011 動く国 3日目
地下への入り口は、中央広場のそばだった。
楽しい散歩から帰ってきたガオに、事態を告げたピコバールは、深夜、術師の手引きで中にはいった。
メリーゴーランド国を回転される音が、がたんがたんと騒がしい。叫ばないとひとり言も聞こえない。
「あーーあーー。狭いな!」
立つのがやっとの高さ。左右の壁は金属で、両肩が触れる。身をよじっても大人が通るのは不可能だ。邪魔になるからヘルメットはかぶってない。
「これは迷う。迷路ってわけじゃないけど辻通路だらけ。あちこちあるドアを開ければ、せまくるしい部屋に機械がびっしり」
目印になるものがまるで無い。五分しか経ってないが、入った通路の見分けがつかない。転々とある照明が明るいことは救いだが、均一さが気持ち悪く、めまいをおこしそうだ。
「そのためにこれ」
薄色ピンクのリボンテープを持ってきた。通路を曲がるたび、千切って結びつける。目印はこれで万全だ。背後を確かめるため、ふり返った。
最後に折れた辻に、リボンがみえるはずだったが、無かった。
「あれれぇ。リボンがないぞー?」
落ちたのだろうか。なら、辻の影でみえないだけで、床に落ちてるな。確かめるため戻ってみたが。落ちてない。辻から顔をだして、来た道もたしかめる。道なりにリボンがあるはずだったが、ひとつも目にないらなかった。
「……うそだろ」
異物が消滅する仕掛けか。それとも、帰ってこないという子供のいたずらか。
どちらにしても、ヤバい。冷たい汗がほほをつたった。
後退し、いまきた、先に進む通路にもどった。つけたばかりのリボンを確認したかった。
リボンがするりと、落ちていくのが見えた。勝手に落ちたのではない、人らしき黒い影があった。そいつが、リボンを取りまくってる。犯人をみつけた!
「きさま― 逮捕だ!!」
気分は、手錠をふりまわして宿敵を追いかける警部。
逃げてる相手はピコバールよりも小さい。手錠どころか腕も振れない通路を、スタコラ逃げていく。地下通路に詳しい。迷いなく辻を折れるたびに、距離が開いていく。土魔法なら往く手を阻めるかもだが、タイミングが違えば、ピコバールだけが取り残される
「ウィンドカッター!」
攻撃魔法を背後に唱えて加速する。最近のお気に入り風魔法での移動で、黒い影に追いせまった。相手の小さな肩へ手を延ばした。もうすこしで届く。
「もういっちょ! ウィンドカッター!」
ブーストしたとき、さしかかったのはT字路。相手は壁をきれいに蹴って左へ曲がっていった。
「ひえぇ? ここで避ける? そんなのナシ子さん!?」
どかんと衝突。一時的に間を回したピコバール。ふらりふらりと首が据わらない。懐かしきギャグのごとく、ヒヨコが上でピヨピヨ鳴いてそうだ。
「自転車にも、ヘルメット装着が努力義務になったな。よいこのみんなは被ったほうだいい」
数秒の意識呆然。意味不明のひとり言。意識が混濁してるらしい。たしかにヘルメットを被ッていれば、意識はとばなかったろう。
「こんのやろー」
口の悪い元侍女は、わりと短時間で正気にもどった。立ちながら左へ目をむける。
そこには追いかけていたと思しき黒い影が、いくつも倒れていた。
「これって?」
広い部屋だった。ピコバールの知ってる範囲では、城にあった謁見の間くらい広い。その空間のほとんどを機械仕掛けの物体が占めていた。とんでもない大きな鉄の水車を、横倒しにしたような機械だ。
水車を動かしてるのは水じゃなく影。水の代わりに黒い影の小人が、突き出た丸太を押して、ぐるぐる動かしている。まるで奴隷。罪を着せられ、重い石の粉ひきを回す奴隷そのものだった。
「これが、メリーゴーランドの動力ってわけか。ひどいな」
姿こそ小さいが力持ちらしい。倒れているのはざっと数えて、50体。手足、頭部、胴体が破損して機械っぽい中身が露出していた。
何人か人の子供もいた。術師が送り込んだという子供だろう。みんな死んでる。
いま、動いてる影は2つだけ。2体。いや、話を交わしていたから、2人といっていいかもしれない。ピコバールが追いかけまわした一人が、それまで水車を動かしてた一人と交代した。回転部から離れると壁に背をあずけ、へたりこんだ。
警戒しながらその子に近づく。距離が縮んだが、ぜんぜん動こうとしない。そばに寄ってしゃがんで、触わった。それでも動かない。人の肌じゃないプニプニした感触。暖かくないけど冷たくもない常温。人間の子供にみえるが、別のなにかだった。
頭が動いて、ピコバールを見上げた。驚いて手を離した。が、子供はなにもしないで顔をふせてまった。疲労の深さが見てとれた。ピコバールは話しかけた。
「話せる? ぼくの言葉がわかる?」
「うん……」
「キミたちは誰だ? なんでメリーゴーランドを回してる?」
「鋼鉄の遺伝子の子。鋼鉄の遺伝子が壊されたくなければ働けと、連れてこられた……」
「鋼鉄の遺伝子ってなに?」
「作ってくれた親。大事な親。壊れると悲しい。だから回してる……」
「親を壊すって、誰がいったの」
「議会のエライひと……」
「姉弟は82人いた。みんな壊れて寝た。わたしと79も、あとすこしで眠れる……」
目を閉じた。ピコバールは改めて、広い部屋をみまわす。壊れた子供と、その破片が散乱。分厚いホコリがこびりついていた。メリーゴーランドの運営開始から積りに積もった、理不尽な痕。
「壊れはしない。エライひとはもういなくなった」
「うそ」
「きっとどこかで鋼鉄の遺伝子も無事。だからキミらはもう、働かなくてもいい」
丸太を押す79が一周して、戻ってきた。ピコバールは、その子にも同じことを告げた。
信じられないと突っぱねてきたが、仲間が手をふってるのを見て、ようやく納得する。
メリーゴーランドは停止した。
2人は通路を熟知してる。その後にくっついて、ピコバールは地下を出た。
リボンを取っていったのは、目印ができること嫌ってのこと。そう命令されていた。
もどった地上はパニックに陥ってた。
「停まった。停まってる。どうしよう。風が来ない! ホコリが舞って息が苦しい」
上を下へとは、このことで。不安を絶つためか、住民たちは手近な物を抱えて走り回ってる。
髪をぼさぼさにした女性が、死にそうな顔で、たたずんでいる。メリーゴーランドが不便と言っていた人だ。
「よかったね。回転がとまって」
「よくないわよ! 回転動力で、この国は成り立ってたのよ。水のくみあげ、発電、洗濯。歩道もうごかなくなって、明日からどうやって、道をすすめばいいのよ」
「ふつーに歩けば?」
「買い物のたび、店まで歩いていかなきゃいけないの? うわーーーーーーん!!!」
露店の場所では、ガオがそわそわして待っていた。ピコバールをみつけると、クローラ全開で駆け付けてきた。
「聞いてくれよピコ! メリーゴーランド走ってたら、いきなり停まってしまってさ! 高速で回転する上をクローラ全開だったから、ハンパない慣性が働いてびっくりしだぞ。あやうく星からはみ出てしまうとこだった! 」
ダンプをがたがた、クローラをぐるぐる、急発進と急停止してみせてる。
「みてたみかった。世界発の惑星離脱」
「ひとごとだと思って! ピコなんか嫌いだーー」
捨て台詞をのこしたガオは、どこかに走り去っていった。
もうひとり。ピコバールを待っていた術師は、あいかわらずの肩にシルクハットといういで立ちで、ぶすっと腕を組んでいた。
「貴族侍女よ。鋼鉄の遺伝子はどこである。見当たらないというこは、どこかに隠してるのだな。隠すとためにならんぞ」
待ちきれない様子でずずいとピコバールに迫ると、両脇に手をさしいれて、上下左右にふりまわした。
「わ。ふぇ?」
幼児季以来の『たかいたかい』は、気持ち悪かった。
腰の後ろでナイフがで揺れて背をつつき、横じゃホルスターの銃が揺れて横腹をたたく。抱えられた腋も絞めつけられ、胃からなにかがあがってくる。
「うげぇ…… ら、ライトニング!!」
げろげろげろげろ。
ずっどーーーん。
空の胃からでた酸っぱい液体が術師にかかる。同時に、雷が落ちた。目の覚めるような稲光で、一瞬、夜がきたと錯覚する。
威力の小さな初級魔法も、こけおどしには十分。術師は慌てて手を離し、騒がしかった広場が静まり返った。
「うばばばば……、ゲロ。、、ま、雷魔法も使えるのであるか?」
術師はハンカチで顔をぬぐった。手をぶらぶらふってる。直撃はさせてないが、余波で痺れたのだ。
「使えないとは言ってない」
「この前は時魔法。販売してる疑似杖は自作であろう。ほかにどれだけ隠し玉をもってる」
「さあね。ぼくが聞きたいくらいだ」
術師は、タイル敷きの地面にはいつくばった。転々と散らばる胃液は避け、なにか落ちていないか、賢明にさがす。
落ちてるわけがない。
数分、這いつくばっていたが、下からピコバールを見上げてきた。仕草だけは“子”と似てるが、ぜんぜん可愛くない。
「無いではないか! 鋼鉄の遺伝子はどこだ」
「いるだろ目の前に」
「どこにであるか」
ピコバールは、連れてきた2人を指した。
「この子たちは鋼鉄の遺伝子の子供だそうだ。鋼鉄の遺伝子じゃないけど、かまわないだろ」
ピコバールの後で、半分だけ顔をだした2人は、みためだけは子供である。術師は目をこらすと、つま先から頭の先まで、何度も何度も見つめなおした。それから、ハッと思いついたように、ピコバールに視線を移した。
「……ウソをつくならもっとマシなことを言え」
「は?」
「遺伝子とはなにか。無知な貴様におしえていこう。遺伝子は生物の情報だ。目にみることはできないくらい小さなものである。つまり、手にとれるかどうかの瀬戸際ミニサイズが自明なのだ。鋼鉄の遺伝子も、過去の情報を凝縮した記憶物かそういった物体にきまっておる。自発的につくった子供? バカすぎてあきれるわ」
術師は、とってつけたような持論を展開してみせた。それっぽく聞こえなくもないが、いつになく口早だった。
「決めつけていいのか? どんなものかは知らなかったんだろう? らしくないぞ。調べもしないで頭ごなしに否定するのか。約束は守った。お前は、この子たちの面倒をみる責任がある」
「責任? 面倒? 貴様は吾輩の拉致ビジネスを揶揄したいようだな。幻滅したぞ発見できなかったのなら、そう申せばよいのだ」
術師は言いながら、すこしづつ後ずさり。
なにかおかしい。見れば、視線はおよぎ、汗をじんわりかいていた。
「まさか。鋼鉄の遺伝子が思っていたものと違ったから、ぼくに押し付けるつもりなのか?」
術師はどんどん離れていってる。背中にも目玉がついてるような確かさで、障害物をかわして、後ろ後ろへと駆けていく。声も聞き取りにくくなった。
「と、ともかく地下には潜ったのだ。吾輩との約束は、まあ、守ったとみなしてやろう……さらばだあぁぁ……」
身をひるがえして、一気呵成に去ってしまった。
術師は金のために動く男だ。鋼鉄の遺伝子も、誰かに依頼されたのだろう。その誰かも“便利に使える情報パック”くらいに考えていたと察せられる。術師が魔法使いであることから、魔法研究を新情報を期待したのかもしれない。
そこに子供を連れていったらどうなるか。術後の言葉ではないが、依頼主は、信じないだろう。詐欺師よばわりし逆上するかもしれない。危ない奴なら、リンチくらいはやってのける可能性もある。それならば、探したけど見つけられなかったと報告するほうが無難だろう。
ピコバールは、まだパニックが続くメリーゴーランドの国で、ぽつんをたたずんだ。
ぎゅっと、ドレスをつかんで離さない2人を抱えて。
「どうすんだ。この子たち」




