CASE4『異形の不死人』
「ん? よう、早かったな。どうした、浮かない顔して。まぁ、骸骨頭で表情なんて分からないけどな」
ガスマスクの男を取り逃した骸骨男と未来は、<NO NAME>に戻ってきた。
ケラケラと笑うジョンを無視した骸骨男は、カウンターに手を置きながら顎骨を開く。
「__人工的に不死人を作り出している奴がいる」
笑っていたジョンはそれを聞いて、スッと真剣な表情に変わる。
そして、顎に手を置きながら思考を巡らせ始めた。
「……人工的に、だと? たしかにそんな噂はあるが、マジか?」
「あぁ。そいつは目の前で仲間を不死人にしやがった。何か情報はあるか?」
「……噂程度だが、あるぜ」
そう言ってジョンはチラッと未来の方に目を向ける。察した骸骨男が顎をしゃくると、未来は頷いてから口を開いた。
「お願いします、ジョンさん。何かあるなら、教えて下さい」
「いいぜ、未来ちゃんの頼みだからな。と言っても、本当に噂程度だ」
ジョンは頭をガシガシと描きながら二人に椅子に座るように言うと、人工的に不死人を作り出している人間の情報を話し始める。
「不死人を研究している組織がいるんだが、その一人の研究員が重要な研究結果を持ち逃げして消えたらしい。その内容は……人間が不死人になる要因について、だ」
「白骨さんから聞いたけど、病気みたいなものなんでしょう?」
「あぁ、そうだ。なんの脈絡もなく、突発的に人間が不死人に変貌する。まるで病気のようにな。そこで、どうして不死人になるのかを研究し、不死人にならない方法を探していたようだ」
「……持ち逃げした奴は、人間が不死人になる方法に目を付けたんだな」
骸骨男の言葉にジョンは呆れたようにため息を吐きながら頷いて返す。
「馬鹿な奴だろ? だが、目の付け所はいい。もし、人間が不死人に出来れば、道具として使えるだろう」
「もしかして……そいつは国に情報を売ったってこと?」
本能の赴くままに人間を襲い、戦うことに恐怖も感じない不死人は、戦争の道具として使えるだろう。
そう考え、持ち逃げした研究結果を国に売った奴がいる。
信じられないと眉間にシワを寄せる未来に、ジョンは肩を竦めた。
「だが、その研究結果を買った某国はミスを犯した。不死人にした人間を逃したらしくてな、しかも大量に」
「__あぁ、あれか。昔、大量発生した不死人を狩る仕事をしたな。深くは考えなかったが、原因はそれか」
骸骨男は覚えがあったのか、ため息混じりに呟く。
戦争に使う不死人を大量に作った某国が作った不死人を逃してしまい、街に大量の不死人を放つことになってしまった。
ジョンは鼻を鳴らしながら話を続ける。
「某国はその事実を闇に葬り、情報を売った奴を殺した……らしいな。俺ですら尻尾を掴ませないほど、念入りにもみ消されていた」
「だから、噂程度なんだ……」
「そういうこと。ま、ほぼ事実だろうが、裏が取れない情報は噂でしかない」
「他に情報はないか? ガスマスクの男がいたんだが」
「ガスマスクの男の情報? どんな奴なんだ?」
「あ、それなら……」
未来はポケットからデジタルカメラを取り出すと、画面に写真を表示させた。
そこにはガスマスクの男と、不死人にされた男の姿。そして、ガスマスクの男が男に注射器を指している写真だった。
それを見たジョンは感心したように口笛を吹き、骸骨男はカタカタと顎骨を鳴らす。
「嬢ちゃん、いつの間に撮っていたのか」
「やるねぇ、未来ちゃん」
「これでもジャーナリスト希望なんで! バレないように撮るのはお手の物よ!」
ふふん、と自慢げに胸を張る未来にジョンはデジタルカメラの写真をジッと見つめ始める。
「よく撮れてるな……白スーツに白のソフト帽、ガスマスク。これだけ目立つ姿の男だけど、何も情報はないな」
「この注射器については?」
「うーん、どこにでもある注射器だな。まぁ、この赤い液体が人間を不死人に変える物なのは間違いないだろうけど」
ガスマスクの男の情報はないと聞き、未来はガックリとうなだれる。
だが、骸骨男は特に気にした様子もなくソフト帽を被り直した。
「なら、やることは一つだな」
「それって?」
「こいつらの根城の可能性がある、十五件の拠点を手当たり次第に探る」
それしかないとは言え、十五件もある本拠地らしき場所を探るのはかなり骨が折れることだろう。
未来はうげっ、と顔をしかめながら諦めたように首を縦に振る。
「それしかないよねぇ……頑張ろ」
「決まりだな。その十五件の場所を教えろ……と、ジョンに言ってくれ、嬢ちゃん」
「だってさ、ジョンさん」
「あいよ! 今地図を渡すから待ってくれ!」
骸骨男が話したことを未来が適当に伝えると、ジョンはいそいそとカウンターに地図を広げ、十五件の拠点に赤いペンで丸をつけた。
それぞれ離れたところにあり、歩きで調べるには大変そうだった。
すると、骸骨男は立ち上がって顎骨を鳴らす。
「歩きは面倒だ。バイクを使う」
「え? 白骨さん、免許あるの?」
証明写真が骸骨の姿の免許書なんて、普通ではありえないだろう。
だけど、もしあるなら……と期待した目で未来が骸骨男を見つめていると、骸骨男はカタカタと顎骨を鳴らして笑う。
「資格なんて飾りだ。運転出来れば問題ない」
「無免許ってことね。まぁ、分かってたけど」
堂々と無免許なことを明かす骸骨男に、未来はやれやれと肩を竦めた。
そのまま二人は<NO NAME>から出て、骸骨男の家に向かう。路地裏にひっそりと佇む雑居ビル。話によるとこのビル丸々、骸骨男が所有しているようだ。
その一階にある部屋に入ると、そこにはごちゃごちゃと物が置かれたガレージになっていた。
そして、そのガレージの中央にあったのは__一台の大型バイク。
ピカピカに磨かれた黒いボディ。馬力のありそうな剥き出しになっている鈍い銀色のエンジン。
「ハーレーダビットソン__ファットボーイだ。洒落が効いてるだろ?」
カタカタと顎骨を鳴らしながら、骸骨男はバイクの車種を未来に教える。
骨だけの男が、太っちょバイクに乗る。洒落が効いているというより、皮肉が効いてるだろう。
だが、未来は呆れたように肩を竦めた。
「どうでもいいわよ。乗れるならなんでもね」
「……面白味がねぇな、嬢ちゃん」
興味なさげな未来にどことなく残念そうにしながら、骸骨男はエンジンを点ける。
まるで獣のようなけたたましい音と共に、マフラーから排気ガスが吹き出された。
骸骨男は被っていたソフト帽を腰元のハットクリップに留め、フルフェイスの黒いヘルメットを被ってバイクに跨がう。
そして、未来にもう一つのヘルメットを投げ渡した。
「きゃ! ちょっと、もう少し優しく渡したら!?」
「いいから乗れ」
ぞんざいな扱いに不満を漏らす未来に、骸骨男は後ろを顎でしゃくる。
ムッとしながら文句を言っても仕方ない、と判断した未来はバイクの後ろに乗った。
「スカートだろうが気にせず走るぞ」
「残念でした。スパッツ履いてるから大丈夫よ」
「女っ気がねぇ嬢ちゃんだな」
未来が腰に手を回すと、骸骨男はポケットからリモコンを取り出してボタンを押す。
すると、目の前のシャッターが音を立てて開き始めた。
骸骨男はリモコンを適当に放るとハンドルを握りしめ、グリップを引いてアクセルを回す。
「しっかり掴まってろ!」
骸骨男の声に未来は頷き、腰を抱きしめていた腕に力を込める。
そして、未来を乗せて骸骨男はバイクを一気に走らせ、外に飛び出した。
爆音を響かせながら走るバイクは、ジョンが教えてくれた十五件の拠点の内、一番近い場所へと向かう。
昼時の街を駆け抜け、拠点に到着した骸骨男は少し離れたところでバイクを停めた。
「ここだな」
「……なんか、いかにも怪しそう」
そこは、三階建ての廃ビルだ。
割れた窓ガラス、捨てられたゴミ、薄汚れた外見。
まさに怪しい人物が隠れてそうな怪しい廃ビルを未来がうげっと苦々しく見つめていると、骸骨男はフルフェイスのヘルメットを被ったまま近づいていく。
「ちょ、ちょっと! そんな堂々と近づいていいの!?」
「嬢ちゃん、覚えておきな。こういう時は下手にコソコソするより、正面から向かった方が安全なんだよ」
そう言ってスタスタと廃ビルへと向かっていく骸骨男に反論しようとして、諦めた未来は周囲を警戒しながら背中を追った。
近づくごとに廃ビルから異様な雰囲気を感じる未来。戦闘能力のない未来には、骸骨男が頼りだ。
おずおずと骸骨男の黒いトレンチコートを掴むと、骸骨男はピタッと入り口前で立ち止まる。
「ど、どうしたの白骨さん?」
「__嬢ちゃん、ちょっと離れてろ」
骸骨男はヘルメットを外して骸骨頭を露わにすると、ヘルメットを適当に放り投げて腰元から黒いソフト帽を取り外して頭に被る。
「一発目から、大当たりのようだ」
そして、骸骨男はホルスターから銃を抜き、顔の前に構えた。
骸骨男が言った大当たり。それが意味していることを察した未来はそそくさと離れる。
それは……ここに、何かがいることだ。
戦闘態勢に入った骸骨男は、廃ビルの扉を思い切り蹴り飛ばして強引に開け放った。
「いるんだろう? 獲物はここにいるぞ。まぁ__狩られるのは、お前だがな」
その一言を聞いたからなのか、廃ビルの中で何か大きなものが蠢く音が聞こえてくる。
ゾワリ、と寒気を感じた未来は物陰からこっそりと廃ビルの中を覗き込んだ。
「ヒッ……!?」
薄暗い空間の中にいたのは、背中を向けた人影。
明らかに人外の大きさに、右手が丸太のように一回り……いや、二回りも巨大だった。
元は女性なのか、高い声で獣のようにうなりながらそれは振り返る。
「__グルルルルルルル……」
不死人だった。
太陽の光が届かない暗い廃ビルの中にいた不死人は、未来が見た不死人とは姿が違っている。
「__イエロー、だな」
ボソリと骸骨男が呟いた。
イエローとは、不死人の段階を表す色。
体の一部が異形のものとなり、凶暴性を増した第二段階。危険度が高く、早急に対処する必要がある不死人。
それが、今廃ビルの中にいる不死人だ。
「だ、大丈夫なの? 勝てるの?」
異形の不死人に対して恐怖している未来が、心配そうに骸骨男に声をかける。
すると、骸骨男は顎骨をカラカラと鳴らして笑った。
「勝てるか、だと? 嬢ちゃん、俺に対してその心配は無用だ」
骸骨男はクルリとガンスピンすると、銃口を不死人に向ける。
「__心配するなら、あの不死人の方にしておけ」
もしも表情筋があれば、骸骨男は口角を上げていることだろう。
そして、骸骨男はスッと廃ビルの中に踏み込んだ。
「__キャアァァァァァァァァァッ!」
その瞬間、不死人は甲高い雄叫びを上げて一気に飛び上がり、丸太のような右腕を振り上げる。
対して骸骨男は、カタッと顎骨を鳴らした。
「__狩りの時間だ」
廃ビルに、銃声が響き渡った。
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