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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第一章 越境のアジャスト
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第二十九話 同衾

――あぁ、それにしても好かれなければ……。


 眠りから覚醒するなり、私はそんなことをぼんやりと考えていた。何やら、酷い夢でも見ていたのだろう。我ながら病的な強迫観念に駆られているものだと、あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑ってしまいそうになる。

 私は確かに人に好かれていたかったが、それでこんな様では……何やら、気持ちが悪い人間のようではないか。

 一人で居るのは嫌いだった。だから、こうして毎日眠るだけのことで孤独を感じてしまう。

 ふと、誰にでもいいからその体に触れたくなった。他人の生きたの温もりは、いつも私を安心させてくれるから。

 そうしてベッドから起き上がろうとしたところで、

 

 動かす体がないことと、

 

 横になっていたわけでもないことと、

 

 自分が、もうロゼ・ヘルホルスとは別の者であることと、

 

 自分が、もう死んでいるに等しいものだということを、


唐突に思い出していた。

 



――――――――――――――――



「おい、起きてくれ」


 深く眠りについていた早朝、廉太郎の布団は引きはがされ肩を軽く揺さぶられていた。このように起こされるのにも慣れておらず、また頭も寝ぼけている。そんな混乱のままに目の前にいる相手に声をかけていた。


「え……ロゼさん? なんで急に……」


 ここはユーリアの家であり、貸し出されている部屋であるはずなのだが。


「いや、それは私の台詞だよ。なんで君がここで寝てるんだ……?」


 先日廉太郎の事情は再度話していたのだが、ユーリアに生活の面倒まで見てもらっていることまでは話していなかった。冷静に考えると、他人に知られるとかなり気恥ずかしくなるくらいのことをしている。


「あぁ、もしかしてそういう仲だったりするのかい?」

「……なにか御用ですか? あの子なら四階にいますけど」

 

 寝起きのせいで訂正するのも焦ってみせるのも面倒、というていで軽く無視していた。

 窓の外を見てもまだ陽も昇っていない。遠慮なく付けられた部屋の魔力光が目に優しくない刺激を与えてくる。率直に、まだ眠かったし常識的な来訪ではない。

 だから、なんらかの用があるのは明白。それも緊急のものだ。


「意外に手が早いな……」


 だというのに本人は余裕をもって冗談を飛ばしてくる。泊めてもらっている以上どんなにその仲を疑われてもしかたないものだが、ユーリアの特性は彼女も知っていそうなものだ。

 冗談なのは顔を見ても分かる。そうして彼女を眺めていると、ふと一つの事実に気づく。


「――えっ、その腕は……」


 目の前のロゼには右腕があった。一昨日まであって、そして昨日は無かったものだ。

 指先までゆうに隠す異様に長い外套の袖が、ちょうど腕一本分、正常に膨らんでいる。その変わらない服装によって素肌どころか体型の一切が隠されていて、腕の有無さえ注意しなければ気づけないほどだ。しかし、昨日からずっとその欠損に胸を痛めていた廉太郎はそれを目ざとく見つけていた。

  少し、気分が高揚する。


「義手ですか? いいですね」

「えっ!? いいって……何が?」


 寝起きと高揚のせいか、うまい言葉が浮かんでこなかった。もっと、素直に容姿を褒めるようなことを言いたかったのだが。

 似合うだとか、しゃれているだとか。


「いや、義手じゃないよ。生えたんだってば」

「生えた……?」


 それ自体は昨日も言っていたことだ。てっきり冗談だと思っていたのだが、ことここにいたって彼女はさも真実であるかのように話している。


「詳しいことは聞かないでくれ。あの子の友達っていうんで、特別に教えてるんだぞ」


 いくら魔法がある世界でも、失くした腕が再生することは秘密にするくらい異常な事の様だ。ユーリアだって、本来の眼球の機能が回復していないのだ。

 詮索しようとは思わない。しかし、真偽は確かめねばならない。

 ロゼの性格を思えば、原因となった廉太郎の心労を和らげようと義手を生えたと偽っている可能性だってある。


「――本当ですか?」

「なんだよその目は……ほら、見てみろ」


 そう言うと長い袖をめくりあげ、隠されていた右腕を晒しだした。それも惜しげも無く、長い手袋まで脱ぎ取ってくれている。

 躊躇なくそこまでするとは思わず、驚かされてしまう。

 彼女があまりにも露出を避けた格好をしているものだから、てっきりそのような性格なのだろうと勝手に思っていた。

 彼女が唐突に晒した腕はその一瞬、ギャップやシチュエーションも相まってもはや蠱惑的なものに感じられてしまう。その衝撃に、寝起きの頭が一気に覚醒していく。


「いい腕だ……」

「いや、まだ寝ぼけてるぞ」


 心を読まずとも彼女はこうだ。洞察力もある。


「触っていいですか?」


 見た目には確かに人の肉体に見える。しかし、精巧に作られた義手だと考えたほうが自然なのだ。直に触れて確かめでもしないと安心はできない。

 さすがに、落とされた肩の付け根まで見せてくれとは言えなかった。

 言えば見せてくれそうではあるのだが。


「え、いいけど……」


 許可を得て触れた腕は、確かに人の肉体のように感じられた。体温があり柔らかく、筋肉や骨の形まで違和感がない。脈も打っている。

 それ以前に、普通に指先まで動かせていた。

 失った腕が生えたというのも荒唐無稽な話なのだが、現に彼女に確かな腕が復元されていることは疑いようもない事実だった。


「よ、良かった……っ」


 そこで、ようやく安堵することができた。思えばそれはずっと重荷だった。自分がしでかしたことを誰も一言も責めてくれなかったし、本人さえそんな感情一つ見せなかった。それらが廉太郎をかえって苦しめていたのだ。

 人の腕一本失わせたのだ。両腕を切り落とされたとしても文句を言うつもりはなかった。


「気にしすぎ……というかほんとに思いつめすぎだぞ!?」

「いやぁ本当に良かったですよ」


 言って、心を覗かれていたことに気付く。一度起こったことを思えば触れるのは危険だったのだが、どうやら心を覗くのと魂に深く触れるのはまた別のものらしい。彼女だって自衛くらいはしているだろう。


「なぁ、そろそろいいか? 体を見せるのは好きじゃないんだ」


 照れたようなその言葉に、途端に恥ずかしくなってしまった。たかだか腕一本だが、抵抗の度合いなど個人差がある。それはユーリアを見て実感していることだし、そう思えば腕を見せろというのは服を脱げと言うのに等しい発言だったのかもしれない。

 それでもまぁ、この人なら別にいいかとも思える。ロゼであればこの程度、冗談だとして受け入れてくれるだろうという確信が短い交流だがら持てている。心を覗かれがちなこともあり、つい心を許してしまう。

 

「すいません。でも、隠すにはもったいないぐらい綺麗な腕ですよ」


 感じた恥ずかしさを受け入れるようにアクセルを踏んでいった。歯の浮くような言葉だったが、意外なほど抵抗なく口にできていた。


「なんだって? 顔以外は褒められてもうれしくないな」


 それで、褒めろとでも言うように笑っている。そういう気分なのかフードまで取り払って顔が見えやすいように晒してまでいる。顔立ちに相当な自信があるようで、それが全く嫌味でもなく、無理もないと思うほどに整っている顔だった。


「そこはもう、褒める必要もないじゃないですか……」


 わざわざ当たり前のことを言っても全く望むような答えにかすりそうにもない。それにどう褒めればいいというのだ。容姿ならまだしも、顔を褒める言葉など限られているし、そのどれもが不十分に思えてしまう。

 まじまじと顔を眺めていると視線まで合わさってしまうので、それで顔が赤くなるのをを避けるように笑って誤魔化していく。


「言葉になりませんよ」

「ありがとう。当然だけどな」


 この町には顔に自信のある女しかいないのだろうか。


「大人しい子だと思ってたけど、結構褒めなれてるんだな。そりゃあ、あのユーリアが家に泊めるくらいだからなぁ」


 そこでふと気づいた。


 ――いや、それにしても俺……なんか気安くなかったか?


 知り合って二日。それもそこまで会話を重ねたわけでもないし、記憶を消された彼女にとっては一日それが少ないというのに。

 昨日だって、ここまで気安く話したりできなかったはずだ。それが、今や気安く容姿を褒め、その腕にも無遠慮に触れていた。

 夜通し語り明かして仲を急接近でもさせなければこんな距離感の激変はあるまい。

 ロゼの事は好意的に思っているが、年上の女性相手に接する態度ではなかった。迷惑そうな顔をされていないのは、彼女の性格がそれくらい気安いおかげでしかない。


「なぁ、冗談じゃなくてあの子を口説き落としたりしたのか? たしかあの子、男に興味なかったはずなんだけど……」


 彼女の中での廉太郎が、ものすごく女たらしな性格になってしまったらしい。今しがたのコミュニケーションの距離感を振り返れば無理もないことで、苦笑いで返すことしかできなかった。

 







「……なに? こんな時間に来て、どうかしたの?」


 ユーリアは多少身支度に時間をかけたものの、眠そうな顔をこすりながら起きて来てくれた。愛想よくつくろってはいるが、多少機嫌が悪そうでもあった。それだけ常識外の早朝訪問であるので、注意しようと思う者もいないだろう。

 迷惑に思いながらも笑って許せているだけ上等である。

 

「いやぁ、言いづらいほど重い話なんだが……」


 ロゼは何と言ったらいいものか迷うように苦笑していた。口にする言葉の真偽が、自分でも疑わしいことでもあるかのように。


「――先日面会したあの男なんだが、脱走したそうだよ」

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