11.コユキ、独り (挿絵あり)
意識は無いもののどうやら皆生きているらしい。
となれば、さすがのコユキでも、冷たい床の上では少々可哀想だなと思った。
コユキは取り敢えず家族の体を二間とおしの畳部屋に並べる事とした。
リョウコとリエは子供達を庇うように居間に転がっている。
コユキが引きこもっている間に、ちゃぁんと母親になっていた様だ。
妹達のおでこをツンツンと指でつついてみながら話し掛ける。
「……ちょっと冗談でしょ? ……早く起きなさいよね、ほらデブでも、ブスでも、いつもみたく何とか言いなさいよ!」
しかし、二人は無言である。
リョウコはかわいい系、リエはきれい系だ。
整った容姿はそのままに二人ともピクリとも動きはしない。
因みにコユキの自己評価では自分をセクシー系だと思っているらしい。
超絶ダイナマイトバディー、ボリュームマウンテンの山盛りお肉さんだ。
二人の妹は十代の頃からスタイルを気にしていたし、お洒落もしていた。
もちろん彼氏も普通にいた。
お年頃の女性なら当たり前のことである。
当時のコユキはそんな極々一般的な、いや、頑張っている二人を見て、
「バッカじゃーん! 必死かよ? だっせーなぁ~、ま、アンタ達には必要な努力かもねー、けらけらけら♪」
とか言い続けてきたし、ガリガリで何の魅力も無い! 可哀想! と心底思っていたが、今動かない二人を目の当たりにしたら、ボロボロ涙が出てきた。
思わず二人の痩せた体をギューっと抱き締めていた。
「なんでこんな事になっちゃったんだよ? アタシと違って生まれつき魅力に乏しかったアンタ等があんなに努力してやっとこさそれなりの幸せを手に入れたっていうのに…… なんでよ? ぐすっ、可哀想じゃないのよん?」
問いかけても誰からも返事はこない。
まだ幼稚園前の甥と姪とスリムなリョウコ、リエだったので運ぶのは苦ではなかった。
しかし、子供二人を両脇に抱え移動する時、何か硬いモノを踏みつけてしまった。
ミシミシッッ! ……バキッッ!
完全に亀裂が走り割れた音がする、耐荷重オーヴァーと思われる。
「あちゃーやっちまったぁー、ヤッバいわコレ、どうしよう……」
コユキの足元には破壊されたプラスチックの残骸が散らばっていた。
父親のヒロフミはトイレの便座に座り漫画雑誌を持ったまま呆けていた。
「お父さんまたトイレで読書を…… それにしても、モー○ングとかビック○ミックじゃないんだね、はぁ……」
横に積んである月刊シ○ウスはまだしも、手に持っていたのは、よりにもよってコロコ○コミックである。
妹たちとは別の意味で、何故か凄く悲しく残念な気持ちになった。
なんとなくコイツはこのままでも良いか? そんな気持ちも脳裏をよぎったが気を取り直す事が出来たのは、コユキが生来持つ上質なガッツ(石松並み)のおかげであろう。
取り敢えずパンツを履かせて大事な物を固定させてから、ヒロフミをなんとかトイレから引きずり出すコユキ。
数年前に祖父が他界してから、父ヒロフミは農家を継いでいた、労働意欲的にはやや消極的ではあったが……
となれば力仕事をせざるを得ない訳で、いくら六十五歳を過ぎているとは言え、ガタイのいい農家のオヤジは一般職の重さと比べるべくも無いのだ。
「くっそ、重いっ! 何のこれしきぃ! フンガー! フガフガ」
鼻をズルズル啜りながら、ふぅ~ふぅ~と呼吸を荒くし、汗だくでなんとか畳部屋までズルズルと運んだ。
「もうお父さんたらーっ! トイレで漫画読まないでっていつもお母さんが言ってんじゃーん!」
試しに文句を言ってみるがやはり返事はない。
「ダメか…… うあぁ、どうしよう、どうしよう、でもきっと大丈夫、なんとかなる、なんとかなる、大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
コユキは何度も自分に言い聞かせ、なんとか平常心を保とうと、必死にスキルを発動させようとするのだった。
ヒロフミは昔から漫画やテレビゲーム、映画が好きだった。
今でもテレビゲームは日課だが、あまり最近のハードは使わない。
古いハード『セガサタ○ン』で『ソニッ○ヘッジホッグ』だけをやっているのだ。
二十年以上の間ずっと、良く飽き無いものだとコユキは思う。
「心に闇を抱えた父のためにがんばって動いてねん」
と、そっと『セガサタ○ン』を撫でたこともあった。
しかし、そんなヒロフミの大切な『セガサタ○ン』は先程コユキによって踏みつけられ破壊されてしまったのだ。
「た○ごっちがまだどこかに仕舞ってあった筈だけど…… 電池を換えればまだ動くかなぁ?」
何か代わりに心の拠り所、魂の居場所と呼べるものを用意しなくてはなるまい、そのプレッシャーも又、今のコユキの心を圧迫していたのかも知れなかった。
居間に置かれた古めかしいブラウン管アナログテレビはゲーム専用として現在も活躍中である。
祖父も農家をバリバリやていたし、立派な高スペック婿も二人居る為、茶糖家にお金が無い訳ではなかったのに何故こんな時代錯誤な代物が有るのだろうか?
地デジチューナーすら敢えて付けず、でかいブラウン管テレビだけがある居間に好んで来る者は一人を除いて皆無であった。
結果、居間は父ヒロフミの城になった。
誰にも邪魔されない居心地の良い籠り部屋である。
しかし、夏の訪れと同時に、父ヒロフミはブラウン管テレビから発せられる熱量によって灼熱地獄となる環境の激変に大層苦慮したのである。
ある日、『省エネ』とは程遠い、どこかのゴミ置き場から拾ってきたウィンドウエアコンを自ら設置するという強引な対処療法に踏み切ったのだ。
コイツ、恐るべきことに十二℃に設定できる代物だったのだ。
うっかり付けたまま寝てしまうと、居間の扉、窓は全て結露し、鼻水まで凍りつくのである。
四十代後半に引きこもりになったヒロフミであった。
昼夜逆転の生活で気ままで楽しいゲーム三昧の日々を過ごしていたが、五十歳を過ぎたある日、突如、部屋を飛び出して再び猛烈に働き出したのである。
口数は少ないヒロフミだが、丁度その頃引きこもり始めたコユキに、自分の姿で何か教えようとしたのかも知れない…… 残念ながらそのメッセージはコユキに届くことは無かったのだが……
先ほどからコユキは必死に泣くまいとしているが、中々いつものように何でも無い事に出来ないでいた、具体的には空腹でも無いのに涙が溢れそうになっていたのである。
「どうしよう、どうしよう……」
台所に倒れているミチエとトシコ、廊下で動かなくなってしまったツミコを運びながら、つい先ほど迄交わしていた見合いに付いての会話を思い出してしまう。
あれから一時間位しか経過していないというのに、もう何日も過ぎてしまった様にも感じられてしまっていた。
お読みいただきありがとうございます。
感謝! 感激! 感動! です(*'v'*)
まだまだ文章、構成力共に拙い作品ですが、
皆様のご意見、お力をお借りすることでいつか上手に書けるようになりたいと願っています。
これからもよろしくお願い致します。
拙作に目を通して頂き誠にありがとうございました。
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