ウシノクビ
「何、これ……?」
とある真夜中のこと。
病死した父の遺品整理をしていたら、牛の頭部の飾り物が出てきた。
私はそれを手に取り、まじまじと見つめる。……黒牛だ。何でできているのだろうかわからない。宝石の如き赤い瞳がどこかおぞましく、こちらを睨みつけているかに思えた。
不気味なそれがどうやらただの飾り物でないことに気づいたのはそれからしばらく眺めてからのことだ。
牛の頭頂部から銀色の突起が飛び出しているのを見つけた。それはまるでツノのようだ。どうやら引っ張り出せるらしく、上へと伸ばすと、ラジオのアンテナであることがわかった。
それだけではない。不気味な赤い目は小さなダイヤルになっていたし、鼻の部分はスピーカーだった。
顎のところに貼られたラベルにこう書かれていた。
『ウシノクビ・ラジオ』
「気持ち悪い。こんな悪趣味なラジオ、どこで手に入れたのかしら」
長年父の部屋に放置されていたようだが、まだ使えるのだろうか?
私はふとそう思い、ラジオをつけてみた。
「こんにちは! いや〜今夜も暑いですねぇ」
最初に聞こえてきたのは、ありがちな雑談ラジオの冒頭。
気味悪い見た目に反し、案外普通のラジオだな。そう思ったのはその一瞬だけだった。
「さて今日の話題です。皆さん、ウシノクビっていう都市伝説はご存知ですか?」
私は慌ててラジオを消そうとした。
急に嫌な寒気を覚えたからだ。
このラジオの名前は、『ウシノクビ・ラジオ』。
そりゃあ牛の頭部を模したラジオだからだろうとそこまで気にしていなかったのだけれど、そこからウシノクビなんて話題が飛び出して来たら誰だって仰天すると思う。
しかしラジオの音は止まらなかった。不思議なことに、局を変えても同じ番組が聞こえて来る。
司会の男性は明るい調子で話し続けていた。
「その昔、呪いのラジオというのが流行りましてね。ウシノクビはその一種なんです」
激しく鼓動を繰り返す心臓。底知れぬ恐怖が私の背筋を凍らせる。
なんだ、このラジオは。
「面白がり大勢の人が買い求めましたが、そのラジオを聴いた者は皆死んだといいます……」
私は何が起こっているのかよくわからなかった。
けれどただただ恐ろしく固まってしまう。
「『ウシノクビ・ラジオ』は後にお祓いされたんですが一つだけ、まだ残っているんだそうです」
止めなくちゃ、止めなくちゃ止めなくちゃ――。
そう思いアンテナを折った。なのに音は止まなかった。
「……それがこのラジオなんですよ、お嬢さん」
今のはウシノクビから聞こえた。
スピーカーからじゃない。この牛が、喋ったのだ。
高い絶叫を上げた。
意識を失った私は、翌朝、母に発見されることになる。
そこに確かにあった『ウシノクビ・ラジオ』の姿は忽然と消えていた。
あれが一体どこに行ったのか。父はどこからあんな物をどうして手に入れていたのか。
ただただ謎である。
……これはあくまで余談だが。
今でも私はあの時のウシノクビの声が耳から離れていない。
『それがこのラジオなんですよ、お嬢さん』
『あなたはいつまでもいつまでも呪われ続ける』
『あなたが子を孕んだ時、産まれて来る子は……』
『このワタシなのですからね』
私はきっと、死ぬまで子供を産めないだろう。