表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/38

001 ピコバール


 理由はわからない。貯え過ぎた麦の光が解放されたせいか、魔法道具研究でつくられた“麦”に問題があったのか。世界は1000もの国に分割されたと、後から知ることになるが。


「キレイだ――空がどこまでも蒼い」


 ピコバールは、空中にいた。もっというなら下降していた。正確にいうなら、重力の掟にしたがい絶賛、危険な高さを落下していた。


「どれだけ高いんだ。なにも見えないけど」


 いつでも視界を塞いでいた高い城壁がないことから、最低5メートルと読むが、城そのものが見えないから、どれほどの高さにいるか想像もつかない。


 ガオの肉体へ戻すために末姫が組んだ魔法陣が、機能不全になった。爆発はなかったから、なぜ空中にいるのかイマイチ説明がつかない。着てる侍女服をはためかせ、どこまでも落ちていく。


「時間が長いこれが走馬燈か。貴重な体験だな。姫様にも話して……」


 その末姫も同じく落下してるのかも知れない。これまでの人生が駆け巡るのが走馬燈と聞いていたが、とりたててなにもない。姫のほかに気安く話せる相手もいない。自分の狭すぎる環境を思わず笑った。


「ばっちこーい!」


 淋しい12歳のしめくくりは、せめて痛みなく逝きたいものだ。ピコバールは目を閉じ、地面にたたきつけられる瞬間を待った。


 ばさ――。


「……」


 落ちた衝撃はゆるかった。死ぬどころか軽い痛みがあるくらい。なにかほわっとしたものに受け止められたのだ。ごわごわしたものが口の中にはいる。


「ぺっぺっ また麦か」


 運よく、軟らかな地面を覆う麦畑の中に落ちたらしい。よいしょと立った背丈より麦のほうが高い。ぴょこんと跳ねてみた。穂先の合間にみえたのは果てのないパノラマだ。


「……うそだよな」


 何度も跳んで確かめる。正面、右、左、後ろ。視界一面。どこまでも麦だ。ゆるい丘があったが建物も、山もない。目印になりそうなものは発見できない。城の螺旋階段につまらない風景画があったが。あれを100枚並べればこうなるか。特徴のない、どこまでも広がった黄土色の草原。


「夢だよな。イテ」


 ほっぺをつねった。手もつねった。太もももつねってみたが、どこも痛かった。


「なにがあった。いや。あれしかないか」


 ガオがやらかした魔法陣の暴走と、魔石になったガオを救おうと末姫が組んだの魔法陣の失敗。

城も城下もなにもかもが消えて、代わって現われたのか、もともとあったところに飛ばされたのか。見渡す限り麦の草原だ。


「城も工房も町も消えた。まるでぼくだけ空から落ちたようだ」


 空をみあげれば、落下中と変わらない蒼空。雲ひとつない潔癖ぶりに、落下したことさえ、夢に思えてくる。自分はずっとひとりで麦のなかにいたのではないか。男爵家に生まれ、末姫の遊び相手として、勉強をしていたことが、出来過ぎた想像物だったとしたら。


 ふと置いた指先が固いものに触れた。工房にあったリボルバーだ。


「手癖がいい仕事したな」


 誉められたことじゃないが、これで望みがでてきた。工房のほうが現実だ。ピコバールはリボルバーを抱きしめる。ほかにも落ちてるはずだ。姫もきっと近くにいる。


「姫! 死んでないなら返事しろ。死んだら死んだって返事しろ」


 ピコバールが叫んだ。何度も何度も叫ぶ。


「姫! このアホすかたん! 歴史嫌いの魔法バカ!」


 声を枯らして叫んだ。返事はない。ゆるい風がときおり吹いて、麦の穂をゆらした。


「ひめ! このー姫! ひめ。返事しないか。返事してくれ……」


 頼りなく揺れる麦をかき分け、方向もわからず、進んでいく。どれくらい歩いたかわからない。疲れもピークを越えて、自分しかいない、そうあきらめかけたとき。遠くからかすかな音が、風に運ばれてきた。


「機械の音?」


 ギリギリ、ガシャガシャ、などとマシンが鳴らす音がたしかに聞こえる。工房の道具か。もしかすると姫が鳴らしてるかもしれない。音の方向へ麦を漕いでいく。ぱっと開けた場所についた。


「こいつは、工房にあったなんとかいう軽戦車だ」


 試作中だった軽戦車ぽつんと一両。履帯跡がないから場違いが。ゴムクローラが地面にめりこんで斜めに傾いてる。鉄の絡まりが落下したのだ。湿地だったら完全に沈んでみえなくなってた。


「おーい姫?」


 慣れてしまった手つきで麦をかきわけ、軽戦車のまわりを一周した。姫も、誰もいない。疲れきって、戦車の操縦席に腰をおろした。


「ぼくひとり……か。こいつで旅でもしろってか。動くならそれもいい」

 

 ひとり乗り用の席の正面はフタが開いており、中に丸い容物があった。そこには光る石が置いてあり、それは忘れようがない代物だった。


「これガオの魔石じゃないか。わっ」


 魔石を隠すようにフタがしまる。開く仕掛けがあるようにみえないぴったりしまった上には、2面の薄い板がはめこまれていた。ひとつの薄い板上に機体車コンディションの文字と適応する数字。別の板には絵があった。


「どういう仕掛けなんだ……この絵はガオだろ」

明日、8時に次話を投稿します

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ