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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第二章 新世界開眼
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第八話 好感度

 結局、廉太郎れんたろうは今日起きたことをアイヴィに全て話した。

 病棟に収容されていた男が人形と共に脱走し、それを連れ戻すために行動したこと。想定外の戦闘が起こり、解決はしたもののユーリアは魔力を全て消費したこと。目の見えなくなった彼女が歩くのは大変だと、一人で置いてきてしまったこと。

 それらを彼女の母親に告げるのは、とても勇気がいる。人形を手に入れたかったのは廉太郎の都合で、それにユーリアを巻き込んでしまったのだから。見た限りに報告をすれば、彼女が死ぬほど危険な目に合っていたことが伝わるだろう。

 アイヴィは何も言わずに、最後まで聞いてくれた。

 その沈黙が苦痛になるほどには、後ろめたい報告だった。

 

「――まったく」


 心から疲れたような深い息を吐いて、アイヴィは顔をしかめた。


「何をやってるんだか、あの子は」


 その口調にはなお、隠しきれない憤りが含まれている。

 しばらく目を閉じていたアイヴィは、やがて組んでいた手を下ろし、言った。


「ねぇ、廉太郎くん」

「は、はい!」

「ちゃんと分かってる?」


 咎めるような口調、詰問。


「なにを……ですか?」


 恐る恐る、聞き返した。


「バカなのよ、あの子」

「――えっ?」


 返って来たのは、そんな虚をつくような言葉。

 しかしそれは間を持たせるような冗談でも、ましてや娘にたいする愚痴でもなかった。

 目を潤ませて、体ごと震えたような言葉を、アイヴィは重ねた。


「自分のことを大事にしてくれない! ちょっとでも情が湧いた相手になら、何も考えずにこうして命まで張っちゃうのよ……?」


 魔術師は兵士だ。戦って、命を死に晒している。

 それだけでも、親にとっては耐えがたい苦痛だろうに。その上自分の身を顧みないとくれば、その心労は想像を絶する。

 こうして、感情を抑えられなくなるほどには。


「あなた達は逃げるべきだった。そうでなければ、人形なんて諦めて、魂ごと壊してしまうべきだったのに……」


 絞り出すような、恨み言のような言葉。

 ユーリアがそれをしなかった理由はただ一つで、それは廉太郎のためだ。廉太郎が生きながらえるために、人形が必要だと言ったから。

 だから彼女は命をかけた。命がけで、不利だと分かりきった戦闘を続けたのだ。

 ただ、友達になったというだけで。

 それは嬉しくも、なんともったいない思いだろう。


「本当に、すみませんでした。勝手な都合で、いいように巻き込んでしまって……」


 廉太郎は心から頭を下げた。謝ってすむような問題ではないと思いつつも、そうせずにはいられない。

 頭の上で、少しだけ気配が柔らかくなったような気がした。

 

「謝らなくていい……いえ、謝らないで?」


 アイヴィは言葉を切り、傍らに立つクリスへとためらいがちに視線を落とした。


「確かに、この人形を諦めたら、廉太郎くんの命に保証はなくなってたんだから……」


 だから、ユーリアの行為を否定することもできない。それは生死を分ける廉太郎本人に、諦めて死ぬのを受け入れればよかったろうにと言うようなものだから。


「だから、これはもうこうするしかなかったって話しなんだけど……わたしの言うことなんて、全部やつあたりなんだけど……」


 しかし娘の母親としては、簡単に受け止められる話ではないのだ。

 言葉にまとまりを欠くほどに、乱れきった心の内をただ吐き出している。


「わたしには、もうあの子しかいないのよ」

 

 ――もう、あの子しかいない。

 その言葉に、色々と想像がついてしまう。

 もうユーリアしか、残っていないのか。

 他にいた誰かは、いなくなってしまったのか。

 だからユーリアはあの広い家に、一人で住んでいるのか。かつての住人の面影が色濃く残った、あの家に。

 ならばこの母子の人生に、何があったというのだろう。


「だから、もうこんなことはさせないで……見張っていてよ、廉太郎くん」


 そうして、アイヴィは泣いていた。

 静かに涙を流して、そんな無茶を言う。

 彼女の態度を大げさだとも、無理なことを言っているとも、廉太郎は思わない。

 思えば初めて会った時も、一晩帰らなかったユーリアを酷く心配していた。そんな風にいつも心配しているのであれば、人に無茶なことを言うくらい許されるべきだろう。


「分かり……ました」


 無責任だとは思いながらも、流されるようにそう返した。

 ふと、元の世界で帰りを待つであろう、家族のことを考えた。

 胸が、酷く苦しくなる。思わず涙をもらってしまいそうで、奥の歯をきつく噛んだ。


「それなら、早く迎えに行ってあげて」

「すぐ行きます」


 傍らから「えっ?」という抗議の声が上がったが、耳に届かなかったことにする。

 そうして背を向けた廉太郎に、アイヴィは一言「待って」と呼び止めた。


「何ですか」

「馬鹿なことをしたのはあなたも同じよ。魔法も使えず武器も持たず、こんな殺人人形に向かって行くなんて」


 真っすぐ廉太郎を指さして、怒ったように眉を寄せた。

 傍から見れば、ユーリア以上の自殺行為だろう。まったく何をしたのだと、自分でも思う。


「それはただ、変なテンションだったんです。もうしませんし、できませんよ」

 

 逃げるように踵を返し、アイヴィと別れた。

 真っすぐ、貸車を目指す。それに足を合わせたクリスが、あからさまな不平を漏らした。


「ちょっと、私はお腹が空いているのだと言ったはずですが?」

「ほんと悪いんだけど、あと少しだけ待ってくれ」


 母親から釘を刺された矢先に、のんきに休憩を挟む気にはなれない。それでなくともユーリアを一人無人の集落に放置してきたことに、今さらながら危機感が湧いてくる。もし悪意を持った誰かが近づけば、視力も抵抗力もない今の彼女はとても危険だ。


「そうですか、優先度が明確なようでなによりです」


 わざと皮肉に聞こえるような調子で、クリスは口を尖らせた。

 そのらしい様子を見て、廉太郎は不審に思っていたことを聞いてみた。


「お前、静かだったな」と、不思議に思う程には「余計なことを言わないかと、ひやひやしてたのに」

「どうやら、随分と嫌われたようでしたからね」


 ――嫌われた? アイヴィさんに、クリスが?


「なんで?」

「さぁ? 加えて、精神があまり安定していない人だとも思ったので、口を挟む気にならなかっただけです」

「そう言うなよ。母親なら、あれで当然なんだから」

「当たらない勘のようなものです」


 クリスはそれきり口を閉じた。笑みを浮かべてはいるが、どこか違う調子に納まりが悪い。

 嫌われることなど気にする性格にも思えないのだが、何もしていないのに嫌われるということもあるまい。


「ともかく、ユーリアを迎えに行って、それでまた謝ろう」


 たぶん廉太郎が嫌われたという方の勘は、少なからず当たっているだろうから。


「いえ、そこまでではないんじゃないですか? もしそうなら、迎えなんて任せなかったでしょうし」

「だったらいいな。あの人に嫌われるのは、つらいから……」


 その通りだとは思いつつも、どうしても気休めに聞こえてしまう。そこまでの心労をアイヴィにかけてしまったことが申し訳なく、訴えが胸にしみる。

 早くユーリアを迎えに行かなければいけないと思う一方で、その足取りが鉛のように重く感じた。


「たかが一回気まずくなったぐらいで、考え過ぎなんですよ」


 隣から、そんな楽観的な声が聞こえる。

 恨みごとや文句を言われるのにあまり慣れていない廉太郎にとっては、人間関係が終了したのかと思う程気落ちする失敗だったというのに。

 しかしそれを大したことではないと指摘されるのは、やはり気休めでも慰められてしまう――と、


「口説こうとしてたのなら、まぁ失敗だったと思いますがね」


 そう思って感謝をしかけたのに。


「は?」


 口が達者な奴の冗談は、理解するのが難しい。相変わらず。


「え、親子そろって狙ってみたいとか、思わないんですか?」

「やめろよホントに嫌われるから!」


 今後、こんなクリスを伴ってあの二人と食卓を囲むのかと思うと胃が痛くなってしまう。

 そこに加わり続けることを、許されるならという話だが。 






――――






 不穏な気配を感じて、ユーリアは目を覚ました。 

 目を覚まして、目を開く。当然、何も見えはしないし、疑似眼球を造るだけの魔力も回復してはいない。眠るつもりはなかったのに、横になってすぐに眠ってしまったようだ。

 おかしい、すぐにそう思った。

 休息のような昼寝とはいえ、自力で起きれたことがまず異常。

 ユーリアは、自力で目を覚ますことがほぼ出来ない。放置されれば、平気で一日以上を寝て潰すことになる。

 毎朝は、直接魂に刺激を与えられることで目覚めている。

 ならば今、自分は何に目覚めさせられたのか?


「廉太郎……?」


 返事がないことは分かっていた。そんな柔和なものではない。周囲に人が、一人たりともいるとは思えない。

 冷たい静寂。

 それを裏切るような、何者かの気配。

 息を殺しつつ、ユーリアはベッドから身を起こした。

  

「……ッ」


 見られていると、ユーリアは思った。

 一瞬服を着ようかと思って、馬鹿馬鹿しくなってやめた。

 すでに、部屋の中にいるのか。

 ならばなぜ何もしてこない。敵意があるのかは分からないが、穏やかなものでないのは肌で感じる。

 動くべきか、否か。

 動いたとして、できることはないのだが。


「なんなの……」


 不意に遠ざかったその気配に、緊迫した鼓動が行き場をなくす。

 脱力。

 部屋にはこれで、ユーリアが一人残された。

 しかし気配は消えても、疑念は残った。

 幼いころに忘れたような、暗闇への恐怖。寝床の足元や、ベッドの下。そこに、何かが潜んでいるのではいかという疑念。

 ふと、くだらないことを想像する。

 ――もしかして自分はただ、暗闇に独りきりなのが怖いだけなのではないか。

 だとすれば、自分の心は思っているよりずっと幼い。子供のまま背丈だけが伸びたようで、妙に恥ずかしく思った。

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