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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第二章 新世界開眼
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第三話 恋じゃない

 人形と話をしていて、どうしても気になることがあった。


「お前そんなにお喋りなのに、何で今まで話してくれなかったの?」


 落ち着いて向き合っていると、戦っている最中の彼女の様子を思い出して違和感しかない。どれだけ話しかけてみても無視されていたのだから、そこには何らかの意図があったはずだ。 

 単に、敵対していたから口をかなかったとも考えられるが、そもそも彼女自身が自ら廉太郎れんたろうたちと対立する動悸が不明瞭なのだ。彼女にとっても別の人間に所有権が譲渡じょうとされて、魔力補給がとどこおりなく行われた方が都合が良かったはず。ならばむしろ対立せず、逆に手遅れになってしまったグライフを楽にしてやると言うのが自然な流れだったのではないだろうか。


「それはですね。あの中年、元持ち主に『俺以外とは口を利くなよ』と頼まれていたからです」

「どんな関係だったんだ……」

 

 踏み込んだことは、聞かない方がいいのかもしれない。

 しかし、起こった出来事くらいは把握しておいた方がいいだろう。単純に、好奇心もあった。


「それで、今回の一件について、俺は聞かせてもらえるのかな?」


 脱走の理由は、まだ想像の余地がある。誰だって黙って死を待つのは怖いだろうから。しかし、その後の展開は腑に落ちないことが多い。

 人形の参戦、明らかな手心、突如異形に堕ちた理由……挙げればきりがない。

 その問いは、曖昧な笑みで返された。


「あんまり言いたくないですねぇ。終わったことですし」


 話す気もないのか、はぐらかそうとする気配を隠そうともしなかった。

 それはそれで構わないと思う。無理に聞き出す気もないし、お互いに話す義務も聞き出す義務もない。

 

「じゃあ……お前は?」

「はい?」

「お前が俺に手を出した理由の方くらい、聞いてもいいだろう?」


 人形は自分の意思で動いている。自分の意思で、廉太郎と敵対行動をとっていた。

 そこにどんな目的があったのか、知っておかなければならない。

 そっちはまだ、終わっていないかもしれないのだから。

 

「お互い、暇だったからですよ」

「それだけ……!?」


 冗談のような話だが、人形のにそのような様子はない。

 暇というだけで殺されかけたのが真実なら、笑えない話だ。


「ええ。私が加勢したところでユーリアさんには秒殺されてしまいますし、もともと関わるつもりもなかったんですが……」


 そこで思い出したかのように笑みをこぼし、人形の少女は言葉を続けた。


「そしたら、ふざけて向けただけの拳銃を本気で恐れたり。魔法も使えない……どころか、知識もほとんどないようでしたので、少し遊んでみたくなったんです」

「遊んで、って……」


 目的どころか何の意図もない、気まぐれ。

 殺意など感じなくて当然だ。手心を感じて当然。

 元から、遊びでしかなかったのだから。


「ちょうどいいくらいの難易度だったでしょう? まぁ、死んでもいいやとは思ってやりましたが」

「あの、俺がしたことが全く無意味で、馬鹿みたいに見えてくるからもういいや……聞きたくない」


 振り返れば随分と、醜態をさらしたものだ。あの無表情の様に張り付いていた笑みの下で、表情よりも笑い転げていたのだろう、この人形は。

 廉太郎は自分なりにできることを必死にしたつもりで、その手ごたえもあったのだが、それが一気に気恥ずかしい思い上がりに見えて仕方なくなる。


「……いや、無意味ではなかったですよ。結果的に――」


 不意に、言葉が切られた。

 下の階から、引き戸の開いた音が聞こえる。ユーリアが、浴室から出た音だとここにいても分かった。

 着替えが終わるころには、迎えに行った方がいいだろうと廉太郎は思った。


「着替えなんか待たず今向かったらどうです? 有耶無耶にして覗くチャンスですよ」

「俺はそんなことしねぇよ!」


 人の思考に合わせて会話を振られるのは、なんとも奇妙で落ち着かない。心を監視されているという認識がより大きくなってしまう。


「盲人なんですから、バレずに堂々と覗くことも容易いのでは?」

「……お前は、普通に嫌な奴なんじゃないのか?」


 冗談めかして茶化しているのは伝わってくるが、それにしたところで笑えない話だ。

 ――目が見えなくとも気配は感じるだろうし、そもそも見られたところで怒るような人でもない。むしろ、それが及ぼす影響を、逆に心配してしまうような人だ。自分を異性としてみてしまった相手が、そこから何も発展しようがない事実を酷だと思ってくれるような人だ。

 というか、一度見てしまっている。

 記憶から消さなければならない。

 そう、思ったところで、


「――あの、これまでの雑談がどうでもよくなるくらい聞きたいことがあるんですけど。……というか、確認したいことがあるんですけど」


 突如改まった態度で、人形は廉太郎に向き直った。居住まいを正し、どこか浮ついたように目線を泳がせ。

 そして、


「好きってことで、いいんですよね?」


 そう、廉太郎に問うていた。


「な、何が……?」

「えっ? ですから……好きなんですよね? ユーリアさんのこと」


 人形の問いはシンプルだった。それなのに、廉太郎はそれを理解するのに時間を要した。

 単純に、不可解だったからである。


「お前……なにを見てそんな風に思ったんだよ、この短時間で」

「何をって、心の中ですけど」


 心の中と言われても、廉太郎に思い当る節はない。

 いったい何が彼女をそんな誤解させるに至ったのか、少し考えただけでは見つかりそうにもなかった。


「これまでの振る舞いもそんな感じでしたし、さっきまで浴室前で仲良く話してたじゃないですか。てっきり既に恋人同士なのかと思いましたよ」


 それを聞いて、少しだけ得心とくしんが行った。

 その時、脱衣所の前で扉越しに話をした時、妙な状況に心が浮ついていたのは否定できない。それに、会話の内容も心の距離が近しいものだったと思う。廉太郎はユーリアのことを深く気づかっていたのだし、深く感謝してもいた。

 そのようなやり取りの心情を、人形が目覚めて最初に盗み見たのだとしたら。それを異性への恋慕だと捉えてしまうのも、そこまで分からないことではない。

 苦笑しつつ、答える。


「誤解だよ。――ありえない」

「またまた……私に隠し事なんてできないんですから」


 彼女の言う通り、廉太郎の思考や感情は隠すことが出来ない。しかし、常時読まれているというのに、正確なところが伝わらないのが逆にもどかしい。

 読んでる本人はそれが正しいと思っているのだから、相当にたちが悪い。


「人の心が読めるからって、人の気持ちまで分かるわけじゃないだろう」

「それはまぁ、そうですが……いやでも、これで好意がないなんて無理があるのでは? 私には明らかなものに思えるんですが」

「好意があるのは、それはそうだよ。当り前だ」


 これまでユーリアにしてもらったことを思えば、好意を抱かない方が難しい。

 そうでなくとも共に過ごす中で、人となりに惹かれている点は少なからずある。

 それを否定するつもりは元よりなかった。


「でも好意にはいろいろあるんだよ。友情……とか、尊敬とか。それを読み取り違えたか知らないけど、勝手に早とちりするな」

「ほう、自覚できてないんですか? ……読み取り違えているのは、あなた自身では?」


 どうあっても恋心だと定義したいらしい。なまじ人の心が読めているだけに、一度思いこんだら疑おうともしないのだろう。

 話し方は妙に落ち着いているのに、変に見た目相応の幼さが表出している。年下の小さい子どもを相手した時特有の、何を言っても無駄だと分かる徒労感。それに似た手ごたえを覚えていた。


「……馬鹿言うな。自分のことは自分が一番よく分かるんだから」

「いやこれは、気づいているのに気づいていないふりをしてる……ですかね?」


 ああ言えばこう言う。これが子どもで、しかも小学生くらいの女の子ともなればこの手の話に論理的な訴えが通じないのが常。

 自分の理屈で、世界は恋愛ごとを中心に回っていると信じているのだ。

 早々に心が折れかけた廉太郎をよそに、人形は一人でに盛り上がっていた。


「なるほど、面白い。ユーリアさんの方は性差に関心がなく、廉太郎は自分の気持ちにも自覚ができない……私の仕事が見えてきましたね」


 含みを持たせたその視線から目を逸らしながら、廉太郎は懇願こんがんするように口を開いた。


「頼むから余計なことはしないで……ください」

「あははっ……そんなに焦らずとも、人様の人間関係や恋心まで台無しにしようだなんてしませんよ、私は。そこまで悪趣味ではないですし?」


 可笑おかしくてたまらないといったように笑う少女に、廉太郎は不安しか覚えることが出来なかった。

 人間関係を壊さないにしたところで、どこまで信じていいものやら。


「……少し話しただけで、どこまでも悪趣味に見えてきたんだけど」

「まぁ、冷やかしはしますがね」


 その時、部屋のドアノブが回った。

 次いで顔を覗かせたのは話の渦中にあった、ユーリア本人。


「――廉太郎、ここにいる?」

 

 閉じた目で周囲を伺うように、廉太郎を探している。

 廉太郎はそれを見て、少しだけ失敗したような気分になった。

 着替え終えて、一人で階段を上って寝室までたどり着いたのだ。手すりを掴み、壁を伝って。

 助けがいらないのは分かっていたが、それでも疲れた体で暗闇の階段を上るのは危ない。そう思って、気にかけていたつもりだった。

 しかし、思いのほかこのくだらない話に気を取られて、彼女が脱衣所を出たことにも気づけなかったらしい。


「あぁ、いるよ」


 続けて、冷汗をかきそうな、震えた声で問い返していた。


「その……話聞こえてた?」

「話って?」


 返事を聞いて、ほっと胸をなでおろしていた。

 ユーリアがいかに恋愛ごとに理解がないとはいえ、知識がないわけではないのだ。廉太郎から恋心があると誤解されれば、この後の関係がやりづらくなる。というより、そんな相手を自分の家に泊めておくこともできなくなるだろう。

 危機感の話ではなく、気づかいの話だ。

 好きな相手と同じ屋根の下で寝ているのに、思いが理解されることも、受け入れられることも、触れることも叶わない。それは相当な精神的苦痛だろうと、彼女は心配してしまうはずなのだ。

 ――そういうひとだろうと、廉太郎は思っている。


「……なるほど。焦らない方がいいというのは私も同意見です、廉太郎」

 

 傍らで、人形が脈絡のない言葉を囁いた。

 人の深層心理から何を読み取ったのか知らないが、それで自重してくれるのであればどのような誤解をされたところで構いはしないと、廉太郎は思った。

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