表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第二章 新世界開眼
97/149

第五十七話 耐性

 町に着くまで、気が気ではなかった。

 携帯電話の充電不足、相手との噛み合いの悪さ――そんな、情報を付け加えるか訂正するかしなければならない状況でたびたび起こる、気持ちばかり逸ってどうしようもない感覚と似ている。

 基地から町へ戻るのには、地下に格納してあった魔動車を使用した。職員が彼らの必要に伴うかたちで送迎を任されてくれたため、道中廉太郎にすることは何もなかった。それでもクリスのように寛いでいることなどできず、かといって変に浮ついた様子を見せていては急かしているようで、中途半端に緊張したまま大人しく揺られているしかなかった。

 呆けたように窓の外をながめつつ、時折話しかけてくる運転席の二人に相槌を打つだけ。その内容はすでに半分以上覚えていなかったが、車内は和気藹々とした雰囲気に包まれていた。

 それも、クリスを伴って。


 当初、人形である彼女には当たり前がそうであるように、職員は興味を示そうとしていなかった。だが、一言二言交わすだけでその存在は受け入れられた。人がいいのだろう。初めは物珍しさでも、すっかり話し相手にしてしまっている。

 その輪から秘かに離れ、こうして客観視していると、意外にもクリスは人当たりがいいように思う。誰とでも打ち解けられるように、人見知りしない。

 悪く言えば無遠慮で、その実ほとんど相手にしていないだけなのだろうが。

 ――どうでもいいから、どうとでも接することができるのか。

 褒められる態度ではないと、そうは思うものの、その場の空気は気のいいものになってしまっている。 

 それで正常、十分だと主張するかのようだった。


 廉太郎はその空気の温度を知っていた。

 同じ年の頃、学生の、おそらくほとんど。その日常に纏わりつく空気。おおよそ一般に、友人と呼んで差し支えない人たちと接する場での温度。

 友達という概念に、画一的な定義はつけられない。それは人による。

 だが日常の中で、それは一緒にいて問題のない相手のほとんどを指す言葉だ。少なくとも、学校等の社会集団においてほぼ毎日顔を合わせ言葉を交わす間柄であれば、否応なく自他共に「友達」だと認識する。そう思わずとも、無意識下ではきっとそう認識している。

 それは否定しない。廉太郎もそういう風に思っているはずだし、思われてもいたはずだから。

 

 ――だが。

 

 一緒にいて楽しければ友人なのか。その場を彩れれば友達でいいのか。

 お互いの腹の内に抱えるものなど何も知らず、詮索する気も打ち明ける気も欠片もないというのに。

 それでいいというのなら、友達という言葉はとても軽い。環境に順応さえできるなら、誰であろうと無限に増やせる顔なじみでしかない。

 いつの日かの、耳にやけに住み着いた言葉を思い出す。


 ――お前たちに友達はいない。

 ――それが嫌なら、そう思えるよう関係を掘り進めろ。


 啓蒙めいた、意識の高いビジネス書から拾ってきたような言葉。引退し卒業も終えた部活の先輩が残した、ささやかで勝手な、身の丈にも合っていない余計な教訓。

 その曖昧さは泡にも等しいが、自覚してみれば確かにそうだと思える実体がある。友達は多い方だと思っていたのに、蓋を開けてみれば知り合いでしかないことに気づかされてしまった。

 「俺たち友達だよな?」そんな風に、確認し合ったことなどあるはずもない。ただなんとなく、自然と暗黙の内にそう思うようになっていただけだ。そして、それが普通なのだ。

 当時はそれを受けて、人は三つに分かれるのだと思った。

 

 元よりそれが嫌でもなく、それで構わない人種。

 行動的にせよ無自覚的にせよ、心からの友人を作ることのできる人種。

 それは嫌だとも、寂しいとも思うのに、そこから他人に踏み込む度胸のない人種。


 品行方正で改めるべき欠点などないと自負していた自分の性格に、廉太郎は初めてもどかしさを覚えた。

 親しくしているクラスメイト、部活の仲間。それらすべてが、友達から知り合いに格下げされたような気分になった。

 一般的に、人付き合いは「友達」と、より深い仲の「親友」に分けられる。

 だが廉太郎はその言葉によって、「知り合い」と「友達」とに分けさせられてしまったのである。

 それは言葉を変えただけで「知り合い」であろうと過ごせば楽しいのに変わりはない。だが、「友達」と居て得られるのは楽しさだけではきっとない。

 だからこそ得難い。憧れさえ覚えた。

 そして、心から友達と呼べるような相手は一生できないのだろうと分かってしまう。


 なのに。

 その実何を打ち明け合ったわけでもなく「知り合い」と変わらないはずのユーリアを、なぜ友達と思えるようになったのか。それが今でも不思議で仕方ない。

 面と向かって告げられたからか、それとも頼りのない自分にとっての救いだったからか。――いずれもしっくりした答えには思えない。


 だからだろうか。与えてしまったのは些細な誤解でしかないのに、これほど焦らされてしまうのは。

 きっと嫌われてしまうのが怖いのだ。

 あるはずないと分かっているのに、そう思わずにはいられなかった。










 そして、ようやく帰還を果たした町の中。道中にトラブルはなく、時刻は予定通り夜がふけかけ肌寒い。送迎してくれた職員の二人に別れを告げ、廉太郎はクリスと共に帰路を歩いた。

 気づけば一週間単位で世話になりつつある、もはや見慣れたユーリアの家。

 だが、


「帰ってないのか、まだ……」


 灯りがついていなかった。リビングからも、彼女の自室からも光がもれていない。周囲の家屋を見渡しても、まだ寝静まるには些か早い時間である。それが人気のなさをいっそう際立てて、しんと静まり返っているように思えた。

 昨晩はずっと動いていたのだから、疲れてまだ休んでいるとも考えられた。だが、四階にあるユーリアの寝室の窓が開いている。カーテンが揺れて、その天井がちらりと見えた。

 アイヴィが掃除でもして閉め忘れたのだろう。不用心だと思うが、それ以上に二人の不在を不審だと思う。

 家で待っていると、確かに言ってくれていたのだ。


「もしや、図書館にいるのでは?」


 どうしたものかと途方に暮れていると、クリスは思い出したように背後を向き、


「いろいろと、思うところがあるようですし」

「そうかも」


 その子のことを廉太郎は聞いた名前くらいしか知らないが、ユーリアにとって大事な友人が、それも生きて帰って来たのだ。その子が休まる図書館には、ずっと心配していたラヴィもいる。休まるにしても、その友達の傍に居たかったに違いない。

 踵を返し、素通りした図書館へと足を向ける。

 移動に時間はかからない。

 西の人間の町、オーテロマには鉄道の通る駅さえあった。それと比べれば、やはりこの町はこじんまりと収まっているのがよく分かる。大学のキャンパス程度の敷地しかない。見学に行った際、ちょっとした町のように感じたのを覚えている。

 夜道を歩く人とその酒の匂いを躱しながら、図書館の入り口へ続く階段にまでたどり着く。図書館自体が上に高い建物なのに、それが立地するのは町中にある高台だ。

 同じような機関の本部塔と共に、町にそびえ立つ一種のランドマークと化している。

 言動や表情ではそう感じさせないが、クリスの体は完治から程遠い。包帯と杖を装備していて、階段を上るにはつらい体だ。


「お前、ここで待ってなよ」

「別に行けますけど」

「じゃあ、また背負ってやるから……」

「なれなれしいですよ、昨日から」


 頑として言うことを聞かないので、諦めて先に行かせ背中側に回った。

 すると、


「やあ」


 見上げたときにはいなかった、少女の声が階段を下りてくる。見知った顔だった。ここで会えることも知っている。

 一つ違うのは、今の彼女には左腕がないということ。


「早かったね」

「――っ。ラヴィ……その」


 怪我をしていなくなってしまったが、無事に会えたとユーリアからは聞いていた。しかし、そこまでの負傷だという話は聞かされていない。

 思わぬ再会に言葉も出ない廉太郎の視線に、ラヴィは「気にしないで」と首を振り、


「もう聞いてると思うけど、私はほとんどあれな存在だから」

「いやあれ、って言われても……」


 高度な妖精種の一種であると推測される、謎の存在である図書館の館長、アニムスの血を継いだ娘。母親のことも考えれば、ほとんど人間の範疇を逸脱しているはずだ。


「だから平気だよ」


 ユーリアが大丈夫だと言ったのは、大丈夫ではないが治りはするという意味だったのか。

本人が顔色一つ変えずいつも通りでいるのだから、心配することではない。

 

「でも、大変だったね」


 それでも、出血し肉体の一部を失ったのだ。どんな存在であろうと気楽だったはずはない。


「そうでもないかな。むしろ、そっちの方が危なかったようだけど……」

 

 言葉を切り、ラヴィは視線を外した。クリスに巻かれた包帯を目にしたその顔が、ほんの少し痛ましく歪み、


「私はそうだね、眼鏡が割られたくらいの衝撃かな」

「それは――」

「反応しづらいですね」思わず見合わせ、クリスは苦笑した。


 失くした腕が治ると言われる。

 以前にもそんなことが一度あった。

 ロゼ。出会ったその日、彼女は廉太郎の魂に触れた影響でその体を異形化させ、翌日済ました顔で右腕を落として現れたのだ。

 彼女にも事情が、未だよく知らぬ事情があり次の日にはもう元通りとなっていた。肉体の再生ができると言っていたが――とても触れられる話ではない。

 あの日、ロゼの腕を見たときはとても平静でいられなかった。当然だ。自分のせいで、人一人が大事な体を失ったのだ。償いきれるものではない。 

 だから。こう言っては何だが。


 ――関わっていないだけ、ラヴィに関しては気が楽だ。


「で、なにしに来たの? 夜のお誘い?」

「違う」

「ユーリアを探しに来たんでしょ」

「そうだね」


 この手の冷やかしにも耐性がついたような気がする。本人にまったくその気がないのがやりやすい。


「寝てるよ。君が来たから、声はかけてみたんだけど」

「あぁ……あのひと、なかなか起きてこないから」


 思わず、笑みがこぼれてしまう。

 廉太郎はすでに、四度彼女を起こしている。強制覚醒を促す魔力の仕掛けで、寝室のドアを開けるではあるけれど、そこから部屋を出てくるまでさらに時間がかかるのを知っていた。

 今さっき声をかけたなら、良くて体を起こしているか、悪くて目も開いていないかのどちらかだ。

 

「もう少ししたら帰らせるから、家で待っててあげて」

「分かったよ」


 合鍵は持たされている。帰宅を知らないためかアイヴィも夕食を作りに来ていない。大人しく待っているか、あるいはそれを伝えに行くか――いずれにせよ、ひとまず家に戻ろうとクリスの肩に手をかける。


「じゃあ、また」


 別れを告げ、背を向けた。

 その直後、


「それと、悪いとは思うんだけど――」


 追いかけるようにかけられた声。それは少し躊躇いがちで、表情もどこかすまなそうに沈んでいる。感情がよめず顔色も覗えない彼女にして、珍しい様子だと思った。


「出禁令が出ちゃったから、図書館」

「え?」


 出入り禁止。

 おおよそ人生で縁のなかった処罰。まさか自分が――などと、考えたこともなかった。思い当る節も当然ない。

 混乱しつつクリスを見れば、彼女も不可解そうにラヴィの顔を見上げていた。


「誤解しないでね。別に廉太郎が何したとか、私や館長が気に障ったとか、そういうのないから」

「じゃあ、どうして――」

「ヒミツ」


 そう言ってラヴィは目を逸らした。

 問いただす気にはなれない。みんな隠し事が多いな――と、そう思っただけだ。


「分かった」

「ありがとう。ごめんね」


 何も聞かず、かといって不満気な顔も見せない廉太郎の様子に、僅かに安堵したような笑みが返される。

 そういう思いをさせてしまった、自分にあるらしい何らかの要因を廉太郎は申し訳なく思った。


「それが解除されたら、教えてあげるから」

「あぁ」


 それを最後に、見送るでもなくラヴィは消えた。中に、それもユーリアやトリカのところに戻ったのだ。

 ここにはユーリアがいる。その友達と、その身内も。

 その中へと、廉太郎は入っていくことができない。

 何やら事情があるらしく、それは正当なものなのだろうことは、なんとなく分かる。

 それでも、まるでその輪に関わることを拒絶されたようで、形に捉えられない痛みが棘のように胸に刺さった。









「なんだ、鍵は開いてるんじゃないですか」


 合鍵を差す前に、玄関の戸はクリスが開けてしまった。

 家に誰もいないのに、不用心なことだ。それとも、それだけ治安がいいのだろうか。不審に思いつつも、先を行くクリスの後を追い家の中へと帰宅を果たす。

 三日ぶりの家は安心感を与えてくれる。自宅ではないにせよ。

 しかし、そんな二人を出迎えるのは思わず外へ戻りたくなるような悪臭だった。


「うわっ……」


 濃い匂いに、二人はそろって顔を顰める。

 人によっては好ましく思うのかもしれないが、飲めもせず興味もない者にとっては異臭でしかないほどの酒の香りが漂っている。それが明らかにリビングから漂い、玄関先のホールにまで充満させているのだ。

 リビングに向かう戸は開いている。しかし、やはり魔力灯はついていない。

 人気は外観通りまるでないのに、どう考えても人がいる。

 奇妙な感覚だった。

 最悪なものと面倒なものと、予想は二通り立てることができる。

 

「……クリス」

「分かってます」


 小声で目配せを終え、音を殺して匂いの元へ足を偲ばせる。靴を脱いでいる余裕もなかった。玄関には、靴置きにも入らず放置された女物が一足。見覚えには自信がない。誰かいるのは間違いない、少なくとも。

 意を決し、警官がそうするようにリビングの中へと踏み込んで――


「――またですか」


 周囲に乱雑に物を散らし、ソファーに身を沈めた酔いつぶれるアイヴィの姿をそこに見た。


「……良かった」

 

 顔肌は赤く、体も熱いのか汗を浮かべ寝間着に近い薄着を晒している。彼女が悪酔いするのは身をもって知っている。いろんな意味で耐性がついたのか、事件性が欠片もないことは確認できた。

 しかしそうなると、ここにユーリアが帰ってくることになるのだ。

 そうであってくれと期待した通りだが、例の晩を思い返すと面倒くさいことになるのはどう考えても避けられない。

 とりあえずと、廉太郎は灯りに向かって手を伸ばした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ