011 動く国 1日目
風がそよいで、はるかなる大地を覆った麦の頭をなでていく。一本の道を軽戦車が走っていく。頒布の屋根に座るのは黒髪少女。草原の旅には似合わない濃色のドレスに、腰のホルスターにはリボルバー。緩やかな丘と平地の続く道の先を、みるともなく見つめていた。
「ねぇピコ」
ゴム製クローラをしずしず走らせる軽戦車が、少女に話しかける。
「なんだガオ」
少女は、頬を膨らませて、ぶっきらぼうに答えた。
「次の国って」
「知らん」
自律型軽戦車の一人乗り操縦席は空。操縦者のいない席前に固定された2つの小型パネルのうちの片方では、動画の少年が鼻をほじってる。
「くしゃみくらいでいつまでムッとしてるだか。心の狭いヤツ」
ピンっと、飛ばした鼻くそが、画面の外にみえなくなった。
「3日分の麦粉がお釈迦になったわけだ。そのくしゃみとやらでなっ!」
さっきのことだ。ガオは荷台のダンプを最大まで上げ、すべての荷物を落としたのだ。パンをこねようと腕まくりしたピコバールの前で、麦粉は容器ごとひっくり返って風に舞かれて大地に帰っていった。
半日かけて作った製粉がすべてパァ。お腹が空いてることもあって、むかっ腹がおさまらない。
ごろりと頒布に倒れたピコバール。しゃべったことで、お腹が空き、怒りボルテージがいっそう増幅された。
「お腹すいたお腹空いたお腹空いた。アースウォールっ、ウォーターボールっ」
麦粉を作らないとまともな食べ物がないので、取り掛かからないとマズイのは分かってる。でも、すぐにはそんな気にはなれず、千切った麦をガリガリかじって、水で流し込む。
「ごくり。あああーやっぱパンのほうがいい」
ちなみに戦車はくしゃみをしない。ガオがダンプをあげたのは、停まった虫を追い払うため。
ガオに空腹感がない。ゲガロンマイトの減衰や日照不足により太陽光パネル発電不足がもっとも近いが、それは、モーターの出力が上がらないとかゲージがゼロに近づいてる客観的情報により恐怖で、感覚的な空腹というのは、人としての身体を消失したときに失っていた。
ピコバールの機嫌が悪い原因が、ガオのせいだと分かっているが、すきっ腹でのイライラは理解がおよばないから、戸惑うしかない。どうしたら少女は、もとの笑顔を見せてくれるだろうか。
「これはどうだ、ほっこら踊り! ピコ! ぜんぜんやってないだろ」
ほっこら ほっこら。 ガオはクローラをグリグリまわして、行きつ、戻りつする。
「うーり、うり」
「ほっこら、ほっこら…… はッ?! ヤメロ。子供じゃあるまいし。なにが踊りだ」
ピコバールは、釣られて踊りそうになったが、それはちょっとだけ。すぐに、膝を抱えて猫のように丸まってしまった。食べ物の恨みは根が深い。
「猫か。ピコ猫だ」
こんどこそ、返事をしないピコバール。ガオも言葉がみつからず、2人とも黙ってしまった。
「……」
「……」
風の音。ときおり、くー、と鳴る腹の虫。語る言葉もないまま、半日ほど進んだとき、祠が見えてきた。
「やっとだ……」
ガオの出力があがってクローラの回転が速くなる。国にはいれば食べ物がある。ピコバールの目に輝きが戻った。15分ほどかかって。祠に到着すると、ピコバールは、魔法でおこした風に乗って地面に降りたち、書いてある文字を読みあげる。
祠はどれにも、国の名前が書かれてある。たいていは、国の特色を現す名前が多いのだが、元々あった地名という時もある。
「メリーとゴーの国、だな」
「メリーさんとゴーさん。国王が2人いるのか?」
それぞれで、ひとり言をつぶやいた。
前例はないが、王が二人なら、それを表示している、ということもありそうだ。どちらにしても入ってみないとわからないし、危険があるとしても、2人とも力技で解決できるゆとりがある。祠の中へはいると、少しの暗がりの後に、何もない空間へ転移させられた。
国は平らで、ずっとぞっと遠くまで見渡せた。ほんとに平らの地面があるだけの特徴のない平地で、地面の感触が固いものでなかったら、いつもの平原から麦がなくなったと錯覚しそうだった、
「人がいないし、建物もない」
「農地もな。ほんとうに国か? 行ってみるけど」
建造物といえるのは、今しがた出てきた入口。
ガオの進にも併せて、ピコバールはキョロキョロしながら、しばらく歩く。が、どこまで行っても、やはりなにもない。乾燥した地面から土ほこりがあがるだけだ。
「もうちょっとだけ行ってみる。何もなかったら戻る」
「そうだな。つまんない」
ピコバールの提案に、ガオがしぶしぶしたがう。
出入り口がはるか後ろに霞んで、戻る頃合いかなと引き返すことを真剣に考えたころ。かすかに音が鳴ったような気がした。
「ガオ、なにか言ったか」
「オレの、クローラだろ」
「それじゃなくて……ほら」
じっと耳をすます。はっきりと人の声だった。
「そこの子供ーーーぉお」
かなり後ろだ。遠くのほうに激しい土ぼこりをあげて、なにかかやってくる。
目を凝らした。土ぼこりは長い物体が起こしてる。最初は線であったものが、近づくにつれて、なんとなくサイズがわかってきた。
高さは2階建ての家ほど。とてつもなく長いそれが、視界の右端から左端までを占めていた。見える限りに、終わりが確認できない建造物が、けっこうな速さで迫ってきてる。
「まずいような気がするんだがガオ」
「激しく同意するピコ。逃げるぞ!」
2人は走り出した、が、逃げるといっても地平全部が建造物では、避けようがない。出口の方向も見失い、どこを走ってるかもわからない。
捕まったら下敷きになって潰される。
「ぼくも、これまで。葬った連中の元に、た、旅立つのか、彼らはきっと笑顔で迎え、こ、こ、こころゆくまで足蹴にしてくれる、こ、ことだろう。ふっふっふ」
汗だくで走りながら、片目を隠すポーズ。
「どこをどう突っ込んでいいかわからん」
「しまった、歓迎用の新作ネタ、考えてない」
本人にしかわからない理由で、うなだれる12歳。
「バカ言ってないで、ピコあれっ!」
「幸あれッ」
ピコバールはポーズを変えた。会心のシャレを極めたつもりらしかった。
ヘルメット少女の機嫌が直ったことをガオは歓迎するが、さっきから、これはこれでうっとうしい。疲れを背負いこんだせいで、3センチほど車体が沈んだ。
「……ふざけてないで、あっちを見ろよ。あの上だ」
ガオが指摘したのは、徐々に距離を狭めてくる建物の上だ。丈夫な欄干のあるそこには、たくさんの人が群がって並んでいる。乗り出してる大人、欄干を握ってスキマから頭をだしてる子供たち。みんながふりまわしてる腕は、どれもこれも、建物の下をさしていた。
「そこの! 死にたくなれば、あちらにあるステップに乗るのである!」
「すてっぷ?」
手をメガホンにして叫んでるのは、全身が黒っぽい服装の男だ。
「聞こえなぬのか? ステップである! そこに足をかけて上がってくるのだ!」
言われて、皆が指さすほうへ目を凝らした。もうもうと立つホコリの中に、うっすらと、階段らしいものがある。
「船のタラップに似ている。あれのことらしい」
建物に登るための足掛かりだ。なるほどこういう建物を動かすための、救済処置は考えてあったわけだと感心する。が、階段だろうとハシゴだろうと、乗れなければ同じだ。下敷きになる危険が去ったわけではない。
ピコバールもガオも、3日目たてば、麦道に転送だ。どういう仕組みか、瀕死の怪我さえ完治になってうえ、祠の前へと返されるの。
もしだ。この体が、死体になったとしても、なにごともなかったように、生き返ってしまうものだろうか。さらにもしも、仮に、本当にそうなったとして、それが今日のような初日ならどうだろう。
ミンチになった身体は、3日間放置されてなお、現状回復となるのだろうか。興味はつきない。
でもそれは、万が一の賭け。身をもって実験したいほど、研究熱心なピコバールではない。
「停まれないのかっ?」
女性が答えを返した。
「停まらないのよ。アミューズメントの村だったんだけど、観光客を増やすために、当時の議会が地域ごと回るようにしちゃったの。そのときの議員も技術者もいなくなって誰も止め方を知らない。私たちも困ってるわ。踏まれないように逃げながら、乗りこんで!」
「説明どうも。逃げながら乗り込むのは、至難の技だが」
かなりな上級テクニックだ。が、話してるうちにも、ホコリの建物は大きくなってくる。安全無事に乗る方法を考えだすゆとりもない。隣りを快走する軽戦車の荷台を、軽くたたいた。
「ガオ、わかったな。あっち方向に、キビキビってズレていくんだ!」
「ズレろって言われてもっ いきなりは負担がかなるんだよ。もう、最大船速」
ピコバールは、追ってくる建物から逃げつつも、ときどき後ろをふり返ってはステップの位置を確認。斜め横へつっ走りながら、
「ふ、船じゃないから」
息切れしながら、ツッコミだけは遅れても忘れない。
迫ってくる建物が、もうすぐ背中になったとき、ピコバールは風魔法を唱えた。
下方から吹き上げた風は身体を浮き上がらせる。空中でよろめきながらも、手はステップの手すりをつかむと、膝からステップの一番下に着地、無事に乗ることができた。
次はガオ。
だが、高い段差は、ピコバールの腰ほどもある。クローラで乗り越えられる高さではない。
「きゃあっ」
「おおっ 運搬車が踏みつぶされるぞっ」
悲鳴と、面白いもの見たさの野次馬の声が、同時に発せられた。人だかりは、これかと、ピコバールは顔をしかめる。住民にとって一種の娯楽なのだ。
言いたいことはあるが、ぐっとこらえて、土魔法を唱える。
「アースウォール、えーと――スロープ仕立てで!」
スロープ、車いすでも登れるような斜面のイメージだ。すると、幅も長さも十分な、土の斜面ができあがり、ガオは迷うことなくクローラで駆け登り、ステップ上に車体が収まった。
同時に、動く建物が、魔法で作ったにわかスロープを押しのける。小さな震動が足元におこった。拳で叩いたクッキーのごとく、スロープにはいるヒビ。1秒ともたずに粉々になって見えなくなった。
「あーぶなかったなぁ」
「命が縮んだよ、ん? 戦車の寿命って何年だ?」
「しらないよ。ふふふ」
「そうだな。あははは」
最下層に、はしたない格好で座り込んだピコバールたちに、たくさんの拍手が贈られる。黒づくめの男が、舞い上がるホコリの被ったステップを降りて来ながら、労をなぎらう言葉をかけてきた。
「お主ら、大丈夫であるか、ほれ吾輩の手につかまるのである」
「これは、ご親切にありがとう……げ」
出された手を握って、目を剥いた。
衣服の袖口に見覚えがあった。袖口が繋がってるのは、燕尾服。着ている人物は3段腹。目線をあげると、案の定だ。エラの張った頬にはびっくりマーク形のヒゲがついてる。
こんな男はほかにいない。
「生きてたのか……術師」
「うむ。この通りだ。麦道の転送のおかげで生きているのである」




