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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第二章 新世界開眼
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第九話 面倒な人たち

「アイヴィさんに言われたこと、まだ気にしてるんですか?」


 レンタルした魔動車のハンドルを握りながら、クリスがうんざりしたように口を開いた。

 座席に浅く座り、小さな体で器用に車体を操っている。動作は手慣れているようで、今朝初めて触った廉太郎れんたろうよりも当然運転は上手い。

 そんなことですら、数少ない役目を奪われたようで落ち込んでしまう。


「いい加減に立ち直ってください。隣にいる私の方が滅入めいってしまいそうです」


 ため息まじりに、クリスが指でハンドルを二度叩いた。

 思考や感情を読まれるのは苦痛だと思っていたが、読み取る方にも苦労があるらしい。確かに、興味が無いのに鳴り続けるテレビの雑音ほど、うっとおしいものもない。

 ハンドルを奪われたのは、何も廉太郎の操縦技術にケチがついたからではない。

 単に、車を動かすのは楽しいからと、クリスが運転手を買って出ただけだ。


「お前も言ったろ、ヒモみたいだって」

 

 車外の遠くに目を向けながら、廉太郎は自分に言い聞かせるように口を開いた。


「ユーリアの好意に甘えすぎていたんだ」


 その結果、考えられないような危険な役目を押し付けてしまった。

 だというのにユーリアは文句一つ、愚痴一つ言わなかった。当然のことをしたまでだと、本気で思っている。

 アイヴィの言いたかったことは、つまりそういうことなのだろう。

 ユーリアの傍にいるのなら、そういう彼女の性格をしっかり理解するべきだと。

 でなければ、こういった事件はきっとまた起こるから。


「ヒモ、それを悪いとは言ってないんですけどね……」


 苦笑まじりに、クリスがハンドルを切った。


「それより、ぐちぐちと悩む男のほうがずっと見苦しいと思いますよ」

「別に、悩んでるわけじゃ……」


 悩むというより、後悔している。

 ユーリアと共に脱走したグライフを追おうと決めた時、少なからず争いになると分かった上でそれを良しとした。相手が異形化するとは思っていなかったとはいえ、ユーリアの力をあてにしたのは事実。

 彼女は強いと皆が言うから、ただの人間と戦わせるくらい、何のことはないと思ってしまったのだ。

 あまりにもユーリアを軽く見ていたと、今では思う。


「そんな男が好きだって人もいますがね。他の女には相手にされませんよ」


 クリスは変わらぬ調子で、にやりと笑う。


「ユーリアさんはどっちなんでしょうね?」


 徐々に話が逸らされていくのは、クリスなりの気づかいなのだろうか。からかいたいだけだとは思うが、へこんでいるだけにどうしても温かさを見出そうとしてしまう。


「案外面倒見がいい人ですから、ひょっとするかもしれません」


 恋愛感情も性区別もないユーリアに男の好みなど無いのだろうが、人の好みはあるだろう。

 彼女に好かれるような人間であるかは、とても自信がない。友達として接してくれるのも、嫌うところがないからだと思っている。


「お前はどっちなんだ」


 クリスに一人話させ続けているのも心苦しく、そんな分かりきったことを聞いてみた。


「死ねばいいと思いますよ」


 その答えがいっそ小気味よく、気持ちがわずかに晴れるようだった。

 ユーリアの待つ廃集落が遠目に見えたころには、すっかり落ち着いた様子で座席に揺られていた。









 ユーリアが待つ部屋のドアを軽くたたき、ノックする。前にもこんなことがあったよな……と気恥ずかしくなりながら、躊躇いがちに声をかけた。


「入るよ」


 返事はなかった。

 そこまで、前回と同じ。

 ひょっとして寝ているのではないかと思い、ドアを開くだけにして室内をクリスに確かめさせる。


「あれ、いませんよ……?」


 ひょっこりと中を伺ったクリスが、そんなことを言った。


「えっ――」


 血相を変えて、廉太郎は部屋に入った。

 冗談であってくれと入ったその部屋には、クリスの言う通り誰もいない。

 入る家屋や部屋を間違えたということは絶対にない。


「そんな……」


 町を立つ前に交わした、アイヴィとの会話が脳裏によぎる。

 ユーリアに万が一のことが起こることを、何より案じていた彼女の訴えを。それに感化されて直前まで心配していただけに、ユーリアの不在はかなりの衝撃を廉太郎に与えた。

 ユーリアが休んでいたベッドに目を向ける。そこには、彼女がそれに着替えていたはずの服が散らばっていた。


「これは、その……」

「いや。寝るときに服を着ないんだ、あの人……」


 珍しく言い淀んだクリスの意図するものを、即座に否定した。

 そんな俗なことからは最も遠いところにいる人であるし、そうでなければならない人だ。


「ならば、余計ベッドにいないのはおかしいですよ」


 そんな指摘など何も聞きたくなくて、廉太郎は声を上げた。


「ユーリア……っ!」 


 こんな風に大声で、誰かの名前を呼んだことがあるだろうか。

 それどころか、彼女に名前で呼びかけたこと自体恐らくない。名前を口にしたことはあれど、本人に向けて呼びかけたことは一度もなかった。

 そんなどうでもいいことが胸を打つほどには、自分の心がどこにも見つからいほどに浮遊している。


「ここよ」


 部屋のどこからか、こもった声が聞こえてくる。

 そんな小さな声に、自分でも驚くほど心が安堵するのが分かった。


「良かった……でも、どこに――」

「ここですね」

 

 こんこんと、クリスがクローゼットの戸を叩いた。

 すると中から、人が動いたような物音が響く。


「な、なんでそんな所に……?」


 困惑しつつ、中から出てこようとするユーリアを慌てて制止する。


「その、君が無事ならそれでいいんだけど……服を」


 ――たぶん、何も着ていないと思う。勘だが。

 またもや中で動く音がしたかとおもうと、すぐに戸が開いた。

 姿を見せたユーリアは、瞳こそ閉じているものの変わった様子はない。中で適当に手に取ったのであろう、オーバーサイズの服を身にまとっている。


「おまたせ」


 そうして、済ました口調と共にクローゼットから出た。


「いや、こちらこそ……」


 おまたせ、ではない。

 何をしていたのだろう、この人は。

 こんなことで人を驚かせようとする人でもないし、無意味な奇行をする人でもない。

 言葉にせずともいぶかし気でいる廉太郎に対し、彼女はこんなことを言った。


「何か、妙な気配を感じたのよ」

「気配……?」


 不穏な言葉に顔をしかめる。それが確かなら、誰かが、もしくはなにかが居たことになる。それはユーリアの無事を確かに脅かすもので、一歩間違えれば再会さえできなかったかもしれないのだ。


「いえ、今の私に何が探知できるというわけでもないし、きっと思い過ごしなのでしょうけど……」


 ユーリアは一人、難しい顔で呟いた。

 目が見えず魔力も感知できないとしても、何かの気配というものは感じられる。ユーリアが身を隠すほどに脅威を感じたのだから、きっとそれは思い過ごしなどではない。


「でしたら、早々に退去しましょう」


 クリスが、静かにそう告げた。 

 余裕一つ、軽口一つ見せない。

 その様子から、クリスが今も穏やかな状況だとは思っていないことが察せられる。

 と、呆れたようにユーリアに声をかけられた。


「廉太郎……あなたまた人形に喋らせて」

「ち、違うよ。これはこいつが自分で――」


 クリスの声に微妙な顔を示したユーリアに、焦るように弁明しようとする。

 人形に自我がないというのが一般であるらしいから、こんなふうに口を効くのは持ち主の操作によるものと思われる。

 クリスの特殊性を知らない者からすれば、腹話術のような奇行に見えるだろう。


「あぁもう、私のことはあとで紹介しますから。ほら、行きますよ」


 何かがいるかもしれないのに悠長に立ち話を始めた二人に対し、業を煮やしたクリスが両者の腕を引いた。

 簡単に振りほどけるような弱い力なのに、廉太郎もユーリアも大人しくそれに従う。


「ま、待ちなさいよ。靴を――」


 急かされることに文句を言いつつも、触られていることに対してユーリアは文句を言わなかった。

 クリスのような人形を生き物と認識していないとのことだが、であれば生物への接触拒否は心理的なものなのだろうか。

 てっきり感触が苦手なのかと思っていたが、人形に触れられるということは違ったらしい。

 クリスがユーリアの手を引けるので、盲目の彼女を手早く車まで誘導することが出来た。


「ユーリアさん」

「……なによ?」


 どうにも落ち着かない様子でクリスの問いかけに応える。

 人形を介して廉太郎に話しかけられていると誤解しているからだ。

 

「シートベルト、してください」

「嫌」


 五感制御も出来ない現状、服ですら嫌々着ているユーリアの事だ。シートベルトのような拘束具のしめつけは、なおのこと不快なのだろう。

 クリスの要望に対し、短い言葉で拒絶した。

 

「文句言わないでくださいよ。子どもですか、あなたは」


 心底呆れたような口調で、クリスが不平を漏らす。

 ぽつりと「子ども……?」とユーリアが言葉を返したのちに。

 一瞬の間が空いた。


「は、はぁ――!? 言っていい事と悪い事の区別もつかないの!?」


 地雷に触れたかのような、劇的な反応を示す。

 その矛先が向くのは、当然ながら――


「廉太郎!」

「俺じゃない!? 言わせてないんだって……!」


 これはもう、面倒だとか不便だとかの話ではない。早いところクリスに対する情報を共有しなければ、それこそ人間関係が終わってしまう。

 親しくやれていた二人の人間から立て続けに声を荒げられて、対立に慣れていない廉太郎の精神が悲鳴をあげるようだった。


「何でこう……二人とも面倒なんですかね」


 そう呟いたかと思うとクリスは運転席から身を乗り出し、乱暴にユーリアへ覆いかぶさる。そのまま無理やりにシートベルトを装着させると、不平を隠さないユーリアに対し顔を寄せて言った。


「今からアクセル全開で逃げるのですよ、私たちは」

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