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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第一章 越境のアジャスト
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第三十六話 魔法攻撃

 人形に背を向けて外へ逃げ、別の建物に身を隠す。一度外に逃げてしまえば、走って追うことのできない人形の視線から逃れることができる。どこに潜んでいるのか、すぐには分からないはずだ。

 息は苦しく、不快な動悸どうきが纏わりついている。


「――ふぅ」


 大して走ったわけでもないのに、逃げるという意識が働くだけで無暗に息が乱れてしまうようだった。

 こちらに来て数日、生活スタイルが激変したことで体がなまってしまっている。部活に身を置いていれば、一日以上体を休めていることはない。

 息を整え、小窓から外を覗いて警戒する。

 身を隠したものの、敵の攻撃は壁を貫く。銃弾と違い、家の壁程度で射線を切ることはできない。

 そして窓から顔を出していれば当然、外からも見られてしまう。

 焦りが募る。

 

「いや落ち着け……少しでも、冷静に」


 魔法を使ってくる以上、銃を取り上げたような対抗策は存在しない。

 それに、攻撃手段があれ一つということもあるまい。あの人形が見せたのは、魔力で作った透明な塊を弾丸のように射出してきただけ。

 魔法は未知の技であるが、その一撃はまだ理解の範疇に収まる。

 しかし何かをしでかすと知ってしまった以上、下手に向かって行くことはもうできない。

 あの脅威と恐怖心、そして現状を正確に理解しなくては、対策を考えることも難しい。


「俺が、今……するべきことは――」

 

 そもそもの目的は、あの人形を手に入れること。

 持ち主が化け物になってしまった以上、結果として殺して奪うことになってしまった。

それ自体、もはや廉太郎れんたろうが言えることはない。

 その役目も、ユーリアに任せるしかない。

 共に仕方ないことで、他にとるべき手はない。


「だから……人形は、俺が抑えてないと」


 結局、拳銃で襲われていた時と状況は変わらない。

 持ち主であるグライフが完全に絶命さえすれば、誰かが新たな所有者となって人形を制御下に置くことが出来る……そのはずである。

 そのためにはユーリアが勝利するまで、人形を引きつけておく必要がある。何を起こすかわからない以上、目を離すことはできない。

 

「銃より強く、得体の知れない武器相手に……できるのか?」


 唯一の救いは、人形が走って追ってこないことだ。

 距離をとることも、身を隠すことも、こうして容易くできている。

 窓の外では、先ほどまでいた建物からようやく姿を見せた人形がこちらを見据えていた。 挙動はやはり緩慢で、表情も張り付いたまま変わらない。不快と恐怖を煽る薄ら笑い。子供のものではなかった。一言でも発すれば、年相応のあどけなさに変わるだろうに。

 

「対抗策も武器も無い……それこそ、これしか」


 手放さずに握りこんだままの殺傷兵器が、窓から差し込む日の光を反射していた。

 だが、これは目的達成のために使えるような手段ではない。殺してしまっては意味がないし、無力化するべく足を打ち抜くなんて芸当が、素人にできるとも思えない。

 当てるだけでも相当に接近しなければならないだろうし、どれほど狙っても急所に当たってしまう可能性は十分にある。


「でも、いざとなれば撃ち殺して助かることだけはできるのか。……本末転倒だけど」


 あの足だ。躱すどころか、銃口か身を逸らすこともできないだろう。

 しかし、自分に人が撃ち殺せるとは思えなかった。

 それでもいざとなれば反射的に死ぬのが怖くなって、正常な判断が封じられることもあり得る。

 それを思うと、手にしてしまった武器はやはり重たく、身に余る物に思えてならなくなる。


「撃つつもりもないし、撃ちたくもない……でも」

 

 それでも最終的な保険が有るのと無いのとでは、持ちえる度胸に雲泥の差が生まれる。

 隠れている場所は見透かされているようだった。人形は、迷わず廉太郎の方に足を向けて迫っている。


「来たっ……! あいつ、いい加減に――」

 

 ――その時。

 唐突に、家が揺れだした。


「な、なんだ……?」


 地震ではない。

 嵐の強風に煽られたような衝撃が、家屋自体を襲っている。

 足元から湧く、鼻が曲がりそうな異臭と、油が跳ねたような絶え間ない破裂音。

 状況を受け入れる暇すら与えられなかった。

 体と臓器を焦がす熱と煙が周囲に立ち込めるのを、廉太郎はただ黙って見ていることしかできない。

 それだけのことが、一瞬で起こっていた。

 家屋は、放火されていた。

 

「――まさか、あいつが……?」


 実行犯は火を見るよりも明らか。

 火の勢いが普通ではない。家一軒がこうも早く燃えるなど、自然な火事では有り得ないことだ。

 おそらく、これも魔法による攻撃。

 敵は見ていたのに、攻撃の予兆などは何もなかった。

 既に消火など間に合わないほど燃え広がり、炎は廉太郎の四方を囲っている。

 二階の角部屋だ、階段にもたどり着けない。逃走経路は失われている。


「めちゃくちゃだ……あの子ッ――!」


 カーテンを乱暴に開き放ち、半開きの窓ガラスへと手をかけた。

 緊急時に用いられる最後の脱出口。それに迷わず飛びつけたのは、単に目の前にあったことと、直前に二階から飛び降りたユーリアを見ていたからだ。

 そうでなければ、気が動転したままに焼け死んでいた。


「あ、開かないっ……」

 

 建付けが悪いのか、引き戸は歪んでいた。

 力を込めて強引に開けようとしても、ガタつくばかりでろくに動かない。

 背後に迫る熱と共に、焦りが背を焼いていく。

 叩き割ろうと拳を打ち付けるも、素手で割れる厚さではなかった。


「だめだ……躊躇ってる余裕がない」


 数歩下がり限界まで窓から遠ざかり、手にした銃の先をまっすぐに窓へ向けていた。

 人生で初の、それも最後にしたい発砲。

 熱と音と反動、痛み。

 同時に窓ガラスは文句なく砕け散り、十分な脱出口が空けられていた。

 

 ――この反動ッ……! これで、あのちっちゃい子が顔色一つ変えなかったのか……?


 腕どころか、衝撃は全身の骨を襲っていた。

 手元で起きた爆発に気圧されながらも、廉太郎は無我夢中で空いた穴に駆けていた。そこから身をなげだし、恐怖することなく飛び降りていた。

 着地を考える余裕はなかった。

 当然、受け身も取れず地面に叩きつけられる。


「ぐうぅぅッ……!」


 肺の空気が残らず排出され、骨が臓器に突き刺さるような錯覚すら覚えた。味わったことのない痛みに襲われた体を、急速に低下した体感温度が包み込んでいく。

 助かったという安心感で己を鼓舞するように立ち上がった。痛みは引かず、地に飛散したガラスに切られた手足からは血がにじみだす。

 それでも、骨が折れたわけでも足を捻ったわけでもない。致命傷はなく、動くことが出来るのであれば問題はない。

 目の前には、隙をついて攻撃するでもなく、ただ棒立ちでいる人形。

 つい子どもを叱るように、悪態をつきたくなる。


「お前……危ないだろうが、馬鹿ッ」


 余計な行動を起こされる前に、迷わず銃口を向けて牽制していた。

 今度は、語気を強めて、言う。


「何もするなよ!」


 これで止まってくれるとも思えなくなってきたが、それでも行動を縛らなければ一方的に攻撃されるだけだ。

 窓を割った一発は、初めての発砲にしては正確に狙えていた。同じような距離ならば、人形に当てることも可能なはず。

 殺さぬように手足を狙うのはより難しいが、脅す分には問題ない。

 しかし、やはり脅しなど気にもとどめられなかった。

 人形は、再び指先を向けてくる。表情一つ変えずに。


「あぁ、くそッ――」


 ここで撃たなければ、この銃口は二度と脅迫にはならない。

 行動の全てに考える時間が与えられない。冷静な判断を封じられて、廉太郎は驚くほど抵抗なく引き金を引いていた。

 瞬間襲う、悪寒と恐怖。

 照準は確かに足に向けたが、当たる場所に保証などない。

 しかし、


「外した……!?」


 放った弾丸は、何物にも当たらなかった。

 弾が消えたのかとさえ思う。

 弾丸の軌道など肉眼で捉えられるはずもないが、外したのなら地面には当たる角度だったはず。それが、着弾の痕跡すらどこにもない。

 反動して硬直した体が、文句のない隙を晒していた。

 人形はその発砲に微塵も怯むことはなく、反撃しようとしている。


「や、やめろ……!」


 二人で決められた約束のような予備動作の後、人形の指先の射線上に塊が撃ち出される。

 指先から逃れようと動き続ければ、なんとか逸らすことができる攻撃だった。

 塊は地面を穿った後、幻のように消えていった。消える前に触れたそれは、指先が焼けるように冷たかった。

 氷。

 それも本物ではなく、魔力が形を変えたものだ。着弾の痕には水滴も残っていない。

 家を焼く炎もまた、本物ではなかった。すでに火は消え、家屋は鎮火後のように炭化している。

 魔法の正体を把握しかけても、廉太郎にはより腑に落ちないことがあった。

 発砲されたというのに、人形はまるで意に介していないということ。恐れず、生理反応一つ見せなかった。

 

 ――知性がないから、人じゃないから? ……それとも、本当に脅威にならないのか?


 確信めいた直観がある。

 先ほどの発砲は明らかに手ごたえが欠けていた。

 当たろうが外れようが、銃弾の飛ぶ方向くらいは合っていないとおかしい。加えて、人形の反応も違和感がある。元より兵器、防御姿勢くらいはとるはずだ。

 何か、想像し難いことが起きている。その確証を得たい。


「……よし」


 じりじりと間合いを図る。

 悠長だが、確かめなければ事実を誤認し続けることになる。

 再度、腕をかざされた。

 出鼻をくじくように、廉太郎は握りこんだ小石を投擲する。

 鍛えられた成人男性に近しい筋力から放たれる石つぶてだ。当たり所が悪ければ殺傷にすら至る放物線は、人形の頭部を正確にとらえていた。

 頭に吸い込まれる石の軌跡は、しかし――


「なっ……?」


 途中で、捻じ曲げられていた。

 眼前にまで迫った石は、その勢いを殺すことなくあり得ない挙動の変化をもって、でたらめな方向へと消えていった。

 つまり。


「……いらないな、これはもう」


 あの時撃った銃弾もまた、同じように軌道を捻じ曲げられてどこかに消えたのだろう。

 見えない防御で守られている。 

 拳銃など、武器にも脅しにもなり得ない。

 唯一の武器を封じられても、廉太郎の心は怯まなかった。むしろ、重荷から解放されて肩の力が抜けてさえいた。


「よかった」


 加減ができない武器など、初めから持っていない方が良かったのだ。それでも、目の前に便利な物があれば頼らずにはいられなかった。

 廉太郎は銃を捨てると、人形との間合いを慎重に図りつつ行動を伺っていた。

 人形もまた、移動することなく廉太郎を狙っている。

 この膠着状態を維持し、時折飛んでくる攻撃を躱し続けることができるなら、それでユーリアが勝利するまで時間を稼ぎ続ければいい。

 しかしその期待を裏切るように、人形は足を進めた。

 ゆっくりと、だが確実にユーリア達の戦場に向かおうとしている。


「駄目だ……お前はここにいてくれ」


 人形があちらに合流することは、ユーリアにとって妨害と足かせになる。脅威ではなく、巻き込まないようにするという負担になってしまうのだ。

 足止めが無理であるのなら、無力化するしかない。

 一度は組みついて銃を奪えたのだ。接近して、なんとか取り押さえて、それから――


「また、考える暇が――」


 撃ちだされた氷弾の射線を再びかいくぐり、そのまま踏み込んでいく。 

 連続攻撃はできないだろう……それは甘い期待だが、そう思わされるだけの余裕を人形は与えてくる。

 接近して羽交い絞めにしても、手足を使わない魔法攻撃を封じることはできない。であるなら、暴力的な手段で意識を奪うしかないのだが、そんな器用な真似ができるとも思えない。 

 銃を使わずとも、結局命は奪いかねない。


「それなら」


 拳の届く距離まで接近し、そのまま背後に回り込む。動きが緩慢な人形は、反応して目で追うことすらできていなかった。

 頭を殴るのは、まずい。

 足を――弱っている足を狙えば、当面の間移動を封じられるはずだ。最悪骨を折ることになったとしても、命を奪うことだけはない。

 痛む良心を麻痺させながら、廉太郎は少女の足に蹴りを放っていた。

 加減はしなかった。しかし、


「ぐ……ッ!」


 その蹴りは、人形には届かなかった。

 生まれた氷塊が、盾のように薄く広がって一撃を防いでいる。砲丸だけでなく、氷の形状を自由自在に操っている。

 空間に固定されているように、蹴りつけた氷の盾はびくともしなかった。

 硬い物を蹴りつけた足が痛く、冷たい温度が出血したような錯覚を与えてくる。

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