1.ふと気づいたら夢の中?
昨日の深夜テンションのままに書きました。
ふと気がつくと、目の前には少し薄汚れた教会のような建物があった。
周囲にはそれ以外に道と木しかなく、人の通りもない。今すぐの状況把握が困難と判断するや否や、ぶわりと嫌な汗が吹き出す。置かれている状況が不気味すぎる。
私は今、妙にでかくて圧迫感のある教会らしき建物の門の前に突っ立っていて、しかも辺りに人気がないのである。まさにホラーゲームの序盤ではないか。唯一救いなのは、太陽が真上に位置していることである。
しかし、待て。少し冷静になって考えてみよう。こんなの、普通に考えたら夢ではなかろうか。たまにある、自分の好きに動けるタイプの妙にリアルな夢。まさにそれだろう。きっとそうだ。そうでなければ困る。
「──あ、あ〜………」
試しに声を出してみるが、その声に意識が引っ張られて夢から冷めることはなかった。普段ならば、現実の体が発する声につられて目覚めるのに。喉の震える感じはするし、きっと寝言でも今の音を発していたはずなのだが。それほどまでに眠りが深いのだろうか。
………夢を見ているのに?
主に夢を見るとされるレム睡眠は眠りが浅いらしい。が、こんなにリアルな夢となるとそれも例外となるのか。
そんなことを考えていると、風が吹く。肌が空気に撫でられる感触も、なびく髪が頬や首をくすぐる感覚も、すべてが現実としか思えないほどのクオリティだ。我ながら、自分の想像力に感服する。
ここは、どういう場所なんだろう。
少しずつ動揺が落ち着いていく中で、ふとそんなことを思った。
ここがどこなのかについては重要ではない。どうせ、きっと、夢なのだから。しかし、この目の前にそびえ立つ妙にでかい建物に関しては、少しばかり気になるところである。
門や門塀、奥に見える玄関らしき扉まで、すべての寸法がまるで巨人用に設計されたような大きさなのだ。唯一、夢っぽい風景といえる。目視で確認できる質感などはリアリティ溢れるものでも、寸法に現実味がまるでない。逆に心が落ち着くまである。
入って確認してみたいところだが、目の前の門は鉄格子のようになっていて、その隙間はギリギリ通れそうで通れないくらいの幅だった。体はどうにかなりそうだが、きっと頭でアウトだろう。引っかかる未来しか見えない。
ならば他に入れそうな場所は…と、周囲を見渡す。門の左右には、建物をぐるりと囲うようにして門塀が建っている。
一見入り込めそうな場所はないように見えるが、門壁に沿って歩いていると……見つけた。ちょうど一人分通り抜けれそうな穴が、壁の根本、かなり見えにくい場所に開いていた。位置はおそらく正面玄関だろうな、という場所の真裏。
絶対に土まみれになるだろうが、この際仕方ない。ちょっと見物している間に目も覚めるだろう。
よいしょと声をあげながら穴を通り抜けるために、ほふく前進の体勢をとる。そうして案の定土まみれになりながらも、何とか侵入に成功した。
「ふぅー…」
パンパンと土汚れをはたきながら、気づく。真っ白なワンピースを着ていたようだ。随分と汚れが目立ってしまった。
まぁいいかと思いながら、今度は自分の髪を一房つまんでじっと見る。ほふく前進の時から思っていたが、今の自分は赤髪…というにはかなりくすんだ色ではあるが、赤系統の髪色であることは確かだ。苺色をもうひと段階暗くしたような、くすんだ暗い赤っぽいピンクとでもいえばいいのだろうか。とにかく、自分には馴染みなさすぎる色をしていた。
もしかして、本当はこういう髪色にしてみたいのだろうか。夢は深層心理の現れとも言うし…。
そんな風に自分の気持ちを考えている時だった。
突然、ガタガタッという音がして、すぐに女性の声が飛んでくる。
「ちょっとあなた!一体そこで何をしているの?」
あまりにも突然の物音に続いての人間の声に、かなり大げさにビクッ!!と体ごと震わせる。
何だ、何事だと頭ごと声のした方を向くと、見慣れない格好をした外人風の女性が建物の一階、少し大きい窓からこちらを見ていた。
何も言えず、また動けずにいると、女性は間髪入れずに「そこ動かないで、待ってて」と言い放ち、窓から姿を消した。
姿が消えて数秒もしない内に、女性は今度は正面玄関らしき方向からパタパタと小走りにやってきた。
「ハァ…フゥ…。あなた、どこから入ってきたの?」
かなり急いできたからなのか、体力がないのか、憶測にはなるがこの単距離で息切れを起こしている女性は、軽く息を整えると改めて質問してきた。
そこの穴から入ってきました、などと素直に答えれば不法侵入者決定である。即座に通報案件である。この女性に対してであれば逃げられるかもしれないが、土地勘もない中で、しかも顔まで見られているとなれば絶望的───と、そこで思い出す。そうだ、これは夢だったじゃないか。
そう思い直し、半分後ろを振り返った状態で入ってきた穴を指さす。すると女性は最初は怪訝な顔をしていたが、近づいて見たところで穴を視認できたらしく「まぁ!こんなところに…」と口元を両手で抑える。
それにしてもこの女性、随分と背が高い。高いで終わらせていいのかわからないくらい高い。大きいのは目測二メートルは超えるであろう背だけではない。横幅も…と言ったらかなり失礼になってしまうが、縦にも横にも大きいのだ。通常サイズの女性をアスペクト比はそのままに、サイズだけ大きくしたような違和感。そう、これまで見てきた門や建物に対する違和感と同じもの。つまりは、この建造物たちはこの女性サイズで建設されているということで。つまり自分は今、巨人の世界に迷い込んだ夢を見ている…?
「まさかこんなところに穴が開いているだなんて…。今度修理しなきゃ。」
そう呟いた女性は、しゃがんで私と目線を合わせながら「教えてくれてありがとう」と笑む。
何だろう。この動作への既視感は。…そうだ。小さな子に対し、威圧感を与えないようにするときのそれだ。
巨人には、私くらいの身長だと子供に見えているのだろうか。しかし、顔つきはどう見ても大人だと思うのだが。体が小さいと、それも気にならなくなってしまうのか。
「あなた、お名前は?」
名前。聞かれて答えようとして、…何も声が出なかった。喉に異常があるとか、そういうことではない。
わからなかったのだ。自分の名前が。
するりと出てきそうで、出てこなくて。何か言おうとする度に、何も言えることがなくてつっかえる。
その様子を見てどう判断したのかわからないが、女性は次の質問へと移る。
「どうしてこんなところにいたの?」
「…気が付いたら、ここに。」
「よかった。話せるみたいね。」
そういえば出会った時から驚いてばかりで、一言も話してなかったなと気づく。話せないと疑われても仕方ない。
「ご両親…お父さんや、お母さんは?」
「います。」
「今はどこ?」
「…家じゃないですかね?」
きっと実家の両親も寝ていることだろう。私が今、昼間で寝過ごして夢を見ている途中でなければ、だが。
「家?」
女性はまた怪訝な顔をする。
「ここには一人で来たの?」
「え、あ~…多分?本当に、気がついたらここにいて…。」
嘘は言っていない。スタート地点は敷地内ではなかったが。
女性は怪訝な表情を深め、また質問を重ねる。
「もう一度聞くのだけれど、あなたの名前は?」
「………わからないです。」
そう答えると、怪訝だった女性の表情が段々と痛ましいものを見るかのような、哀れみを含んだものに変化していく。
「…家の場所はわかる?」
「家の場所、は…。…あれ?」
わからない。自分が一人暮らししていた場所も、実家の場所も。どんな部屋に住んでいたかと、実家の周りがそこそこ自然豊かな場所だったことくらいしか思い出せない。
「……じゃあ、お父さんや、お母さんのことは思い出せる…?もしくは、兄弟なんかの家族とか、おばあちゃん、おじいちゃん、親戚の人とか…なんでもいいのだけど…。」
「え、っと………。」
両親の、顔。白いもやがかかって思い出せない。優しく声をかけてくれることは思い出せるけど。
兄弟姉妹なんていたっけな。いたかどうかもわからないってことは、多分いない?
祖父母、親戚、友達、会社の人…。そのすべてが思い出せない。どんな顔をしていたのか、どんな人だったのか。どんな会話をして、どんな人間関係だったのか。
ここまで思い出せないとなると、いっそ清々しいまである。
「…わからないの?」
思い出せることが少なすぎて答えあぐねていると、女性の方からそう声をかけてきた。
その通りだったため、こくりと頷くと、女性は一層哀れみの表情を深た。
「なんてこと…こんなに幼いのに………いえ、まさか記憶封印の魔法を…?けれどあれは高位魔法で…術式使用だとしてもかなり高額なはず……。」
ひとりでぶつぶつと言いながら考え込んでしまう女性を眺めながら、全然覚めないなと考える。
いっそのこと、そこの塀にでも思い切り体当たりしてみようか。そうすれば衝撃で目が覚めるかも。痛みもないだろうし…と、体当たりの準備を始める。
「そういえば着ているものも随分と上等な…汚れてはいるけど、こんなに真っ白な布は初めて…、………。」
よし、肩からいこう。さすがに顔面からは躊躇してしまうだとうし、ここは思いっきりいけるように肩から体当たりを…。
と、助走を始めようとしたところで、そっと肩に手を置かれる。
「………大丈夫よ。あなたがどんな事情であれ、神はあなたを見捨てるようなことは許さないわ。」
「…はい?」
一体何の話をしているのだろう。
「ようこそ、私たちの家へ。神の僕の一人として、ここに導かれたあなたを歓迎するわ。」
慈愛に満ち溢れた笑顔で、彼女は肩に置いた両手を下ろし、そのまま私の手をそっと握る。
一体何がどうなってそうなったのか。よくわからないが、どうやら通報はされずに済みそうである。
*
「ここはテレス教が運営する教会のひとつで、孤児院が併設されているの。」
教会だと紹介された建物の中を歩きながら、女性──つい先ほどマルレーネと名乗ったその人は教会に関しての各説明を続ける。
「ここには大人が三人、子供たちが七人暮らしていて、大人は司祭様とシスターが二人。子供たちは色々な理由でここにいるの。私もその一人。」
何と、まさかの子供だった。かなり大人っぽいもんだから少し年下くらいだと思っていた。
よく見れば、確かに幼さが残る顔をしている。
「あなたくらいの歳の子もいるから安心してね。」
そう優しく声をかけながら笑顔を向けてくれるが、一体この子には私が何歳に見えているんだろう。これでも社会の辛酸を多少舐めてきた身なのだけれど。
「そういえば、あなたはいくつ……か、覚えてる?見たところ………あ、ここよ。」
マルレーネが言いかけたまま足を止める。右を向き、思い切り首を上げると、これまた大きな扉があることに気が付いた。古い木製の物に見える。
「今から司祭様にあなたのことを紹介するわ。あなたはただ、落ち着いて私の隣にいれば大丈夫。」
そう言うとすぐにドアをノックしたマルレーネが「司祭様、マルレーネです。入ってもよろしいですか?」と声をかけると、「どうぞ」という男性の声が帰ってくる。
「失礼します」の言葉の後に中へ入ろうとするマルレーネに半ば引っ張られる形で、私もまた部屋の中に通された。
部屋の中の物も、全てが巨人用だった。机、椅子、本棚。それから奥に立つ男の人まで全てが。
「………その子は?」
二十代後半くらいだろうか。肩上くらいまでの深緑色の髪を前髪だけオールバックにし、他は下ろしたままという髪形をしている。聖職者と言えばもっとピッチリしているイメージが勝手にあるからだろう。あまりそれらしい感じはしない。黒を基調とした服に、飾り部分が大きい銀のネックレスを首に掛けているところは、らしいと言えばらしい。
「教会の外にいたんです。けど、どうやら記憶が抜けているみたいで……自分の名前も、ご両親のことも思い出せないそうです。」
「ふむ、そうでしたか。」
「お願いします。この子もここに置いていただけませんか?」
マルレーネは祈るように手を組み、司祭様とやらにそう頼む。しかしそこまでしてくれるマルレーネには申し訳ないが、別に記憶が曖昧なだけで捨てられたわけでも、帰る場所がないわけでもない。
「ふむ…」
司祭は目を細め、私を見る。その視線に嫌な感じはしないが、何となく緊張する。見定められているみたいだ。まるで面接のようで、思わず背筋が伸びる。
「君は、どうしたいですか?」
表情をゆるめ、司祭は問う。
どうと問われても……どう答えるのが正解なのだろう。起きたら仕事だと考えると目覚めたくない気もするし、かと言って家に帰れないのは困る。
どう答えるべきか考えて何も答えない私に、司祭は続ける。
「もし家の場所を思い出せそうなら、帰れるように協力しましょう。しかし帰りたくないと言うのであれば、この場に残るのも手です。かと言ってこの孤児院で暮らすのは嫌だということであれば、町に降りて住み込みで働ける場所を探すのも手でしょう。その日暮らし、というのは君くらいの年齢だと少し難しいかもしれませんね。見たところ、五歳か六歳くらいでしょうから。」
ぺらぺらと案を出してくる司祭に、色々あるんだなと感心していたところで、最後の言葉に衝撃を受ける。
歳が二桁にも満たない、そんな幼子見えているのか、私は。何だろう。やはり仕事に行きたくない気持ちが、せめて夢の中だけでも仕事とは無縁の存在になりたいという願望になって現れているのだろうか。
「どうです?」
そう声をかけられて、ハッとする。そう言えば答えを待たれている状態だった。
「わたしは……」
…まぁ、どう転んでも夢だし。
それなら、そんなに深く考えなくてもいっか。
今の私が、こんな着の身着のままで放り出されれば、到底一人では生きていけない幼女だというのなら。頼れる大人のお世話になるのが最善策というもの。
「……ここに、残りたいです。」
ここに忍び込んだのも、建物内が気になって見物しようとしたからだ。せっかくならば、気のすむまで…いや。
せめて目が覚めるまでの間、お世話になるとしよう。