6.『初回無料十連ガチャ』
お久しぶりです。
ギラギラとうっとおしい程の光を放つ紋章に、パニックになり掛けていた脳がイライラに全振りされる。
「もーっ、うざい!何!?そんなに見てほしい!?」
ゴシゴシゴシとどうにか消えないかと擦り続けるが、やはり画面が開いたり閉じたりするだけで一向に消える様子はない。
何度目かに画面が開いたところで、最初にチュートリアル画面が出た時と同じような赤い点が光っていることに気が付く。半ばヤケクソ気味にその部分をタップすると、小さな電子音と共にウィンドウが開く。予想通り、それはチューリアル画面だった。しかし内容は最初のものとは異なっていた。
『チュートリアル②!』
『ガチャを引いてみよう!今のキミに必要なものが出てくるかも?』
『ただしあくまでガチャはガチャ!完全な運ゲーだよ!恨みっこなしだよ!』
『今なら初回無料十連キャンペーン中!』
このような文章の最後には、『ガチャはこちらから!』というリンクらしきものに誘導されている。これがネット上だったらワンクリック詐欺を疑っているところだ。
しかし成す術のない私には、今は一か八か何でもやってみるという選択肢しかないのだ。
バシッ!バシッ!と強めに画面をタップしてガチャ画面へと移動し、例のシンプルなガチャ画面の「十回引く」を一度確認すれば、確かにその下に「今だけ無料!」の文字が見える。
ええい、なんとかなれ!!
もう完全にヤケクソで勢いよくタップすると、シャラシャラとした効果音と共に画面が切り替わる。
花の意匠を施しているように見える金属の装飾をあしらった、不思議な色合いをした玉がクルクルと回転する演出だ。
徐々に回転は緩やかなものになり、ピタリと止まったところで玉からふわりと別の光の玉が飛び出す。その数十個。間違いなくガチャの演出だ。
光る玉は綺麗に整列したところで、ひとつめが拡大しながらまた別の画面へと移り変わる。案の定、排出されたアイテムの内容が表示された。
内容は以下の通りだ。
[N]《木の枝》
[N]《木の枝》
[N]《木の枝》
[N]《小石》
[N]《木の枝》
[N]《夜光キノコ》
[N]《木の枝》
[N]《小石》
[N]《夜光キノコ》
[N]《夜光キノコ》
………えーっと。この[N]ってのは、多分所謂ノーマルってやつだよね?一般的には一番下のレア度……。……こんなにノーマルしか出ないもんかね。もしかして私、引き物凄く悪い?
というか《木の枝》多すぎじゃない?そんなにいっぱいあっても何に使えって言うんだ。焚き木か?いや木だけあっても焚き木なんて出来ないんだよ。せめてマッチとかくださいよ。
あとこの《夜光キノコ》って何???怖い!!!
ツッコミだらけのガチャ結果を凝視している内に、勝手に画面は切り替わる。
切り替わった先では、先程のようにぽつりと赤い通知マークが表示されていた。
とりあえずタップしてみると、以下のような画面が現れた。
『チュートリアル③!』
『ガチャで出たモノは、ガチャ画面内の【アイテム】から確認できるよ!』
『取り出したいときは、取り出したいアイテムをタップ!』
『一度取り出したものは、二度と【アイテム】内に戻せなくなっちゃうから要注意かも?』
……なるほど?
反省したのか何なのか、ちゃんと都度チュートリアルが出るようになったのはありがたい。チュートリアルはもはや義務だろと言いたいけども、そこは我慢しておく。
メニュー画面から【アイテム】をタップすると、写実的な…というか写真そのものを切り抜いたようなアイテム画像と、各画像の右下に小さく数字の表示されたアイコンが三つ並んでいた。どうやら、ちゃんとスタックされるシステムのようだ。
良かった。これで同じアイテムなのにひとつずつ枠が取られるとかだったら発狂していたかもしれない。
木の枝、小石、謎のキノコ。まず数が一番少なく、もし取り出してしまっても害のない小石をタップしてみる。
すると軽い説明の下に、いくつ取り出すかの表示が出てきた。左右にプラスマイナスで調整出来るアイコンと、真ん中の数字欄を直で設定も出来るタイプのようだ。さらにその下には『とりだす』と書かれた長方形のアイコンがある。
小石の説明を見ると特に何かある訳ではなく、
《小石》
何の変哲もない小石。
投げるのに丁度いい大きさと重さをしている。
などと言う、少し物騒な文言が表示されているのみだった。
これなら他も気軽にタップできるなと思い、気になりすぎる謎キノコをタップしてみる。
《夜光キノコ》
夜になると光るキノコ。
触れたり食べても害はないが、触れた場所はしばらく光り続ける。食らえば口内や内臓がしばらく光り続けるということだ。
キモっ。何だそれ。そんなかき氷のシロップで色付いちゃった、みたいなノリで光ってたまるか。
……けど。もしかしてこれ、使える?
試しに下部の数字を「1」にして『取り出す』をタップする。
すると、ウィンドウから出てくる形でキノコが現れた。画面の明るさで目立たないが、確かに光っているように見える。
左手甲の紋章を軽く擦ってウィンドウを消すと、キノコの明るさが際立つ。
暗い夜道をこれひとつで歩けと言われたら不安だが、行く道に転々と生えていれば薄暗いながらも転ぶ心配はなさそうだ。
これを振りながら……。
「リ──!うっ…ッリニー!リニー!リーニーーーッ!!きこえたらへんじして!リニーーッ!」
全身の痛みを我慢し、キノコを片手で振り回しながら必死にそう叫ぶ。街中のように周囲の喧騒がない分、きっと届きやすいはずだと信じて。
何度も何度も名前を呼んで―――その返事の代わりに、少し遠くで茂みがガサリと動く音がした。気がした。
明らかに風ではないそれに、ピタリと声を止める。叫びすぎてリニーの声を聞き逃したかもしれないと思ったからだ。
しかし彼女の声はなく、ただガサガサという音が近付いてくるだけ。
血の気が引いた。そうだ、ここは森の中。獣だってきっといる。熊なんかがいてもおかしくない。なのに、私はなんて馬鹿なことを……。
それでも僅かな希望を託して、かなり控えめな声で「リニー…?」と呼び掛ける。これで違うなら、どちらにせよ終わりだ。黙っていたところで、彼らのフィールドで知識もないたかが人間がどうにかできるはずもない。
それならばと絞り出した呼び掛けに反応したのか、何かが茂みから飛び出してくる。ああ終わったと思いぎゅっと目を瞑ると同時に、「チビ!」という声が耳に飛び込んできた。
リニーではないその声に、閉じた瞼を恐る恐る開ける。目の前にいたのは意外な人物だった。
「ああ、よかった……死んでたらどうしようと思ってたんだ」
「えっ…と……エド……?」
…だっけ?という言葉は心の中でだけ続ける。
特徴的な銀髪に、キノコの光が反射してキラキラと光って見える。シーグリーンの瞳は心底安心したという風に細められていた。
孤児院で出会ったばかりの背の高い綺麗な男の子、エドゥアルだ。
「どっか痛いとこないか?この暗さじゃよく見えねぇ。教えてくれ」
「ぜ、ぜんしん、いたい」
「全身か。そりゃそうだよな。お前みたいなのがあんなとこから落ちたんだから」
そう言うと、エドゥアルは私の肩に触れる。
本当に触れただけだったが、それでもズキンという痛みが走り、思わず呻き声を上げながらエドゥアルの手を避けるように体をよじってしまった。
「痛いよな。けど少し我慢してくれ」
私の言葉を待たないまま、エドゥアルは再び私の体に触れる。今度はどうにか我慢すると、エドゥアルは理解が出来ないどころか聞き取れない言葉を発する。
すると、私の体がふわりと白みがかった緑の光に包まれた。
驚いてエドゥアルの方を見ると、真剣な顔でまだ何かを呟いている。続けて触れられた肩を見れば、エドゥアルの手と私の肩の間が特に光っているように見えた。よくよく見てみれば、魔法陣にも見える。
驚きすぎて一周して「めちゃくちゃ明るいな」などと思っていると、不意に光がフェードアウトする形でふわりと消えていった。
「どうだ?まだ痛いか?」
「え?……いたくない……」
問われて体を確認するが、どこも痛くない。それどころか違和感や不快感すらない。驚きが勝って痛みを感じなくなっていたのではなく、エドゥアルが何かしてくれたようだ。
「そりゃよかった。じゃ、帰るぞ」
「え、あ、まって!リニーがまだ…!」
ひょいと軽くエドゥアルに抱きかかえられて、今にも帰りそうな雰囲気に焦って伝える。まだあの子が見つかっていないのに、帰るわけにはいかない。
そう思っていたのだが。
「リニーならここに居るだろ?」
何言ってんだ?とでも言いたげな口調でそう答えられる。これにはこちらこそ「何言ってんだ」案件である。
ほれ、と言って私を抱えるのとは別の小脇を顎で指す。幸い、まだキノコを握りしめていたため、その動作も指し示す方向も視認することができた。
その先にいたのは、そこそこ大きな毛玉だった。
「……いないけど」
「はぁ?…ああ、そっか。これがリニーだよ。見えてるだろ?このちっこい毛玉。」
これをちっこいと言うのは違う気がする、というのは置いといて。
仄暗い光の中でもわかる暗い灰色の毛。毛玉というには少し歪な形をしたそれは、小脇に抱えられた子犬に見える。
「いぬ…?」
「ま、そだな」
そう答える間にも、エドゥアルは両脇に私と子犬を抱えたまま小走りにその場を離れ始める。
「リニーは獣人と人間のハーフ…だ。多分な。感情が昂ったりするとこっちの姿になる」
「じゅうじん、って何?」
「ふぅーん。獣人を見るのは初めてか。亜人だよ。獣系のな」
「そんな、ファンタジーな…」
「あぁ?何言ってんだ?」
顔が見えなくてもわかる。心底訝しむ表情をしているんだろう。美形の割にというのは偏見だが、とにかく意外にもこの子は表情豊かだ。短時間接しただけだがよくわかる。
到底信じられないような話だが、リニーはこの子犬で間違いないという。と、そこでハッとする。
「けっ、ケガは!?リニーの」
「バッカお前大声出すなよ。変なの寄ってくんぞ」
「うぇっ」
変なのという言葉に、大声の代わりに変な声が出る。
「リニーは何ともねぇよ。そんなことより、お前はこれからこっぴどく叱られる方を心配してろ」
「へっ…?」
呆れ混じりの、確定だとでも言うようなその言葉にピシリと固まる。
いや、そうだろう、そうだろうな。当たり前だ。私たちが今日やったことと言えば、「無断外出」「脱走」「大怪我」という危険三連コンボをキメたのみである。三連コンボは私だけか。
やっぱりもっと強く止めとくんだった……。
今さら後悔しても遅いが、今はとにかくリニーが無事だった事実を噛み締めるのに集中する事にした。




