date14.伝頼
あけましておめでとうございます...!
どうも作者です。新年が明けてから19時間経ってます。
お前今まで何やってたかって?
いやぁ、年の終わりは忙しいねぇ。
というわけでまずは本編へ。どぞ。
空は少しのオレンジと黒で構成されている。街を照らす街灯は変わらず光っていて、空を飛んでいる竜は橙がかっている。
井戸から抜け出した僕らはギルドに戻ろうと歩き始める。
樹理「そういえば…さっき、叫んでいた人も連れ去られてしまったんでしょうか。」
ふと、冷静さを取り戻した頭に浮かんでいた疑問を口に出す。
メーレ「十中八九、そうだろう。君が行った時に姿が見えなかったんだ。ラッドと同じだろう…。」
コラハ「…今はどうにもなりません、早く戻って、英気を養いましょう。」
そう言って、誰もが暗い顔をして歩みを進める。当たり前だろう。仲間を1人連れ去られた。彼は死ぬことは無い。それでも、手堅い敗北感だけが残っている。
ただ、悪魔は隣で笑っていたようだった。
強い衝撃。地面から引っ張られるように俯く。
樹理「────ッ!?」
“バランス”で屈んだ体制をとるのが精一杯だった。 バーテンダーのシェイカーに入れられて縦に振られているのかとも思える。他の3人も驚きの顔を見せながら倒れ込む。周りからは様々な声が聞こえる。叫ぶ女性、泣く子供、驚く男性、うめき声にも似た声を出す物もいた。
樹理「地震...!?」
メーレ「タイミングが...悪すぎる!何より、今までの中で1番強い!」
リノハ「この...程度ならまだ...立てま────。」
樹理「駄目だ!下手に動けば物に当たる!物が無いところに───!」
そんな言葉を遮るように、遠くから瓦解音が聞こえる。崩れる音、木も石もレンガもお構いなしというように無惨も崩れ果てる。道は歪んできて、舗装されたはずのレンガがひび割れてバラバラになる。建物は一階から崩れ落ち、だるま落としのようだ。ときおり、チカチカと閃光弾のように何かが光っている。
樹理「っ!まずい...!なにか手は...!?」
魔法は?スキルは?ステータスは?アイテムは?考えは纏まらず、解決する手立ても見えない。考える頭は今も揺すられている。
────その中でだった。
コラハ「ッ...!ま...もる!街を、壊させるものかぁ────!」
慟哭にも似た叫びだった。
国公騎士としてだろうか、
1人の人間としてだろうか。
───どうであれ、それだけが彼を突き動かした。
コラハ「オブ──、テクトォ!」
覆膜魔法が発動され、街中至る所に、範囲にして半径2km。建物の倒壊、自然の崩壊を防がんとする魔法が展開される。揺れは収まりを見せないが、崩れる音は殆どなくなった。
一刻が1時間に感じる。これをどれだけ保てば良いのだろうか。
あと1分か?10分?1時間?
そんなことは構わない。私は、今ここでやらなければ、全てが崩れ去ってしまうのだ。この一年間が、全て。
───何より、かれに顔向けが出来ないだろう?
そして2分後、揺れは治った。
閑静な住宅街となってしまった街に、子供の泣き声が聞こえた。
コラハ「 は は 。」
体制を崩し、仰向けに倒れ込んでリズムの崩れた呼吸をするコラハ。絶え絶えになっている息は、それがいかにして成された行いだったかを示している。
はっ、となったメーレは立ち上がり、コラハに駆け寄る。
メーレ「───肩を貸す。立てるか?」
コラハは少しうなづいて肩に寄りかかったまま立ち上がる。
僕らも治らない足の震えのまま立ち上がる。脳の揺れがまだ続いてる。ふらついた足取りで、井戸のあった裏道を抜けた先だった。
リノハ「──────。」
あまりにも、変わり果てていた。
崩落した建物、散乱した果物、壊れてしまい、衝撃で中の魔結石が破壊された街灯。初めに来た街だと思えないほど壊れきっている。その光景にも炎にも思える橙色が照らし続ける。
「おかぁさん!おかあさん!どご!...僕何も見えない!真っ暗でわがんないよぉ!いたいぃ、いたぁいよぉ!」
「おい!早く柱を持ち上げろ!このままじゃ下半身が死ぬ!急ぐんだ!」
「あ、あ、あ?おーいおい、夢だなぁ?コレ!現実なはずなわけないよなぁ!現実なら、右足がないってことだろ!そんなのあり得ない!いぃいたいいいたい!」
「ねぇ!起きて!さっき地震があったのよ!ほら!建物も崩れてるでしょ!だから起きて!早く逃げましょう!いつまでも寝ていないで、ね?」
「火事だぁ!火が広がる前に水魔法かけろぉ!」
「あっちでも火事が!」
どうにも目に映るものが全てのようで、メーレは信じられないことのように目を見開いたままで、安定しない焦点で景色を見つめている。信じられないというふうに呆然と立ち尽くしていた。
メーレ「───っあ...。」
声が漏れる。絶望。という言葉が相応しいだろう。ほんの数刻前まで幸せに暮らしていた人々。その幸せは無惨にも破壊された。どうしようもなく、凄惨に。
確かに、メーレは己の未熟さを痛感していた。
樹理「ああ...。」
声が漏れる。
ああ、そうだろう。そんなものだ。
そんな事は知っている。考えるまでもなかった。
余りにも哀れでひどく悲しい現実。
なら、どうすべきかなど、そんな事も知っていた。
樹理「...救出に向かいます。まずは病院の方向へ。つらいなら、無理しなくても、大丈夫です。休んでいてください。」
そう言って、走り出す。
そしてそれに3人はついてきた。
メーレ「そういうのって、俺が言うべきだよなぁ。」
少し項垂れたまま、ハッキリとした声で話す。
よっこらせと立ち上がり、裾を払ったメーレは、僕の目を見据えて話す。
メーレ「...何より、今は君が1番、辛いはずだろう?」
その言葉を、少し自分の中で溶かしたあと、一拍おいて、答える。
樹理「1番じゃないですよ。みんな、つらいでしょう?」
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退廃してしまったかのように見える街並みを、4人が駆ける。
病院の正面口につくと、一目散に入る。
コラハ「皆さん!大丈夫ですか!」
コラハの声が病院中に響き渡る。
その声を気にせんとする人々は少ない。急患がひっきりなしにやってきて、それどころではないのだ。
「治療はどうなっている!患者の受け入れは?」
「包帯誰か持ってきてー!」
ある意味、地獄絵図と言ってもいいだろう。対応の追いつかない病棟、少しずつ弱っていく患者。チラリと見えた患者は腹部を大きく損傷していた。病床は逼迫している。
いつか聞いた大地震の話を思い出す。
その時も、こんなになっていたのだろうか。
そこに、1人の男性が気づいて小走りで向かってくる。
「あ!メーレさん!コラハさん!来ていただいたんですね!」
奥から来たのは、ご高齢というだろうか、60代に近い白髪の人だった。白い衣服を携え、顔にはいくつかシワが見える。
メーレ「メド院長!お久しぶりです!」
2人とも深々と挨拶を交わすが、さっそく本題にはいる。
メーレ「それで、今の現状は?」
メド「中々にまずいです。ひっきりなしに来るので、対応が間に合っておりません。数に対して回復を使える人数も決まっているので、このままでは処置が出来ず...。」
看護師か医者か、飛び回るように院内を走っている。些かこのままでは不味いだろう。
樹理「すみません、失礼ながら、患者の仕分けはされていますか?」
メド「し、仕分け?」
その言葉に目を丸くしたメドの反応を見て、今やるべきことが決まる。
メド「あ、あなたは?」
樹理「高野樹理です。よろしくお願いします。」
挨拶をして、本題に入る。
樹理「さっそくですが、されていないのならば、急いで行うべきです。3色のもの。数が多く、出来れば緑、黄、赤の方が分かりやすいのですが。そういった物はありますか?」
困惑の色を示しながらも、少し考えた後に話し始める。
メド「確か倉庫の方に布があります。」
樹理「あるだけ持ってきていただけませんか?それと、院内の看護師、医者の方々を全て集めてください。」
メド「それで何を?」
樹理「手短に話しますが、ゴニョゴニョ…。」
メド「な、なるほど...であるならば急いで取りに行くべきですね。」
そう言うと、小走りで院内の看護師に声をかけながら倉庫へと向かっていった。
リノハ「何をするつもりですか...?」
樹理「簡単なことだよ。仕事を滞りなく進めるためのね。」
コラハ「...す、すみません。」
メーレの肩に寄りかかったままで弱々しくコラハが声をかけてくる。
樹理「こ、コラハさんは休んでいてもいいですよ。」
コラハ「いや、話は聞きました。...院内の人を集めればいいんですね?それなら出来ます。」
そう言うと、メーレから離れて体勢を立て直す。
メーレ「大丈夫なのか?」
コラハ「えぇ、えぇ。行けます。」
気合いを入れ直すように、コラハは足を踏み締める。
コラハ「───まだ、スキルはみなさんに教えていませんでしたね。実はこういうのは得意なんですよ、私。」
得意げな表情を見せる。無理をしていることを感じさせないような動きで、彼はスキルを使用する。
コラハ「───ソ・アーラブニ。」
瞬間、確かにコラハの目の前の空間は揺れ動いた。
そして、それが気の所為だとでも言うように大きな変化はない。
コラハ「院内の皆さん!聞こえますか?」
病院内で見える範囲だが、驚いたような仕草を見せるナースや医者がいる。
コラハ「コラハです!お忙しい中申し訳ございませんが、今から病院の正面口の方までお集まり下さい!集会を行います!」
確かに院内に声が届いている。すでに反応を示した数名は向かってきている。
リノハ「実際に見るのは初めてです!これが『ソ・アーラブニ』ですか。」
樹理「ソ・アーラブニ...?」
疲れ切ったようにコラハはふらつく。
コラハ「っと...ソ・アーラブニ。音を"伝える"スキルです。魔力があれば範囲問わず、しかも少しの言語差なら何とかなります。さすがに人とモンスター、とかなら通用しませんがね。」
そう話したコラハは壁に寄りかかって座り込む。
コラハ「流石に疲れました。ベッド...は、数が足りるはずはないですね。お三方、あとはお願いします。」
ふぅと息を吐いて、コラハは休み始めた。
メーレ「了解、休んでてくれ。それじゃジュリ、まずは何をしようとしてるか、俺らに説明してくれるか?」
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広い正面口には少しずつ人が集まっている。
メド「これで良かったかな?」
樹理「はい、量は十分だと思います。」
持ってきたのは大量の布。縦0.8m、横12mの布が3色。
樹理「それじゃあ、リノハとメーレさん。これを縦30cm、横は大体でいいから、均等に切って欲しいんだ。僕は説明をする。」
2人はうなづいて作業に入り出す。その間に院内にいると思われる全てのスタッフらは集まっているようだ。
「メド院長、何か連絡でしょうか。出来るなら早く患者を治療せねばならないのですが。」
メド「すまない、時間を取らせてもらうようだが、彼から一つ提案があってね。皆んなに聞いてもらいたい。それじゃ、話を頼むよ。」
その呼びかけに応じて前に出る、
樹理「先ほど紹介に預かりました。高野樹理です。今から皆さんには、治療を円滑に行う間の作業を行ってもらいたいです。」
後ろに視線を向ける。
樹理「今切ってもらっている3色の布、あれを患者の腕、腕でなくても目立つところに巻いてください。緑は軽傷、黄色は中等症、赤色は重傷と言ったところでしょうか。そこに患者の容体に合わせて色を変えて下さい。」
「...なるほど!怪我の状態によって色を変えることで、治療の優先度を分かりやすくするんですね!」
樹理「そうです!緑は自力で動ける擦り傷、打撲などの人に。黄色は骨折等の人に。出血多量、欠損、頭への強い衝撃を受けた人は赤でお願いします。」
もっとも、このアイデアは現代ものだ。トリアージタグ。色で患者の状態を区別できる。1800年台初頭、フランスのナポレオン軍で採用されたと言われている。日本では阪神・淡路大震災で注目され、その後広まり、災害現場等で使われているものだ。
「どの色に入るか分かりにくい場合は、2色つけて下さい。緑、緑と黄、黄、黄と赤、赤の5段階で分けてください。赤から優先度に従って治療班は治療をお願いします!これは実際に他の現場でも行われています!急なお願いとなりますし、部外者である自分に不信感をもつかも知れません。それでもどうか、お願いします!」
この提案に対して彼らの考えは、あまり良いとは言えない様子だった。
「なるほど、それなら俺らとしても助かるかぁ。」
「本当にうまく行くか?緊急のことは大抵順調にはいかねぇんだけどなぁ。」
「その時間を治療に回した方がいいのでは?」
「完全に内容の把握、組織での行動確認等を十分に行っていない状況で行うのは問題が発生しかねないのは?」
「そもそも、医者じゃない彼の意見を受け入れるべきでしょうか...。」
樹理「...。」
もとより、僕は部外者の立場だ。賛否両論の意見があることは覚悟していたが、こう実際言われると何とも言えない気分だと感じる。
そこに、メド院長が口を開いた。
メド「───確かに、上手くいかないかも知れません。しかし、何よりはまずやってみなくては分かりません。そして、今は緊急時です。この状況を脱却するからには、上手くいくかいかないかなど関係ありません。やらなければならない、というのは分かっているはずでは?患者のため、その家族のため。動けるのは、私達だけです。
───命を繋げられるのは、私達だけです!
ならば、やりましょう。皆様を救いましょう!」
その声に感化されたように、彼らは動き始めた。
「...そ、そこまで院長が言うのなら、協力します!」
「急いで布をください!早速始めます!」
そんな彼らの様子で安堵した傍ら、メーレは準備を進めていく。
メーレ「よーし!じゃあ1人ずつ2列で並んでくれ!今から配るぞぅ!」
作業を進めながら少しずつ布が渡されていく。
僕はメド院長の元へ向かう。
樹理「すいません、説得していただいて、ありがとうございます。」
深々と頭を下げる。
メド「何、どうと言うことはないよ。そもそも、君の考えが生半可なものなら説得はしていないね。病院が逼迫している時には便利なものだ。いい提案だったんだからこそさ。」
その答えに少し引け目を感じる。
樹理「...いえ、これは僕の知人の考え方と言いますか、僕自身が思いついたわけではなくて...。」
樹理「───先人に、素晴らしい発想を持つ人がいただけです。人を救えるような、そんな人が。」
その言葉に少し息を吐いて、彼は話し始めた。
メド「それで十分だろう。こういった時にそういった発想が出ることの方が大切だ。覚えていても使えなくては意味がない。医者も冒険者も同じことだ。」
メド「それに───。」
声色が変わる。
メド「───まだあるんだろう?私たちの知らない技術、治療法が、頭の中にだ。医療に関わらずに。しかも一つや二つじゃないはずだよ。」
その声に威圧される。確かに見抜かれている。年の功というやつだろうか。ただ、こくりとうなづくことしかできない。
メド「...君は、それを何から何まで自分のものにできるだろう?そうすれば、君は偉大すぎる貢献を世界に与える。なぜ、それをしないんだい?すれば、君は一躍ヒーローだろう。
───その未来を、なぜ望まない?」
その返答に、確かに少しだけ息が詰まって。
樹理「...それは、誰かを侮辱している。いえ、誰かじゃない、過去の人類をだと感じます。」
その答えに、彼の眉がぴくりと動く。
樹理「確かに、あなたの言う通りでしょう。きっとそうすることができる。...きっと、幸せな生活を送れると思います。」
小説で見た、漫画で見た。そんなありがちな展開を目の前にして、僕は悩み続けていた、考えていた。
現代の知識を使えば、遥かに僕の人生は確かなものになる。理想を体現していると言っても過言ではない。どれほど魅惑的で蠱惑的だろう。
科学、数学、天文学、物理学。文化、芸術、宗教。衣食住、労役、娯楽。何もかものその全てで今の上を行ける。正に万能の人となりえる。尊敬され、慕われ、何もかもとは行かないかもしれないけれど、良い人生にはなるだろう。
樹理「でも、そんなことは馬鹿げてる...は言い過ぎかもしれませんね。僕は『もったいない』って思うんです。」
メド「勿体無い、ですか。」
樹理「いや、まぁ、正直そこは自分の勝手なプライドみたいなものです。せっかく目の前に新しく開けた世界があるのに、既存のものに縛られてしまうは...。」
樹理「───やっぱり、勿体無いよなと。」
そこに、確かに自分で思っている答えがあった。
樹理「それでも思うのが、今があるのは、今までに生きてきた人によるものだって。未来のために、誰かのために積み上げてきた物が、人類の足跡がそこにあるんです。」
自らに与えられた、最後かもしれないチャンスだから。
樹理「だから、俺は、そんな未来を望みません。俺は誰かが作り上げた未来を、全身全霊でこの魔法の異世界を生きます。そうしたいんです。」
メド「...そんなことは、馬鹿だと言われても?」
俺は、はいと言って、力強くうなづいた。
彼はフッと笑う。
メド「...いや、ありがとう。すまない、こんな年寄りの話に付き合わせてしまってね。」
樹理「あぁ、いえいえ。なんだか僕も熱くなってしまって。」
2人でハハハと笑う。
メド「いやなに、私とここまで話せる子は初めてだよ。────しかし、本当に出す気は無いのかい?」
樹理「...正直、必要に応じて、としか言いようがないですね。今出したところで色々と壁はありますし...まぁ、時間が経てばきっと見つかりますよ。」
メド「ははっ、なんだか君は未来から来たみたいだね?」
少し含み笑いをしながら質問する。
樹理「いやぁ、当たらずとも遠からず。って感じですね。」
少しお茶を濁して答える。あまり大っぴらに言えることではない。
メド「......いや、...うーん。」
急にメドは悩み混んでしまう。
樹理「どうかしましたか?」
メド「...君の、出生とかは分からないが。何となく、君は人間に対しての細菌のように感じる。」
樹理「え゛?」
変な声が出てしまう。何だそれは。
メド「ああ、少し聞こえが悪すぎたな。言うと、君はなにか外的要因の存在のように感じる。体内に入って。いや、入ってきてしまってか?良いのか悪いのかどんな作用を及ぼすかは分からない。だけれど変化を与える人。そう感じるよ。」
樹理「それ褒め言葉ですか...?」
あまりにも何とも言えない批評をされてメドを目を細めて見つめる。一体どんな心境で話してるのかだろうか。
メド「ま、そういうわけだ。君も良ければ仕事を手伝ってもらいたい。人手はいつも足りないのでね。」
声色は元に戻っていた。
彼はそれだけを言って、また仕事に戻っていった。
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約1時間後、なんと行動の成果が出てきた。
効率的な治療により、これまでよりは余裕が出てきている。
回復が使える僕とリノハも治療班として参加。メーレは供給量に合わせて布を切り続ける。「これ、ギルドマスターとしてどうなんだい?」と愚痴っていたのは内緒だ。
樹理「はーい、次ですね。少し触りますので我慢してください。」
目の前にはベットに横たわり、痛そうにお腹を抑えてもがいている患者が1人。
僕は医療には詳しくはないものの、人体には詳しい。見たところは全体的に擦り傷と右腕からの出血。そして右大腿骨の骨折だ。
しかしどこか違和感も感じる。
樹理「すみません、右腕と右足以外で痛いところはあり...いえ、お腹は痛いですか?」
彼は微かだが声を発している。
「は...腹......腹が...い、いたい。」
そう答えた彼の様子が少しおかしくなる。一瞬目を見開き、そして、
「う...ぐ...うぷっ。」
うめき声をあげて、彼は吐き出す。彼の吐くものには赤い物が混じっている。
「大丈夫ですか!」と急いで医師が駆け寄ってきた。
「な、何が起きてるんだ...。」
樹理「一度ヒールを右腕と右大腿骨にかけてください」
そのうちに症状を考える。
痛みに耐えきれず吐いた?
冷や汗をかいている。
衝撃的な景色がフラッシュバックしたとかか?
いや...お腹...内臓系の損傷───。
樹理「───腹痛...嘔吐...、まさか、内臓破裂!?」
急いでヒールをしなくてはならない。怪我が右に重点的にあることから、おそらく肝臓や大腸あたりだと考えていいだろう。
樹理「───ヒール...。」
集中しろ、これがどこまで治せるのかは分からないが、患部に的確に出来なければ後遺症が残るかもしれない。レントゲンも出来ないこの環境ではほとんど手探りでやるしかない。
樹理「くっそ...!どこだ。肝臓か?膵臓か?...っ、すいません!誰か来ていただけますか!」
呼びかけに反応してくれた人も来てくれている、この人数なら総当たりで行けるはず。
樹理「大丈夫ですか?痛みはどうですか?」
そう聞いた患者の様子がおかしい。反応がない。
樹理「すいません!大丈...夫!?」
意識が朦朧としていて目の焦点が合わない。唇が青っぽくなり悪くなってきている。
「まずい!体に血が回っていないぞ!」
迂闊だった。内臓破裂をすれば出血性ショックを伴う。チアノーゼから分かっていたはずだ。まずい、このままでは酸素が回らずに、死んでしまう。
メド「すまない、───失礼するよ。」
そう言って、メド院長が医者達の間を掻き分け入ってくる。
「院長!内臓破裂の可能性が高い患者です!」
メド「分かった。今から見るよ。」
冷静なまま、患者の横にかがみ込む。
そのままメド院長は目を瞑り、集中し始める。そして、6秒後。
メド「ああ、確かに膵臓がやられてるよ。急いでヒールをかけてあげてくれ。その間に私が血腫が出来ないようやっておく。」
患者にヒールをかけながら、今一度魔法の便利さを思い知る。外傷までで無く、内側も治せてしまう。現代にあればどれほど良いことだろうか。
・・・いったい、どれだけの人を救えるのだろうか。
コポという音がする。患者の方から血の混じった水が固まりとして出てくる。『ミザラ』を使ったのだろうか?
メド「...っよし、一先ずは安心だろう。もう少しだけヒールを続けてもらえるかな?」
服の襟を直して、彼は一安心している。
樹理「すごいですね。それもスキルですか?」
メド「ああ、『アスクレイド』って言ってね。」
こちらに目を向けずに話を進める。
メド「ざっくり言うと『体内が見える』んだ。透けて見えると言えばいいかな。これが本当に便利でね。見るものを段階的に透過できる。肉、筋肉、血管と臓器、骨、血管と臓器、筋肉、肉って、体内を断面図的に見れるんだ。」
いわゆるCTスキャンのようなものだろう。しかし、ふと疑問が湧き上がってくる。
樹理「...それって、初めてのときは、キツくないですか?」
メド「うん、吐いたよ。」
衝撃の事実。ある意味持ってなくて良かったとも感じる。
メド「でも慣れればやっぱり便利だ。負傷部位がよく分かる。」
笑顔で話すメド。ああ、やはりこの人は生粋の医師だとひしひし伝わってきた。
そこから数時間後、何とかほとんどの傷病者の治療は完了した。無論、助けられない人はいた。
腹部に大きく穴が空いてしまった人。内臓が潰れた人。頭部の損傷により亡くなってしまった人。いくら魔法といえど、即死はどうしようもならなかった。
病院の一角にある死体安置所の死体を見る。
樹理「なぁ、リノハ。」
隣にいるリノハに話しかける。リノハはチラリとこちらを見るだけで、声は発さない。
樹理「...蘇生魔法、ってのは、ないのか?」
リノハ「...魔法をまとめた本に、記述のみがあります。最後に蘇生魔法が観測されたのは、今から170年前。あまりにも使える人は少ない、そして何より条件があります。」
樹理「...それは?」
リノハ「回復魔法が使える。多くの魔力を持っている。治す相手の身体の欠損が少ないこと。そして死者の魂が残っているかどうか。と言われています。」
やはり、異世界といえど、そう簡単には人の命は扱えないのだろう。
【ルリナ「ま、昔には戦争があったんだ。人間と悪魔のさ。すごい戦いだったらしいけど…。」】
樹理「(じゃあ、その時は...。)」
そんな考えを巡らせる中、部屋の扉が開く。
メド「おーい、メーレさんが呼んでいたよ。」
リノハ「あ、ごめんなさい!今行きます。」
2人で扉の向こうへ出る。病院内の廊下を歩く。
樹理「しかし、魔結石って便利ですね。割るだけで利用できるとは。」
メド「そうだね。急患のときにはヒールを込めた魔結石を割れば効果が発動する。魔力を使わずに簡単に出来るのはいい点だよ。君たちがあそこに入る時も使っただろう。」
リノハ「はい、聖魔法の魔結石を使いました。」
樹理「(...魔結石を利用すれば、メーレさんも簡単に魔法が使えるだろうになぁ...。)」
廊下の突き当たりの向こうから誰がが歩いてくる。
メーレ「あ、いたいた。それじゃ、ルイスくんのところへ行こうか。」
樹理「はい!...あ、コラハさんは?」
メーレ「今は部屋で休ませてもらってるよ。」
メド「じゃあ、私は様子を見てこよう。3人で行ってくるといい。」
そういうとそそくさと彼は行ってしまった。
こうして僕らはルイスの元へと向かった。
ルイス「・・・。」
天井のシミの数を数えている。今は絶賛5128個目である。
メーレ「やぁ、こんばんは。ルイス君。」
仕切りをくぐるように3人が入ってきて、空気が揺れ動く。眼鏡の人と、バンダナの人はいないようだ。
ルイス「こんばんは...。」
拙い返事を返す。
メーレ「どうだい、今は?」
ルイス「...あまり良くはないです。」
リノハ「地震は、大丈夫でしたか?」
ルイス「...うん、大丈夫。...怖かったけど。」
大きな揺れと周りの人の叫びは今でも残っている。
ルイス「...あ!そうだ!あの、思い出しました。ちょっとだけ。」
メーレ「本当かい!」
ルイス「はい。えっと、僕が捕まってた時です。」
【「僕は、変なうねうねに掴まれて、暗いところに連れて行かれました。パパもママも一緒で、同じ牢屋に入れられたんです。」】
リノハ「あの、牢屋って...。」
樹理「うん。多分ドモル達の言ってたことだ。」
話は続く。
【「色々なところに、光ってる石がありました。それで、何日もいました。時々パンが渡されました。ちょっと経ったら、大人の人たちが牢屋から出されて、連れてかれるんです。こっそり見たら、紫の石に手をこう、バッてやってました。」】
手を前にかざすような身振りをする。
メーレ「...紫色の石って、もしかして魔結石ってやつかな?」
ルイス「多分...そうです。」
【「一個ずつカゴに入れてました。その石は、大人の誰かが、大きな池に入れます。その時はパパでした。パパはそれを『お仕事』だ。って言ってました。お仕事が終わればみんな戻って、寝て、起きて、こばんを食べたら、またお仕事をします。」】
メーレ「...やはり地下大空洞か...。」
リノハ「なんでそれをしていたかは分かりますか?」
ルイス「うーん...分かんない。」
リノハ「そっかぁ...。」
リノハは残念そうな顔をしている。
メーレ「そうだねぇ、何のための魔結石なのか。しかもわざわざ魔力を込めてる。高濃度の魔結石を投げ込む意味はなんだ?」
樹理「...それこそ、ご飯。とか?」
リノハ「ご飯...ですか。でも、触手がどうやってご飯を食べるんですか?」
樹理「うーん...先端に口がある、とか?」
メーレ「そもそもだ。確実にこの中には人の手が加わっているのが確かだ。もしこれが触手の意思でやっていることならば、あまりにも回りくどいだろう?」
樹理「まぁ、食べるだけなら人を連れ去って丸呑みすれば良いですしね。」
リノハ「ってことは、人...もしくはそれに近しい何かが関わっていることに間違えないですよね。」
メーレ「拐った人が生きている限り半永続的に食料の供給がされる仕組みだ。もっとも、触手の食料が魔結石である大前提だけどね。」
ルイス「あ、あの!お話しして良いでしょうか!」
我慢が出来なくなったルイスが声を発する。
メーレ「あ、ああ。ごめんね。話に夢中になってしまった。お願いできるかい?」
【「それで、いつかは分からないけど、寝てたときに、たまたま起きちゃって。そしたら大きな池の近くに、誰かいました。大人でした。何か話してたんです。そしたら、池からうねうねが出てきて、『危ない!』って思ったら...、その、仲良くしてました。」】
樹理「(...!あれはやっぱり間違いじゃなかったのか。)」
【「しばらくしたらうねうねは池に戻っていったんです。大人の人が振り返ったので、急いで隠れました。その時顔を見たんですけど、仮面をつけてました。蜘蛛みたいな感じでした。」】
樹理「(ス...スパ◯ダーマン!?)」
脳裏にふと、有名なヒーローが浮かんだが、今はそんな時ではないので振り払う。
【「そこから、いくつか経ったときに、牢屋の右から穴が空きました。ドモルっていうモンスターが来て、『誰か助けてあげたい』って言ってました。パパとママは僕を助けてくれ。ってお願いしてて。穴も小さくて、僕しか通れなかったので、僕は逃げました。走って逃げました。」】
メーレ「それで、あの日に路地裏で倒れてたんだね。」
ルイス「はい、これが、思い出したことです。」
メーレ「ありがとう!お話ししてくれて助かったよ。...また地震が起きてもおかしくない。気をつけておくんだよ。」
優しく、慈しむような声がけをして、ルイスをメーレは見つめた。
ルイス「はい、分かりました。」
じゃあと言って、仕切りをくぐって部屋を出る。そして出る前に、僕はルイスへ質問をする。
樹理「最後にちょっと良いかな?」
ルイス「はい...?」
樹理「髪は何色だった?」
ルイス「え、いや、それは────。」
そう言いかけて、一度ハッとする。
もうこの部屋には、僕とジュリさんしかいない。
ルイス「...茶色、でした。」
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メーレ「失礼するよー。具合はどうだい?」
扉を開けると、そこには椅子に座っているコラハとメドがいた。
コラハ「結構休めましたよ。ある程度動けますし。」
そう言うコラハを横目にメドが話し出す。
メド「そうだねぇ、立ったら立ちくらみがするぐらいだからなぁ。動けるかぁー。」
リノハ「それを人は動けないと言うのでは...?」
リノハは訝しんだ。
メド「つまり、とっとと帰って休みなさいってところさ。」
メーレ「そうか、ありがとうメド院長。それじゃあ帰ろうか。はぁいじゃあおじいちゃん立てますかー?」
コラハ「まだ若いですよ!」
そういうコラハの足はガクガクしている。やはりダメそうだ。
メド院長は正面出入り口まで見送ってくれた。
メド「それじゃあ、さらばだ若者達!」
リ、樹「さようならー!」
メーレ「さいなら!」
メド「...メーレ。」
メーレは立ち止まった。
メド「...頑張れよ。」
メーレ「はい!メド院長!」
すでに空は暗くなっている。崩れてしまった街並みを、暗い月灯りが照らしている。
閲覧していただいてありがとうございます!
コメント、評価など、ぜひ良かったらお願いします。
ちなみにですが、異世界にも米があります。
ついでに言うと粘り気の多い品種もあります。つ
とどのつまり、餅が作れます。
いずれモチが作れる日は来るのだろうか。
これからもどうか見ていただければ幸いです!
ではまた次回。じゃあーね!