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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第二章 新世界開眼
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第十話 「好きなジャンルは逃避行」

 座席が四つで、屋根があり、窓ガラスがはまっている。元いた世界にある小型の外車だと言われたら、そう信じてしまえそうな車体。 

 貸し出されていた車の中では一番値が張ったもので、手続きを任せていたクリスが勝手に選んでしまったものだ。

 ゆえにシートベルトまで付けられている。そのことに、感謝しなければならない状況だった。


「ユーリアさん大丈夫です?」


 アクセルペダルを力いっぱいに踏みしめたクリスが、変わらない調子で後部座席へと声をかけた。車内に響く走行音に遮られて、その声が少しだけ聞き取りにくい。


「吐いたりしてませんよね?」

「とっくに気絶してるよ!」

 

 振動に耐えかねて思わず前の座席にしがみつき、廉太郎れんたろうは声を上げる。


「あはは、本当にデリケートな人だ」


 そんな軽く流してしまえるクリスを、信じられないような目で見やった。

 ユーリアは急発進すると共に意識を失い、具合が悪そうにぐったりと項垂うなだれたままだ。高速道路並みの速度が出ていたし、普通の人間でも気分が悪くなってしまいそうなほど。

 通常速度でもひどく酔う素のユーリアにとっては、それこそ拷問のような体験だろう。

 しかし、速度を落とせと言うことも、車を止めろと言うこともできない。

 なぜならば――


「ちょっと事故りそうにないんで物足りませんが……こういう、カーチェイスみたいな感じ? たまらなくなりますね」

「言ってる場合じゃない……ッ」


 追われている。

 かなりの速度で走行しているのに、少しも引き離せている気がしない。

 気がしないというのは、その追ってきているモノの姿が、廉太郎にはまったく見えていないということである。


「何なんだ、あれ」


 見えはしないが車のすぐ後方、何かが地を這うように追ってくるのが分かる。

 悪寒がする。

 ユーリアの言っていた妙な気配とは、これのことなのだろうと確信できる。

 それの放つ息遣いが、リアガラスを貫通して頬を撫でるような、錯覚がする。

 それほどまでに、保っている距離は心もとない。


「得体の知れないものですね」

「でも、見えてるんだろう?」


 頼れるのはクリスしかいないのに、何も分からないと言われ焦りが募る。

 目に見えないだけではなく、足音や地を踏んだような痕跡も何もない。そんな存在に対する対処法が、廉太郎にはまるで思いつけなかった。


「なんとかしてくれ」

「どれ」


 瞬間、氷の槍が地を穿つ。

 クリスが撃ちだしたその魔力の氷は、以前に見せたものより遥かに殺傷力がある。

 しかし、突き立った槍が視界の外に置き去りにされても、未だその気配は消えてくれない。


「外した……?」

「いえ、効果がありませんでした」

 

 言うや否や、周囲が熱を帯びる。

 次に後方を狙うのは、扇状に放たれた炎。一面を覆うその攻撃は、本来であれば当たらないはずのない一手。突如発生した火の海に、恐ろしさすら感じる。

 そのように操っているのか、波と化して周囲を飲み込んでいく。

 しかし、何も変わらない。

 以前として廉太郎たちは、得体の知れないものに追われ続けている。


「廉太郎には見えず、物質的干渉を受けないとなると……まぁ、たぶんお化けなんでしょうよ」


 お化け、幽霊。

 そんな気はしていた。今後ろから感じる気配は、心霊現象というものを想定する際に思い描く悪寒に近い。実際に出会ったことはないものの、誰もが想像できるであろう、そんな気配。

 死霊の類いには、つい先ほど出会ったばかりだ。

 しかし、魔人種の子どもが操った蟲の死霊は何の気配もしなかった。そのことからも、今追ってきている存在はより厄介なものであると、嫌でも分からされてしまう。


「さっきの子とか、魔人種の人に会えれば追い払ってくれるんじゃないのか?」

「町まで逃げ切れると思います?」


 クリスの使える魔法が通じないのであれば、対抗手段をもつ者たちに頼るほかはない。それこそ、死霊術を操れる魔人種の者にだ。

 しかし、彼らと合流するまでに追いつかれてしまうのは目に見えている。走行速度を維持し続けるのにも限界がある。

 加えて、徐々に距離を詰められている。正確な距離は視認できないが、今にも喉元に手が回されそう。

 そんな、濃厚な気配を背負っている。

 接触を許すのは時間の問題だろう。


「ときに廉太郎、『エスケープD』って映画知ってますか?」

「映画!?」


 それでも廉太郎に過度な恐怖がないのは、クリスがこの通り平然としているおかげでもあった。

 かといって、クリスが脅威を感じていない訳ではない。もしそうなら、これほど全力で逃げようとはしない。

 それなのに焦りも恐れもしないのか、クリスは肩に力すら入っていなかった。


「クライマックスで似たシーンあるんですよ。負傷した主人公を守るために、幼い娘が車を運転して逃げるシーンが」

「……それは俺も好きでよく覚えてるけど、今話すことじゃないだろ!」


 緊張感がそがれるどころではない。急に『映画』なんて言葉が飛び出すと、車内の現代的な造りも相まって元の世界に帰って来たような錯覚を覚えてしまう。

 そもそも、当たり前のように別世界の知識を共有できていることがおかしい。

 廉太郎の深層心理に浮かんだ類似する場景を読み取っただけなのだろうが、まるで以前から知っていたかのような口ぶりである。


「作中に出てくる光線銃、高性能すぎて笑えるんですよねぇ」

「喋ってないと気が済まないのか、お前は」


 自分はどうするべきで、クリスはどう考えているのか。何も分からないままに宥められているようで、いっそ脱力してしまう。

 浮かせていた腰を座席に落として、落ち着きを取り戻そうとする。


「はい、これがその銃です」


 と、運転席からクリスの手が伸びる。握られていたのは、苦い経験をしたばかりの、見覚えのある回転式拳銃。クリスに一度向けられて、彼女に向け返した銃。

 それとまったく同じものが、再び廉太郎の手に渡された。

 まだ隠し持っていたのか。というよりも、こっそりと回収していたのだろう。


「……効くの、これが」


 クリスは『その銃』だとほのめかしたものの、撃ち出されるのは鉛の弾丸。映画に出てくる光線銃などと比べられるはずもない。

 魔法すら透過する霊体に対し、とても効果があるとは思えない。

 だが。


「撃ってみてください。その銃には魔法がかけてあります」


 瞬間、背後のリアガラスが砕け散った。破片が後方に消えていき、車内に風を切る音と外気が流れ込んでいく。

 攻撃されたのかと身構えるも、あまりに綺麗に消え去った痕跡を見るに、クリスの仕業なのだろう。

 車体の後ろ銃撃するには、都合がいい。


「引き金は廉太郎にしか引けません」


 クリスの両手は塞がっている。ユーリアは動けないどころか、意識すらない。

 であるなら、確かにこれを撃てるのは廉太郎しかいない。

 

「いえ、そうではなく、廉太郎の力が必要だという話なんですが……」

「俺の?」


 クリスが魔法をかけたと言うからには、この銃は特別なものになったのだろう。それならば霊体に通じるのかもしれないが、現に魔法が透かされたばかりである。

 だとすれば、さっきの魔法とは違うのか。しかし、そのために廉太郎の力が必要だと言われても、特別なことは何もできない。


「別に難しいことは求めてませんよ。ただ、当ててさえくれれば」


 頼られているのであれば、それは嬉しい。こんな状況下で、何もできないはずの自分にできることがあるのかと、思わずにはいられない。

 シートベルトを外して、座席に膝を立てる。背もたれに銃を握った手を乗せて固定させ、見えない標的に向けて狙いを定めた。

 

「少し銃口を下げて」


 クリスの指示に従い、想定する敵の位置を修正する。

 必要だと言われた力など検討もつかないが、その声には信じようと思えるだけの力があった。


「タイミングは私が指示します……まだですよ、引き付けて」


 二度三度引き金を引いたから分かる。銃は構えるだけで、重圧を感じるものだ。撃たずに我慢しているのが、想像以上の苦痛になる。

 こうして手をこまねいている間にやられてしまうのではないかと、なまじ姿が見えないだけに焦りがつのって仕方ない。


「銃なんて基本、当たらないと思ってくださいよ」


 逸る廉太郎を収めようと、呑気な言葉がかけられる。かと思えば、思い出したように「――ふっ」と笑い、からかう口調に変わっていく。


「私に対しても急所を外したつもりだったんでしょうけど、射線は完全に殺しにきてましたからね」

「それはごめん!」


 背を向けたまま声を上げる。

 クリスに向けて発砲したのは一度きりだが、足を狙ったつもりでとんでもないことをしていた。魔法によって銃弾が逸らされなれば、ここにクリスはいなかった。

 殺しかけたことに罪悪感を覚えるものの、クリスの方はもう少し強く殺しに来ていたのだから、帳消しにしてほしい。


「――ッ、集中を乱さないでくれよ」

「集中して当たるなら茶化さないんですけどね」


 変に思いつめるよりも、リラックスした方が良い結果になるだろうと、クリスは笑う。

 徐々に、車の速度が落ちていった。クリスが速度を調節し、こちらから背後の敵に近づいているのだ。

 確実に仕留めるために。

 一発で決めろと、言外に示されているかのよう。


「――今ですよ」


 それを合図に、引き金を引いた。

 廉太郎は反射的に目をつぶった。それは経験からくる火薬の爆発と反動への警戒だったのだが、それは杞憂に終わる。

 弾丸は、装填すらされていなかった。

 代わりに放たれたのは、一筋の光。

 銃口から――いや、銃口からですらない。銃口先から放射状の輝く光の輪が現れ、二重三重に重なっている。それらが新たな銃口のように機能して、強い光線を生み出していた。

 光線は地を穿ち、走り続ける車の動きに従って直線を引き続けている。

 やがてすべての光が消え去ると、後には何の気配も残らなかった。


「はははっ! 上手くいきましたね!」


 クリスがさらに速度を落とし、高らかに声をあげた。


「私達は思ったより相性がいい。馬鹿みたいに開放的な、廉太郎の魂のおかげです」

「相性……って?」


 実感は薄いが危機は去ったようなので、一気に緊張の糸が切れて座席に沈む。それで、手元の回転式拳銃に視線を落とした。クリスが魔法をかけたと言った通り、恐ろしい威力の光線銃と化した拳銃。

 それが手に余るようで、遠ざけるようにクリスへと返した。

 腫物のように扱われた銃を受け取りながら、クリスは笑いながらハンドルを切った。


「ネタ晴らしすると、その銃には何もしてません。ただ、廉太郎が特別な銃だと思ってくれればよかったんですよ」

「どういうこと?」

「今の一撃は射撃魔術です」


 魔法ではなく、魔術。

 魔法の殺傷性をより特化した、人間が人間を殺すための殺人術。強力な魔法を操るようになった同族を制するための力。

 だからこそ、魔法が効かなかった相手に効果があったのだろうが、それが使えるならば初めからクリスがそうすればよかったのではないのか。


「私は人間の魔法を自由に使えますが、魔術は使えません」

「確か、専門の訓練がいるんだったっけ」


 ユーリアたち魔術師は、何年もかけて魔術を学び、そして習得する。

 だから、クリスは魔術を会得していないということなのだろうが、それでは今起きた事象に説明がつかない。


「いえ、これは個人的に習得したものですが……私一人では使えないんですよ」

「習得したのに使えないって、どういうことだ?」


 覗き込んだバックミラーに、ほくそ笑んだクリスの口元が映った。


「魂がいるんですよ。そしてその魂と私で、引き起こす事象への意思を統一する必要があったんです」


 人形であるクリスに魂はない。

 だからこそ、それを操るには廉太郎の力が要ると言った。

 本来、銃は必要なかったのだろう。

 実際に銃口を向けて引き金を引かせたのは、射線とタイミングを合わせるため。映画を話に出したのも、よく似た武器を想起させてすり合わせるためだ。


「廉太郎の魂は丈夫で良い。魔術の反動も疲労もないようですし」


 廉太郎の魔力を引き出し、魂を使い、実際に魔術を練り上げたのはクリスだ。廉太郎がしたのは、ただクリスが合わせられるように道筋を作っただけ。

 それでも妙に褒めるように、クリスはしきりにまくし立てる。


「訓練を続ければ、それなりに強くなれますよ」


 別に訓練をするつもりなどない。だがあまりにクリスが嬉しそうで、廉太郎は何も言わずに目を閉じた。

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