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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第二章 新世界開眼
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第十一話 落胆の理由

 クリスの使用した射撃魔術は、相手の肉体ではなく魂を傷つける技である。物質的に防がれにくい他に、体の末端に当たろうとも確実なダメージとなる利点がある。

 ゆえに、霊体である存在に有効打となった。魂の残滓のような存在には、一発で効果があるのだ。

 成仏とは言えないものの、無事に消滅させたとクリスは言った。


「ユーリアさんを狙っていたようですが、その理由まではさっぱりですね」


 ユーリアがそれを察知してから、廉太郎れんたろうが合流するまでそれはずっと傍にいたと言う。そのことからもユーリアが標的だったと分かるし、車を追っていたのもユーリアが逃げたからだろう。

 ユーリアは未だ目を覚まさない。隣で車に揺られている姿を見て「シートベルトがあって良かった……」なんてことを思う。

 うっかりこちらに倒れられでもしたら、狭い車内では逃げようがない。

 意識が無いために気づかれはしないだろうが、人に触れたくないという意思は守ってやりたい。


「……生前の執着とか、何かあったのかな」

「恨みとか、恋慕とか?」


 そのどちらもありえそうだと廉太郎は思う。

 我が強く対立する機会も多いだろうし、いつどこで恨みを買っていてもおかしくない。

 反対に、身内や親しい相手にはとことん人当たりがいい。慕う者も多いはずだろう。

 ユーリアの普段の態度を考えれば、前者は人間で後者はそれ以外の人種族ということになるのだが。


「うーん……姿はぼんやりしていて、人なのか獣なのかもよくわかりませんでしたよ」


 別に幽霊博士ではないと、興味もなさそうにさじをなげられた。

 普通接触するようなものでもないし、襲われるのも極めてまれな事だと言う。

 それでもユーリアが狙われたのだから、原因と対策くらいは考えておきたくて、思いついた疑問を口に出していった。

 

「ユーリアを狙ったのなら、どうして俺たちが着くまで何もなかったんだ」


 逃げ出した途端に敵意を向けてくるというのも、おかしな話だと思う。

 少し考えたあと、クリスは一つ仮説を立てた。


「多分ですが、幽霊も目が見えないんじゃないですかね?」

「目が?」

「ええ。人の魔力だとか魂だとか、そういうもので捉えてるんだと思います」


 そんな風には考えたこともなかったので、クリスの言うことは面白く聞こえた。根拠が「そんな感じするでしょう?」という勘だけなので確かではないが、辻褄は合っている。

 ユーリアの存在を察知したはいいが、魔力が見当たらず確かな位置がつかめなかった。今の彼女は魂に蓄えた魔力を全て消費していて、探知されることはないからだ。

 そこへ近づいた車の動力源は、魔力。どのような形で誤認されたとしてもおかしくはない。





――――





 町に着いても、ユーリアは目を覚まさなかった。実際に失神した人を見るのは初めてなので、それが正常なのかどうか分からない。が、そろそろ心配にもなってくる。


「休むなら、家で休ませてあげたいんだけど……」

 

 触れないユーリアを背負って行くわけにもいかない。人形であれば触っても問題ないようであったが、幼いクリスの力ではユーリアを運ぶことはできないだろう。

 ユーリアは細身であっても背が低い方ではないのだ。両者には二十センチ以上の体格差がある。


「今なら背負っても大丈夫だと思いますが」


 クリスはそう言うが、意識が無いからといって人の嫌がることをする気にはなれない。

 何より、後でもめるのが嫌だ。


「触りたくないんですか?」


 そういう話ではない。


「気軽に触っていいものじゃないだろう」


 しかし、このまま町の外の駐車庫に放置しているのはあまりに可哀そうだ。

 クリスは痺れをきらしたのか、ユーリアの頬を叩いて声をかけ始めた。


「ユーリアさーん、大丈夫ですかー? 死んでるみたいですよー?」


 しかし、そんな気つけにも反応を示さないとなると、いよいよ病院にさえ連れて行く必要があるのではないかという気にもなってしまう。


 ――どうしよう、担架でも持ってくるべきか。でも、あんまり大事にして目立つの、嫌がりそうなんだよな。


 そんな風に思い始めた時、穏やかな声が車庫に響いた。


「――何の騒ぎかと思えば、やっと戻って来たんだな」


 目を向けると、見知った顔がこちらを覗いていた。

 つんと鼻にくる、清涼感のある香りが周囲に立ち込めていく。

 何度も嗅いだ、彼女の香水の匂いだ。


「ロゼさん」

「あぁ、廉太郎君。脱走犯は見つかったみたいだね」


 にこやかに近づいてくるロゼは、今朝見た時と変わらぬ様子でそこにいた。

 体を隠すような真っ白なローブに覆われて、足の先までその布を引きずっている。フードを被り顔まで深く隠しているのに、僅かに覗くその顔からは親しみ以外を感じさせない。

 ロゼは様子を一目伺うと、それだけで多くのことを理解したように、顔を伏せて呟いた。


「そうか、戦闘になったんだな……」


 意識のないユーリアと廉太郎、それに人形しかここにはいない。

 連れ帰るはずだったグライフはおらず、彼の所有していた人形だけがここにある。それは、グライフが死んだことを嫌でも物語ってしまう。


「ユーリアが無理に襲ったんじゃないんですよ。グライフさんは、急に……」

「この子はそんなことしないよ」


 殺して奪ったとは思われたくなくて口にした弁明が、すぐさま遮られていた。

 「言わなくても分かるよ」と微笑み、ロゼはユーリアに近づいてシートベルトを外した。


「報告は後で聞くから、今はこの子を休ませてあげよう」


 そのまま触れることに躊躇わず、ユーリアを抱いて後ろに背負った。

 ユーリアがどれだけ触られたくないか知っている廉太郎は、同じく知っているであろうロゼの行動をはらはらしながら見守ってしまう。

 そんな視線が面白かったのか、ロゼは誰かのように悪戯っぽく笑いながら言った。


「怒られても謝ればいいし、ベッドに運ばれて文句を言うような子じゃあないからね」

「なるほどです」

 

 確かにそのほうが彼女らしいと思って、つられて笑った。いくら触れるのが苦痛だからといって、理不尽な理由で怒るような人ではないだろう。

 隣からしきりに「今のは覚えておくべき情報ですよ」とか、「女性に運ばせるんですか?」とかからかう声が届いたが、愛想笑いで聞かなかったことにする。ロゼを前にしてそんなことに反応していては、変に意識しているだなんて誤解されかねない。

 そもそも、クリスが口を開いた時点で色々とアウトなのだが。


「うーん、そいつのこともとっても気になるけど……また明日だ。私は多忙だからね」


 最期にそうクリスに指を差し、ロゼはこの場を離れた。てっきり自宅に運ぶのかと思ったが、一応の身体検査を兼ねて機関本部に向かうらしい。

 それにしても、ロゼはクリスの言動を少し観察しただけですぐに普通ではないと見抜いて見せた。つまり、事情は分からないが物を言う特別個体くらいの認識は持ったのだろう。

 でなければ、こんな反応はしなかったはずだ。

 まぁ普通ではないのは、この体の欠損を見ただけでも分かりそうなものだが。


「さて、どうします廉太郎」


 何もなければユーリアの家に戻って休むところだが、またしても家主と別行動なので戻りにくい。合鍵は渡されているが、やはりどうしても気が引けるのだ。

 ……いや、この時間であれば既にアイヴィが夕食を作りに来ているはずだ。彼女は独りで暮らすユーリアの家事を殆んどこなしていて、毎日ユーリアの家で夕食を調理している。


「そうだ、アイヴィさんに報告しないと……」


 こうして無事に帰って来た、ユーリアの無事を告げなければならない。

 なかなか帰ってこない娘の帰りを待って、気を揉んでいるに違いないだろうから。

 ほんの先ほど交わしたアイヴィとのやりとりを思い出すと、すぐにでも伝えてやりたくなる。


「まぁ、無事って言ってしまうと嘘になるんですけどね」

 

 クリスが苦笑しながら車の後ろを顎で示した。忘れていたが、そこにあったはずのリアガラスは跡形もなく消失している。

 争いごとの、消えない痕跡だ。


「――あ」


 これまた頭になかったことだが、このままアイヴィに会いに行けばユーリアがまた一緒じゃない理由を問われるだろう。そうしたら走行中に気を失ったことまで言わなければならないし、謎の幽霊に襲われていたことまで言うことになる。

 気が重い話だった。


「また、怒られるのか……」


 ――何度危険な目に合わせるつもりなのだと。

 怒られるのはまだいい。だが、あれ以上の心配をアイヴィにかけさせてしまうことが辛かった。ユーリアを危険に巻き込まないと約束した、その舌の根も乾かぬうちに……。


「俺はもう、ユーリアに関わらないほうがいいのかもしれない」


 ぽつりと、そう呟いた。

 ユーリアは、もう十分力になってくれた。しかし彼女の性格上、優しさと好意にどこまでも甘えることができてしまう。それは悪いと思うし、望むところでもない。

 今はもうクリスもいるし、ささやかだが人との繋がりもできた。

 一人ではない。この世界で右も左も分からなかった、あの頃とは違う。


「……ッ」


 少しは寂しくなって、心細くなるかとも思ったのに、それは口にするだけで妙に心が楽になってしまうようだった。 

 それがなぜなのかも分からずに、自分で自分の心に落胆していく。


「馬鹿言わないでくださいよ。そしたら私に何を楽しめと言うんですか?」


 クリスは茶化しながら突き放すことを言っているが、そこには少しだけ心を落ち着けさせるような声色が含まれているようだった。

 そんなはずはないのにと思いながらも、静かな気持ちで心を決める。


「今夜、ユーリアにそういう話をしてみよう」

「うわぁ……絶対喧嘩になりますよ。でも面白いからいいか」


 クリスは不吉なことを言っているが、たとえ喧嘩になってもこの思いは伝えなければならない。アイヴィと話したことも言ってしまおう。

 それで何が変わるかは分からないが、今のままではいけない気がするのだ。


「何も変わらないと思いますがね。変わるにしても、この車の修理費は建て替えてもらわないと払えないですよ、廉太郎」

「あー……」


 日本円で換算すると、今日までにどれだけのお金を使わせているのだろうか。ふとクリスに計算してもらおうかと思ったが、あまりにもむなしくなって止めておいた。


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