15.平手打ち (挿絵あり)
コユキはいつもと変わらない善悪を見て少しホッとした。
「……善悪」
思いのほか丸くて可愛らしい善悪の目は、興味深げにコユキの全身を眺め回している。
「如何された? コユキ殿? ……あぁぁ、なんと強烈な香り! そしてまーた、太ったのであるな!」
こんな時に何でそんな事を…… と、泣きそうになるが、仕方が無い。
確かにコユキは日々着実に太っていたし、善悪は茶糖家に起きた一大事なんて知らないのだ。
「しかし、それだけ体に肉を付けられるというのは、日々の糧を満足に、いやそれ以上に得られているという事でござるなぁ! そして丈夫な体に生んでもらった事に、父上母上とご先祖様に感謝せねばいけませんぞ! さすれば、もう少し、食事に気を付けようとか、痩せようとか、彼氏を作って家族を安心させようとか、痩せようとか、働こうとか、痩せようとか、色々行動するものであるが…… コユキ殿は些か感謝が足りぬのではござらぬか? 痩せてないし」
善悪の言う通りであった。
図星すぎる。
言葉が矢のようにグサグサ刺さる。
今までは、何を言われようと全く気にしていなかったコユキだったが、つい先程、その『感謝』と『感謝が足りない』事に生まれて初めて気が付いたばかりだったのだ。
コユキは泣きそうになるのを堪えるのに全力を注いでいた。
「むむむ…… どうされたコユキ殿? 大丈夫であるか? ……しかしながら、この強烈な香りは…… 代謝が極端に悪いのではござらぬか? どうやら汗はかける様であるがぁ、これもう人間の臭いじゃないのでは? うん、サウナなどに行ってみては如何でござろう? 温泉も良いかもしれぬなぁ、良ければ拙者おススメの温泉を教えるでござるよ? ん? どうしたの? コユキ殿? あ、もしかしてトイレを我慢しているのでござるか? 若しかしてもう漏らしちゃってるとか? 臭いもんね! いづれにしても我慢は体に良くないのでござ…… ォボホゥッ!」
我慢の限界であった。
言い終える前にコユキの平手が善悪の顎に打ち込まれたのである。
瞬間、善悪は地面に倒れまいと己の気を両足に込めその場に留まった。
しかし、倒れない事によって力の逃げ場は無くなり、衝撃は全て善悪の顎に集中した。
「仕方が無いでしょ! この暑さなんだから! 汗なんて誰だって掻くでしょ! あんただって汗臭いじゃない! 全くどいつもこいつも!」
言いながら、半泣きのコユキの体臭は汗臭いレベルではない。
気の弱い人がその臭いを嗅げば命を落とすかもしれない。
さっきはバケモノ、今は善悪だから『強烈』程度で済むのだ。
――――しまった! またやってしまった……
「ご、ごめん! 善悪ぅ! 大丈夫? もうっ…… 本当にそれどころじゃないのよ」
善悪の前で泣くまいと必死に我慢していたがもう無理だった。
耐え切れずにコユキはボロボロ泣いた。
善悪が痛む顎を両手で押さえつつ恍惚の表情を浮かべている。
「ぁぁぁあああ~、はぁうぅん…… この感じ、たまりませんなぁ~、いやはや、ありがとうございます」
胸の前辺りで両手を合わせ一礼した。
密教系の幸福寺に生まれ、幼い頃から修行を重ねてきた善悪は、今でも禅を取り入れたオリジナルの修行を続けている。
彼にとってはこれもまた修行の一環なのかもしれない。
しゃくりながら、鼻をズルズルさせながらコユキは返す。
「キモッ! グスっ…… もう、どうでもいいから、喉も渇いたから何かちょうだいよ、グスッ」
――――善悪ってM? なのかな? いやいや……
ぶるぶるっと頭を振る。
善悪の顔はにやけてヨダレまで垂らしていた。
しかし、Mでは無い筈! と思う。
思わなければ気持ち悪くて口も聞けなくなってしまう。
他人からはどう見えていようと、コユキの自己評価はあくまでもノーマルなのだ。
「えっ、コユキ殿? 泣いてるの? えっと、大丈夫でござるか? こんな所でもなんだから、ささ、取り敢えず上がるのでござるよ」
善悪は法衣の裾をヒラリと翻し、顎を押さえつつも軽い足取りで台所へ向かって行った。
お読みいただきありがとうございます。
感謝! 感激! 感動! です(*'v'*)
まだまだ文章、構成力共に拙い作品ですが、
皆様のご意見、お力をお借りすることでいつか上手に書けるようになりたいと願っています。
これからもよろしくお願い致します。
拙作に目を通して頂き誠にありがとうございました。
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