戦士の手配は出来ているか」
「恐れながら今少し時間がかかるかと存じます」
「急げ」
「はっ」
侍従は退室した。
その通り。ウォーロックはセイセス=セイセスの幹部である。このような人物は意外に多い。セイセス=セイセスは人知れず社会の上層にも浸食しているのだ。ウォーロックは喉を鳴らして笑った。
「逃がさんぞアルフレッド・スカイの子孫……」
いつも通りの朝が来る。初夏の日差しはまだ暖かく大地に降り注いでいる。
冒険者たちはオークキャンプを幾つか破壊して、フィンリー伯爵の城下町に宿泊していた。
アルフレッドは目を覚ますと、身支度を整え部屋を出た。一階は食堂になっている。主人に聞いたところ仲間たちはまだ降りてきていないらしい。アルフレッドはワインをオーダーしてしばらく仲間を待ってみることにした。
それにしても、ザカリー・グラッドストンのために再結成したパーティであるが、アルフレッドは数々の激戦を思い出す。これ程ドラゴンを殺しているパーティもいないのではあるまいか、そう思う。それに忘れがたい魔界の軍勢との戦争。あれは実に危険であった。魔界と現世を繋ぐ門を封印するのにマーガレットも尽力した。それに吸血鬼城での死闘。あの戦いで多くのバンパイアは死んだ。そして今、それらを凌駕する巨悪が蘇ったのだ。目下のところグラッドストンは目立った動きを見せていないが、そう易々と表舞台に出てくるはずもなく、冒険者たちは粛々と自分たちの仕事をこなしている。
そうしていると、アンジェリアが姿を見せた。
「おはよう」
「おっは」
アンジェリアは身をかがめると、アルフレッドの挨拶に敬礼して応じる。
「オーナー、ワインのボトル頂ける?」
アンジェリアの言葉を受けて、スタッフの娘がワインのボトルとグラスを持ってやって来る。
「ありがとう」
アンジェリアは娘にチップを渡す。
「一人寂しく飲んでたのアルフレッド」
「別に寂しくはないがね。みんなまだ起きてこないから、さ。ただまあ、何気なく思い出していたよ。みんなと一緒に戦った記憶をね」
「ああ、魔界戦争とか?」
「そうだな。他にも色々あったろ?」
仕事の話となるとアルフレッドは饒舌であった。あの戦いについてどうであったとか考察を交えてアンジェリアに語った。
そうしていると、マーガレットが降りてきた。
「おはようございますお二方」
マーガレットは微笑んだ。アルフレッドとアンジェリアも挨拶を返す。
「朝からワインですか」
「それが我らの水分補給」
アンジェリアは言って口許を緩めた。
マーガレットは肩をすくめると、グラスを貰ってワインを注いだ。
「ライオネルさんがまだですね」
「まあ、まだ寝てるんじゃない。オークキャンプの連戦が終わって、昨日は随分と深酒していたでしょう」
「そうでしたね」
そうして、マーガレットは卓上のソーセージをフォークで取った。
「でもどうして酔いつぶれるまで飲んじゃうんでしょう。ほんと理解できないです。次の日が苦しいのは分かっているのに」
するとアルフレッドが言った。
「テンションが上がると飲みたくなるんだよ。何て言うかさ、何もかも忘れてアルコールに身を任せたくなるっていうか」
「はあ……私には永遠に理解できませんね。いい大人が自分の酒量を越えて飲んでしまうなんて」
「まあ、マーガレットもいつかそんな日に遭遇するかもしれないよ。失恋したりしたらね」
アルフレッドの言葉にアンジェリアは笑みを零した。
「それじゃあ私は何回酔いつぶれたのかしらね。失恋なんてしょっちゅう」
「アンジェリアさんのは失恋て言うんですか? 男性遍歴が多彩でしょう。私と違って」
「あらマーガレット。そういう言い方はよしてくれない。自分だけいい子ちゃんぶるのはずるいわ。アルフレッドの前だし」
「俺は関係ないだろ」
「あるわよ。あなただって男なんだから。私が発情した動物みたいに言われて黙っていられないでしょう」
「でも、まあ、アンジェリアが恋多き女性だってことくらいは知ってるよみんな。てか自分で失恋なんてしょっちゅうて言っておいて、話が破綻してないか」
「それとこれとは別よ。わざわざ深掘りして話すことじゃないのよ」
「君って時々厄介な性格してるよな」
「それはどうも」
アンジェリアはワインを飲み干した。
そこでライオネルが階段を下りてきて姿を見せる。
「ふあ~、寝た寝た。よおみんな、何だか知らんが盛り上がってるみたいだな」
そうして、卓上のワインボトルに目を留めると、ライオネルはグラスを貰ってそれを注いだ。ぐいっと一飲み。
「ああ……五臓六腑に染み渡る。眠気覚ましにはワインは格別だな」
ライオネルは席に着いた。
「もう飯は食ったのか」
「そう言えばまだだったな。みんな飯にするか?」
アルフレッドの言葉に三人は頷く。アルフレッドはスタッフの娘に四人分の朝食をオーダーする。程なくしてトーストとベーコンエッグが運ばれてくる。
四人は食事をしながら雑談に興じる。
三人の魔戦士が城下町へやってきたのは昼頃である。黒いローブをまといフードで顔を隠し、三人とも目立たない姿で町へ入ってきた。誰が見てもどこかの流れ者にしか見えない。魔戦士の一人が水晶玉を取り出した。ウォーロックの侍従からの連絡が入っていたのだ。
「俺だ」
魔戦士は答えた。
「三人とも到着したようだな。目標は町の宿を拠点としている。奴らが動き出す前にかたを付けろ」
「いちいちそちらの指示は受けん。目標が分かっていれば十分だ」
「ウォーロック公の命令だということを忘れるな」
「分かっている。公にはアルフレッドの首を手土産に向かうと伝えておいてもらおう」
「しくじるなよ」
「俺たちを誰だと思っている」
そうしてビデオ通話を終えると、魔戦士たちはまた歩き出した。
四人はこの日それぞれに別行動をとっていた。プライベートの時間である。
アルフレッドは町を散歩していた。冒険者は一般人と違って仕事が無ければやることが無い。尤もこの時、アルフレッドは異変を察知していた。背後の三人だ。アルフレッドはどうやらつけられているようだと気付いたのだ。水晶玉を取り出すと、アンジェリアに通話する。彼女はすぐに出た。
「どうしたの。何か?」
「すぐに来てくれ。敵かも知れん」
「何ですって?」
「いいから早く」
「分かった」
そうしてアルフレッドはライオネルとマーガレットとも連絡を取った。三人ともすぐにテレポートしてきて、アルフレッドと合流した。
「どういうことだ」
ライオネルが言うので、アルフレッドは後ろを見やる。町人以外誰もいない。
「確かにいた。三人だ」
「セイセス=セイセスか?」
ライオネルの問いにアルフレッドは思案顔。
「何者かは分からないが、雑魚ではないようだった」
「ここでは人目に付きすぎる。郊外へ出てみよう。何が起きるか」
アルフレッドは言って、仲間たちと郊外へテレポートした。
「待ってみよう」
アルフレッドは仲間たちに言って、魔剣を抜いた。仲間たちも戦闘態勢をとる。
しばらく待っていると、三人の魔戦士らがテレポートしてきた。
「待っていたか、冒険者たち」
魔戦士らはローブを脱ぎ去った。彼らも剣を抜く。
そうして、冒険者たちと魔戦士は激突した……。
……十数分後。
アルフレッドらは魔戦士たちを葬り去っていた。アンジェリアの魔法で城下町にいるエドガー・ウォーロックの名前を聞き出した彼らは、その屋敷に向かい、突入した。
だが屋敷の中に人影はなく、誰もいなかった。
「もぬけの殻だな」
ライオネルが歩きながら言う。
アンジェリアは千里眼で屋敷内をスキャンしていたが、確かに誰一人姿を見つけることは出来なかった。
「本当に誰もいないようね」
「それにしても、こんな人物まで与しているなんて、セイセス=セイセスはすでに社会の上層にも広まっているようですね」
マーガレットは言ってやや険しい表情を見せる。
「エドガー・ウォーロックか……本当の名前かどうかも分からない。それに恐らくテレポートしたんだ。探しようがないな」
アルフレッドは吐息した。
それから冒険者たちは屋敷の中を家探しして、地下室まで発見した。だが地下室も空っぽであった。彼らはフィンリー伯爵に事の次第を伝え、宿へと戻ることになる……。
冒険者たちを見送ったフィンリー伯爵は、水晶玉を取り出すとビデオ通話を起動する。ホログラムにウォーロックが現れる。
「どういうことだウォーロック」
伯爵は詰問した。だがウォーロックは恐れる風もなく笑っていた。
「仕方ないだろう。まさか屋敷の中で魔法を撃ちあうわけにもいくまい」
「そのようなこと問題ではない。奴らを殺せるものならな」
「フィンリー、また機会はある。お前とてセイセス=セイセスの幹部。むしろお前が奴らを始末してしまえばいいのではないか。適当な事件を捏造して逮捕してしまえば、連中も身動き出来まい」
「奴らは国王の信任を得ている。そう簡単ではない」
「国王など、今さら恐れる必要はあるまい」
「私もわざわざ注意を引きたくないのだ。それはお前とて分かるだろう」
「まあいい。お互い好きにやるさ。私はまた次の手を考えることにする」
そうしてウォーロックは通話を切った。
フィンリー伯爵は、水晶玉をしまい込むと立ち上がり、窓に歩み寄った。
伯爵はアルフレッドらを指名手配するかどうか思案するところであった。だがそうなれば嫌が上でも上流貴族たちの耳にも入る。簡単な話ではない。グラッドストンの考えを伺っても良かった。だが、この程度のことをグラッドストンの耳に入れるのは得策とは言えなかった。
フィンリー伯爵は、表向きの顔である伯爵の仕事に戻ることにした。