第2話 ホタテの馬車
ランチョが馬車を貸してくれたから、それで駅へ向かうことにした。駅まで1時間ほどらしい。
馬車の馭者はアシュラスより一回り年上の男性だった。おまけに太ってて脂ぎっている上に、顔中髭面で清潔感がない。肌も汚い。寡黙で無愛想な男だったが、アシュラスはあまり人と話したくない気分だったからこの寡黙な馭者は都合が良かった。それからしばらく、馬の周期的な足音や、砂利道による心地よい揺れ、秋の晴れた昼下がりの、日差しやそよ風などに包まれているうちに、いつしか眠ってしまった。
しばらくして目を覚ますと、町並みが随分変わっている。砂利道は石畳に変わり、周囲には集合住宅が目え、ちらほらと、酒屋などの店や行商もあった。馭者にどのくらい寝ていたか訊くと、40分位だと答えた。アシュラスは、たかだか40分程度でこんなに道並みが変わるものかと感心すると同時に、今までの人生の行動範囲の狭さに感傷した。
ふと、なぜソランがダコタに行ったのか気になった。仕事ならここらへんにもありそうだ。アシュラスが馭者にダコタとはどんな街なのか、ソランは何故ダコタに行ったのか尋ねる。馭者は低い、太い声で淡々と語った。
「ダコタはこの大陸の中心だ。地理的な意味でもそうだし、それ以外の様々な面で見ても中心と言えるだろう。だから若い奴がダコタに行きたがる理由なんて、人の数だけある。ランチョのお嬢さんがダコタに言った理由だって、知れないな。若い者というのはそういうものだ。俺や俺の嫁さんも昔ダコタに住んでいた。」
アシュラスは『俺の嫁さん』というところが異様に引っかかって、つい目をしかめてしまった。この男に妻がいるとは到底思えない。
「俺の嫁さんがいるのが信じられないって顔をしてるな」
こいつ、馬車を操縦しながら俺の顔色を伺うとは、目が後ろに付いてるのか? アシュラスは物は試しに黙って頷いてみた。馭者はずっと前を見ている。
「まあ、そうだろうなぁ! 俺のような男と結婚してくれる女がいるなんて、考えられないよなぁ!」
この男、なんだかテンションが上がっている。さっきまで様子が嘘のように。声が上ずり、信じられないくらい早口になっている。笑みが抑えきれないのが、後ろ姿でも分かるくらいだ。
「フッ…フッふヒッ……! 嫁さんはと、とととにかく可愛くてなあ!顔がこーんなにちっちゃいんだ。」
と言って馭者は左手の親指と人差し指で輪を作って見せてきた。そんなに小さいわけないだろ。
「それでいてお目々がハパッッチリで背が低くて、おっぱいがデカい!それでいて利口で、小生がキャラメルちゃんって呼んでくれと言ったら、そう呼んでくれる。この醜い小生のことを!ほんとに、お願いしたら何でも聞いてくれるんだ。――だが、自主性がないというわけではない。実に芯がしっかりした、自立した女性、という面もあるのだ。それに――」
めっちゃ早口で言ってそう。というか実際めっちゃ早口だ。なんとなく、こいつは無限に嫁の話を続けそうな雰囲気だ。流石にそれは耐えられない。早く話を変えなければと心が壊れてしまう。
アシュラスは話を遮るように言った。
「ダコタは結局どういう街なんだ。歴史とかあるだろう」
馭者ははって言った。
「おっと。つい喋りすぎてしまった。嫁の話になるといつもこうだ。すまない。ダコタの歴史? 俺だって詳しいわけではない。」
シュラスが「それでも構わない」というと馭者は続けた。
「ああ、そうか。――ダコタは『巨神の街』と云われている。神話によれば、あそこは巨神が創った街だ。だからそう云われている。もっとも、今どき神話を信じる者なんて殆どいないがな。まあ神話にそう書かれるということは、ダコタは大昔から大陸で随一の都市だったということだ。実際に見てみると、巨神が創ったとしか考えられないほどデカい街だよ。デカいといえば嫁さんのおっぱいはとにかくデカくて――」
アシュラスはまた眠たくなったが、馭者がまた、上ずった調子で嫁さんの話をしそうになったショックで跳ね起きた。
「おい! やめろ! 嫁さんの話はするな! ――ところでキャラメルちゃんはダコタ出身なのか?」
「俺の事をキャラメルちゃんと呼んでいいのは嫁さんだけだ!」
馭者は激怒し、馬車が揺れた。アシュラスがびっくりしした拍子に頭を天井にぶつけて、また馬車が揺れた。すると馬もびっくりしたようで、暴れだした。それをなだめながらで馭者は続けた。
「悪い、取り乱した。――ああ、俺はダコタ出身だ、だが、あの街が嫌いになってしまって、今はこの仕事でメシを食ってる。ダコタは魔王討伐に力を入れていて、冒険者への支援が手厚い。だからあそこは冒険者が多くて、俺は冒険者を見て育ち、冒険者になりたいと思うようになった。18歳の誕生日、俺はギルドで鑑別を受けるとユニークスキルは『帆立の眸』だという。百個の小さな視覚を自分の頭の周りでに配置する能力、一見強力そうだが戦闘には役立たないスキルだった」
「もしかしてそのユニークスキルで前と後ろを同時に見てるのか?」
「その通りだ。日常生活では便利なスキルなんだがね。――パーティのリーダーとの採用面談で能力を盛って説明してしまった俺のせいもあるのだが、所属したパーティはすぐクビになったよ。そしたら自分に冒険者を志させえたダコタの街がどうも憎く感じられて、嫁さんと一緒に田舎に行こうと思ったんだ。その後、いろんな縁があって今はこういう仕事をしてる。文句も言わずに付いてきてくれた嫁さんには――」
アシュラスはやれやれと思いながら怒鳴った。
「嫁さんの話はするな!」
馭者は優しい声で笑って前の方を指差す。突然の行動を不思議に思い、指差す方向を眺めると小さく駅舎が見える。こぢんまりとした、如何にも田舎らしい駅舎だ。
「もう時期着くぞ」
馭者はそう呟いた。
――しばらくして駅舎に馬車から止まり、アシュラスが馬車から降りると、馭者はアシュラスに代金を求めた。運賃は4000Gらしいので、アシュラスは紙幣を1枚渡して、別の紙幣を6枚受け取った。なんだかお金が増えた気分だった。
次回、1月29日投稿(目標)
ロリが来ます。