011 動く国 2日目
鋼鉄の建物が、固く締まった平らな地面をぐるりとまわる回転は、1日に1周だそうだ。その1日1回の偶然に、居合わせたのは不運としかいいようがない。
たったの1周というけれど、外円の長さは720キロメートル。この建物――国の終端は、時速30キロメートルの速さで回ってる計算だ。
「メリーとゴーの国ってつまり、メリーゴーランドか。ぼくはこうみえて回転に弱いのだ。聞いただけでも吐き気が、こ、こみあげて……うげっげげ」
青い顔でぼやくピコバールは、込み上げてくる何かをガマンしきれず、戻してしまった。これでも昨日よりもマシなのだが。
いっぽうガオは、動く鋼鉄の建物が楽しくてしょうがない。昨日からあちこち動き回って落ち着かなかった。
「そうか? オレはワクワクしどうしだぞ。も一回、走ってくる」
お気に入りは、もっとも外をひとまわりする長いコース。昨夜に出かけ、へとへとの笑顔で戻ってきのは朝になってから。2時間も経ってないのに、出かけていった。
ピコバールは、いつものように天幕の店を広げてる。出店地に指定されたここは中央の広場。幸いなことに、このエリアだけは、大地に根を張って動かない。彼女には、この国のなかで唯一、心の安まる場所である。
回るエリアから固定された中心地に移るにはコツがあり、慣れた国民でもタイミングを間違って転んでしまうことがあるそうだが、出るつもりがなければ、どうということはない。
「揺れないのは平和でいいなぁ。安心して商売に励めるわい」
どっこいしょと、年寄りくさく椅子に座ると、あたりに散らばるライバル店をゆっくりと眺めていく。
中央広場は、自由市場の名がついてるが、商売には露店商組合に出店料を払わないといけない。納める金額が高額になるほど、条件の良い立地で販売できる。金のないピコバールの店は場末の外れだ。
「テキ屋の寺銭みたいなんだよな」
場末にしても、ちょっとは客がいてもよさそうなのに、1人もいない。その原因は店の横に立つ男にあった。
「あんた。なんでここにいるんだ」
「それはこっちの台詞である。国を出入りするのは、麦の旅人として当然のこと」
天幕の前で腕組みしながら、小さなシルクハットを乗せた怒肩の術師がニッシッシと嗤う。
「いや、商売の邪魔だと言ってんだけど。うさんくさいヤツがいると、売れるものも売れない」
ユカイな3段腹が邪魔して完全には腕を組めてないものの、この男には独特の威圧感がある。寄ってこようとする客はいても、一定以上、寄り付かなずに、他所にいってしまう。
「子供をさらって売るのが吾輩の仕事であるからして。たまたま物色に都合がよいのがここだという話だ」
ピコバールは以前、風の国で、術師を退治した。とどめは確認してなかったが、死んだものだと思っていた。最期を見届けなかったのは失策だったが、ピコバールもそれどころではなかった。麦の旅人の恩恵は、人格を選ばないということだ。
「またさらうつもりだろう。懲りないヤツ」
「子供をさらうのは吾輩の天職である。懲りるなど天におわす神への非礼であり冒涜である」
麦の発生源の天ではなくて地の下なのだが、どうでもいいことだ。
「どんな神だ。で、子供の救助を装って、ぼくをさらうつもりだったんだな」
「ご明察。子供が貴様だったと知った時の落胆はこの上なかった。よって邪魔のお返しに、商売の邪魔を兼ねてここにおるというわけだ。納得したか」
「自前勝手にもほどがあるぞ。納得できるかっ」
ドン。ピコバールが叩いたテーブルが倒れ、並べてあった売り物が、ぜんぶ落ちてしまた。あわてて、テーブルを元に戻し、商品も並べ直した。
ピコバールが売ってるのはいつものように、魔法の杖、貴重な品、それに麦の束、などだ。珍しい品ではあるが、日常的なニーズが低く売れにくい物ばかり。多それだけに多くの人に見てもらわないといけないのだが、術師のせいで寄ってこない。
「去ってほしいなら。条件を飲め。吾輩を手伝うのだ」
「バカめ。誰が手伝うか」
「国でこなす条件があったな。お主の場合、さしずめ商品販売であろう。条件を満たさない場合の結末を知らぬとはいわんだろ。今日と明日。吾輩はここを動かないつもりだが。それでもよいのであるな」
「……ぐぬぬ、しかたがない。これでどうだ。これでぼくは慰み者にされてしまった」
ピコバールは、ドレスの裾をめくり、ひざ上までたしあげてみせた。白いパンツがちらりと見える。
「吾輩が子供をさらうのは仕事だ。むしろ性的な欲求を満たす輩は毛嫌いするのである。変なものを見せるな」
「……変なもの」
ううう、とよろけて地面に倒れた少女は、ひとすじの涙を流す。ハンカチをキーっと噛んだ。術師は、そんな小芝居には目もくれない。冷徹そのもの態度で、手伝いの内容を告げた。
「鋼鉄の遺伝子が欲しい。貴族の端くれなら、耳にしたことくらいあるであろう。この国にあるそれを吾輩の前に持ってくるのだ」
聞いたことはある。遺伝子とはいうが、永久機関とも、植物ともいう。それがここにあるのか。見知らぬものに興味が湧いた。
「どういう形をしてるんだ」
「知らぬが見ればわかるらしい。この国には地下がある。そこにあるらしい」
“らしい”ばかり。つまり何にも分かってない。
「あんたが行けばいいだろう」
どうせロクでもないことに使うにきまってる。
「とても狭くて中には入れないのだ。むろん。子供でも試してみたが、誰も戻ってこないのである」
迷路か罠があるってことだ。ピコバールなら、即死の罠にかからなければ、瀕死でも戻ってこられる。たとえ迷ってもタイムリミットギリギリまで、鋼鉄の遺伝子探しに専念できる。
問題は売り物だ。
「このままあんたが、商売を邪魔する可能性は?」
「ぬいぐるみをかぶって売ってみせよう。吾輩はどうしても欲しいのだ」
内ポケットに手を入れると、大人サイズのウサギのぬいぐるみをとりだした。
術師が着ると、わかいいマスコットの登場で観客が殺到。どんどん売れて、あっというまに完売した。
ピコバールは試合に負けたような脱力感で、術師に言った。
「そこに案内してくれ」




