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2.孤児院で暮らす者たち①

ここでお世話になりたいという申し出に、司祭は快く承諾してくれた。

そこで改めて自己紹介が行われる。


「僕はこの教会の司祭であり、孤児院長のフォンゼル・メーダ。この教会の責任者だ。気軽に司祭様と呼んでくれたまえ。」


最後にパチリと片目を瞑って自己紹介を締めくくる姿は、やはり私の中の聖職者像とは異なる。優し気な雰囲気は孤児院長という肩書きには合っているが、ここのトップの司祭という肩書きには、つい疑いの目を向けてしまう。


「基本的に君たち子供の世話は二人のシスターと、マルレーネのような年長組に任せてある。何せ人手不足だからね。ところでいくつか質問したいんだが、いいかな?さぁ、そこの椅子に座って。マルレーネも。」


司祭に言われるまま、マルレーネに促されるままに、少し背の高い椅子に手伝ってもらいながら座る。

そこでふと、今は六歳くらいの体だから周りがすべて巨人用に見えたんだなと理解する。先程は衝撃でそれどころではなかったためだ。


「ではまず、自分の名前は少しも覚えていないのかな?」

「……はい。」

「何か少しでも思い出せることは?」


そう言われて、考え込む。

なぜ自分の名が思い出せないのかは一旦さて置き、何か雰囲気だけでも思い出せたら……。と、そこで一瞬、脳裏にとある漢字が浮かび上がる。



「………うさぎ……?」


なぜかはわからない。わからないが、何となく馴染みがあるように感じた。年末年始くらいしか目にしなさそうな漢字であるが、不思議と私は日常的に目にしていたような、そんな薄らとした記憶。


「うさぎ?それは、君の名に関係あるものかな?」

「………たぶん?」


自信はない。そういう、何か兎という漢字をよく見る職についていただけの可能性もある。

そういえば、私は一体何の仕事をしていたんだっけ。


「うーん、そうですね………それならば、()()はどうです?」

「え?」

「あなたの名前です。思い出すまででも構いませんから。これから、色々と必要になってくるでしょうから。」


ラビ。安直な名前だ。

かと言って自分ではいい名前は思いつかない。名前が思い出せるわけでもない。折角提案してくれたものに物申すのも気が引ける。


「いいと思います。」


そう返すと、司祭は「よかった」と言って、薄汚れた紙のような物に何かを書き込み始める。


「早速名前が必要なのですよ。孤児院に入れるにも、色々と手続きがいるんです。」


じっと見ていると視線に気付いたのか、書き込み終わった後の紙のようなものをパタパタと手で扇ぎ、インクを乾かしながら司祭はそう説明する。


「さ、次の質問です。」


司祭はその後も、私に覚えている限りのことを聞いてきた。特に、今身につけている汚れた服について、色々なことを聞かれた。

その汚れはどうしたのか。誰からもらったのか。違和感はないか。

汚れに関しては侵入した時のものだが、いつの間にか着ていた服についてはよく知らない。見た目も着心地も、特に違和感などない。

素直に答えていくと、途中途中で司祭の目が細まったが、特に何も言われることなく質問タイムは終わった。


「これくらいでいいでしょう。」


羽ペンを元の場所に戻し、司祭は私に向き直る。


「ではこれからよろしくお願いしますね、ラビ。」

「こ、ちらこそ、よろしくお願いします。」


これからよろしくお願いするのは私の方だ。慌てて挨拶と共に頭を下げる。


「マルレーネ。後の案内を頼めますか?それと、もしシスターに会ったら僕の部屋に来るように、と。」

「はい、司祭様。さ、行きましょう。」


マルレーネに促され、私たちは司祭の部屋を後にした。

部屋から少し離れ、最初に入ってきた場所に戻ったところで、マルレーネが声をかけてくる。


「ね?大丈夫だったでしょう?」


満面の笑みでそう言うマルレーネに、こくりと頷く。こうして見ると、なおのこと幼く見える。あどけない笑顔だからだろう。


「せっかくだから、まずは教会の案内からにしましょうか?」

「はい。」

「ここは見ての通り、正面入り口とホールよ。この中央の扉の先が礼拝堂。お祈りの時間には、みんなでここに来るのよ。町の人たちが来ることもあるわ。」


今いる場所は比較的広い空間になっており、確かにホールのようだ。入口から真っ直ぐに進んだ場所に装飾の施された両開きの扉があり、その先が礼拝堂というらしい。一般開放もされているようだ。


「あとは、そうね。さっき行ったところが司祭様の執務室になっているの。教会内で紹介するようなところは、これくらいかしら。」


次はこっち、と導かれるままについていけば、今度は廊下に出た。先ほど司祭の部屋に行く時は、正面入口から見て左側の扉の先にある廊下を歩いていった。今度の右側の扉の先にも同じように廊下が続いており、左右対称なのだということがわかる。廊下沿いの扉も、同じように等間隔で置かれている。

違うところと言えば、廊下の突き当たりに扉がある点だろうか。


「この先が食堂よ。ここは一応、孤児院の一部なの。」


突き当たりの扉を引いて開けると、その先は八畳くらいの部屋だった。真ん中には大きなテーブルと、十個近い椅子が設置されている。壁沿いには、食器棚だろうか。全面木製で中は確認できないが、同じような棚が点々と設置されていた。


「食事の時間になったら、司祭様も一緒に皆でここに来るの。ちゃんと呼びに行くから心配しないでね。右の扉は厨房に続いているのだけど、危ないから行ってはダメよ。」


と、その時だ。厨房だと言われた扉が開いた。

出てきたのは、ふわふわくせ毛のピンク髪の子供。


「やあ、レーネ。」


片手をあげて挨拶をする少年は、薄茶の瞳を親し気にゆるめる。次いでその視線は、マルレーネの足元にいる私に向けられる。


「うん?見慣れない顔だね?」

「新しい家族よ。ラビっていうの。」

「へえ、新入りさんかぁ。僕はミロ。よろしくね、ラビ。」


にこにこと挨拶をしてくれるミロに、こちらも「よろしくお願いします」と頭を下げる。

随分とやわらかな雰囲気の少年だ。


「ねえ、今厨房にシスターっている?」

「いるけど、何か用?」

「シスターに、司祭様の部屋に来るよう伝えてほしいの。多分ラビのことだと思うわ。」

「わかった。伝えておくよ。けど、今はシスター・エレナしかいないよ?」

「それで大丈夫よ。もしシスター・ミーシャを見かけたら、その時はお願いね。」

「わかった。じゃあね。」


最後にひらひらと手を振り、ミロは私たちの入ってきた扉から食堂を出ていった。

「行きましょうか」というマルレーネの言葉で、私たちも食堂を後にする。続いて案内されたのは、食堂の奥の扉を抜けた先。廊下沿いの部屋についてだ。


「この一番手前の部屋が女子部屋、一番奥が男子部屋よ。あなたは女子部屋だからこっちの案内だけするわ。」


そう説明しながらマルレーネが扉を開ける。

マルレーネの影から覗き込む形でその先を確認する。と、数人の子供が見えた。皆、動きを止めてこちらをじっと見ている。その他、窓際に黒を基調とした服を身に着けた女性がいた。


「皆!新しい家族を紹介するから、少し集まってくれる?」


マルレーネの声掛けを皮切りに、子供たちが動き出す。各々、「家族?」「新しい子?」などと口にしながら近付いてくる。

私は私で前に出てくるよう促され、その通りに動く。

集まった子供たちの年齢は大体同じくらいだろうか。身長も私と変わらない。

……つまりは、私もこのように見えている可能性が高いということだが。


「さぁ、自己紹介はできるかしら?」

「………ラビ、です。よろしくおねがいします。」


まだ少し違和感のある名前を口にし、頭を下げる。すると目の前まで集まってくれた子供たちも口々に自分の名前を口にする。


「あたしリニー!」

「モニカ。」

「わ、わたし、ベル…」


こうして見ると、とても可愛い。子供特有の拙い喋り方で、頑張って伝えてくれるこの感じ。癒される。


「ねえ、こっちに来ていっしょにあそぼう!」


リニーと名乗った元気な女の子は、薄水色の短いお下げを揺らしながら私の手を取る。今すぐに遊びたくて仕方ないといった様子は、人懐こい子犬を思わせる。


「リニー。まだ案内が残っているから、遊ぶのは後よ。」

「ええーっ!?」


ガガーン!という効果音が聞こえてくるくらいにショックな顔をするリニーは、しょんぼりとしながら手を離す。

そんなリニーに対し、マルレーネは若干苦笑する。しかしすぐに、窓際の女性に声をかけた。


「シスター、司祭様がお呼びです。執務室に来るようにと。」

「ええ、わかったわ。けれどその前に……初めまして、ラビ。私はこの教会のシスターであるミーシャよ。よろしくね。」

「よろしくおねがいします。」


シスター、ミーシャは優し気に微笑む。表情は優しいが、雰囲気は大人っぽい。


「では、あとはお願いできるかしら?」

「はい、シスター。任せて下さい。」


ミーシャは「よろしくね」と言い残し、部屋を出て行った。


「ラビ、こっちへ。」

「はい。」


その後、マルレーネから物の置き場所、ルールなどの説明を受けた。

着替えなど、個人の物は各々に与えられた木箱に収納すること。洗濯物は洗い場に持っていくこと。洗い場は後で案内してくれるそうだ。

寝る時は、皆でこの部屋で雑魚寝の形を取ること。起きたら各々、出来る範囲の片付けをすること。年長者は朝の準備が終わり次第、食事の準備を手伝いにいくこと。などなど。


「もうすぐお昼だから、皆帰ってくると思うわ。その時に改めてあなたの紹介を行いましょう。それまでに洗い場の案内でも──」

「レーネおねえちゃん!もうあそんでもいいでしょっ!?」


マルレーネの言葉を遮る形で、子供らしい大きな声が響く。思った通り、元気な女の子リニーだ。

待ちきれなくなったのか、気付けばすぐ後ろまで来ていた。


「あらい場ならあしたの朝でいいじゃない!あたし、あんないするし!ねー、いいでしょーっ?おねがいっ!」


懇願するように手を組むリニーは可愛らしい。そんなリニーに、マルレーネは苦笑して頷く。


「そうね。ラビも、説明ばかりでは疲れてしまうだろうし……いいわ。危ないことはしちゃダメよ?」

「やったー!ね、ね、はやくこっち!」


いいと言われるや否や、グイグイと手を引っ張るリニー。小柄な体躯に対し、意外と力が強い。いや、子供特有の加減のなさか。

部屋の中央まで引っ張られるままに移動すると、自然と他の子供たちも集まってきた。


「ちょうどもう一人ほしいね~って、はなしてたの!ラビがきてくれてよかった!」


にぱっ!と輝く笑顔を見せるリニー。彼女のちょこりと結ばれたふたつのお下げが、子犬のしっぽのようにパタパタと揺れる幻覚が見える。実際はそんなことないのだが。


「あのね、あのね。ラビは『がらあわせ』って、しってる?」

「がらあわせ…?うーん、ちょっとわかんないかな。」

「しらないの?じゃあおしえてあげるね!」


リニーは床に散らばった木の板をひとつ手に取り、私の目の前まで持ってきて見せてくる。


「この木のいたに、いろんな()()がかいてるんだけど、これをこうして、ぜーんぶうらにして……」


そう説明しながら、散らばった木の板を一つ一つひっくり返したり、満遍なく並べたりを始める。すると近くで座って待機していた子供二人も、同じように手伝い始める。木の板はあっという間に並べられた。


「で!おんなじ()()のいたが二まいあるんだけど、それをそろえれたら、もらっていいよ!ってあそびなの!」


なるほど。がらあわせ、漢字で書くと柄合わせか。神経衰弱のことだったらしい。トランプ代わりの木の板の枚数も多いわけでなく、かなり簡略化された子供向けのものではあるっぽいが、それでもルールとしては神経衰弱と変わらなさそうだ。

きちんと説明できたからだろうか。むふん、と誇らしげに胸を張るリニーを微笑ましく思いながら、感謝を述べる。


「ありがと。すごくわかりやすかった。」

「へへっ、そーお?じゃあさっそくやろ!じゅんばんは〜……ラビからいいよ!ね、いいよね?」


リニーが残りの二人に確認を取ると、二人揃って頷く。


「いいよ。」

「うんっ…わたしも、いいよ。」

「じゃあ、ラビからね!」


純新無垢なキラキラ笑顔から察するに、善意で一番最初にしてくれているのだろうが、神経衰弱は最初の人が一番不利だ。しかしそこは大人として手加減しなければならない。この子達に笑顔を届けるのだ。


そんな風にして、新しい家族と共に遊ぶ子供たちを微笑ましく見つめるのはマルレーネ。

女子はラビが増えたことにより、合計五人となった。これで子供の数は計八人。

家族が増えるのは嬉しい。賑やかなのは好きだ。しかし、この先補助金で賄えなくなるほど孤児が増えたらどうしよう、とも思う。それに場所だって、今の子供たちが大きくなれば窮屈になるだろう。

今だって、なるべく節約しようと、食料はなるべく森に取りにいっている状況だ。今日も年長者の男子二人が森に入っている。

補助金は決して多くない。前に、司祭様たちの話を聞いてしまったことがある。この孤児院はマシな方だが、余裕があるわけでもないと。

余計なことをしてしまったのかも……と。ふと損な考えが過ぎるが、すぐに頭を振って掻き消す。

あそこで見捨てていたら、きっと神のみもとには行けなくなってしまう。我らの神は、いつだって我らを、我らの行いを見ているのだから。


マルレーネは子供たちを見守りながらも、無意識に手を組み、祈りを捧げるポーズを取っていた。

対してゲームで盛り上がる子供たちは、そんなことには一切気付かないのだった。

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