012 鋼鉄の遺伝子の子供たち その1
どこまでも生い茂る麦の草原。一本だけある道を往くのは軽戦車だ。目立つ起伏がほとんどない地盤では距離感が失われ、過ぎゆく時間さえもおぼろげだ。
この旅は、いつからはじまったのだろう。いつまで続くのだろう。太陽が登って沈むだけの、変化のない単調な毎日が進んだ道の彼方へ霞んでいく。
「ねぇピコ」
軽戦車が訊いた。
「なんだガオ」
少女が答えた。
「この子たち、どうするのさ」
「いい質問だ。ぼくもそれを考えていたところだ」
「いつから?」
「生まれるずっと前から」
「全然考えてなかったんだな」
「ガオは、人の心が読めるのか?」
問題にしてるのは、“鋼鉄の遺伝子”が作った子供ふうの人形たち。言葉を理解し、感情らしきものがあるから、人形とは違うのだが、適宜な名詞がみあたらない。件の人形(仮)は、いま、仲良く並んでガオを押してる。
メリーゴーランドの国の下層で、丸太のようなレバーを交代しながら、回す苦行を課されていた。80人いたという仲間は倒れ、ピコバールが発見したとき、動いていたのは2人だけだった。
責務から解放された彼らは、どこへなりと自由に過ごしてよかったのに、ピコバールたちについてきた。いまはガオの後ろをずっと押してる。なにかを押してないと落ち着かないとのこと。長きにわたった習慣は、すぐに抜けないようだ。
「それで、答えはでた?」
「ぼくを誰だと思ってる。結論なんかでてたまるか。ばかだなガオは」
「くんぬぅ!! いつもながら、うち殺したくなる野郎だな!」
「野郎じゃない。れっきとしたレディであるぞ。ひかえおろう頭が高い」
ガオのダンプがせり上がり、収納された20㎜連射砲が、展開した。
「ウィンドカッター からのぉ……」
ピコバールは、団扇をあおぐ気軽さで風魔法を発動、ガオからの距離はほんの3メートルだが、それで十分。自分自身を飛ばしながら続けて、別の魔法を唱えた。
「……ウォーターボール っと」
ガオとの間に、さほど大きくない水の球を生成する。直後発射された20㎜のエネルギー弾は、水の光屈折作用で反射、鋼鉄にさえ穴をあける強烈な弾は斜めに逸れていった。
人形たちが目を剥いた。
押してた軽戦車が予告なく自律走行し、戦闘態勢で味方を攻撃。直撃が免れないはずの、近接エネルギー弾はあっけなくはじかれた。この間、わずか5.1秒。
「――へ!」
「――な?」
なにが起こったか、いまだ理解していない2人の後方に着弾する。
ちゅどーん!
「ピコバールの背後の麦の草原が直線に焼かれる、2つの子供の影はシルエットにした。見通しの良い裂け目が新たに生まれた。麦が延びるまで道であり続けるだろう。終劇」
ピコバールが、どこからか紙芝居をとり出して、裏書きされた文を読み上げた。絵は、麦の無くなった道だった。ガオが怒鳴った。
「なんの解説だ!」
紙芝居をしまったピコバールは、ガオのディスプレイに 指をビシッと突きつけた。
「無駄遣いするなガオ・ラオン。微光式ソーラーで充電してるあるからって、ゲガロンマイトは有限なんだぞ」
「知るか。オレの怒りボルテージを刺激するからだ」
「怒りっぽくなったなぁ。胃が荒れるぞ。胃薬飲むか」
「誰のせいだよ誰の!」
ヒマを持て余し過ぎた時におこる、ピコバールとガオの慣行事例。
今日の舞台が幕を閉じた。
騒ぎが静まった。あっけにとられた人形二人が再起動する。ピコバールをみつめる。
「質問があるのですが、いいですか」
「質問? 興味あるのかな? ぼくの冴えたギャグに」
ピコバールは男の子に、笑顔で了承。自慢のギャグだ。ひけらかすつもりはないが、乞われれば、教えることはやぶさかではない。
「ギャグだったんですか?」
「ぐぉッ!」
予想しない斜め下からの攻撃が、ピコバールの心臓へ突き刺さった。
女の子も追撃に加わる。
「どのへんがですか?」
「うあぉッ! ……ぉ」
ピコバールは胸を押えると、芝居っけたっぷりに倒れこんだ。火気のくすぶる道の上へ
「……ぐぉわっちゃい!!」
火の気は、狙ったように背中に引火、たまらずピコバールが叫びあがった。火を消そうと走った風が火力を底上げする。それから逃げようと走る速度をあげて、さらに火力が増大し……そのうちに倒れて動かなくなってしまった。
ヘルメットドレス少女の火焔地獄を人形ふたりがじっと見つめる。
「燃え尽きちゃった」
「そうだね」
軽戦車は左右のクローラをまわして、ふたりに正対するが、ディスプレイでは、頭を抱えた少年がため息を漏らしていた。
「真っ白になったピコに代わって答えてやるよ。なにを聞きたいのさ」
「ありがとうございますガオさん。さきほどの、ピコバールさんの魔法についてです。ウィンドカッターは斬る魔法なのに、推進に使うのっておかしくないですか」
「ウォーターボールもです。コップ一杯の飲み水を出す初級魔法なのに、防御に使うなんておかしいです」
質問がシンクロする。胸の前で両手をグーにした仕草が可愛い。肌質を無視すれば、人間といって通用する。ガオは答えた。
「ピコって、魔法はどれもバカな初級だけど、魔力だけはバカみたく無尽蔵なんだ。無限に連射して、バカみたいなマネをしてる」
「バカなんですか」
「バカなんだ……ん? ……ぉわっ」
3人の輪の中に、何かがのっそし侵入してきた。その顔には目も鼻もなく、ただ一言「バカ」と書いてある。
「うぇ?」「ほわ?」
人形ふたりも驚いて、胴体を中心に、下半身が180度回転させると、脚だけは外向きで、ぴゅーんと逃走した。ガオもダンプを跳ね上げた。載せたリュックは投石機の石のごとく遠方に飛んでいってしまった。
侵入者は、不満でございますという態度で一礼。顔に書いた「バカ」の文字を消す。
「バカバカって、人を刃の権化みないに言う」
燃え尽きたのは藁人形。いつのまにか入れ替わったらしい。
「おどかすなっ! ん? 刃の権化て?」
腹を立てても。どれほど驚いでも。どうせ下らないオチと分かっていても。ガオは訊かずにいられない。
「刃化」
思っていたより数段下の、しょうもない答えだった。
「やっぱバカ」




