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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第二章 新世界開眼
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第六話 魔人種の子

 クリスと帰路を歩いて、しばらく時がたった。

 会話は、弾み過ぎるほどに弾んでいた。クリスがひっきりなしに話しかけ、廉太郎れんたろうがそれに返す。

 喋り通しで、むしろ足よりも先に口が疲れていくかのよう。

 彼女の振る話題には華がある。

 底抜けに明るいような、そんな独特の華が。 


「町までは、あとどれくらいだろうな」

「まだ『一時間』しか歩いていませんよ。えぇと、あと『十数キロ』ですから……このペースなら『五時間』はかからないんじゃないですかね」


 小さい懐中時計を睨みながら、クリスが告げた。

 廉太郎に通じるように、クリスは単位をすり合わせてくれる。初めて触れる単位なのはクリスも同じだろうに、さも当然かのように順応してみせた。しかも、頭の中だけで瞬時に換算して。

 優秀な頭脳だ。それこそ、人工知能のように。


「長いな……」


 日が暮れる前にユーリアの待つ集落に戻れるかどうか、怪しいところではある。

 目の見えない彼女を一人放置するのはあまり穏やかではないので、できるだけ早く迎えに行ってやりたいのだが。


「疲れたんですか?」茶化すようにクリスが笑う。「ユーリアさんの前では安受け合いしてみせた癖に――」


 途中で、言葉は地へと倒れて消えた。


「うぉ――っと」


 慌てて、倒れそうになったクリスを庇う。

 手元に目を落としていて、足元がおろそかになっていたのだろう。


「疲れたのはお前だろう? 背負ってやるって」


 クリスに背を向けてやると「どうも……」と渋々ながらも背に収まり、腕を回した。


「ほう、いい背中ですね」と耳元で言う。

「いい背中ってなんだ?」

「思ったより鍛えられてる、いい背中だと言ったんです――元は軍にでも?」

「いや、そこまでは鍛えてないだろ……」


 鍛えているといえば軍人なのか。

 冗談なのかそうでないのか、相変わらず分かりにくい。


「部活だよ」

「ほう、ハイスクールの華ですね。何をやるんですか?」


 ――ハイスクール?


「陸上競技」

「あぁ! かっこいいですね」


 思ったより食いつきがいい。興味があるのならば競技者として、僅かに誇らしい――と思ったのだが、「私は走れないので、憧れます」と続けられては、返す言葉が見つからない。


「お前の体のこと、後で色々相談して――」

「静かに」


 不意に、クリスが言葉を制した。言われるがまま立ち止まり、口を閉ざす。ほどなく、


「この先、誰か揉めてるようです」と、クリスは坂の上を指し示した。



――



「人様を舐めやがって、よぉ!」 


 人間の男が、子供を蹴っていた。うずくまった子供の肩を、蹴りつけている。

 否、それが肩と呼べるのかどうか、廉太郎には判断がつかなかった。

 その子供は、人間ではなかった。

 肌が灰色で、腕と足が骨のように細い。棒。長く、黒々とした棒だ。胴体から、それが複数生えている。

 手はなかった。棒の先端に、鈎爪が付いているだけ。

 異形の姿。それでも忌むべき存在ではなく、純然たる被害者として廉太郎の目に映った。


「邪魔なんだ、てめぇら薄ぎたねぇ魔人ども……虫けらが」


 ――なぶりものにされているから。

 身を守っているのか、それとも降参の意を示しているのか。

 上げられた棒の腕が、弱々しく震えていた。


「何が……起きてるんだ?」息を飲み「何をしてる、あいつは」


 その問いに、クリスが端的に答えた。


「罪のない子どもが殺されかけていますね」


 そう断定してくれた。

 それが聞ければ、迷う必要はなかった。


「あれを止められるか、クリス?」

「やれやれ」


 言葉とは裏腹に、クリスはさっそうと隠れていた茂みから躍り出る。

 そして、堂々と言い放った。


「そこまでです」

「あぁッ!? ――なんだよ」


 急に現れたクリスに、男は威嚇するような表情を向けた。

 クリスは怯むこともなく、悠々と腕を組んで見せる。


「暴行しているように見えたんですがね。正当な理由でも?」


 舌打ちと共に、男が言い返した。


「なんだ、てめぇ?」

「機関警察の者です」


 クリスの吐いた嘘を、男は鼻で笑った。


「何言ってやがる、人形風情にんぎょうふぜいがよ」

「面倒ですね……この場で殺してしまいましょうか?」


 物騒なセリフと共に、ちらりと廉太郎の方に視線を送る。それを合図に、やや躊躇ためらいながらも姿を晒した。

 隠れていたのは、かえって弱みになると思ったからだ。仮に争いになったとして、それは二対一ではなく、守るべき弱点を背負ったクリスと男の戦闘になる。

 だから、これはブラフだ。

 廉太郎が人間の魔法を使えないことなど、男はまだ知らない。

 戦闘にさえならなければ、不利な状況だと誤認させられる。


「……わかったよ、抵抗はしねぇ」


 新たな人影を見た男は状況の不利と己の非を認め、おとなしくなった。

 両手を上げて降伏を示し、罪を問われることさえ受け入れようとする。

 殺されるよりはましだと。


「助かります。では見なかったことにしますので、ささっと消えてください」


 恨めし気な視線を残し、男は立ち去った。近場に倒れた二輪にまたがる背中を見て、クリスは笑う。


「頭が柔らかくて御しやすいですね、子どもは」


 ――子どもはお前だろうが……本当に子どもだろうか。

 しかし、これでいい。

 戦闘も、通報も、拘束して町に突き出したりする余計な手間も、今は惜しい。


「よくやった、クリス」


 身動きしない子どもに駆け寄った。

 体を抱き起すと、その服は妙にぐっしょりと濡れていたが、出血は見られない。

 体の構造が不明で、怪我の程度も分からない。


「君、大丈夫?」

「……は、はいー。助かりまし――ごふっ」


 口を開くなり、むせるように透明な液体を吐いた。

 胃液かと思った。だが、それは「血ですよ、それ」と否定される。


「な、に……?」


 種族が違うならば、骨格も体液も異なるのだろう。

 だとするならば、服を濡らしているこの液体は。粘性のある、この液体は……。


「……クリス、怪我を治す魔法とかだせないか?」

「すいません、役立たずで」


 人間の魔法が殺傷にしか扱えないことは、既に知っている。

 それでも聞いてみただけだ。

 抱いた命が消えるのが怖くて、聞かずにはいられなかっただけだ。


「へいき、です……しぶといのが取りえですから……」


 絞り出すような、かすれた声。

 さすがに見かねたのか、クリスが口を挟む。


「町の病院に担ぎ込むしかないですね」


 町まではまだ遠い。しかもこの子を背負うのであれば、クリスは背負えない。そうなると、さらに行進は遅くなり、手当ても遅れてしまう。


「何とか、応急処置を……」


 一刻を争うのであれば、むしろいったん集落へ引き返した方がいいのかもしれない。

 その呟きに、


「できます。ちょっとだけ」


 と反応を返し、一枚だけ羽織っていたコートを脱ぐ。

 黒い三脚に、人の頭部が乗ったような体だった。

 否、三脚ではなく六脚機構だ。

 同じく胴体から生えた六本の腕と共に、器用に折りたたまれている。

 しばらく複数の腕が、己の体を点検するように蠢いていく。やがて徐々に、その体に白い布が巻き付かれていくのが分かった。


「これは……」


 包帯だ。糸を精製し、布にまとめて操っている。

 患部にきつく巻きつけて、固定。止血し、傷も保護している。

 瞬く間に終わった応急処置に、クリスが口笛を吹いた。


「器用な人だ」

「らくになりました。助かりました」

 

 口調がはっきりとし、顔色も回復している。その様子に安堵しつつも、


「それは良かった。でも、病院には行った方がいい」と念を押した。


 町まで一緒に行こうと誘う廉太郎に、


「町ですか、乗っていきますかー?」


 と笑いかける。

 その子が指をさした先には、木製のリヤカーがあった。私物だろうか。大型で、人が数人乗り込むことも可能なサイズ。

 廉太郎が引いて歩けば、クリスと魔人の子を乗せて運ぶこともできるだろう。

 

「ありがとう。使わせてもらうよ」


 しかし、二人が乗った荷台の引き手を握った廉太郎に「おにーさんも乗ってください」と声がかかる。


「え? いや、それじゃあ――」


 動かないだろうと言い終える前に、車輪が回り始めていた。

 何の動力もなしに動き始めたことに驚きながらも、荷台へとよじ登る。

 すると、


「死霊術」


 悠々とくつろいだクリスが、知ったように呟いた。


「少し物々しいけど、この子の魔法?」

「系統が異なるのですが……まぁ、そういう認識であってます。彼ら魔人種が長ける技能ですね」

「つまり、幽霊がこの荷台を引いている?」


 種族によって扱う魔法に違いがあるとは聞いていたが、霊を扱うとは……。

 魔法や異世界に加えて、信じがたいものの実存が、新たに示されてしまった。


「見えませんか? 私には、車輪を回す無数の蟲の霊が見えますがね」


 蟲にも、霊がいるのか。

 死の概念すらないそれら蟲どもは、死んだことにすら気づいていないイメージがある。

 だとすれば、操ってみせるのも比較的容易なのだろう。

 水車を回す水のように、大量の蟲の霊を。


「お礼ですよー、ありがとうございました」


 そんなおぞましさとは裏腹に、にこやかに笑う子どもだった。

 顔を半分だけ隠すように伸びたアシメントリ―の髪は、緑と桃色に分かれたサイケデリックなもの。そこから覗いた灰色の肌と黒い片目が、友好的とわかる表情を向けてくれている。


「それで、どうして襲われていたの?」


 原因があるのであれば対処する必要がある。そう思って聞いてみたのだが、真顔で首を傾げられてしまう。


「わかりません……」

「分からない?」


 理由なくあそこまで執拗な暴力を受けるのは、理不尽を越えて妙でもある。

 そんな廉太郎の疑問に対し、クリスが横から回答を出した。


「亜人、魔人というだけで攻撃しようとする人間は、あの町にもいます」

「そうか……」


 かつて、ユーリアも言っていた。

 多種族共存の町とはいえ、結局は人の町だと。協力する必要性があり、ルールで縛って殺害を防いでいるというだけで。

 結局、他の人種の存在を認めない迫害思考は何も変わらないのだと。

 だからユーリアは、町の人間も嫌いなのだと言う。


「そうだ、君の名前は?」

「名前ですかー? え、えーと……ク、クラ――んんっ?」


 一人、首を振りながらあれやこれやと思いを巡らせている。

 やがて諦めたのか、「忘れました……」と悲しそうにつぶやいた。


「え」


 絶句する。


「すいません。もの覚えがわるくて」


 そう頭を下げるものの、物覚えの悪さでかたづけられる話ではない。 

 脳へのダメージで記憶が欠落しているのだろうか。

 恐る恐る、廉太郎は聞いてみた。


「年齢は、いくつ?」

「ねん、れい……?」


 言葉の意味すら分からないようだ。


「その、男の子かな……? それとも女の子?」

「あれー? それ、どっちだったんでしたっけ……?」


 今度は本気で悩み始めてしまった。

 口ぶりから無性ということはないのだろうが、そこだけは忘れてほしくない。

 廉太郎の目には、どちらとも判断することができない。


 ――もしかして本当に、単にものすごく物覚えが悪い子なのだろうか……。


 そんな風に思い始めた時、横目で見ていたクリスが、


「知能が低いわけではないのですよ、廉太郎。人間の文化に合わせるのが難しいほど、異なっているというだけで」


 と、釘をさすように言った。


「四つの人種の中でも魔人種は特殊です。人間になんとなく『人』と呼ばれているだけで、彼らの中にはそんな自覚など持っていない者もいるくらいですから」


 人間。妖精。亜人。魔人。

 それらが共生するラックブリックの町においても、魔人種を見かけたのはこれが初めて。


「そう言えば、ユーリアも言っていたな……魔人種の人たちは一番少なくて、しかも町の少し外に家があると」


 協力はしつつ、同じ町を利用しつつも、生活圏はできるだけ離している。

 それは、最も共存が難しいからであろう。おそらく、互いにとってそうなのだ。

 そんな廉太郎の独り言に、魔人の子供は身を乗り出して食いついた。


「ユーリアさんを知っているのですか!?」


 意外な程大きい声にたじろぎつつも、「あ、うん……町ではみんな知ってる有名人だと思うけど」と言葉を返す。


「そうですかー」


 ユーリアの話ができるのがよほど嬉しいのか、子供は声を弾ませながら楽しそうに語りだした。


「あの人にはおせわになりました。すむ場所もくれました、おしごともくれました。この服も、ユーリアさんに用意してもらいました」


 そう言って、ぶかぶかのコートを広げて見せる。手足を二本だけ出して他を収納すれば、人とそう変わらないシルエットになれる。そんな、人と居られるための配慮が伺える服だった。


「そっか」


 そんなことをいつもしているのだろうか、あのひとは。

 とても真似できないと思うほど、面倒見がいい。

 友達思いで、情に厚い。

 実際に今、そうして世話になっている廉太郎としては、目の前で目を輝かせる子供に親近感を覚えずにはいられない。

 ――のだが。


「あの人のことは大すきです! ――大すきですから、自分はオスなのかもしれませんねー」

「え゛っ?」

「くはっ――」


 不意打ちの言葉に動揺した廉太郎に対し、黙って聞いていたクリスがこらえきれずに噴き出してしまう。

 そんな二人の様子など気にも留めることはなく、


「もちろん、お二人のこともすきになりました。名前、がんばっておぼえますよ?」と。


 無邪気で幸せそうに、魔人の子は笑った。

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