第一話
生きていると数奇な運命が待ち受けているものだ。再び旧知の仲間たちと共に仕事をすることになるとは。そもそも別れたきっかけは大したことはない。しばらくは食いつないでいけるほどの資金が出来て、休暇を取ろうということだった。尤も、その休暇は予想外の出来事で打ち切りとなってしまったが。ザカリー・グラッドストンの復活。よもやよもやのグラッドストンの件は、上位の冒険者たちに伝えられ、トップシークレットとなった。
グラッドストンにとって、冒険者というのは許しがたい存在であるのだ。百年以上昔に、自身の肉体を永久に破壊した者たちだ。たかだか人間に。現世において、自身の脅威となる冒険者たちを排除する方向にあの闇の帝王が動いたとしても、それは不思議なことではなかった。グラッドストンはセイセス=セイセスの魔戦士たちを各地に放ち、冒険者たちを根絶やしにすべく水面下で手を打っている。
それはともかく、アルフレッドらは久方ぶりの冒険のリハビリにオークの村を襲撃した。オークというのは繁殖力が強く、殺しても殺しても復活してくる。アルフレッドらは二十体以上のオークが群れ成す集落をステルスキルで忍び込み、最終的にはアンジェリアの極大魔法を中心にマーガレットの神聖魔法を支援に不意を突いて全滅させた。オーク達は多少の宝石を持っていた。売れば十万マーネほどにはなるだろう。他にはめぼしいものはない。アルフレッドらは町へ引き上げると、宝石を換金してから酒場で一服する。
「さすがに久しぶりの実戦は勘が狂うな」
アルフレッドは言ってワインを飲んだ。
「全くだ」ライオネルも同意見だった。ソーセージを口許に運ぶ。「いかんいかんな。まあ、剣は使わないと特に鈍るのが激しいかな」
「お二人とも全く遊んでいたんですか? トレーニングは?」
マーガレットが非難めいた口調で言う。
「俺はトレーニングは続けていたぞ」アルフレッドは言った。
「俺は……」ライオネルは頭をかいて誤魔化した。「まあ、何だ。その辺は適当でな」
「ライオネルさん!」
「悪かったって。まさか急に緊急事態が起こるとも思えんだろ」
「ままいいわ」アンジェリアは言った。「とりあえず、オークの集落をいくつか潰して、戦の勘が戻ったらドラゴンを倒しに行きましょう」
アルフレッドはワイングラスを置いた。
「おい本気か? ドラゴンとやり合うのか」
「俺を殺す気か?」
ライオネルも驚いた。
「ククンセル谷にドラゴンの目撃情報が入っているのよ。周辺の村が襲われたって事件にもなっている。誰かがやる前に私たちで片づけましょう」
アンジェリアはいとも簡単に言ってみせる。
「やれやれ……言ったら引かないんだから」アルフレッドは吐息した。
そんなわけで、アルフレッドらはそれから各地を回り、オークの集落を五つほど壊滅させた。
それから彼らはドラゴンの討伐に向かうことになる。
久方ぶりの激戦であった。マーガレットの強力な支援とアンジェリアの強大な魔法の力を以て、同時に魔剣のオーラをまとって攻勢に出たアルフレッドとライオネルらである。ドラゴンブレスは無力化された。その巨体から繰り出される激しい攻撃は彼らをして怯ませることはなかった。最後に魔法と魔剣がドラゴンに致命傷を与え、四人はこの大物をしとめることに成功する。ドラゴンの遺体を水晶玉で写真として撮影し、ドラゴンの首を切り落として水晶玉に収納しておく。ドラゴン討伐の依頼を出していた地元貴族のもとを訪れると、アルフレッドらは百万マーネの報酬を受け取った。
「悪くない」
ライオネルは酒場で祝杯を挙げる席でビールのジョッキを高く掲げた。
「まあ、何だ。久方ぶりの竜殺しだったわけだが、これがアンジェリアの提案だってことを忘れないようにな」
アルフレッドは言って彼女に話を振った。アンジェリアは肩をすくめる。
「何よー。勝てば官軍だってことでしょう。現に報酬ももらったし、自分たちの経験値も稼げるじゃないよ」
「でも、私は久しぶりのドラゴン戦、ちょっと……いえ、かなりかな。ドキドキしていました」
マーガレットは言ってビールを飲んでハムを頬張った。
「な? アンジェリアは怖いものなしなんだから」
ライオネルは言ってジョッキをあおった。
「アンジェリアに乾杯」
アルフレッドは面白そうにジョッキを改めて掲げた。
「この男どもは、全く」
アンジェリアはビールを一息に飲んでしまうと、二杯目をオーダーする。
四人は深夜まで飲み明かして宿への帰路へと着いた。
ドラゴンツアーを終えた四人は、しばらくの猶予を得て、トレーニングを行う日々を過ごしていた。
アルフレッドとライオネルはマーガレットの魔法耐性を受けて、更にそれぞれの魔剣のオーラシールドを展開する。
「それじゃあ行くわよ」
アンジェリアは上空から詠唱無しでファイアボールを連射する。彼女の魔導士としてのレベルは驚異であり、魔法の詠唱を必要としない。
火炎弾がアルフレッドらを襲う。炎が炸裂する。
「ま、余裕よね」
アンジェリアは言って眼下を見渡す。やがて煙が晴れて、彼らの姿が現れる。恐るべきは魔剣使いの二人にマーガレットである。アンジェリアのファイアボールを二発直撃を受けてもほとんどダメージをカットしている。
「それじゃあこっちの番だな」
アルフレッドとライオネルは魔剣のオーラを遠距離攻撃に使用し、オーラブレードを放ち、マーガレットは手から黒い閃光を放った。マーガレットの魔法は回復魔法が攻撃に変化する逆転呪文だ。
アンジェリアはそれらをバリアで受け止めた。
それから一時間ほどで模擬戦を終えて、四人は休憩する。
お互いに健闘をたたえ合う。
「やるなあアンジェリア。さすがだよ。魔法のバリエーションは相変わらずだ」
アルフレッドの言葉にアンジェリアは肩をすくめる。
「まあね。でも、あなた達相手だとほとんどダメージが通らないから、自信無くすわね」
「本気で言ってるのか?」
ライオネルの問いに、アンジェリアは肩をすくめる。
「冗談」
「だろうと思いました」
マーガレットは言って微笑んでいた。
彼らのレベルが尋常ならざるものであり、そういったことはグラッドストンにとって目障りであった。
そんな彼らを監視する者がいた。ぼろをまとって周囲の風景に溶け込んでいる。セイセス=セイセスの魔戦士だ。魔戦士は模擬戦のアルフレッドらのパワーを目にして、今戦えば自分が死ぬのを悟っていた。こんな連中がいるとは信じられなかった。いやそうだ、国王が先日王都に集めたのはこのクラスの冒険者たちだ。一人では相手に出来ない。仲間を呼んで不意を突かなくては……。
ザカリー・グラッドストンは闇の中で、人間の頭より大きめの水晶玉を操作して人界を覗き込んでいた。
「こいつか……アルフレッド・スカイの子孫」
グラッドストンはアルフレッドを見つけて、そのパーティを目に焼き付けた。アルフレッドという名はグラッドストンに怒りを想起させる。かつてその身を打ち砕いた魔剣は健在であり、子孫に受け継がれている。
グラッドストンは水晶玉を操作して、また別の様子を見やる。
この深い闇は暗黒の魔法によって守られた奈落の深淵である。人間の探知の術もここには到達出来ない。グラッドストンは悠然と、だが微かな苛立ちを覚えて人界を見ていた。世界は百年前とは様変わりしている。世にはびこる戦の種は尽きず、どこか陰鬱とした空気が世界を覆っていた。
グラッドストンにとっては都合のいいことである。世界を闇に包み込むことこそ、この黒衣の魔導士の至上の喜びであり、黒き力で世界を支配するのはこの闇の魔導士の本能でもあったから。