7.聖職者直々のお説教
孤児院に戻った私たちを待っていたのは、怒涛の展開だった。
孤児院の入口に付いた私たち三人へ、開幕半泣きのマルレーネが叱る口調ながらに抱き着いてきた。
マルレーネの肩越しに見えた後ろには表情だけは笑顔の神父が、聖職者がそれでいいのか?というくらい立派に仁王立ちしており、騒ぎを聞き付けた他の子たちがわらわらと出てくるのをシスター二人が止めていた。
とにかくわちゃわちゃしていたのである。
神父はエドゥアルに「ありがとう。ご苦労様」と優しく労った直後、私たち暫定問題児二人(果たして暫定なのか)に向かって「君たちは明日、執務室に来るように」と口調と表情だけは優しく、しかし確かに冷ややかなものが含まれた声で指示を出す。
それまでずっと寝ていて、今しがた目を覚まし「ん〜…?なにぃ…?」などと寝ぼけた声を上げるリニーが今だけは心の底から羨ましかった。
「ほんとにっ…ほんとにほんとに心配したのよっ!?」
「ご、ごめんなさい…」
「貴方たちに何かあったらどうしようって…それで…グスッ」
「な、泣かないで…」
服やら顔やらが汚れ塗れの私の服を着替えさせてくれるマルレーネは、先程まで涙を目尻に浮かべての半泣きだったのが、今ではポロポロと涙を零して全泣きだ。
マルレーネは泣きながら私の顔や体に付着した泥を湿らせた布で拭いつつ、エドゥアルが私の元に現れた経緯を説明してきた。
まず一緒に落ちた私とリニーだったが、リニーは咄嗟に子犬の姿となり無事着地。しかし私は受け身も取れずに自由落下。結果的に私だけが気絶してしまい、自分だけでは助けられないと判断したリニーが助けを呼びに行ってくれたらしい。
助けを呼びに行く途中、リにーは偶然森に来ていたエドゥアルとラルドの匂いを感知し、急いで二人の元へ向かった。
ラルドは孤児院に戻って報告を、エドゥアルはそのまま案内役にリニーを抱えて急いで迎えに来てくれた……というわけだ。
何という連携プレイだろう。大人でも中々できないようなことをやってのける子達に、素直に感心する。
同時に、それ以上に感謝と申し訳なさでいっぱいになる。一番迷惑をかけていたのは自分だったようだ。
その日は女子全員で固まって、抱き着くようにして一緒に眠りについたのだった。
そして、翌日。
「なぜ抜け出してしまったのかな?」
「う…」
神父の執務室。この孤児院に来てすぐ通された部屋に、昨日の今日で再訪問することになるとは思っていなかった。それはきっと神父も同じで、お互いにそうなることを望んでいなかったのは確かだ。
気付けば誰にでも敬語を使っていたはずの神父の口調が、敬語を全て取っ払ったものになっている。正直こわい。
「しんぷさま、おこってる…?」
未だ子犬の姿を保ったリニーだが、それでもしゅんとした表情とぷるぷると小刻みに震える様子が伺えるせいで感情は読み取りやすい。
どうやら一度この姿になってしまうと、中々元に戻ることができないらしい。理由はコントロールがまだ未熟だから…とのことだ。それもあくまで推測らしいが。
てか可愛いな。
昨日エドゥアルに共に抱えられていた時とは違い、子犬型リニーの全貌が視認できる。
少し癖のある濃い灰色の毛を全身にふわふわとまとい、手足は短く耳はちょこんと垂れている。ついでにテンションが落ちているからか、短くふわんとしたしっぽも垂れている。
昨日寝た時、このふわふわでどれほど幸せだったか。
「そりゃ怒ってるよ。守ってくれる人がいない状況で、幼子二人だけで遊びに行ってしまったんだから。当然怒るし、心配する。なぜかわかる?君たちが心の底から大切だからだよ」
「…キュウン…」
ええ?びっくりした。何?鳴き声?かわよ。なんだ?ほんとに。え?
「ぼうけん…したかったの…」
キューンキューンと甲高い切ない声を合間に挟みながら、ぽつぽつとリニーはそう弁明する。
本当なら私からも何か弁明しなければならないんだろうけど、隣の毛玉が可愛すぎて正直それどころではない。
「……リニーの気持ちはわかった。好奇心旺盛な君のことだ。きっとこの家は狭いのだろう。けれど、年長組すら居ない状況で外に出てはいけない。それだけは守ってほしい。約束できるかい?」
「……はぃ……ごめんなさい……」
しょぼ〜んというオノマトペが視認できそうなくらいしょんぼりオーラを醸し出すリニーを今すぐ抱き締めたくて堪らなくなる。すごい。人間型だったときの数倍庇護欲がそそられる。
「で、ラビ」
「はっ、はぇ」
急に名前を呼ばれ、エドゥアルの時に続き変な音が口から飛び出す。間抜けにも程がある。
リニーが終わったなら次は自分、と構えることも出来たはずなのに。不覚。
「君も。誰にも何も言わず外に出てはいけないよ。まだここのルールをよく知らないだろうから、強くは言わないけど……幼い子だけで、具体的には貴方やリニー、モニカにベルといった年少組だけで外に出てはいけない。絶対にだ。今日はそれだけ、確実に覚えてほしい」
「は、はい…本当に、すみませんでした…」
頭を下げながら謝罪の言葉を告げれば、神父はそれ以上叱ることはなく「じゃ、説教はこのくらいにしておきましょう」という言葉でその場を締める。
この人の敬語とそうでない時の口調の切り替えタイミングは何なんだろう。独自ルールがあるんだろうか。
「ただし反省として、今から女神様にお祈りを捧げてきなさい。いいですね?」
「はぁい…」
「はい」
神父は「よろしい」と笑顔を浮かべ、待機していたマルレーネに私たちを預けると早々に仕事に戻ってしまった。聖職者の仕事が何かは知らないが、存外忙しいようだ。
「おこられちゃったぁ」
しゅーんとそんなことを呟きなが四足歩行でてちてちと歩くリニーのお尻が可愛くて仕方ない。
私が両腕で抱ける程度の大きさしかないこの子犬が、どうやったら私と殆ど変わらない大きさの人間に変身できるのか甚だ疑問だ。
「あなたが抜け出したりするからでしょう?」
マルレーネは当たり前だと言わんばかりの表情でそう返す。
そんな話をしながら向かった先は、初日に紹介だけされた礼拝堂だ。中に入るのはこれが初となる。
ギィー…と、古い木製の扉が軋む音が上がる。意匠の施された重厚な扉は、手入れはされているが年月は感じる見た目だ。
礼拝堂の中は、思ったよりも広かった。
小さすぎず、大きすぎず。大人が横並びで五人程度座れそうな長椅子が前から順に五つ、真ん中に通る道を境目として左右に同じように並べられている。
壁も床も椅子も、どれも木製だ。しかし奥のど真ん中に設置されている像だけは白かった。恐らく石膏像だろう。そうでなければ、余程真っ白な材質の石か。
像の目の前まで進んだところで、マルレーネは近くの椅子に座るよう促す。
そうして私たち二人を同じ椅子に座らせると、自身もその隣に腰を下ろした。
「さぁ、祈りましょう」
マルレーネはそう言って胸の前で指を組み、目を瞑る。俯きがちになっているのは、頭を下げているのか何なのか。
マルレーネに続いてリニーも当たり前のようにそうするものだから――そうは言ってもリニーは指が組めないので、お座りの体勢で目を瞑って俯いているだけだが――、慌てて見様見真似で指を組み目を瞑った。
……で、この後どうすればいいんだろう。
動きだけは真似てみたものの、「神に祈る」の内容がわからない。そんなことするのなんて正月か受験前か酷い腹痛でトイレから出られない時くらいだ。
宗教的な祈りとは何を祈るものなのだろう。世界平和?人々の愛?つまりラブアンドピース?
そんなことを考えている内に、二人のお祈りは終わったらしい。
リニーの「ラビは、いっぱいおいのりするんだね〜?」という声で気付き、目を開けた。どうやらリニーはマルレーネに聞いていたらしい。顔の方向がお互いを向いていた。
先に私に気づいたのは、リニーの方を向いていたからついでに私の様子も見えたのであろうマルレーネだ。
「あら?もういいの?」
「う、うん」
どうか気付かれていませんように、と内心焦りながらそう答える。
ボロが出る前に基礎的なことくらいは調べておかねば。
お祈りを終えた私たちは、連れ立って食堂に向かう。朝食よりも先に、何なら他の子たちがせっせと布団などの片付けをする中連行されていたのだ。
その時の皆の視線が痛いやら恥ずかしいやらで…。
そんな今朝のことを考えている内に食堂に到着した。食堂内には誰も居なかったが、厨房の方で声や物音がすることからまだまだ準備中なのだろうことが窺える。
「まだ朝食には早いから、部屋に戻りましょうね」
マルレーネの誘導で、私たちは女子の共同部屋へと戻される。その後、マルレーネもどこへも行かずに部屋の真ん中に座った。心なしか微笑みつつも目を光らせているように感じる。
他の二人の女子は居なかった。賢そうなモニカと、淑やかそうなベル。あの二人が抜け出すなんて思えないし、きっと昨日みたいに別の場所でお手伝いでもしているのだろう。
「ラビぃぃ〜っ」
ててててっ、と駆け寄ってきた子犬姿のリニーが名前を呼びながら私のお腹辺りに飛び込んでくる。
幸いにも座っていたため、バランスを崩したが転ぶことはなかった。
「なーに?」
「なでて!」
「えっ?」
キラキラおめめとキラキラ笑顔でそんなことを言われたら、そりゃもうしっかりガッツリ撫でさせていただくところだけど……。
撫でようと手上げたところで、リニーはすぐに、言い訳でもするように理由を並べ始める。
「あのね、あたし、なでられんのスキだけど、イヌになると……もっともっと、なでられんのがスキになっちゃうの!だから…」
ぐううぅっ…!!!かっ、かわいい……!!!
可愛すぎて心臓が破裂してしまうかもしれない。もしかして今日が命日になる?
「ぜ、ぜんぜんいいよ。むしろありがとうと言うか…」
「ホントっ!?ラビだーいすき!」
そう言うや否や、ころんと目の前の床に転がってお腹を見せてくるリニー。なんて警戒心皆無なわんこだろう。
そこから朝食に呼ばれるまで、もうひたすらに撫でくり回すだけの時間となった。
途中で参戦してきたマルレーネと共にわしゃわしゃよしよしと撫でて抱っこして可愛がってと構い倒した。
朝食に呼びに来たラルドが見たのは、いい汗をかいて達成感溢れる笑顔を浮かべる女子二人と、満足気に軽やかな足取りでその二人の周囲を駆け回る一匹の姿だった。




