第二話
アルフレッドらはかつての旧東の都にいた。都の面影はなく、都市のほとんどが崩壊している。今ここはギビンズ子爵領の中である。それでも住民が皆無というわけではなく、一応町の体裁を整えている。アルフレッドらも宿に宿泊しているのだ。セイセス=セイセスの魔戦士に追跡されていることについてはアルフレッドらは知っていた。敵はそのことを知らなかったが、アルフレッドらは間抜けではない。今も魔戦士は宿の外でぼろの姿でいた。
カーテンを少し開けてぼろを確認したアルフレッドは、「お疲れ様な事だ。しかし、奴は何者だ。素人じゃないな」そう言ってまたカーテンを戻した。
アルフレッドは身支度を整えると、一階に降りて行った。一階は食堂になっていて、朝からライオネルがハムを肴にワインを飲んでいた。
「まだ朝だぞ」
「良いってことよ。気にするな相棒」
すると、ここの主人の娘がテーブルに寄ってきた。
「アルフレッドさんは何か食べますか」
「ああ、朝食をもらおうかな」
「トーストとベーコンエッグでいいですか?」
「じゃあそれで頼む」
そこへアンジェリアとマーガレットが降りてきた。
「ライオネルったら、また朝から飲んでるの」
「ライオネルさんは相変わらずですね……」
「このパーティの女神も俺を許してはくれないと見えるな。参ったぜ」
ライオネルは肩をすくめてワイングラスをあおった。
そこへまた娘がやって来る。
「お二人は朝食になさいますか? ご友人はワインを飲んでいらっしゃいますが」
「ええ、朝食を頂くわ」
「アルフレッドさんと同じくですが、トーストにベーコンエッグでいいですか?」
「十分よ。それ頂くわ」
「マーガレットさんは?」
「私もそれでいいです」
「ありがとうございます。少し待って下さいね」
そうして娘はアルフレッドらのテーブルを離れた。
「外を見たか」アルフレッドは言った。「例のぼろがまた俺たちを追跡している」
「何者だありゃ。素人じゃないのは分かるが」
ライオネルが言うと、アンジェリアは思案顔。
「グラッドストンが関係しているかしら」
「それは分かりませんね……でも、それもありかもです」
マーガレットは言ってやや厳しい表情を見せる。
しばらくして、朝食が運ばれてくる。アンジェリアは娘にチップを渡した。
アルフレッドらは朝食にありついた。トーストにベーコンエッグは全国共通と言ってもいい朝食の定番メニューである。
そこでアルフレッドらは話し合った。魔戦士をどうするか。捕縛して何者か聞き出すか。これについては捕縛することに決めたのである。何者か分からないが、それを明らかにするべきだというのだ。そうして次なる仕事の件だ。近郊のドレッヂヌート洞窟にバンパイアがキャンプを張ったという。これを駆逐することにする。このご時世である。戦争への傭兵も募集されているが、アルフレッドらのレベルの冒険者たちは戦争に介入しないというのは暗黙の約束である。圧倒的な武力を備えた彼らが戦争に参加するとバランスが崩壊するからである。
そうして朝食を終えたアルフレッドらは宿を後にする。水晶玉から馬を出すと、騎乗して町を出る。魔戦士は千里眼を使ってその後を追跡していた。瞬間移動でいつでも追いつけるように。
それからドレッヂヌート洞窟に向かう途中で、四人の魔戦士たちがアルフレッドらの行く手を遮ってテレポートしてくる。
「いよいよおいでなすったか」
ライオネルは馬を下りて魔剣を抜く。
「冒険者どもよ、止まれ!」
「言われなくてもそうするさ」
アルフレッドは毒づいて馬から降りる。
「そちらこそ何者なの」
アンジェリアは言った。マーガレットも馬を下りて味方にバフをかけておく。
「これから死にゆくお前たちが知る必要が無いことだ!」
魔戦士たちは剣を抜いた。
「ほう、剣で語れってか。面白い。その動きじゃ、勝てる見込みはないぞ」
ライオネルは魔戦士たちを煽った。
「ほざけ! 一撃で葬り去ってくれるわ!」
四人の魔戦士たちはそれぞれに魔力を解放すると、空中に魔法陣を描き、そこから闇のパワーによる波動光を放った。閃光がほとばしり、アルフレッドらを包み込む。
「馬鹿め! 直撃を食らったぞ! 油断したな、愚かな!」
魔戦士たちはそれぞれに笑っていた。しかし――。
アルフレッドとライオネルは魔剣のオーラシールドで、アンジェリアとマーガレットはそれぞれにシールドを展開して敵の攻撃をカットしていた。
「馬鹿な……!」
魔戦士たちは目を見張った。
「こいつは正当防衛だな」
ライオネルとアルフレッドは大地を蹴ると魔法の力で高速で滑空し、二人の魔戦士を切り捨てた。もう一人はアンジェリアが放った稲妻で倒された。残る一人をマーガレットが束縛の魔法で捉えた。
「さあてと、一人捉えたか。マーガレット! 上出来!」
アルフレッドは彼女に手を振った。
そうして、四人は魔戦士のもとへ集まってきた。マーガレットが魔戦士の魔法を封印する。さらにアンジェリアが呪いの魔法をかけて魔戦士の自由を奪った。
「じゃあ、答えてもらおうか」
アルフレッドは魔戦士を尋問した。魔戦士は呪いに抵抗できず口を割った。それによって明らかになったのは、セイセス=セイセスの復活、グラッドストンの命令により各地の冒険者たちに刺客としてセイセス=セイセスの魔戦士が送り込まれていること、強力な冒険者たちの監視、追跡であった。
「なるほどな、セイセス=セイセスか」
ライオネルは忌々し気に呟くと、魔戦士の背中に魔剣を突き立てた。剣は心臓を貫き、魔戦士は息絶えた。
「セイセス=セイセスとグラッドストンにつながりが? 百年前とは状況が異なるな」
アルフレッドの言葉にアンジェリアは応じた。
「そうね。でも、これではっきりしたのは、グラッドストンの復活にはセイセス=セイセスが絡んでいたってことね」
「セイセス=セイセスは至る所に潜伏していました。貴族や王の側近に成り済まし、世界を影から操ろうと目論んでいましたから」
マーガレットは真剣な眼差しだった。
「ひとまず、この事は王に伝えておこう。仲間たちに伝えてもらわないと。いきなり襲われたら危険だ」
アルフレッドは言って、仲間たちと王都パレラシアへテレポートした。
国王フランシスは会議中であったので、アルフレッドらは一時間ほど待つことになった。会議が終わると、冒険者たちは王のもとへ通された。
宮廷魔術師フェリックスも同席していた。
「急な話だな。何か進展が?」
フェリックスの言葉を受けてアルフレッドはセイセス=セイセスの件を切り出した。国王も宮廷魔術師も険しい顔だった。
「セイセス=セイセスか……また厄介な連中だ」
フランシスは言って吐息した。
「状況は分かった」フェリックスは頷いた。「それぞれの冒険者たちに伝えておこう。その点は任せてもらおう」
「お願いします」
「そちらも気を付けてな」
「ええ、ですが、言葉を返すようですが、そちらも十分注意を。宮中に奴らが紛れ込んでいるかも知れません」
「うむ」
アルフレッドの言葉に国王と宮廷魔術師は頷く。
そうして、ひとまず報告を終えたアルフレッドらはまた大陸東部にテレポートで戻った。
本来の目的地であるドレッヂヌート洞窟に向かう。件の近郊のダンジョンに到着した冒険者たちは、用心しながら洞窟内部へと進む。魔法の光球を複数個浮かべて周囲の視界を確保する。アンジェリアが千里眼で洞窟内部をスキャンする。バンパイアたちは幾つかの部屋に分かれていてこちらに気付いているようであった。
アルフレッドらはバンパイアたちが集結する前に一つ目の部屋へ向かう。五体のバンパイアがいる部屋に、アンジェリアが最初にファイアボールを、マーガレットがホーリーフラッシュを叩き込む。アルフレッドとライオネルは魔剣のオーラで身を包んで突入、怯んで喚いているバンパイアたちを切り伏せていく。
「よし、ここは片付いた」
アルフレッドらはバンパイアが灰と化していく様子を水晶玉で撮影しておく。
残るバンパイアたちは合流して十体以上の集団で襲い掛かってきたが、アンジェリアとマーガレットの魔法でその攻勢を魔法の火力で圧倒し、アルフレッドとライオネルらが突撃してバンパイアたちを魔剣の餌食にした。アンジェリアとマーガレットは魔法の範囲を絞って個体を狙う攻撃に切り替え、二人を支援する。
最後のバンパイアを切り伏せると、アルフレッドらは周囲を見渡す。アンジェリアは念のために洞窟内を千里眼でスキャンする。バンパイアは全滅している。灰と化していくバンパイアをやはり水晶玉で撮影しておく。
「どうだ」
アルフレッドはアンジェリアに問う。
「どうやらこれで全部みたいよ」
そうして、四人はドレッヂヌート洞窟を後にすると、依頼主であるギビンズ子爵へと討伐の件を報告しに行った。子爵から三十万マーネの報酬を頂戴した冒険者たちは、丁重に子爵へ礼を言って城を後にする。
セイセス=セイセスの件が暗い影を落としていたが、ひとまずアルフレッドらは酒場で祝杯を挙げるのであった。
「新たな冒険に乾杯」
ライオネルは厳かに言った。
「何とも……吸血鬼はましだが、素直に喜べないところもあるな。グラッドストンはどこで何をしている」
アルフレッドはビールを飲んで吐息した。
そこへ鳥の丸焼きが運ばれてくる。マーガレットはナイフを持ち出した。
「私が切り分けてあげます。アルフレッドはさんも、ひとまず、手の届かないことは置いて、料理とアルコールを楽しみましょう」
「そうよアルフレッド」アンジェリアは言った。「今は無限の夢を抱いて駆け抜ける時なんだから。年を取ったら先のことを逆算して生きないと。楽しめるのは今しかないんだから」
「分かりましたよ。どうせ俺は根暗ですからね」
「誰もそんなこと言ってないでしょ。全く真面目なんだから」
「腕は超一流なんだがなあ、お前は。最強クラスの魔剣使いなのにな」
ライオネルは言って茶化した。アルフレッドは肩をすくめる。
「では改めまして、鶏肉下さいな」
「はいどうぞ」
マーガレットはアルフレッドの皿に鶏肉を切り分けてあげる。
それから四人の冒険者たちは、深夜まで飲み明かすのであった。