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1. 嘘の合戦

 初めに断りを入れておくと、この話は私という一人の女の日々の様子を書き綴った戯言に過ぎない。何らかのロマンスや青春映画のようなものを期待している人がいたら、今すぐ回れ右をした方がいい。何故なら私はそのようなキラキラしたものとは全く縁がないからだ。ただ一つだけ言えるとしたら、この物語はあなた自身とどこかで結びつくかもしれないということ。

 ナッツアレルギーというものは存在する。以前まで観ていた、IQが人並み外れた個性的なオタク男子たちとブロンド美女らが織りなす、賑やかな日々を描いたコメディドラマの登場人物に限った話ではなく。

 

 黒人のスタイリストのジョーダンがそうだ。彼はこの間カシューナッツが原料に入っていると知らずに食べたスープで呼吸困難に陥り、全身に蕁麻疹が出て救急搬送された。命に別状はないがしばらく仕事を休むというので、代わりのスタイリストがやってきた。


 ジョーダンの友人だというスタイリストのケイシーは、ジョーダンと同じくゲイということをオープンにしている。彼はジョーダンよりもずっと毒舌で、私たちの容姿だけではなく演技にまで事細かに口出しをしてくる。挙句彼に話したプライベートなことは5分後には共演者やスタッフの知るところとなるため、下手なことは言えない。私にもゲイの友人がたくさんいるから、ゲイの人が皆毒舌で口が軽い訳ではないことはもちろん知っている。彼の性的嗜好を抜きにしても、ケイシーの毒舌と口の軽さは殿堂入りレベルだ。それこそ、アカデミー毒舌賞とお喋り賞をもらえるくらいの。


「アンタさ、彼氏いないわけ?」


 撮影前ケイシーは楽屋で私の身体に夏用の衣装を一つひとつあてがいながら、噂話のネタになるようなことはないか探るみたいに訊いてくる。早くジョーダンが帰ってこないかな。撮影前に私たちの緊張をほぐすために繰り出す、彼の可笑しなジョークが懐かしい。そんなことを考えながら、私はあまり口を開かずにNOと一言だけ答える。


「彼女もいないの?」


「いない」


 これ以上話しかけないでくれという雰囲気を察知することもなく、ケイシーは尋ねる。


「欲しいとは思わない?」


「全く。正直面倒なの。恋人にハートの絵文字の沢山ついたメールを返したり、時間作ってデートしたりベタベタしたりそういうのが。そんなことするくらいなら家で寝てたい」


「スペイン系にあるまじき淡白な恋愛観ね」


 初めに言っておくと、私には白人の血と一緒にスペインの血が4分の1入っている。つまりクォーターだ。アイルランド人の母と私の顔はあまり似ていない。ブラウンの髪の毛と、目つきが悪いと度々指摘される褐色の目は完全に父方のものだ。


 どうやらケイシーはスペイン系の人たちが皆恋愛に対して情熱的という至極ステレオタイプ的なイメージを持っているようたが、そんな人たちに向かって私はこう言ってやりたい。いや言ってやる。今すぐ言うのだ。


「スペインを一括りにするな」と。


 そんな私の台詞にたじろぐ様子もなくケイシーはまた根掘り葉掘り私の過去の恋愛について聞いてこようとしたので、無理矢理話題をジョーダンのナッツアレルギーのことに変える。その会話の中で私が発した「ジョーダン、いつ仕事に復帰できるか聞いてない?」という問いかけにケイシーはチュッパチャップスの柄のTシャツを私の上半身に当ててなんか違うなという表情で首を傾げた後で、「明日には復帰できるみたいよ」と答えた。


「マジ? 快気祝い何がいいかな、やっぱお酒?」


 ジョーダンが明日から復帰すれば、このうるさいケイシーともこれ以上関わらなくて済む。私の喜びがMAXに達したところで、無表情のケイシーが言い放つ。


「嘘よ。体は回復したけど看護師に振られたショックでメンタルの方がボロボロらしくて、復帰はまだ先の予定」


「お前は今、なぜ嘘をついた?」


 弄ばれた心の声が思わず表に出るも、当のケイシーは全く悪びれる様子がない。


「何となく。てゆうか、私がいなくなるのがそんなに嬉しいわけ?」


 心を見透かしたようなその問いかけに思わずYESと答えそうになるも、いたって平静を装って小さく首を振る。


「いや、そういうんじゃなくて……。ただ心配なの、ジョーダンが」


 それは本心でもあった。ジョーダンは私の親友のような存在だった。彼の不在は私の心に少なからざる動揺と、寂しさからくる不安感をもたらしていた。


「ジョーダンの奴、朝メール送っても返ってくるのが次の日の夜だったり、もっと酷い時は1週間後だったりするのよ。全く、マイペースでやんなっちゃうわ」


 ケイシーはブツブツと友人に対する不満を言っている。私は少し前から気づいていた。彼自身も気づいていないであろう一つの感情に。


「好きなの? ジョーダンのことが」


「は?! そんなわけないでしょ!! 誰があんな馬鹿!!」


 ケイシーは動揺すると普段以上に毒舌になる。どうやら図星らしい。弱みを握ったみたいで少し誇らしい気持ちになる。私は昔から他人の気持ちにはやたらと敏感なのだ。


「別に恥ずかしがんなくてもいいじゃん」


「ジョーダンに余計なこと言うんじゃないわよ。あいつ、調子に乗るとろくなことがないんだから」


 人のことはあることないこと喋るくせに自分のことについては知られたくないらしいケイシーは、警戒心丸出しの目を私に向ける。


「ハイハイ、言われなくても言いませんよ。その代わりあなたの代わりに告白してやるわ、ジョーダンに」


「絶対やめなさいよ!! ジョーダンは女なんか好きにならないんだから!!」


「だけど、私となら付き合ってもいいって前に言ってたもんね」


「嘘おっしゃい!!」


 ケイシーは今にもハンカチを噛みちぎりそうな勢いで怒り狂っている。何て分かりやすいのだろう。ちなみにジョーダンから『リオとなら付き合ってもいい』と言われたことなど一度もない。これはいわゆるリベンジだ。ジョーダンが明日仕事に復帰するという、小憎たらしい嘘をついたケイシーへの。


「待ちなさい、リオ!! 本当に告白なんてしたら絶対許さないわよ!! ピザ屋に嘘の注文をして、アンタの家にピザ1000枚送りつけてやる!!」


 夜叉の如き形相で叫び続けているケイシーに子どものようにあっかんべーをした私は、逃げるように楽屋を飛び出した。

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