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ある夜の話(打ち切り)

作者: mad3075

布団の中でゴロゴロと寝返りをうっていた。

もうどれだけしただろうか。1時間程している気がする。布団に入るまでずっと星を見ていたからだろうか。今日もシリウスは煌々と輝いていた。

明日からまた学校が始まる。そう思うと憂鬱な気持ちになった。頭にあの3人の顔が浮かぶ。私はきっとまた何かされるのだろう。

最初は時々からかわれるだけだった。それがいつからかはっきりとした「いじめ」に変わっていった。靴を隠されたり、教科書をゴミ箱に捨てられたり。何度も「やめてくれ」と頼んだが無駄だった。必死に頼む私を見て醜悪な笑みを浮かべ、更に追い打ちを掛ける。

この3週間は学校が無かったから少し心が休まったが明日からは地獄だろう。

ベッドから斜め上の窓を見あげる。空には沢山の星が輝いていた。

「よし」

ベッドから体を起こし床を踏む。部屋は冷え込んでいて床は冷たかった。布団の中との温度差に身震いする。服を着替えた後、ジーンズを穿きながら部屋の隅のラックにかけてあるコートに手を伸ばす。

散歩に行こう。寝付けない夜はこれに限る。

いつものコースを歩いて回る。20分程だが、終わったあとは丁度よく疲れて眠れるのだ。


外に出ると部屋の中とはまた違い、冷気が身体を包み込んだ。道路脇の街灯に照らされて、息が白く見える。

家を出てすぐなのに早くも冷たくなりかけている手をポケットに押し込みながら歩き出す。

河川敷には誰もいなかった。夜中だから当たり前だ。

途中に何故かぽつんと置かれた自動販売機があって、散歩の時はいつも何かしら買うのだけど、今回はお金を持たずに出てきたので諦めた。

河川敷から眺めた川は、対岸の建物や堤防に立つ街灯の灯りをキラキラと反射させながら水面が静かに揺れていた。この川はどこから流れてきて何処に行くのだろう。一瞬そんな風に思ったが、直ぐにつまらなくなって考えるのをやめた。だって川は山から来て海に流れ込むだけなのだ。

「こんばんは」

「あぃ!?」

誰もいないと思っていたのに、不意に声を掛けられて変な声が出てしまった。

声の方を向くと男の子が立っていた。私と同じ歳くらいだけど小柄だった。コートを着ているがサイズが大きすぎるのかかなりぶかぶかで似合っていない。

髪も少し長めでボサボサだった。

「こんな時間に何してるの?」

男の子が不思議そうに訊いてくる。

自分もこんな時間に何してるんだと思ったけれど質問に答えることにした。

「眠れないから散歩ついでに星を見に来たの。ここは星がよく見えるから」

男の子は上を見上げながら驚いていた。

「うわあ、本当だ。星がすごく沢山見える。今まで気づかなかった」

「それであなたこそ何してるの?」

男の子に質問すると

「僕も君と同じさ。寝れなかったから散歩に来たんだ」

そう言いう男の子の顔は空を見上げたままだった。

「ふうん」

それだけ言って私も同じように空を見る。

お互いが黙って星を見上げるせいでその沈黙が気まずく思えてくる。もう帰ろうかな、と考えだした。

「ねえ、あの白くて一番明るい星は何?」

男の子が南東の方角を指さして聞いてくる。

星を見上げれば大体の人が聞いてくる事だった。気まぐれで少し教えてみようかな。

「それはシリウス。この星空の中で一番明るい一等星の恒星なの」

「そうなんだ。詳しいんだね」

男の子が感心した声を漏らす。

「シリウスを見つけたならあれとかも見つかるんじゃない?」

「あれって?」

「プロキオンとベテルギウスっていって、冬の大三角を構成してる星だよ。シリウスを目印にすれば直ぐに分かるよ」

「へぇ、夏の大三角は知ってたけど、冬にもあったんだね。どれどれ...?」

そう言ってまた空を探し始めた。

5分くらいして、

「あれとあれかな?」

声をあげた。

「ほら、シリウスの左上の白くて明るい星と、シリウスのちょっと上にあるオレンジっぽい星」

指さしながら聞いてくる。

「そうそう、それ。こうやって線で繋ぐと正三角形っぽくなるでしょ?」

見つけた3つの星を繋ぐように、空へ指で線を描く。

「シリウスはおおいぬ座って星座のの鼻の辺りにあってギリシャ語の『光り輝く者』や『焼き焦がす者』という意味のセイリオスが元になってて...あ、ごめん。しつこいよね」

男の子がぽかんと口を開けて固まっているのを見て私は慌てて口を噤む。

すると、

「ごめんごめん、そんな事ない。ちゃんと聞いてたよ。ただ少しびっくりしただけだよ。」

男の子は慌てて私の言葉を否定した。

「星、好きなんだね。星の名前とか由来とか、スラスラと説明できてすごいや」

「好きになった理由を聞いてもいいかな?」

「おじいちゃんが好きだったの。元々興味は無かったんだけど、私おじいちゃんっ子でね。よく一緒に望遠鏡覗いてたんだ。星座も色々と教えて貰ってね。一昨年、その望遠鏡を貰ってから本格的にハマったんだ」

「いいおじいさんだったんだね......」

しんみりとした口調で男の子がぽつりと言う。

「おじいちゃんはまだ生きてるよ?」

彼は驚いて顔をあげた。

「え!?でもさっきだった、って」

「脚が悪くなっちゃってね。前みたいに山に連れてって貰うことが出来なくなって、それで貰ったんだ」

男の子もほっとして

「なんだ、てっきり亡くなったのかと思ったじゃないか。言い方が悪いよ」

「あはは、ごめんごめん」

ひとしきり笑ったあと、男の子が思い出したように口を開いた。

「そういえば」

「どうしたの?」

「明日から学校が始まるね」


学校。私が今一番聞きたくない言葉だった。

「そう、だね」

「休み明けだし、きっと、どこに行った、あれしたって話題で持ち切りだろうね。僕なんかー」

「やめない?この話」

男の子の声に強引に割り込む。

「どうしたの?」

男の子は訝しげに私の顔を見た。話を切られて驚いてもいるのだろう。

「学校の話なんかより君の話が聞きたいな!さっきから私ばっかり喋ってるような気がするしさ!」

「僕の話?大して面白くもないからいいんじゃないかな。それより」

「なにかな?」

「学校で何かあったの?」

「別に?なんでもないよ?」

「嘘だね。そんな風には見えないけれど」

男の子は真剣な表情だった。

「ついさっきあった人に話せることじゃない」

「知らない人に話した方が良いこともあるよ」

何度かそんなやり取りを繰り返して。

最終的には私が折れた。

「......私ね、学校でいじめられてるんだ。

きっかけは本当に、本当に些細な事だったかもしれない。正直私は何をしたからすら覚えてないし」

話しながらチラッと男の子を見るとまた真剣な表情をしていた。

「でもはっきりといじめだと思った事が始まったのは、あの時からだったかな。

とある男子の告白を断ったんだ。その男子はクラスで人気のある人だったんだけどね。

それが女子たちには気に入らなかったみたい」

「具体的には何をされたの?」

「靴を隠されたり、教科書を捨てられたり、わざと聞こえるように悪口を言ったり、髪を引っ張られたり...」

「............」

それからも私は男の子に、今までされたことを全て話した。止まらなかった。途中からは涙も出てきて、何を言っているかも分からなくなったのに彼はずっと静かに聞いていてくれた。そしてその後に、辛ければ学校に行かなくても良いこと、1人で抱え込む必要はなく、先生や両親に相談することをこちらに提案した。

それは皆が言う『当たり前の事』だった。

けれど、いじめられる側になってはじめて分かる。

無理だ。迷惑をかけられない。本当に言っても良いのか分からない。相談した後、何かされないか。他にも様々な事が怖い。

それをそのまま男の子に言うと、「まずはやってみなくちゃダメだろ」

と返ってきた。

「ありがとう。話したら少しすっきりしたよ」

「僕の方こそちゃんとしたこと言えなくてごめん」

男の子が頭を下げる。

「そんな、いいんだよ。今までは悩んでばっかでウジウジしてたけど、言われたことを試してみるよ」

「......頑張って」

「うん。今日はありがとね。......そうだ。」

「ん?」

「また会えたら、君の話も聞かせてね。今日ずっと私ばっかり喋ってたからさ」

男の子はニコッと笑って

「うん。また会えるよ。きっと」

「それじゃ、またね」

「またね」

私たちは別々の方へ歩き出す。男の子と私の家は反対方向だった。

私たちの上、空のずっと向こうで、シリウスが輝いていた。


「あれがシリウス、プロキオン、ベテルギウス。前に教えたよね」

「そうだね。その大三角のベテルギウスを抜いて、ポルックス、カペラ、アルデバラン、リゲルを加えれば冬の第六角、または冬のダイヤモンドだよね」

「そうだね。よく知ってるじゃない。あれから覚えたの?」

「君と会ってから星に興味が出てね。でもやっぱり難しいね。名前多いし場所も直ぐには分からないから必死に覚えたよ」

「へぇそれじゃあ、あの明るい星は?」

「あれは......ケンタウルス座α星かな。全天で3番目に明るい恒星だよね。」

「そうだね」

「今度は僕から出すよ。あれは?」

「どれどれ......」

「あれは、こいぬ座のプロキオンかな。ってさっき見つけたじゃん」

「あはは、そうだったね」

「もう...」

「......あれからどうだった?」

「もう、いじめは無くなったよ。お母さんとお父さんが何とかしてくれた。」

「そうなんだ。よかったね」

「でも2人から『今まで辛かったよね。ごめんね』って言われたのが一番嬉しかったかな。それより」

「......はぁ。わかったよ。僕の事が聞きたいんだろ?」

「今まで待ったんだからいいでしょー!」

「はいはい。じゃあ話すよ。僕は......」


終わり

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