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CASE8『開戦』

「グルルルル……」


 人通りのない薄暗い路地裏。

 そこに、一体の巨大な生き物がうなり声を上げていた。

 二メートル以上の巨体。四本の腕。右腕は分厚い大剣のように鋭くなっていて、左腕は丸太のように一回り以上大きく、盾のようになっている。

 鬼のような形相に血のように赤い瞳。牙が生え揃った口から涎を流すその姿は、まさに異形の怪物。

 元は愛子という少女、今はレッドタッグの不死人。いや、弱点である陽の光を浴びても死なないことから、レッドタッグ以上に危険だと言っていいだろう。


「グ、ガ、ガァ……ッ!」


 だが、愛子はまるで何かに抵抗するように、体を抱きしめて動きを止めている。

 その必死さは人外の膂力で体を抱きしめている手が、自分の身を引き裂くほどだった。


 そう、愛子は耐えていた。


 通常、不死人になった者は本能的に人を襲い、脳味噌を喰らう。

 しかし、愛子は不死人になった今でも、まだ理性が残っていた。


「グルルルル……ッ!」


 その理性が、ほんの少しだけ残った愛子の意思が。不死人の本能に抗い、人を襲わないようにしていた。

 だが、それもそろそろ限界だ。不死人になってから一度も人間を襲わず、餌となる脳味噌を喰らわずにいた愛子の体は、極限の飢餓状態だった。

 残っていた理性が徐々に本能に侵食され、こうして路地裏に留まっているのは奇跡としか言いようがない。


「グ、ガ、キャァァァァァァァァァッ!」


 しかし、その奇跡もとうとう限界が来た。

 愛子は理性を失った瞳で空を見上げ、甲高い悲痛にも似た雄叫びを轟かせる。

 空気を震わせる咆哮に周りの壁にヒビが入り、コンクリートの地面に亀裂が走った。

 そして、愛子はゆっくりと太い足を動かし、路地裏から出ようとする。路地裏を抜けた先は、一般人が平和な日常を謳歌している。


 そこに愛子が、異形の怪物が現れれば阿鼻叫喚となるのは間違いないだろう。


「グルル、ルル……」


 だが、不死人からしたらそんなことは関係ない。

 人間は全て餌でしかない。自分の腹を満たすためなら、例え大混乱を引き起こそうとも関係ない。

 本能で動く化け物には、人間の常識など知ったことではない。

 そして、愛子はとうとう路地裏からヌッと顔を出した。

 幸運にも、路地裏を抜けた先に人はいなかった。だが、見つかるのも時間の問題だろう。

 愛子は舌なめずりしながら餌を探そうと路地裏から出ようとした瞬間__。


「キャアッ!?」


 側頭部に強い衝撃が走り、たたらを踏んだ。

 そして、地面にカランとひしゃげた小さな塊__銃弾が落ちる。


「グルル……?」


 不意を突かれた愛子はキョロキョロと衝撃の正体、銃弾を放ってきた犯人を探した。

 だが、周りには誰もいない。どこにいる、と悔しげに牙を鳴らすと__。


「グキャッ!?」


 二発目の銃弾が、また側頭部に着弾した。

 愛子は着弾した箇所から銃弾が放たれたであろう方向を判断し、その方向にバッと目を向ける。


 それは遥か遠い、この街で一番高いビルの屋上。


 そこでは一人の黒いコートを着た男が、タバコを口に咥えながら銃身の長い銃を構えていた。


「__バレたか」


 ボソッと呟く男の正体は、骸骨男。

 手にしたスナイパーライフルに取り付けてあるスコープ越しに、愛子が自分がいる場所を見つけたことを悟り、咥えたタバコを吸う。

 口や伽藍堂の眼窩から紫煙をくゆらせながら、骸骨男はライフルのボルトを引いた。

 ボルトアクション方式のライフルから空薬莢を排出し、手動で次弾装填する。それからまたスコープを覗き込み、愛子に狙いを定めた。


「……右に二度修正」


 ボソッと呟きながら位置を調整し、ゆっくりと引き金を引く。

 銃声と共に、弾丸が放たれた。

 弾丸は風を切り、遠く離れた愛子の元へと一直線に向かっていく。


「キャアッ!」


 だが、愛子はもう骸骨男の位置を把握している。

 化け物に成り果て、人外の力を手に入れた愛子の目には向かってくる弾丸を正確に目視出来ていた。

 愛子はブンッと丸太のように太い左腕を振り回し、弾丸を防ぐ。

 それをスコープ越しに見ていた骸骨男は、舌打ちするようにカタッと顎骨を鳴らした。


「これ以上は無理そうだな」


 そう呟くと骸骨男はライフルを置き、立ち上がる。

 そして、タバコを吸いながら遠く離れた愛子に向かって、クイッと指を曲げた。


「来いよ、化け物__俺はここにいるぞ?」


 こんなに離れていれば、骸骨男の挑発は聞こえないだろう。

 だが、愛子はビルの屋上にいる骸骨男の姿を見て、挑発されていることに気付いていた。


「グルル……ッ!」


 愛子は怒り狂い、砕けんばかりに牙を噛み締める。

 そして、ググッと膝を曲げると、コンクリートの地面を踏み砕きながら走り出した。

 自分に向かって来る愛子を見た骸骨男は、すぐに動き出す。


「いいぞ、そのまま来い」


 そう言うと骸骨男は屋上のフェンスに向かう。その道中で置いてあった黒いバックパックを背負うと、フェンスをよじ登った。

 フェンスの上に立った骸骨男はプッと咥えていたタバコを吐き捨て、目が眩むような高さを前に頭に被っていたソフト帽を手で抑える。


「お気に入りの帽子だ……飛ばないように気をつけないとなぁ!」


 そして、骸骨男は背負ったバックパックの腰ベルトを装着すると、なんの躊躇もなくフェンスから飛び降りた。

 バサバサと風圧で黒いコートが激しくはためき、ソフト帽がどこかに飛んでいきそうになる。

 片手でソフト帽を抑えたままもう片方の手でバックパックのコードを引っ張ると、勢いよく中身が飛び出した。


 それは、黒塗りのパラシュートだった。


 パラシュートを開くと骸骨男の体がグンっと上へと引っ張られ、落下速度が少しだけ遅くなる。

 だが、遅くなったとしても速度は速いままだ。そもそも、パラシュートを開いて無事に着地するには、ビルの屋上では高さが足りていない。

 それでも、骸骨男は臆していなかった。そのまま落下しながらパラシュートを操作し、目的の場所に移動していく。


「さぁ、相棒。出番だぜ?」


 骸骨男は事前にそこに準備していた相棒__愛用のバイク、ファットボーイに落下しながら声をかける。

 そして、骸骨男は出来るだけ落下速度を落とし、操作しながらバイクの上空に位置取った。

 それと同時に骸骨男は空中で腰ベルト__ハーネスを外す。パラシュートから投げ出された骸骨男は、迫り来る地面に向かって自由落下していった。


「オラァ!」


 骸骨男は怒声を上げながら最初につま先から着地し、即座に体を丸めてグルリと前回り受け身を取る。

 完全に落下の衝撃を分散しながら、傷一つなく着地に成功した骸骨男は回転した勢いを使って起き上がり、その流れのままバイクに跨る。

 エンジンを点けたまま置いていたバイクのハンドルを握り、グリップを引いてアクセルを回した。

 すると、バイクは待ってましたとばかりにけたたましい爆音を轟かせる。

 バイクに跨った骸骨男はチラッと後ろを振り返ると、遥か遠くから人の悲鳴と何かが壊れる音が聞こえた。


「__グキャァアァアァァァァッ!」

「な、なんだ!?」

「きゃぁあぁぁ!」

「う、うわぁぁ! ば、化け物だぁぁッ!?」


 骸骨男を追う愛子は、人目を気にせず街を走り抜ける。

 突然の化け物の登場に街の人々は逃げ惑う中、愛子は骸骨男に向かって一直線に走っていた。

 極限の飢餓状態であっても、挑発された怒りが愛子を突き動かす。邪魔な車を太い腕で払い除け、地面を踏み砕きながら向かってくる愛子。

 だが、骸骨男はソフト帽を脱いで腰元のハットクリップに留め、カタッと骨を鳴らして笑っていた。


「そうだ、ちゃんとついて来い。邪魔されないところで決着をつけようぜ?」


 骸骨男の狙いは、他の一般人を巻き込まないように愛子を人気のないところへ誘い込むことだ。

 狙い通り愛子は一般人を襲うことなく骸骨男を追ってきている。

 骸骨男はフルフェイスのヘルメットを被ると、獣のような音を響かせながらアクセルを回した。


「頼むぜ、相棒。腹一杯に給油してやったんだ……その分働いてくれよ?」


 そう言って、骸骨男はバイクを走らせる。

 爆音を轟かせたバイクは、排気ガスを噴き出しながら一気に加速した。

 異形の怪物と化した愛子と、骸骨男が乗るバイク。


 異質なレースが、幕を開けた。

 


遅くなり申し訳ありません!!

ゆっくりですが、必ず完結させますので!


よろしければ最後までお付き合い下さい。

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