CASE2『不死人狩り』
「__んん? ここ、は……?」
ふと目を覚ました未来の視界に広がっている光景は、淡く光るライトとクルクルと回るシーリングファンがある天井だった。
年季の入った革製のソファーに横になっていた未来がゆっくりと体を起こすと、かけられていた毛布がパサリと床に滑り落ちる。
シックな色合いの木製の床に、クリーム色の壁。アンティークな家具や雑貨が置かれ、お洒落な雰囲気を醸し出している広々とした部屋を見渡した未来は、首を傾げた。
「どこ、ここ? たしか、私__ッ!?」
ようやく思考が回り出した未来は、気絶する前のことを思い出す。
赤い目をした獣のような男と、リボルバーを構える長身の男。そして、骸骨の顔がフラッシュバックした。
「あいつ、いったい……」
助けてくれた男の顔は、肉や皮がない正真正銘の骸骨だった。
骸骨の男がリボルバーを構え、襲ってきた獣のような男と戦う。非現実なことだけど、間違いなく本当にあったことだ。
だけど、未来の頭の中はありえないことの連続で混乱し、理解が追いついていない。頭を抱えてどうにか思考を纏めようとしていた未来だが、ふと部屋の扉からコツコツと革靴の音が近づいてくるのに気付く。
すぐにソファーから降りた未来は身構え、警戒していると……扉がガチャリと開け放たれる。
「__起きたか、嬢ちゃん」
そこから現れたのは、未来を助けた……骸骨男だった。
黒いソフト帽を被った骸骨男は白いワイシャツと黒いスラックスというラフな格好で、未来の前でも骸骨の頭を隠そうともしていない。腰のホルスターには通常の物よりも大きなリボルバー。
まるで骨格標本が服を着て歩いている姿に、未来はゴクリと喉を鳴らしてから恐る恐る口を開いた。
「あんた、なんなの?」
「起きるなりそれか。まずは言うべきことがあるんじゃないのか? 例えば、助けてくれて……とかな」
呆れたように肩を竦めながら皮肉を言ってくる骸骨男に、未来は怒鳴り散らしたい気持ちをどうにか堪えて「……ありがとう、ございます」と呟く。
骸骨のくせに人間臭い男は、やれやれとため息を吐いた。
「本当、面倒なのを拾っちまったな」
「礼は言ったでしょ? いい加減話してくれない? あんたが何者なのか、あの襲ってきた奴はなんなのか。それと……連続失踪殺人事件について、知っていること全部」
「知りたがりは身を滅ぼすぞ、と言っても嬢ちゃんは聞かないんだろうな」
矢継ぎ早に聞いてくる未来に骸骨男は辟易としながら、未来が寝ていたソファーの反対側に置かれているソファーに腰掛ける。
未来も警戒しながらソファーに座り、テーブルを挟んで座っている骸骨男をジッと見つめた。
骸骨男は長い足を組むと、腕組みしながら口を開く。
「まずは自己紹介からだ。嬢ちゃん、名前は?」
「……未来。早川未来よ。あんたは?」
「オッケー、嬢ちゃん。俺のことはそうだな……好きに呼ぶといい」
名前を聞いたくせに名前で呼ぼうとしない骸骨男に、未来は苛立たしげに眉を潜める。しかも、自分は名乗ろうとしなかった。
だけど、ここで怒りに任せて叫んでも何も始まらない。深呼吸をして気を取り直した未来は、挑発するように口角を上げながら話を始めた。
「分かった。ならあんたのことは『白骨さん』って呼んであげる」
「フンッ、小生意気な嬢ちゃんだ。好きにしろ」
「で、白骨さん。あんたは連続失踪殺人事件について、何か知ってるでしょ?」
未来は確信を持って、問いかける。
すると、骸骨男はソフト帽を被り直してから答えた。
「嬢ちゃんの考えている通りだ」
「やっぱり。もしかしてだけど、その事件の犯人は……あの獣のような奴?」
「なるほど……意外と頭が回るようだな」
骸骨男の口振りから、未来の予想は的中しているようだ。
未来が獣のような男が事件の犯人だと思った理由は、骸骨男が忠告してきた時に言っていた言葉。
骸骨男が助けなかったら、自分が脳がない死体になっていたらしい。それはつまり、獣のような男に襲われていたらそうなっていたということになる。
そこから導き出した未来の推理。
「連続失踪殺人事件。奴はなんでか知らないけど、人間の脳を食う……んでしょ?」
「……続けな」
「この街で人間相手に狩りをしている奴が活発に動くのは夜。これは予想だけど、奴は光を嫌っているんじゃない? 人通りの少ない薄暗い所で死体が発見されるのは、そのせい」
「__ほう?」
肉や皮がない顔で判別出来ないが、もしも普通の顔だったら骸骨男は興味深そうに笑みを浮かべているだろう。
そのまま話を続けるよう手を向ける骸骨男に、未来ははっきりと言い放った。
「連続失踪殺人事件は、人の手によるものじゃない。化け物が狩りをしているだけ。そして白骨さん、あんたはその化け物を狩る存在。違う?」
「__クククッ。嬢ちゃん、いい探偵になれるな」
「おあいにく様、私の夢はフリージャーナリストなの。探偵になんてなるつもりはないわ」
未来の推理は当たっていたんだろう。骸骨男は未来の話を否定することなく、カラカラと骨を鳴らしながら笑った。
そして、骸骨男は息を吐くと静かに語り出す。
「お嬢ちゃんの推理通り、俺は化け物……<不死人>を狩る<不死人狩り>だ」
「__不死人? それが、あの化け物の名前?」
「あぁ、そうだ。不死人とは、その名の通り普通のやり方では殺せない」
そう言って骸骨男はホルスターからリボルバーを取り出し、テーブルに置いた。
シリンダーに六つの弾丸が装填されている、長い銃身をした大きなリボルバーには、横向きの髑髏のレリーフが彫られている。
その威力は通常のリボルバーよりも高いだろう。その分、撃った時の反動はとんでもなく大きいだろうが骸骨男は不死人を殺した時、片手で軽々と撃っていた。
その骨だけの体でどうやって、と疑問に思う未来に骸骨男はリボルバーを骨の指でコツコツと叩く。
「こいつは大昔、俺が不死人狩りを始めた頃に手渡された物だ。このリボルバーの弾丸は、特殊な技法で作られている」
「特殊な技法って?」
「嬢ちゃんに説明しても無駄だ」
それは暗に、お前では理解出来ないと言っていた。
その物言いにムッとする未来だが、銃の知識に乏しい未来には確かに分からないだろう。そこまで興味を持っていなかった未来は怒りを忘れることにした。
「じゃあ、不死人について聞きたいんだけど……」
「不死人は、元は普通の人間だ。なんの前触れもなく、人は不死人になる。まぁ、病気みたいなもんだ」
「病気? 治せないの?」
「__無理だ。不死人になった人間は、元に戻れない」
はっきりと無理だと言われ、未来は顔を俯かせる。
突発的に罹患する病気のようなもの。治すことが出来ず、不死人になった人間は本能の赴くまま人間を襲い、脳味噌を喰らう。
それを、骸骨男は狩っている。それが、不死人狩り。
「不死人には段階がある。まず一段階目のグリーンタッグ。嬢ちゃんを襲った奴だ。人間の形を残したまま、本能のままに暴れる」
そのまま骸骨男は骨の人差し指を立てながら不死人について語り始めた。
「次に、二段階目のイエロータッグ。体の一部が異形のものとなり、凶暴性を増す。危険度も高いから、早急に対処する必要がある」
指を二本立てながら話す骸骨男に、未来は一度話に割り込んだ。
「異形のものって、どんな?」
「そうだな……右腕が肥大化し、筋力が増す。あとは鎌の形になったり、色々だ」
つまり、二段階目になると体の一部が武器になるということ。確かにこれは危険度が高そうだ、と未来が息を呑んだ。
そして、骸骨男は指を三本にする。
「そして、三段階目……レッドタッグ。こうなるともはや人間としての形を保っていない。凶暴性は更に増し、知能も高くなって、危険度が跳ね上がる。昔、レッドになった不死人が街一つを滅ぼしたという話を聞いたことがある」
「そんな……もし、この街でそのレッドタッグになった不死人が暴れたら……!」
「__間違いなく、滅びるな」
そんな存在がもしかしたら街に潜んでるかもしれない。その事実に未来の体に寒気が走った。
すると、骸骨男は「だが」と話を続ける。
「そうなる前に対処するのが、俺たち不死人狩りの役目だ」
「あんたが街を守ってるの?」
「守る? そんなの俺の柄じゃねぇ、ただの仕事だ。他の誰かが犠牲になっても俺は気にしない」
肩を竦めながら言う骸骨男に、未来はギリッと歯を食いしばった。
「何、それ……誰かが死んでもいいって言うの!?」
「あぁ。俺には関係ない」
怒鳴る未来に骸骨男は気にも止めずに吐き捨てるように答える。
頭に血が上った未来はテーブルを叩きながら勢いよく立ち上がった。
「あんたが街の人を助けないって言うなら、警察に……」
「話を聞いてなかったのか? 言っただろう、普通のやり方で殺せない、ってよ。警察なんざ役に立たねぇよ。もちろん、自衛隊だろうがな」
未来は骸骨男の言葉に押し黙る。
警察や自衛隊に不死人を狩る手段はない。あるとするなら、目の前にいる骸骨男のような不死人狩りだけだ。
だが、骸骨男の話を聞いていた未来は、ある結論に思い至った。
それは__不死人という存在は、秘匿されているということ。
そうでなければ不死人なんていう危険な存在は知れ渡っているはず。警察や自衛隊にも不死人と戦える武器が支給されていることだろう。
それがないということは、警察や自衛隊……もしかしたら、国も完全には把握していない可能性がある。
「……あんたは、不死人狩りをしている便利屋みたいな奴?」
「便利屋、というより掃除屋だな。金を積まれればある程度のことはするから、傭兵と言ってもいいかもな」
なるほど、と未来は思考を巡らせた。
そして、ある決断をする。
未来はポケットから財布を取り出すと、そこからなけなしの一万円を抜き取ってテーブルに叩きつけた。
「白骨さん、あんたに依頼したいことがある」
「ほう? 言うだけタダだ、言ってみろ」
「__私の親友を、見つけ出して欲しい」
未来が決断したこと、それは親友の愛子を骸骨男に探させるというものだった。
だが、骸骨男は呆れたようにため息を吐く。
「おいおい、嬢ちゃん。そんな端金で俺が動くとでも?」
「これは前払い。見つけてくれたら、残りを払うわ」
「残り、ねぇ。いくらだ?」
「__十万円」
未来が提示した額は、未来の全財産だ。
親からの仕送りや短期バイトでコツコツ稼いだ、大事な金。それを、未来は愛子のために使うことにした。
それでも、骸骨男は首を縦に振ろうとしない。
「足りないな。その程度じゃ俺は動かせない」
骸骨男が断ると、未来はむしろ予想通りだと言わんばかりに笑みを浮かべる。
そして、隠し持っていたデジタルカメラを素早く構えて骸骨男の写真を撮った。
その行動を見た骸骨男は訝しむように首を傾ける。
「……なんのつもりだ?」
「今、あんたの写真を撮った。世にも珍しい、動く骸骨男の写真をね」
未来はニヤリと笑みを浮かべると、骸骨男を指さして言い放った。
「この写真が流出したら、困るのは誰だと思う?」
「脅しのつもりか? だったらやめとけ。困ることになるのは、嬢ちゃんだ」
そう言うと思っていたのか、骸骨男は首を横に振った。
「もしも俺の写真が流出すれば、芋づる式に不死人のことが世間に知れ渡る。それを良しとしない連中が、嬢ちゃんを消しに来るぞ? そもそも、動く骸骨なんて普通信じて貰えない。やるだけ無駄だ」
「そう? それが真実かどうかは、問題じゃない。あんたという存在が世に知れ渡れば、興味本位で動き出す人が必ずいる。あと、これも追加しておくわ」
すると、未来はポケットに隠していた録音機を取り出してテーブルに置く。その録音機には、骸骨男が話した全てのデータがが詰まっていた。
未来は写真と、録音機のデータをばら撒くつもりだ。そこまでは予想してなかったのか、骸骨男は口を開けて驚いている。
「いつの間に……嬢ちゃん、やっぱり探偵に向いてるぞ?」
「言ったでしょ? 私の夢はフリージャーナリスト……真実を伝える、尊い仕事よ」
「その夢も、情報を漏らした時点で泡になって消えるが?」
「__真実を伝えられるなら、命なんて惜しくない。その覚悟もなくやれるような仕事じゃないわ」
未来の覚悟。それは、命を賭しても真実を伝えること。
フリージャーナリストなどのマスコミは、世間ではあまりいい印象を持たれていない。悪意を持って情報を流している人間がいるのが一番の原因だろう。
だが、未来やその両親はそうではない。正義を持って真実を、正しい情報を世に伝える。
未来の視線と骸骨男の伽藍堂な目が交差した。
そして、覚悟が伝わったのか骸骨男はカタカタと骨を鳴らしながら笑い声を上げた。
「クハハハハハッ! 面白い嬢ちゃんだ! 自分の命をベッドするか……イカれてるぜ」
「ありがと、褒め言葉よ。で、どうなの?」
「__いいぜ、交渉成立だ」
呆気なく交渉が成功し、未来は目を丸くする。
すると、骸骨男は立ち上がって未来に手を差し伸べた。
「嬢ちゃんの覚悟を認めて、依頼を受けてやる」
「……やけにあっさりと受けるんだ? あんたなら、私ぐらいすぐに殺せるでしょう?」
「フンッ、甘く見るな。確かに俺は人を殺すことなんざ簡単に出来るが、殺す奴ぐらいは選ぶ。それに、俺は不死人狩りだ。俺が銃弾を撃ち込むのは、不死人だけだ。それに__俺は嬢ちゃんが気に入ったんだ。だから、受けることにしたんだ」
骸骨男が言っていることに嘘がないと分かった未来は、頬を緩ませながら骸骨男の骨の手を握り、握手する。
「そういうことなら、お願いするわ」
骸骨男と少女の契約がこの瞬間、結ばれた。
すると、骸骨男はリボルバーをホルスターに仕舞うと部屋の壁にかけられていた黒いトレンチコートを手に取る。
そして、骸骨男はトレンチコートを着ると黒い手袋をはめて骨の手を隠し、赤いマフラーを首元に巻いてから未来の方に目を向けた。
「早速行動だ。行くぞ」
「え? どこに行くの?」
「嬢ちゃんの親友とやらがどこにいるのか、俺が知るはずないだろ。だから、奴に会いに行く」
奴、と聞いた未来は首を傾げる。
骸骨男は未来に背中を向けて部屋の扉に向かうと、ニヤリと笑うようにカタッと顎骨を鳴らした。
「古い友人__情報屋のところだ」
そうして、骸骨男に連れられて未来は部屋を出て、情報屋のところへと向かった。
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異世界×ロックバンドの転移物作品、『漂流ロックバンドの異世界ライブ!〜このくだらない戦争に音楽を〜』もよろしければお読み下さい!
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