4.お手伝いと、脱走と…
先に外にいたのはラルド、モニカ、ベルだ。外に繋がる扉から少し離れた場所に彼らは居た。
その周りには、木と石と縄で出来た一メートル位の高さの何かがあった。機械、いや道具だろうか。
「ラルド!ラビもいっしょにやりたいの!いいでしょー?」
ラルドに走り寄って行きながら、リニーはそうお願いする。
走った勢いのままに飛び込んでくるリニーを受け止めながら、ラルドは「別にいいけど」と言う。
そんなラルドに、シスター・ミーシャは「あとはお願いしてもいいかしら?」と問い、ラルドは了承の意を返す。そうしてシスターは孤児院の中へと戻って行った。
「ラビ、こっち来いよ。教えてやるから。」
そう声をかけられ、私は早足にラルドたちの方へと向かう。
「今やってんのは、ソルって木の実を割って中身を出すってやつ。こんな風にな。」
そう言うと、ラルドは謎の道具にゴツゴツとした木の実らしきものをセットし始める。
謎の道具は土台部分が少し歪な大きめの石で出来ており、土台の周囲から三角柱を描くように伸びた木製の支えと、その中心に通された縄、土台に接する方の縄の先にこれまた大きな石が括り付けられているものだった。
縄の外側を引っ張り、縄についた石を宙に浮かせると、開いた隙間から土台の中心に木の実をセットする。そのまま縄を引っ張り続け、先端の石が頂点に達したところでその手を離す。
すると、バキッという鈍い音と共に、細かい破片が土台に少し飛び散った。そこでラルドが再び縄を引っ張ると、土台の上には真っ二つに割れた木の実があった。
それをまとめて摘み上げると、ラルドは手の平に乗せて私の近くで見せてくる。
「な、綺麗に割れたろ?この中の白い実を今度は粉にして、塩として使うんだ。」
確かに白い塊が見える。これが塩になるなんて考えられない。
「手じゃ、われないの?」
「殻がすごい硬いから、手じゃ無理。今のだって、一回で割れたの珍しいんだぜ?普通のやつは何回かやんないと割れないんだ。」
「へぇ…そうなんだ。」
同じような、木の実を割るための道具は他に二つあった。見ると、すでにリニーとベルが協力して作業を行っている。
一人が縄を引いている間にもう一人が木の実をセット、その後割れた木の実はセットした人間が回収する。縄役と木の実役で分担されているようだ。
「オレは一人でも大丈夫だけど、チビたちは二人一組な。お前はモニカと。」
「わかった。」
了承し、モニカが待機する道具の元へと向かう。モニカの足元には子供でも扱えるくらいのカゴと、目の荒い布の袋があった。
「よろしくね。」
「うん。ラビは、なわひっぱって。モニカは、ソルがかり。」
え、ええ〜っ!?一人称「モニカ」なの!?かわいい〜っ!めちゃくちゃ「わたし」とか言いそうなのに!
でもそうだよね、まだ四歳だもんね!?
意外すぎる一人称に思わずキュンキュンしていると、モニカはこてんと首を傾げてこちらを見つめる。
「やらないの?」
「やっ、やる!やります!」
「そっか。」
モニカは早速袋の中に手を突っ込み、その手に木の実を掴んで引き抜く。
こちらも縄を掴んで引っ張り上げ──ようとして、あまりの重さに愕然とする。
お、重っ!?嘘でしょ!?こんな重い物を、あんな軽々と片手で持ち上げてたの?あの子いくつなの?
明らかな歳の差があるとはいえ、同じ子供であるラルドはひょいっと片手で持ち上げていたというのに。私といえば、両手で引っ張ってもビクともしない。体重をかけて腰を落としたところで、ようやく半分ほど持ち上がった。
その間に素早く木の実を入れ込むモニカ。すぐ後の「いいよ」という掛け声で、私は思い切り体重をかけ、ほぼぶら下がっている状態から縄を掴む手を離す。
ほぼぶら下がり状態から体勢を立て直すのは難しく、そのままどしんと尻もちをついてしまった。
同時に、土台の方からパキという短い音がする。
「いたた……」
「だいじょぶ?」
「うん、なんとか……。木のみは?われた?」
「もちあげてくれないと、わかんない。けど、たぶんわれてない。」
「そ、そっかぁ……」
もう一度力を込めて縄を引っ張る。
木の実の様子を見てくれたモニカだったが、無言で首を横に振る。やはり、割れていなかったらしい。
その後、二度三度と同じことを繰り返し、四度目でバキという鈍い音が響く。聞いたことのある音に、つい心から嬉しくなる。
「われてる?」
「うん。」
確認してくれたモニカは、その手の中の割れたてほやほやの木の実を見せてくれる。無数のヒビが入った分厚い殻が、ぱっくりと半分に割れていた。
「やった!やっとわれたぁ。」
ふぅ、と一息ついたところで、無情にも袋を目の前に掲げる女児が一人。
「まだ、いっぱいある。」
「は、はい……」
一個処理するのにこんなに体力と時間を持っていかれたというのに、袋の中にはみっちりと木の実が詰められている。
泣きそうな気持ちになりながら、再度縄を掴んだところで声がかかった。
「モニカ、ラビ。交代だ。そっちの残りはベルとモニカでやって。ラビはリニーとだ。」
ラルドがそう指示を飛ばすと、ベルがちょこちょことこちらにやってきた。モニカもこくんと頷き、リニーは手を振って「ラビ〜!」と呼んでいる。
リニーの元に行くと、早速縄を引っ張ろうとしているところだった。
「いくよ〜?」
「まっ、ちょっとまって!」
気の早いリリーにストップをかけ、布袋に手をかける。中の木の実をひとつ手に取ってから、「いいよ」と声をかけた。
リニーは軽々と縄を引っ張り上げる。ラルドと違い両手ではあるが、先程までの私の苦労は何だったのかと思うくらいに軽々と引っ張り上げるのだ。
その間にサッと木の実を置くと、それを確認したリニーは手を離す。ゴッという鈍い音をさせて、石は木の実の上に落ちた。
リニーが縄を引いている間に木の実の様子を確認するが、どうやらまだ割れていないらしい。
「まだみたい。」
「わかった!じゃあ、どんどんいくよー!」
そう言うや否や、リニーは引っ張り上げては落としを繰り返す。「はいっ、はいっ!」なんていう可愛らしい掛け声付きだ。楽しそうにいい汗をかいている。
何度かやったところでバキという音がしたので確認してみると、見事に割れていた。割れた木の実を回収し、モニカがやっていたように殻ごとカゴの中に入れる。
数回一連の作業を繰り返したところで、もしかしてこの石は軽いのでは?と思い引っ張らせてもらったが、全く違いがわからないくらい重かった。むしろこっちの方が……となる程だ。
リニーは物凄く力持ち。その情報が自分の中で更新されたのだった。
「あ。リニー、もう木のみ……ソル?がないんだけど。」
「あれー?もうおしまい?」
どことなく強キャラ感の漂うセリフだ。疲れている様子もないことから、本当に強キャラに見える。
「ラルド!もうなくなっちゃったって!」
「おー?相変わらず早いな。こっちももう終わりそうだから、お前らは中戻っていいぞ。」
「えー、まだまだいけるのにぃ……」
少し口を尖らせながらそう言うリニーが少し怖い。いくら元気いっぱい遊びたい盛りの子供とはいえ、こんなに体力が有り余るものなのだろうか。
「そうだ、ラビ。悪かったな。」
「え?なにが?」
「お前がパンもロクに千切れない弱っちい奴だって知ってたのに、力仕事させちまって。」
全くオブラートに包まない素直な物言いがグサッと刺さる。やはり最低ラインはパンなのか。そうなのか。
「いや、だいじょうぶ、ぜんぜん……。こちらこそ、やくに立たなくてごめんね……」
「そ、そこまで言ってないだろ!?役には立ってたって!ほんとに!」
ネガティブオーラがもやっと滲み出た私に、ラルドは慌ててフォローする。もはやそれも申し訳ない。こんな子供に気を使われるなんて……。
「ほら、もうここは大丈夫だから、お前らで遊んでろよ。」
「ラビ、あそぼっ!」
こう言ってくれているのに、これ以上ここに居る方が迷惑だろう。私たちはラルドの好意を素直に受け取り、一足先に孤児院の中へと戻った。
戻った途端、リニーは顔を寄せてきてひそひそ声となる。
「ねえ、ラビ。あたしたちで、ぼうけんしにいこ…!」
「ぼ、ぼうけん?」
いきなりこの子は何を言い出すのだろう。
困惑する私を他所に、リニーはキラキラとした瞳で楽しそうに続ける。
「いいぬけみちがあるのっ…!いつもはひとりだから、あんまりとおくまで、いけないけど……ラビがいればこわくないかも…!」
それは赤信号みんなで渡れば何とやらというやつではないのか。というか、脱走してるのか。どこまでもワンちゃんみたいな子だ。
「でもそれ、おこられるんじゃ……」
「だーいじょうぶ!バレたことないもん!」
それはつまり、発覚したらしっかりみっちり怒られるということではなかろうか。
第一、こんな小さな子が一人で出歩くなんて危なすぎる。それは一人増えようとも変わらない。今の私では、何かあった時に守ってあげることが出来ないだろう。足を引っ張るか、共倒れの未来しか浮かばない。
「やっぱあぶないよ。やめとこう?」
そう諌めるが、リニーは納得いかないようで頬をふくらませる。
「むう、ラビもきてくれないんだ。いいもんっ、あたしだけで行くからっ。」
「あっ、リニー!」
このまま行かせるのはまずいと思い、駆け出したリニーを追いかける。が、しかしリニーとの距離が一向に縮まらないどころかどんどん開いていく。
リニーの足が速いのもある。しかし、それ以上に私の足が遅いのだ。目だけで横を見るが、景色の移り変わる速度が大人の標準的な早歩きと変わらない。この体、力が弱く体力がないだけでなく、絶望的に足が遅いのである。
リニーに追い付けない内に、彼女は食堂への扉をくぐって行ってしまった。きちんと閉めていかなかったせいで少し隙間が開いているが、これでは様子がわからない。
まずい、リニーの行く方向がわかんなくなっちゃう…!
あーもうっ!何でこんな遅いの足!そんでめっちゃくちゃ息切れしてるし!心臓だか肺だかが痛くて死にそう!!
ゼェハァと肩で息をしながらも、必死で走り続ける。ようやく食堂の扉を開いてリニーを探すが、やはり既に彼女の姿はない。
どうしよう、どこに……。いや、厨房はきっと行き止まりだから……こっちか!
外に続く道は、私の知る限りではさっきの庭みたいな所に出る扉と、正面玄関しかない。ならば向かうはひとつ。
よく見れば、やはりきちんと閉め切られていない扉に手をかけ再度走り出す。
本当に苦しい。こんなに苦しいのは、学生の時にやらされた十キロマラソン以来だ。必死に息をするものだから、喉もカラカラだ。このまま乾き続けたら喉の粘膜がくっ付いてしまいそうで怖い。
どうにか正面玄関に辿り着き、扉を開けようとして──開けられなかった。木彫りの装飾が施された立派な木製の扉は、私が開けるには重すぎたのだ。
第一、ここに来て私が自分一人で扉を開けたことなんてなかった。必ず誰かが共に居て、その人が扉を開けてくれていたのだから。
先程だって、リニーが扉をきちんと閉じなかったおかげでスムーズに出てこれたのだ。
ど、どっか出れる場所……なんかいい感じの……。
どうにか外に出れないかと考える内に、ふと思い出す。
『───ちょっとあなた!一体そこで何をしているの?』
「………あ。」
そうだ、窓なら私でも開けられるかもしれない。マルレーネを初めて見かけた時、そういえばスカートの部分まで見えていた。それだけ床からの距離が近いということだ。それならば、私でもよじ登ってどうにか出来る可能性がある。
マルレーネが見えた窓は、正面玄関の丁度裏。つまり孤児院側の扉か、司祭の執務室がある方の扉のどちらか。しかし孤児院は奥まで行ったら外に出るとびらしかなかった。つまり。
私は大急ぎで、玄関扉から見て右側に位置する扉を開けようとする。が、そこで気が付く。
いや、ここも扉じゃん。無理じゃん。開けれないじゃん。
詰んだ。その三文字で脳が埋め尽くされる。
いや、第一、先に大人に言うべきだったのに、何を一目散に追い掛けているのか。
今からでも大人に言いに行こう……そう考えた時だった。
ビュオッ、と強い風に煽られる。何だ何だと風が吹く方向を確認して、固まった。
「……あいてる……」
正面玄関扉の、少し横の縦長の窓。一見飾り窓に見えるそこが、下半分だけ外へと繋がっていた。上にスライドする方式なのだろう。
本当は大人に言うのが先だ。だけど、何故だか今は一秒でも早く追いかけないといけない気がした。
私は意を決し、開いた窓の隙間に体をねじ込んだ。




