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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第二章 新世界開眼
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第二十五 仄暗い会議室

「そうだ、話はがらっと変わっちゃうけど――」


 『あえてそうしているのだ』という意図があからさまに伝わってくるほど、ロゼの口調はその場を空気を無視し続けている。その態度もそうだし、話を変えてくれるのも廉太郎にはありがたかった。

 聞かされたユーリアの重い過去を、まだ受け止められるだけの準備も余裕も何もないのだから。


「君たち、二人で魔術の練習してただろ?」

「あーあ」


 ――話は変わって、ほじくり返されては不味いところを触れられてしまった。 

 前もってクリスと話していた通り、一般人による魔術使用は大事になりうる反社会的行為。指摘されたことからも、今のクリスの反応からしてもそれが分かる。

 ただ、二人ともそこまで深刻そうな顔はしていなかった。

 「なんでバレたんです?」と軽口で返すクリスは、たいして悪びれた様子もない。


「さっき、クリスちゃんの記憶に触れちゃったからね」

「えぇ……あんまり見ないでくれと言いませんでしたっけ」

「ごめん、不可抗力でさ」


 悪いことをしたのは間違いなくこちらなのに、指摘した側が謝る始末。

 なんだかあまり問題視されていないようなので、さほど緊張することもなく廉太郎は尋ねてみる。


「えっと、駄目なんですよね……本当は」

「――当たり前だろ」


 横から、ローガンがそう答えた。ただし、彼はどちらかというと興味すらないようで、それきり視線も向けず何も言ってこない。

 

「まぁでも、私かユーリアが『別にいいよ』って言っちゃえば、この町では大抵のことが大丈夫になるからさ」

「あ、ありがとうございます……すごい影響力ですね」


 はっきり言ってしまえば、滅茶苦茶な権力だ。

 こうして融通してもらう機会が多い以上言えた義理ではないのだが、他所から来た人間としては不穏なものを感じてしまう。

 なんだか、特権階級として扱われているようで。

 ――魔術師としても特出した対人戦闘能力を持つユーリア。

 ――他人の魂に触れられる支援性能が重宝されるロゼ。

 共に代わりのいない人材だと思えば、説得力はある。


「事情が事情だしね」


 傍のローガンに廉太郎の秘密がバレないよう、含みを帯びたアイコンタクトだけが飛んでくる。

 そういった思わせぶりな態度はまったく違う種類の誤解を招きかねないので、本当に止めてもらいたい。


「うーん、本当は私が見てやりたいくらいなんだけど」


 胸やけするような食後のデザートを切り崩しながら、ロゼが呟く。

 

「見るって、何をです?」 

「だから、魔術の訓練を」


 すると、廉太郎を押しのけるようにクリスが強く食いつきを見せた。


「本当ですか?! え、できるんです――?」

「うん。カウンセラーみたいに総合的なアドバイスばかりしてるけど、本職は魔術師の調整だからね」

「あぁ、それはマジで助かります。私の知識なんてつけ焼刃でしたから……」


 まるで子供のようなはしゃぎようである。もちろん子供で、幼稚な面だってあるのだが――こんな風に落ち着きのない振る舞いは、ほぼ見せてこなかった。

 子供が年相応に子供らしいというのは、見ていて微笑ましい。

 そんな様子に、ロゼは困った顔で笑いかける。


「けど私はあまりに人気者で、しばらくまとまった時間は――」


 割いてやれない――そんな言葉が続きそうな物言いに、クリスの表情が沈む。

 それを見て心が痛んだのか、ロゼが慌てて周囲を見渡した。


「え、えぇと――そうだ。代わりにちょっと見てやれよ、ローガン」

「なんで俺に振るんだよ。お前ほどじゃねぇが、俺だって暇はねぇんだぞ」


 ごめんだ、とばかりにローガンが睨むように言い返し、ロゼとの視線が交差する。

 にらみ合うこと、数秒――


「分かった。分かったよ、くそ――」

「え、弱……」


 何も憚ることなく気ままに口を滑らせるクリスを、黙らせるように軽く小突いた。

 こういう面はいつも幼稚。年齢的にではなく、人として。

 ――気持ちは分かるけれども。


「ありがとう。なんだかんだ言いつつも、いつも私に甘いよな」

「つうか、俺がやらねぇと結局お前が無理するもんだから、それで何も断れねぇんじゃねぇか」


 しかし、それにしても凄い関係だ。まったく何がどうなってこうなったのか想像もつかないが、ローガンがロゼを強く気にかけていることだけははっきり伝わってくる。

 毎度のことなのか、ローガンは疲れた様子で白髪をかきあげていた。

 

「あの、気持ちは嬉しいんですけど……素人に見られても邪魔なだけなんですよね」

「お前小せぇのをいいことによ、何言っても許されると思ってんだろ」


 あまりに礼儀を欠いた物言いをこの程度の小言で済ませてくれるのだから、相当に寛容な男でもある。

 しかしローガンは魔術師でないと言うのだから、クリスの指摘自体はおかしくない。


「いや、ローガンは元は魔術師志望の訓練生だったからね。まるっきりの素人じゃないよ」

「おや」

「へぇ、そうだったんですか」


 ロゼの一言に、クリスと廉太郎の視線がローガンへと集まる。そう言われてみれば、初対面の際に見せた技は人間魔法の域を越えていたような気もする。

 それに、ユーリアも何かを言っていた。確か、魔術師より――


「まぁ、実は私もなんだけど――」

「というわけだ。気は乗らねぇが、こいつから任されたことに手は抜かねぇ」


 さらりと告げられかけたロゼの言葉を遮って、ローガンが力強く言い放った。これまでの振る舞いからか、その言いように妙な信用を覚える。


「だが今日は無理だぞ。明日だな、明日」


 本当に意外だと思ってしまったが、クリスが「助かります」と頭を下げていた。訓練への並々ならぬ情熱を感じて、やや緊張するようにそれに続いた。


「お、お願いしま――」


 そのとき――


「先輩! ――と、ロゼさんもですけど!」

「メア」


 幼い声が食堂に響いた。目を向けた先には、鮮やかな橙色の髪がまぶしい男の子の姿があった。

 何度か、その子とローガンと共にいるのを目撃したことがある。

 機関職員としての制服を着ているのを見れば、ただの人間の子供でないことは分かる――そんな子供だった。

 

「お二人とも、とっくに休憩終わってますよ」

「ほんとだ、話し込んじゃったね」


 時計をしていないのか、それともあまりに袖が長いのでめくるのが面倒なのか、ロゼはきょろきょろと周囲を見渡している。

 そんなロゼをよそに、メアと呼ばれた少年は責めるようにローガンへと視線を送る。


「先輩、絶対気づいてサボってたでしょ」

「気づいてないふりしてサボってんだよ。こいつを少しでも長く休ませるのが俺の仕事だ」

「真顔で惚気のろけないでください。ほら――」


 ふと、そんなメアと廉太郎の目が合った。お互い何度かすれ違っているのを確認し合うような、

少し気まずいアイコンタクトが交わされる。

 「あ、そうだ――」思い出したように、メアは視線を外した。


「ロゼさん、ボスからの呼び出しがかかってますよ?」

「えぇ……それ、絶対めんどくさいやつ」


 心底うんざりした様子で、ロゼは机に顔を伏せる。

 普段ちゃんとしている人なので、珍しくそんな姿を晒してしまうほど嫌がっているのだろう。

 助けを求めるような視線で、口調だけは普段通りに。


「代わってくれよ」


 叩かれたその軽口に、ローガンは答えなかった。









――――









 世界復興機関は、主に三つの機能に分かれている。


 ――多様な魂と魔力を研究し、町の維持と住民の生活に必要な技術を求める、魔力研究部。

 ――その研究成果のもと育成された魔術師による、軍部

 ――人間の異形化に対する治療と抑制を進める、瘴気対応部。


 それらを総括する絶対的なトップとしての代表が、ルートヴィヒ・フリードという男である。この町の議会も行政も司法も、彼に逆らうことはできない。


「やぁ、集まったね」


 ラックブリックの高台にそびえ立つ、機関本部塔。

 その地下第一階層――円形講堂。

 中央の舞台を囲み、階段状に座席が並んでいる。舞台に演者でも立てば、周囲三六〇 度から余すところなく見下ろせるだろう。二千人は軽く収容できそうな、見事な大広間である。

 だが、備品などは何もなく、明かりさえろくに点いていない。華やかに欠けている。それでも、この場所自体は壮観と言っていい。

 だがここに立ち入れるのは、ルートヴィヒと彼が認めた数人の部下のみ。


「集まったって言うけど、いつも私とロゼだけじゃない」


 ユーリアはこの場所が好きではない。

 そもそも本部塔の地下の存在さえ、自分たちにしか知らされていない秘密。

 ルートヴィヒが最も秘匿性の高い話をする場合には、決まってここが使われる。

 しかし、その必要性は疑わしい。

 そもそも、内緒話をするというのに、こんな声の通りやすい開けた場所を選ぶようでは思考回路がどうかしている。

 落ち着かないし、空間のほとんどが無駄になって死んでいる。


「そろそろユーリアにも、あの二人を紹介してやっていいんじゃないか?」


 疲れた様子で、先に来ていたロゼが進言してくれる。

 別に会いたいわけではないのだが、自分だけ仲間外れとあっては認められていないようで少々腹立たしい。


「もう少し私に従順になれば、考えてやってもいいんだけどね」

「じゃあ一生会えないんでしょうよ、その二人」


 大々的な舞台の上には、場違いなほど質素な長机が置かれているのみ。

 こんな机、こじんまりした会議室にでも置いておけばその用途には事足りる。そんな場違いな机。無数の人間に、周囲から監視されているかのよう。

 悪趣味で、意図が不明。

 討論会を開こうにも相手と距離が近すぎるし、複数人の作業を見守ろうにも手狭すぎる。

 ボードゲームの大会でも開けばいいのだろうか――いまいち盛り上がりそうにないけれど。

 

「日に日に私への棘が増えていくね。やれやれ、最近の君は素直になったと聞いているのに」


 そんな報告をするのはロゼくらいしかいないので、抗議するように軽く睨んでおいた。

 確かに、少しだけ大人になって我慢することを覚えだしてはいる。数日前の失態がトラウマになって、このまま意地を張り続けることはできないと悟ったから。

 だが、この男にだけは――

 それが八つ当たりだと自覚していながら、いつまでたっても憎しみの波が引かない。


「素直に用件を聞いてあげるから、人を苛々させてないで本題に入ってよ」


 この講堂会議において、各々が座る席は暗黙の内に決まっていた。

 上座には議長のようにルートヴィヒが座り、そこから手前に四つの席が向かい合う。

 上座に近い二席の主は姿を見せない。

 そこを開けて前に、ロゼとユーリアが向かい合って座る。

 いけすかない上司から遠い席なので、特に文句はない。


「議題の一つ目は、娵府廉太郎についてだ」


 そう告げられた思いがけない言葉に、無意識のうちにロゼと目を合わせる。

 やや緊張した空気が、二人の間に流れ出した。

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