10.ラビとエドゥアル
「夜光キノコ?」
「うん。エドなら知ってるかなって。」
某日、昼過ぎ孤児院裏庭。
昼食後、私たちは裏庭でソルの実を乾燥させる作業をしていた。
その合間に、作業監督をしていたエドゥアルに例のキノコのことを聞いてみたのである。
「そりゃ、大体どこの森でもそこら中に生えてっからな。知らねぇわけがねぇよ。」
「そ、そうなんだ。」
さすが[N]。雑草感覚で生えているらしい。
少し悲しくなりながらも、その続きを促す。
「夜になると光るんだよね?」
「おお、そうだな。食っても触っても死なねぇ…けど、下手に触んねぇ方がいいぞ。結構しっかり洗わねぇと、夜になったら自分の手まで光る羽目になるぞ。」
「それは、いやかも…」
蛍光塗料みたいなものだろうか。光るパジャマ的な。
「あと、ちゃんと処理しねぇでただフツーに煮たり焼いたりして食ったら腹の中が光る。」
「えっ」
ガチャのアイテム説明では「口内が光る」としか書いてなかったのに!?(6話参照)
「胃酸か何かと反応してめちゃくちゃ光る。」
「しかもめちゃくちゃ光るんだ…」
「普段はうっすら光るくらいだけどな。森の中で急に明かりが必要になったら夜光キノコの上でゲロ吐くといいぜ。」
「むり。」
何を言い出すんだこの子は。自分が今とんでもないことを口走っていることに気付いているのだろうか。
軽く人間としての尊厳を捨てろと言っているも同然……。ちなみに過言では無い。多分。
「ゲロくらい別に減るもんじゃねぇだろ。」
「へるよ!主に人としてのそんげんが!!」
「あぁー?面倒くせぇなぁ。死ぬよかいいだろ。」
「そりゃそ………へ?しぬ?」
「暗闇の中で魔物と対峙してみろ。夜目が効くタイプの獣人か、それ系のスキル持ちじゃなきゃ大抵は死ぬだろ。気配やら音だけで敵の姿を捉えられるような、バケモンじみた奴ならまだしもな。」
前々から思ってたけど、こいつ綺麗な顔して口悪いな……。と、そんなことより恐ろしいことを聞いてしまった。
魔物、というのは例のアイテムで認識していたけど……改めて聞くと未知の生物すぎて怖い。
「まものって、うらの森にもいるの?」
「そりゃな。魔物が居ないとこのが珍しいんじゃね?」
「ひぇ…」
「ま、そこの森はある程度まで結界が張ってあるからそんなビビんなくていいぞ。」
「び、ビビってないし!…けっかい?」
またまた新たな情報だ。そんなの聞いてない。
「魔物避けの結界だ。ただの動物には効果ねぇから、狼やら熊やらは出るけどな。神父様の聖力で維持してるらしいぜ。」
「しんぷさま、すごっ」
あと普通に猛獣は出てくるの怖っ!!
猛獣も防いでくれるような強力な電気柵みたいなものがあればいいのに。
「そういうわけだから、勝手に出歩くんじゃねぇぞ。」
「も、もうしませんですわよ…」
「んだそのヘンチクリンな喋りは。…で、夜光キノコだったけか。」
「あ、そうそう。」
話がズレてしまっていたが、エドゥアルから修正してくれて助かった。危うく忘れかけていた。
「たべたらおいしい?」
「え?あぁ〜…フツー、じゃねぇ?」
「何、そのびみょうな反のう。」
「ホントにフツーなんだって。不味くはねぇし、かと言ってめちゃくちゃ美味いかと言われりゃそんなこともねぇし。」
「ふぅん。あ、じゃあさっき言ってた『しょり』って何するの?」
「……教えてもいいけどよぉ。とりあえず作業終わらせてからな。」
「あっ…そ、そうだね。ごめん、中だんさせちゃって!」
ついつい気になって矢継ぎ早に質問を投げてしまった。詳しそうな人にちょこーっと聞こうとしただけなのに、思ったより奥が深いキノコだった。
揃って作業を再開し、ソルの実を全て並べ終えるまで黙々と手を動かすこと体感十数分。
「おわった〜〜〜」
「もうちょいかかると思ったけど、そこそこ早く終わったな。お疲れおチビ。」
一言も二言も余計な男子である。
ニヤニヤとして揶揄う気満々なのがさらに苛立ちを加速させる。
ちくしょう。一回くらいレーネに泣かられて怒られて、神父に静かな圧掛けられながら怒られればいいんだ。経験者から言わせてみればアレは中々キツイぞ。
むすくれた顔で、横目でエドゥアルを睨みつける。見上げる形になるのは癪なので、視線だけ上にして、だ。
「ブハッ、んだその顔!バカ面白れぇなぁ!」
腹を抱え、ダッハッハ!と上品さの欠片も無い豪快な笑い声を響かすエドゥアル。対してさらに不機嫌さを増す私。
「しつれいだな、こぞうのくせに!!」
「こぞう?ああ、俺が小僧だって?プッ、ウククククッ…チビのくせに!何言ってんだかなぁ!」
「グギギギギギ……」
なんっっって腹立たしい生意気なクソガキなの!?コイツ何歳だっけ!?一応最年長じゃなかったっけ!?
レーネの方が余程最年長らしいよ!!男はある一定の年齢になるまで女より精神年齢が五歳低いなんて聞いたことがないでもないけど………それにしてもだよ!!
今は私の方が幼いのは事実だけど、事実だけど!!
内心ムッキー!と、こちらもまた大人気ない感情を繰り広げながらもギリギリ口には出さない。
口に出してしまえば、さらに揶揄われること間違いなしだ。元々私の煽り耐性は低いのに、これ以上煽られたら最悪の場合拳を握り締めることになる。
このご時世なので、出来れば鉄拳制裁は避けたいところだ。
「…………キノコ…………」
「あん?」
「キノコ!!夜光キノコのしょり、おしえてくれるって言ったでしょ!!」
「んぇ?あ、ああ」
「ほら早く!!時間はゆうげんなんだからね!?」
時は金なり。思い立ったが吉日。善は急げ。
これ以上の発言は許さん勢いでエドゥアルの腕をグイグイと引っ張る。さながら綱引きの如く、だ。
全体重をかけてこの無礼なクソガキを引っ張る。
「ちょ、おい引っ張るな、転ぶぞ──お前が!」
「ンギャッ!!!!!」
「言わんこっちゃない……」
しかし筋力もなければ、全体重をかけた所でエドゥアルよりも圧倒的に軽く、お前に体感もない私はすぐにすっ転んでしまった。しかも、女性らしさもクソもない奇声のオマケ付きだ。
これが成人女性の出す声だろうか。恥ずかしい。
ああ、今は子供だったっけ…ってそんなことは関係ないのである。意識の問題である。
「おいおい、自滅すんなよ。ほら、立てるか?怪我してねぇか?」
「ぐぅ…わたしとしたことが…一生のふかく…」
「はぁ?何言ってんだお前。ほれ、とりあえず立て。」
エドゥアルによってヒョイと軽く持ち上げられると、宙ぶらりんの姿勢から地面に着地させられる。
それから軽く私の状態を確認したエドゥアルは「怪我はねぇな」とだけ言った。
「チビなんだから、無茶すんなって。」
「う…」
自滅した手前、言い返す言葉が見つからない。とりあえず言いたいことは恥ずかしいの五文字に尽きる。
俯く私に、エドゥアルは小さく溜息を吐く。 次いで自身も立ち上がると、軽い力で一度私の肩を叩いた。撫でたつもりかもしれない。
「夜光キノコの処理について知りてぇんだろ?まず森に行かなきゃなんねぇから、神父様に外出許可もらいにいくぞ。」
「!…うん!」
前言、少しだけ撤回。
ただの無礼千万なクソガキではなく、失礼極まりないけど根はいいクソガキだ。何だかんだと世話も焼いてくれるし、ちゃんと年上らしいところもあるにはある。
煽られたからとボロクソ言ってごめん、と心の中で軽く手を合わせておく。
エドゥアルと連れ立ってルンルンで神父の部屋、執務室へ向かう。
エドゥアルが扉をノックして名乗ると、中からは覇気のない「どうぞ〜…」という声が聞こえた。
「失礼します。」
「しつれいします。」
揃って入室の挨拶をし、エドゥアルに続いて中に入る。と、同時に神父は「おや…どうしましたか?」と言いながら立ち上がった。
───積み上げられた紙束の山の中から、だ。
ギョッとしてその様子を凝視している間にも、エドゥアルの外出許可申請は進んでいく。
「森に行きたいので外出許可ください。」
「ああ、はい…。外出するメンバーは誰ですか?」
「俺とラビです。」
「わかりました…いいですよ。あなたが居るなら問題ないでしょう……気を付けて行くのですよ。」
「はい。そんじゃ、失礼しました。」
「えっあ、し、しつれいしました!」
終始覇気のない神父。それが見えてないかのように淡々と話を進めるエドゥアル。神父や部屋の様子に困惑しっぱなしの私。
カオスな空間は、物の数十秒足らずでエドゥアルの退室により強制終了となった。
「よっし、行くか。」
「……な、何か、しんぷさま、いつもとちがったけど……」
「別にいつもと変わんねぇだろ。」
「それはない。」
神父は今にも倒れそうなくらいフラフラしていて、きっと今この施設の中で疲労困憊という四文字が誰よりも似合う人間だ。顔色も悪かった気がする。三徹目みたいな顔をしていた。
あの積み上がった紙の山もそうだし……。
少なくとも私が今まで見てきた神父と執務室ではなかった。私の知る「いつも」とは、余裕そうに微笑む神父とそれなりに整頓された執務室だ。あんな限界生活感溢れる雰囲気ではなかった。
「あぁ〜?……あぁ、そっか。お前は初めて見んのか。ま、アレは定期的になるから気にすんな。」
「ていきてきに、って……しんぷのしごとって、そんなに大へんなの?」
そりゃここの管理者でいわば一番上の人だろうからそれなりに仕事はあるだろうけど、見たことない量の紙に囲まれて、声を掛けたら床から起き上がってくるような仕事量は無いと思っていた。
諸々の管理と報告、あとお祈りくらいのものだとばかり…。
エドゥアルは聞かれたことにすぐには答えず、少し考えてから返答した。
「俺も何かよくわかんねぇけど、すげぇいっぱい仕事が回ってくんだとよ。ああやって定期的に纏めて送られてくるから、書類が届いて数日はずっとあんなんだ。」
「へ、へぇ……」
率直な感想。管理者、増やした方がいいと思う。絶対。
もしくは書類仕事出来る人間を増やした方がいいと思う。
締切いつまでか知らないけど、あの量を一人で捌いてたら体も脳味噌もいくつあっても足りないよ。
三徹目みたいな顔してるってさっき言ったけど、本当に言葉の通り三徹目なのかもしれない。
「シスターは手つだわないの?書るい。」
「さぁ?知らねぇ。」
興味無さすぎだろ。いや、子供なんてそんなもんか。
家で親が書類書いたりしてても、何かやってんな邪魔しないでおくかくらいの感想だもんね。
小難しいことはわからないし、別に自分には関係ない…と思ってるし。実際は関係あることでも。
「んなこと、どーだっていいだろ?もう昼過ぎてるし、早く行かねぇと日が落ちる。」
「あっ、そうじゃん!はやく行こ!」
「はぁ?ったく、これだからチビは……」
ラビの切り替えの早さに、エドゥアルはため息をつく。子供ってのはどうしてこう、切り替えが早いのだろう。自分がうだうだとしてたせいなのに……。
そう思いながらも、服の腕部分を引っ張って外に行こうとするラビに合わせて廊下を進む。下手に立ち止まるとコイツ一人で走って行ってしまうかもしれない。何せ前科がある。
ぴょんぴょんと跳ねるように早足で進むラビだが、足の長さ的にこちらは少し大股で歩くだけで歩調が合う。
リニーはまんま子犬みてぇだけど、こいつはウサギみてぇな奴だな。
……そういや、髪の色もウサギの目に似てる、か?いや、髪色が似ててもな。
つーか、あんま見ねぇ色してるよな。コイツ。髪色といい───
「ちょっと!もっと早くあるいてよ!」
歩く速度はそのままで、むっとした顔でラビが振り向く。
「しっかり歩いてんだろ〜?お前の足が遅いだけだっての。」
───目の色といい。
パッと見は灰色に見える。けど、ちゃんと見ると青っぽい。言っちまえば変な色。
あと髪。薄い赤とピンクの間みてぇな色してる。色の薄い、赤いツツジの花弁みたいな色。
こんな鮮やかな赤系統の色を持つ種族、いたっけな。
魔力は低いくらいだから、多分人間の血が濃い。どっかで混ざり者が親だったか、遠い先祖の血が今になって出てきたか。
エドゥアルは魔力や自然の流れを読むことに長けている。彼にはエルフの血が流れているからだ。
エルフと人間の間に生まれたハーフエルフ。彼もまた混ざり者なのである。
他種族への差別や迫害はないものの、種族としての純血が尊ばれるこの世界では混ざり者……所謂ハーフと呼ばれる者は好奇の目に晒されることが多い。
孤児の上に混ざり者。町に出ると、そういう視線に刺されることなんて珍しくない。
平凡であればある程生きやすい。特に見た目なんてその代表だ。
そんな状況の中で、目立つ容姿のラビがこの孤児院に来た。
自分が感じた通り魔力が平凡ならば、髪染めをすれば多少は生きやすいかもしれない。けど。
……それ本人に言うの、すっげぇ嫌だな。
言いたくねぇし、俺だったら言われたくねぇし。
けどそういう道もある的なことを……いやでもな………………あ〜、もういいか。面倒くさくなってきた。
こういう難しいことは大人の仕事だよな。
ウチの新人がなるべく傷付きませんように、と。
初めて町に出た時に心無い言葉を浴びせられ、少なからず落ち込んだ先輩であるエドゥアルは、密かに我らの女神テルスに祈るのだった。