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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第一章 越境のアジャスト
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第三十話 脱走

 ことが起こったのは深夜、つい先ほどのことだった。病棟で夜間勤務に就いていた職員が、不意の魔力反応と爆発の衝動を察知していた。

 グライフが収容されていた一室の分厚い壁が、突如破壊されたのだ。彼はそのまま停車していた車を奪って逃走。他に残された車は一台残らず破壊され追跡を阻止し、そのまま行方が分からなくなってしまったという。

 現場である部屋には血痕が残されており、それは収容部屋に備えられていた防衛機能が無事に働いたことを意味していた。その部屋で脱走を試みるような魔法を使おうものなら、殺傷力のある魔法が警告なく撃ちだされることになっている。

 肉体的にも魂的にも弱った末期患者なら致死となる一撃。本来ならまともに動けないはずの負傷を負っている。


「……妙な話ね」


 話を簡単に聞いたユーリアは腑に落ちなかった。


「冗談かと疑うほど簡単に逃げられてるじゃない。それほど雑な警備だったの?」


 どれだけ無能だというのだ。この町の人間にとって死活問題の施設だというのに、それが簡単に脱出できるともなれば収容する側される側双方にとって憂いとなる。いざとなれば脱出できる……そのような邪念を収容者に与えるのは酷ですらある。


「そんなことはなかったんだ。だからもう、みんな頭を抱えてるよ。理由の付かないことが多すぎる」


 第一に、その壁は頑丈だった。魔法で破壊するには大きな破壊力が求められるのだが、魂が弱っている収容者にはそれだけの魔力を操ることは不可能。だから収容対象が魔術師でもない限り、基本的に脱走など考慮されていないのだ。そのため配置されている職員は皆戦闘に長けておらず、拘束することもできなかった。

 第二に、残された血痕は男のものではなかった。消去法で人形が出血したことになる。だから単純に人形を操って魔法を撃ち、魂への負荷を軽減させることで逃亡を果たしたのだとも考えられた。男自体は魂への負荷を負い、肉体の損傷は人形が請け負った、と。

 しかし、当然人形には収容段階でセーフティロックがかけられているはずなのだ。人形は元は軍人の扱う軍用兵器として設計されたこともあって、所有者の操作や指示よりもその所属組織の規律を優先して稼働する。だから、人形には町に敵対する行動を取らせることなどできず、脱走の手伝いなどさせられるはずがない。


「それで、すぐ私に連絡が届いたんだ」

「え? 機関に報告が行くのは分かるけど、どうしてあなたに連絡が?」


 この世界に通信機はない。また、長距離での意思疎通が可能な魔法は扱える者は極めて限られている。妖精種の、一部の者たちだけだ。

 人種によって扱える魔法技能に違いがある。例えば、人間の魔法が殺傷に特化しているように。

 だから、ロゼがこの時間にその情報を受信しているのはおかしいのだ。


「通信役が機関に伝えたことによると……これまた妙なんだが、私たちを挑発しているんだってさ」

「えっ?」


 それで、機関の受信者は慌ててロゼに情報を伝えに行ったのだろう。ユーリアに伝えに来たのがロゼなのは、彼女が気を利かせてくれたに違いない。呼び鈴を押された程度では、絶対にユーリアが起きないということを知っているからだ。

 それにしても挑発とは、幼稚なことをする。人形を欲しがった自分たちを馬鹿にしているのだろう……そんな風にユーリアは苦々しく思っていたのだが、


「人形が欲しければ追って来い。俺達はそれを待つ……ってね」

 ユーリアの理解を軽く超えていた。 


「は、はぁ!? 何よ……それ!」


 待って何がしたいのだ、あの男は。

 喧嘩をだれに売ってるのか分かっているのだろうか、自分の顔を知らなかったのかとさえ思う。


「そもそも、何が目的なのよ? だって逃げたところで……」


 死ぬことに変わりはない。安楽死を選ぶか、異形の化け物に心身ともに成り果てるかだ。死よりも苦しむことになるというのに。


「どうにも、人形にこだわっているんだろうね。私達が強請ったことで、無理やり奪われるとでも思ったんじゃないか?」

 

 あの場では引き下がってみせたが、彼の死後に黙って貰ってしまう気でいた。グライフはそれを察して、自分の望みが叶わないと思い逃亡を選んだ。

 廉太郎も釈然としないのか、重たい表情で問いかけていた。

 

「あの人は人形を廃棄したいと言っていました……それを果たすために、自分の手で殺すために逃げたんでしょうか?」


 それはあってはならないことだった。あの人形が手に入らなくなるということは、つまり廉太郎が命を繋ぐ手段がなくなるということでもある。彼の魔力による自壊暴走を防ぐために、どうしてもあの人形が必要であり、あの人形でなければだめなのだ。

 彼を安心させようと、力強くその言葉を否定していた。


「それはないわ。廃棄したいだけなら、壁の代わりにその場で人形を破壊してしまえばよかったのだから」


 少なくともまだ人形は無事。それも、どういうわけか敵は自分たちを待ち受けている。

 自分を知っているのか怪しいものだがそれ自体、上等だという敵愾心が湧いてくるようだった。


「どちらにせよ。本人に話を聞けばわかることよ」


 相手のことなど考えている場合ではない。行動すべきことは決まっている。


「廉太郎」

「うん」


 言うまでもなく、彼もいますぐにでも行動を移すべきだと思っているようだった。


「すぐに追いましょう。もし機関に先を越されたら、人形も破壊されてしまうわ」


 男と人形を発見し無力化して拘束、そのまま病棟まで連れ帰る。本来ユーリア一人で事足りる任務だが、自然と隣の友人に声をかけていた。


「そうだね……いつあの人形が殺されてもおかしくないんだ。それに、あの人だって」


 廉太郎は人形を失って自分の命が危うくなることを深く捉えていないようだった。それよりも、人形が壊れることを憂いている。男が人のまま死ねず、異形となる苦しみを味わうことを案じている。

 表情と口調、これまでの言動からそれが分かった。理解が難しいほうにあえて想像を巡らせてみたものの、きっとそれが当たっているのだろうと確信してしまう。

 共感はしてあげられないが、悪くはない。


「私が先に拘束すれば、脱走した罪なんて無かったことにできる。……人形にも手を出させないわ」

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